皇室

2011年3月31日 (木)

両陛下、避難所訪問…膝つきながら被災者励ます

両陛下、避難所訪問…膝つきながら被災者励ます
巨大地震


被災者を励まされる天皇、皇后両陛下(30日、東京・足立区で)=代表撮影 天皇、皇后両陛下は30日午後、東日本巨大地震の被災者約290人が避難している東京武道館(東京・足立区)を訪問された。

 震災後、両陛下が被災者を直接見舞われるのは初めて。

 福島第一原発の事故を受けて開設された避難所で、約270人が福島県から身を寄せている。両陛下は、畳が敷かれた道場を約40分間かけて回り、膝をつきながら「元気出して下さいね」などと励まされた。

 同県いわき市の古川裕子さん(32)の自宅は原発から30キロ圏外だが、8歳と2歳の子供の健康を案じ夫と共に避難した。皇后さまに「子供が遊ぶ環境はありますか」「よく眠れますか」と気遣われ、「目を見て話してくださり、優しい方だと感じた」と笑顔を浮かべた。

(2011年3月30日20時30分 読売新聞)


今上陛下は、後奈良天皇の般若心経奥書、「朕民の父母として徳覆ふことあたわず、甚だ自ら傷む」の言葉そのままに、国民と苦楽を共にし、「民の父母」としていたわり、ねぎらい、はげまされている。


陛下のビデオメッセージは、本当に心打たれるものだった。

実感として、終戦の詔書以来ではないか、と感じた。


それだけ国家非常の時なのだ。

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2011年3月22日 (火)

天皇陛下のお言葉

東北地方太平洋沖地震・東日本大震災

未曾有の大災害に立ち向かう日本。国が大怪我を負ったことに国民がそれぞれに痛みを感じて自分なりに出来ることをと、真心を積み重ねて被災地の復興のために心を尽くしている。

16日、天皇陛下がビデオメッセージを発せられた。

http://sankei.jp.msn.com/life/news/110316/imp11031617200001-n2.htm

終戦の御詔勅以来のことではなかろうか。

天皇陛下のお言葉は、天皇陛下の御詔勅とはかくもあるか、という行き届いた心に響くものであった。

天皇陛下が、京都御所へ避難された、という流言があるそうだが、自分は、それはないと思った。

なぜなら、昭和天皇は、昭和20年の空襲が激しさを増してきた時期になっても、決して東京を動こうとはされなかった。陸軍が準備した長野県の松代大本営へのご動座も決して肯われなかったのである。


そして、明治宮殿が空襲で全焼してしまい、ご文庫と呼ばれた防空壕にお住まいになっても、御動座なされなかったのである。そして、「これで国民と同じになったね」とむしろ国民と苦難を共にすることをお喜びになられたのである。


そのことを思えば、今上陛下が、東京から御動座されることを肯われるはずもない、と感じたである。


そして、それはその通りであった。


国民からすれば、皇室の御安泰をひたすらお祈り申し上げ、御動座頂き安全な場所へ避難して頂きたいと願う。
しかし、陛下は、国民と共にあることを、お示しになられているのだ。


停電についても、皇居が停電になるわけでなくても、電気をお使いにならないで国民と苦難を共にする道を選ばれている。


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2011年1月25日 (火)

陛下の期待を裏切り続ける国会からの脱却を

通常国会開会式でのお言葉
2011.1.24

 24日の通常国会開会式での天皇陛下のお言葉は次の通り。

「本日、第177回国会の開会式に臨み、全国民を代表する皆さんと一堂に会することは、私の深く喜びとするところであります。

 国会が、永年にわたり、国民生活の安定と向上、世界の平和と繁栄のため、たゆみない努力を続けていることを、うれしく思います。

 ここに、国会が、当面する内外の諸課題に対処するに当たり、国権の最高機関として、その使命を十分に果たし、国民の信託に応えることを切に希望します。」

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民主党の岡田幹事長は、昨年、外務大臣の際に、国会開会の際の陛下のお言葉について、「陛下の思いが少しは入った言葉が頂けるような工夫を考えて欲しい。わざわざ国会に来て頂いているのだから、よく考えてもらいたい。」
と述べて物議を醸した。

