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最初の特攻隊 関行男大尉慰霊碑
妹の家の前にある紫陽花の花
九段坂を登ると
神様に仕え奉る
江田島 海上自衛隊第一術科学校にて
秋天晴れて秋風吹く、橿原神宮の上
天武・持統陵から望んだ夕日
雷丘近くから遠くを望む
奈良県明日香村にて
伊勢神宮の外宮の隣にあるお稲荷さんにて
この写真、なんの変哲もない、ただの部屋なのですが・・・
東福寺の近辺で
芬陀院 雪舟寺 その8
芬陀院 雪舟寺 その7
芬陀院 雪舟寺 その6
芬陀院 雪舟寺 その5
芬陀院 雪舟寺 その4
芬陀院 雪舟寺  その3
芬陀院 雪舟寺  その2
京都の禅寺で拝した明治大帝と昭憲皇后両陛下のご真影
桜です
平成20年元旦の初日の出
倉田百三 胸像
倉田百三 碑
皇太子殿下に献上された、お伊勢様、内宮前、勢乃國屋の「神代餅」は如何ですか
硫黄島で発見された、栗林中将が硫黄島守備隊全軍に布告した「敢闘の誓」です
吉田松陰先生の肖像画
尾道 戦艦大和実物大スケールの主砲部分
尾道・浄土寺の八重桜
頼山陽像
戦艦大和 艦首 菊の御紋章
春の夕暮れ
昭和天皇御製碑 in 広島
大津島・回天訓練基地跡
大亜細亜悲願之碑 説明文・本文
大亜細亜悲願之碑  パール判事
禅寺らしい碑がありました
明治天皇崇拝碑
杉本五郎中佐の遺言
断崖絶壁に刻まれた「尊皇」の文字
枝挿しの桜
近所の菜の花
エジくんとモモちゃんです。

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大亜細亜悲願之碑  パール判事

大亜細亜悲願之碑  パール判事

広島市 本照寺

宮島詠士(大八)先生の筆により書かれたのがこの「大亜細亜悲願之碑」である。

昭和27年11月、広島を訪れたインドのパル判事は、原爆慰霊碑に参り、その碑文を見て驚きかつ怒られた。「過ちは繰り返しませぬ」とは、何事か。広島市民の上に原爆を落としたのはアメリカではないか!日本人はなぜここまで卑屈になってしまったのか!このパル判事の痛憤は、敗戦国日本を連合国側が断罪した「東京裁判」の判決に遡る。

パル判事は、ただ一人、該博な国際法の知識をもとに、提出された全ての証拠証言などを全て検討され、ニュルンベルグ裁判で作られ、東京裁判所条例で採用された新しい罪状である「文明に対する罪」「人道に対する罪」という概念に対し、いわゆるA級戦犯として訴追されていた日本人被告全員の無罪を主張し、長文の意見書を提出した。

これは裁判では朗読さえ拒否され、占領下の日本では翻訳も出版も許されなかった。

日本人に罪の意識を植えつけて、未来永劫十字架を背負わせるという、占領軍の計画は見事に効を奏し、日本人に対するジェノサイドである原爆への怒りされも、内訌させることに成功したのである。怒りは日本自身に向けられ、平衡感覚は失われた。

その害悪を誰よりも憂えたのがパル判事だった。インドは今でも親日国であるが、その淵源は、インド独立に日本および大東亜戦争が深く関係したことにも拠る。

パル判事は、大東亜戦争の意義を記す詩をベンガル語で書かれた。そして、それを英文と日本語に翻訳して、原爆慰霊碑から数キロしか隔たっていない、広島市内の本照寺に、この碑を建立する有志があったのである。

今、平和教育からは見捨てられたこの碑こそ、本当の広島の心を伝える随一の遺物である。

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