碑にはこう刻まれていた。

汝吾を見んと欲せば尊皇に生きよ。
    尊皇精神あるところ常に吾在り。

杉本五郎中佐は、「大義」の著者として知られている。
広島の第5連隊に所属し、毎週土曜日には、三原の禅寺、仏通寺に参禅されていた。
満州事変にて戦死。かつて弁慶は敵の矢を一身に受け死して尚斃れなかったと言われるが、杉本五郎中佐は敵の弾を満身に受け死して尚斃れなかったという。

尊皇精神の権化のような人物であった。「大義」はなかなか入手できないが、幸い手元にある。本編において追々ご紹介してみたいと思う。しかし、戦後の微温湯に浸り切ってきた凡俗の不才には余りにも力の及ばぬ技でもあることを、志すたびに痛感させられるのである。