宮内庁への苦言ということだったが、実は、内閣で原案を作成していることがわかり、まさに天に唾する結果となった。

その経緯はともかくも、陛下のお言葉に添うような国会になっているのか、そもそもそこことを考えてもらいたいものだ。

「全国民の代表」に相応しい見識と言動はどうか。

「国権の最高機関として、その使命を充分に果たし、国民の信託に応える」責任を果たしているのか。


 陛下の大御心を体して、国事に当たる政治家こそが今、日本には必要なのだと思う。

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2011年1月21日 (金)

平成の皇太子とモンゴル   知ってますか?「皇太子殿下~皇位継承者としてのご覚悟~」 その2

 日本の隣国といえば、ロシア、北朝鮮、韓国、中国と、色々な厳しい問題のある国々ばかりとという印象は否めない。

 しかし、直接境を接した隣国ではないが、近隣の国として、モンゴルがある。大相撲を通してモンゴル出身力士も少なくないが、そうした面だけでなく、日本にとって重要な国なのである。

 ロシアと中国という厄介な隣国との関係を持つ我が国としても、モンゴルとの関係は地政学的にも日本にとって大きな意味があると言えるだろう。

 先般、「クロッシング」という北朝鮮から脱出する人々を描いた映画を観たが、北朝鮮国境を越えて中国に入り、中国から北の草原を抜けてモンゴルを経由して脱出するというルートを描いていた。クロッシングの主人公の少年は、中国とモンゴルの国境の鉄条網をくぐりぬけてモンゴル側への脱出に成功したが、寒い草原の中で凍え死んでしまうという結末を描いていた。南北に分断された朝鮮半島を繋ぐ橋渡し役としてのモンゴルという国の存在に目を見開かされた映画ではあった。

「皇太子殿下モンゴル国ご訪問」という一文を書いたのは、野村一成東宮大夫である。

皇太子殿下の側近である野村大夫は、平成19年7月10日~17日、日本モンゴル外交関係樹立35周年に際しモンゴル国を訪問された皇太子殿下の首席随員として随行された。

様々な興味深い話が紹介されているので、詳しくは是非とも本文をご一読願いたいわけだが、心に残るエピソードが紹介されている。

「モンゴルは雨がとても少ないところで、年間降雨量が日本の一日分位しかありません。ですから、雨は非常に貴重で、大地に緑をもたらし、家畜を肥やし、民族が命をつなぐ源泉なのです。モンゴルでは、昔から「徳のある人は雨をもたらす」と言われ、客人が来た時に雨が降ると、恵みをもたらしてくれたといって感謝するそうです。」

「そして、殿下の地方ご訪問中、まさにそのようなことが繰り返しありました。殿下が行かれる場所では、その前に雨がザーッと降りまして、皆さん喜ばれるわけです。と同時に、雨が強く降っているときに殿下が来られたらどうしようという不安も起こる。ところが、いざ殿下をお迎えするときには、雨はすっかり上がっているわけです。地方の知事などの歓迎の言葉の中でも、そういったことについて触れられていましたが、そういう意味で、殿下は恵みの雨をもたらしてくれる、大変素晴らしいお客さんだということで、感謝されたということがございました。」


昭和天皇が、アメリカをご訪問になられた際に、どんなに天候が不順であっても、必ず晴れたということで「エンペラー・ウェザー」(天皇晴れ)と言われたというエピソードが思いだされる。

興味深いのは、その地において最も良いとされる天候がおとずれるということではなかろうか。晴れなら晴れ、雨なら雨、のような硬直した変化ではなく、その土地の人々が最もそうあれかしと願うことを実現されるということ。

日本の各地における行幸啓の際にもこうしたお天気の事は伺われる。

印象深く思いだされることとしては、今上陛下が皇太子殿下時代に、沖縄を訪問された際、台風が近づいて90%の確率で雨という天気予報にもかかわらず、殿下がご到着になる直前には雨が止み、お日様の光がさし、お立ち去りになるとまたどっと雨が降る、といった場面が何度もあった。


平成の皇太子殿下は、モンゴルにおいて、その御徳を十二分に発揮されたと言えるかも知れない。


更にこの一文では、ノモンハン事件のこと、抑留者の墓地への参拝、蒙古襲来とは別に両国の交流に関するお言葉など、本当に両国関係の奥の奥にまで手の届く交流活動の様子が知られる。


殿下のライフワークの水問題のお取り組みが生きる国でもある。


「新しいご公務」ということを巡りご発言をなされたことがあるが、皇太子殿下は、そのご行動によって具体的に新しい地平を拓いてこられているのだと感じられた。

それは、世界人類共通の水問題を通じて、世界の進運に寄与し、その一筋のテーマを応用しつつご公務を総べられていかれるというお姿である。これはまさに今上陛下が切り拓いたグローバリズムの時代における日本の皇室の在り方をさらに一歩発展させたお取り組みではないかと拝察される。


この素晴らしい皇太子殿下をいただくこの日本の国に生まれたことを喜べないのでは、バチがあたるな、と感じた。


第二部は、若手の記者によるエピソードだが、知られていない、だが本当に目開かされ心洗われる事実に満ちている。これは、読んで頂くより仕方がない。

皇太子殿下、万歳!

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知っていますか? 『皇太子殿下~皇位継承者としてのご覚悟~』 その1

『皇太子殿下~皇位継承者としてのご覚悟~』

明成社有志ブログより 週刊朝日の誹謗記事について


 皇太子殿下について、今の日本人はどれほどのことを知っているのだろうか。


 勿論、そんな偉そうなことを言えるほどの立場でも何でもないことは充分弁えつつも、本当にもったいない事だと思うのである。


 この本は、数少ない、皇太子殿下のお姿を伝える、希有な一冊ではなかろうか。

 第一部では、3人の方々がまとめておられる。

 一人目は、ジャーナリストの打越和子さんである。

 この方は、皇太子殿下がご成婚された際に、皇太子殿下の歩みをまとめた冊子を出されたことがあり、大いに学ばされることがあった。

 「皇太子殿下~皇位継承者としてのご決意」との一文は、皇室の伝統を正に御身に体現されておられる皇太子殿下のお姿を、様々なお言葉から紹介している一文である。


 「皇位継承者」という立場は、皇太子殿下特有のものであることは、言うまでもないことだが、そのことの重みを同時代を生きるものとして推し量ることは決して当たり前ではない。

 花園天皇の「誡太子書」を取り上げられ、

「この中で花園天皇は、まず徳を積むことの必要性、その徳を積むためには学問をしなければならないということを説いておられるわけです。その言葉にも非常に深い感銘を覚えます。」

と述べられている。そして、

「花園天皇の言われる「学問」とは、単に博学になるということだけではなくて、人間として学ぶべき道義や礼儀をも含めての意味で使われた言葉です。私も五十歳になって改めて学ぶことの大切さを認識しています。」

と続けられている。

この一文は決して長文ではないが、皇室とは何か、皇太子殿下のご覚悟とはどのようなものであるのか、拝察申し上げることのできる文章である。


2つ目の「皇太子殿下と世界の水問題」というテーマで 国連水と衛生に関する諮問委員会員の尾田栄章氏の文章は、水問題という世界的な課題を協議する「世界水フォーラム」という場において、国連「水と衛生に関する諮問委員会」の名誉顧問をお務めになられている皇太子殿下が、いかなるご活躍をされているか、という具体的な話しである。

ご活躍、といっても、何も殿下がスタンドプレーをして目立って何かをしている、という訳ではない。

こんなエピソードが紹介されている。

第一回アジア・太平洋水サミットに関して、その設立に向けて東京で開催された準備会合の折り、殿下にご接見を賜った委員の人々は、東宮御所からの帰路に「我々はもっともっと頑張らねばならない」と大変盛り上がったという。

「勿論、殿下からあれをやろう、これをやろうと言われるわけでは全くないのですが、殿下とお話しをさせていただく仲で、皆の胸中にある意欲や想いがかき立てられていくという感じなのです。」

「殿下のご接見に陪席していて感じるのは、ごく自然な対話の仲で、話している人間の問題意識のようなものが次第に明確になっていくように見受けられます。」

このことは、実は日本人の委員だけのものではないことが最後に語られている。

「世界の人たちは、皇太子殿下以外の方では務まらない役割を殿下にお務め頂いていると感じているようです。ご自身が積極的に周りを動かされるのではなく、そこに居られることによって周りが自然に活性化されて動いていく。」

「皇太子殿下は世界の調和ある発展を水問題の解決を通じて実現するという目標に向かって、まさに余人をもっては代えられない役割を担っておられます。ある意味では日本を超えた大きな位置にお立ちのようにお見受けします。そのことに一番気付いていないのは日本人かもしれません。」

「世界の人たちはすでに水問題は殿下の立派なご公務だと受け止めているようです。そこまでに殿下が努力なさっていることを、私たち日本人もしっかりと心に留めたいものです。」

(続く)

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2011年1月16日 (日)

平成23年 御歌会始  皇太子妃殿下の御歌

吹く風に 舞ふいちやうの葉 秋の日を 表に裏に 浴びてかがやく

 昨年十一月終わり頃、愛子内親王殿下の御通学になる学習院初等科にいらっしゃった折に、校庭に立つ一本のいちょうの木をご覧になって詠まれた御歌とのことである。


 文芸春秋新年号に、ジャーナリストの友納尚子さんの「雅子妃は愛子さまを甘やかしているのかー皇太子一家をめぐる「誤解」と「曲解」と「無理解」の淵源ー」という一文が掲載された。

「ほとんどの問題が杞憂か誤解、あるいは「心の病」に対する周辺の無理解によるものではないかと確信している」という友納さんの言葉に、ああ、この方は、ジャーナリストとして本当の良心を持った方であるなと思い、丁寧に読ませていただいた。

 愛子内親王殿下がお元気でご成長されることを祈る国民の一人として、昨年は心の痛むことが次々と起こった。妃殿下の「適応障害」の御病のことについても、本当にご回復の一日も早からんことを祈る中で更に起こった学習院初等科における「学級崩壊」の事件である。


 それにしても、 皇太子殿下というお方は、本当に素晴らしいお方だとつくづく思う。何という強い方なのだろう。


 天皇陛下の事を学ぶ時、敬意を忘れてはならないことは勿論だが、一方で、同じ人間としての側面からも学ばねばならないとは、故小田村寅二郎先生の教えてくださったことである。(言葉がその通りではないかもしれないが)

 同じように、皇太子殿下の御姿勢を拝察した場合、以下のようになろうか。

 奥さんが心の病で、娘が学校でいじめにあい不登校になってしまい、仕事の責任は重くのしかかる中、それらを全て毅然として引き受けて尚動じずに、人々の前に立って心を砕き、精励する。

 男として、これは大変な強さではなかろうか。


 さて、昨年のこと。

 「昨年は、天皇陛下御在位二十年と御成婚五十年にあたり、記念式典や東宮御所での御内宴など重要行事が続いた。年明けも、新年一般参賀のお出ましがあり、一月十七日の阪神・淡路大震災十五周年追悼式典に出席された宿泊公務は、二年ぶりのことだった。」

 「同月、三日間連続で東宮御所内においてご進講を受けられた。翌月もご進講やご接見に連日出られたのだった。「このままご接見やご進講が続いてご体調が良ければ、更に年内に泊り掛け公務ができそうだと大きな期待が寄せられていました」(宮内記者)」

 この数日後に、愛子様のことが分かるのである。

 「風邪をひかれた愛子さまを侍医が診ている時のことだった。「もう学校に行けますね」という問いに愛子さまは「学校に行くと食欲が無くて求職が食べられないから今日はお休みするの」と、ぽつりと漏らされたのだ。いつもと違うご様子に異変を感じた侍医が、愛子さまにやさしく尋ねると、学校に乱暴な男子児童がいて、大変に怖い思いをされたことなどを明かされたのだった。実は、愛子さまはご静養中の雅子妃に気を使われて、「あんまりお母さまに心配をかけたくないの。だって、ご病気でしょう。可愛そうになってしまうから」とけなげに話されていたそうだ。「わずか八歳のお子さまが雅子妃のご病気を理解し、心配を掛けまいとずっと我慢していたのかと思うと心が痛みました」(宮内庁関係者)その日のうちに愛子さまのご様子は両殿下に伝えられた。」

 長い引用になったが、この中で、「わずか八歳のお子さまが雅子妃のご病気を理解し、心配を掛けまいとずっと我慢をしていたのかと思うと心が痛みました」という宮内庁関係者の言葉が心に残った。

 愛子内親王殿下が、このような心遣いの出来る八歳の子供に育っておられるということは、胸が痛むと同時に嬉しいことでもある。 


 この文章はぜひとも多くの方々に目を通して頂きたいものだが、かいつまんで、もう少し引用して、皇太子殿下、そして妃殿下のご姿勢を紹介したい。

 「両殿下は、学習院の対応に慎重になりながらも学校に行きたいけれども行けない愛子さまの背中を押し続けたそうです。前日に登校する約束をしても当日になると恐怖から首を縦に振られない。東宮職は、学習院側がこのまま安全な環境を作る気持ちが無いなら学校に行かない選択もあるのではないかと考えていたようです。ただし、報道されたような留学や転校といった案はまったくありませんでしたが、東宮御所に家庭教師を迎えることも検討されたようです。」(宮内庁関係者)

 このような状況に対して、皇太子殿下が取った態度は以下のようなものであられた。

 「だが、皇太子は反対されたという。「まだ愛子さまが学習院に行きたいと思っていること」や「大切なお友だちとの関係」「集団生活から得る教育環境」を失うことは考えられなかった、といわれている。


 毅然たる態度であり、かつ本当の意味での愛のある態度であると思われる。


 「皇太子ご夫妻は、愛子さまに普通の子と同じように接するという方針で子育てをされてきた。そこで、東宮御所の近くの公園にお出掛けになったり、電車や路線バスに乗車体験をされたりもした。小学生になって、やっと手が離れたと思った時期に学校の送迎を再開するのは体力的に疲れるものだ。ましてや雅子妃はご静養中の身である。愛子さまを学校から守るだけではなく皇族として立派に育てなくてはならないという信念があったのかもしれない。」


 この指摘に、妃殿下のご姿勢もまた毅然たる愛に満ちたものであることを伺える。


 更に次の指摘には胸を打たれる。

 色々な誹謗がなされる中で、

「それでも、雅子妃の送迎は続いた。授業中はクラスの後ろや廊下に立っておられた。公務より子供の送迎なのか、という議論は筋違いに思える。我が子がきちんと学校に通う。そのために努力するのが、まず国民の範たる皇室の果たすことではないか、両殿下はそう思われたにちがいない。」


 子供がいじめを受けた場合に、親はどうすればよいか、ということについて、ある方の指摘を思い出した。

 それは、学校に行って見守ってやって下さい、世界中の誰もが敵になってもお母さんだけは味方だと、守ってあげるということを伝えて下さい。その方の指摘はもっともだと思ったが、妃殿下のなされていることは正にこの通りであると思った。

 さて、御歌のことに戻ろう。

 本当に落ち着いたまなざしである。

 学習院初等科の校庭に立つ一本の銀杏の木。その落葉が舞い落ちてくる。くるくると廻って落ちてくるのが銀杏の葉の特徴だろう。それを、「表に裏に」と表現される。理知的で聡明な眼差し、妃殿下の御病は、本当に快方に向かわれているのだな、と感じた。

 本当に嬉しいことだ。

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平成23年 御歌会始  皇太子殿下の御歌

モミジ   ミヤマ                           ト
紅葉する 深山に入りて たたずめば 木々の葉ゆらす 風の音聞こゆ


 以前、妹宮の清子内親王殿下が、耳を澄まして聴き入るような御歌をつくられるお方であるということを聞いたことを思い出した。

 東京近郊の山にお登りになられた折の御歌だという。

 高雄山を散策した時のことを思い出した。

 秋の深山の紅葉は、それは鮮やかな彩りで目を楽しませるものであられたと思われる。

 しかし、殿下は、それを耳でお聴きになる。

 木々の葉を揺らす風の音。

 深い山の中に佇まれる殿下は、その木々の葉を揺らす風の音に、何をお聴き取りになっておられたのだろうか。

 哲学者のような、深い深い殿下の思いを垣間見るような御歌だ。

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平成23年 御歌会始  皇后陛下の御歌

おほかたの 枯葉は枝に 残りつつ 今日まんさくの 花ひとつ咲く

 「まんさく」の花、を知らなかった。

 調べて見ると、

「春に他の花に先駆けて咲くので
”まず咲く花”ということでだんだんと
”まんさく”になっていったらしい。
また、花がたくさんつくので
「豊年満作」から命名されたとも。
欧米でも人気があり、
「魔女の榛(はしばみ)」
という名前もついている。
・「万作」とも書く。 」

ということだ。

満作」より

花言葉は「幸福の再来」なのだという。


 いつもいつも感じるのだが、皇后陛下の御歌には、常に深い「祈り」が込められているように思う。


 万花に先駆けて咲くという「万作」の花。その最初の一つが咲いたと。

 たくさんの枯葉が枝に残っている。古い時代のしがらみが残っている中に、新しい時代の希望が、幸福が、豊かな実りが、やってくるのだと、春の再来への祈りが込められているように感じるのである。

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2009年9月10日 (木)

「祈り 美智子皇后」 宮原安春著 文春文庫

 読了して、感動が胸に湛えられるのを感じる。胸が一杯という状態である。

 「人間 皇后」にこだわったと言うが、もしそうであるなら、「人間」とは何と言う崇高な存在足り得るのだろうか、という感慨が湧いてくる。

 神か人間か、というような俗耳に入りやすい対立項ではなく、人間の極みとしての神々しさとでもいうものを、皇后陛下のお姿を通して感じ取ることができるのである。「人間」というありのままの姿を伝えようとした結果がこれなのだから、誰も文句のつけようがないだろう。

 明治、大正、昭和、そして平成の皇室の変遷は、時代の相の移り変わりに沿ってその様相は変わっても本質に流れるものは一貫しているのだと思われる。

 皇后陛下は、恐らく当代一流の知識人であり芸術家であり歌人でもある。そして平成の天皇陛下の第一の臣下である。 皇室と国民の架け橋であり、日本の母である。

 「全てがそのあるべき姿にあるようにと祈り続けること」

 皇室の役割をこのように表現される皇后陛下。

 「常に国民の関心の対象になっているというよりも、国の大切な折々にこの国に皇室があってよかった、と、国民が心から安堵し喜ぶことのできる皇室でありたい」

 皇室のあり方をこのように表現される皇后陛下。

 読後感を表現しようとしても、うまく言葉にならない。

 今の日本にとって、奇跡のような存在、それが 美智子皇后である。

 125代連綿と伝えられてきた天皇の御位。天皇陛下を最もお傍で支えられ、また陛下の大御心が国民に伝わるように祈り続ける存在。

 どうもうまく言葉にならない。

 皇室について、まったく知らないことだらけなのだと、改めて思った。

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しばらく前に書いたものを、アップしてみました。

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天皇陛下御即位二十年奉祝記念写真パネル展示会の開催 広島

天皇陛下御即位20年奉祝広島県委員会が開催した

「両陛下 写真パネル展示会」 平成21年8月24日~26日 の様子が、YOU TUBE にアップされていた。

広島県下の全部の市町で巡回していくということなので、是非ご覧頂きたいものだ。



スクリーンに大写しになっている映画も上映されている。

今は、神石高原町と府中町で開催中  (~13日(日))とのこと、来週は、庄原市と海田町。

スケジュールは、奉祝委員会のHPでお知らせしている。

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