聖書を読む

2007年10月12日 (金)

韓国人から教えられた日本人の素晴らしさ

 韓国から研究調査で日本に滞在しているある韓国人女性と話しをしていて教えられた日本人の良さについて一言書いておきたい。

 私は、世間一般から見れば恐らく大変偏った考え方の持ち主であり、今の日本及び日本人に対しての偏見は相当なものである。

 ところが、それを韓国人の女性からたしなめられた。

 彼女は、地域を再生するためには何が出来るのかを研究課題として、日本の地域をフィールドワークのために歩いている。

 その中で見た日本人の姿を、彼女はこう表現した。

 日本人は、他人や、地域社会のために役立つことを誇りに思い一生懸命に働きます。自分のことだけを考える人は少ないです。あちこちでそうした人たちがいて日本を支えています。だから日本は大丈夫ですよ。

 日本語を勉強し始めてまだ一年足らずの彼女の言葉だ。本当に嬉しかった。

 彼女に、日本の神話や伝承の話をする。とても興味深く聞いてくれる。

 韓国のことが心配だと、彼女はいう。根っからの愛国者なのだ。

 今の日本人は、日本の歴史や伝統についてどれほどの「知識」があるかは、甚だ心許無いとは思う。

 しかし、日本人の「心」は、充分生きている。そして、今、日本人として生きているのだ。

 そう思って嬉しかった。日本人は、自分だけが得をし、自分だけが楽をしても、ちっとも嬉しくない民族なのだ。

 人のために役に立つ、人に喜ばれることが何よりも嬉しいのだ。そうすれば自分に帰ってくることも知っているのだ。

 「情けは人のためならず」

 人に情けをかけるのは、他人のためのようでいて、実は巡り巡って自分に帰ってくるものだ、という感性。これは決して自分の「得」を当て込んでするものではない。真心は響きあうということを言っているのだ。

 それは、聖書で、イエスが5つのパンを5千人に分かち与えた奇跡に通じる心性なのだと思う。

 韓国では、キリスト教が蔓延している。かつて戦国末期から徳川所期にかけて起ったキリシタンの他宗教の排撃を、彼らはやっているらしい。特に韓国における祖先崇拝が攻撃に晒されているのだという。韓国において、祖先崇拝は日本におけるのと同等かそれ以上の意味を持つものであるだろう。韓国人は一体どうなってしまうのか。

 しかし、彼女を通して見る韓国は、現代の苦しみの中にあっても決してくじけない国のように見える。

 彼女に恥じないように、日本を素晴らしい国にしたい。そう思った。

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2006年4月 4日 (火)

敗戦で失われたもの~河村幹雄博士の場合~

 大正から昭和初年にかけて、とりわけ教育問題に熱心に取り組まれ、著名であった方の一人に、河村幹雄博士がおられる。

 氏は明治十九年に、北海道石狩に生まれ、明治44年に東京帝国大学を卒業された。その後直ぐに九州帝国大学の講師を嘱託せられ、翌年には九州帝国大学工学科大学助教授に任ぜられた。大正8年には九州帝国大学教授に任ぜられ、同年理学博士の学位を受けられた。昭和5年斯道塾を福岡市に開かれたが、翌昭和6年12月27日、永眠された。享年46歳。

 短い生涯であったと言わねばならないが、「遺稿集」の編集後記に切々と述べられる言葉は、博士の遺徳を偲ぶに十分であろう。

「「私が亡くなったら書遺したものは皆焼いて灰にしてくれよ」とかねてより言い置いて博士は逝かれた。それにも拘らず今、ここに遺稿を編纂・刊行するに到つたことは、博士の心を知らない背命の所業である。我々はかかる背命の恐るべきを思はなかつたのではない。然し何人かよく直ちにこの命に従ひ得たであらう。博士を知る人にして、片々たる草稿と雖もこれを愛惜し保存すべきを力説高調しない人はなかつたのである。」

「博士の本領は、寧ろ、その行住坐臥の間、実践に於て体現され、或は講演に、或は講義に、或は座談に、そしてその公私の生活の裡に直接表現されたのである。それ故にその筆録されたものが如何に勝れてゐるにもせよ、その一部分を輯めて遺稿として刊行することは必ずや博士の偉大なる生命に外的な限定を加へることとなるであらう。時にふれ折に際し、豊かなる情意と透徹したる識見とを以てすべての者を蘇らせすべての者に力を與へられた博士の生命の全貌をここに現すことはできないからである。偉大なる生命は却つてこれに直接触れた人々を通じて無限の展開をなし、隠微の間におのづから結晶して何等かの形となるであらう。遺稿を求める我々の心は畢竟これ愚凡の迷執であるに違ひない。」

「然しながら日本は今意味深き歴史の刻々を経過しつつある。世界歴史の中心が日本に於て渦巻いてゐる。『重き悩みの近づき来るに』と博士の歌はれたその時が正に我が民族の目前に到来してゐる。この重き悩みを擔ひ了せ、歴史をして永遠の栄光に輝かしめる為には、高邁なる人生観に基く確固たる精神力と明晰なる洞察力とを有たなければならない。博士の思想は必らずこの力を我が同胞に與へるであらう。」

「かくして、遺稿に伴う必然的制約は博士を損ふこと頗る大であるとしても、遺稿が晦迷の中に陥らうとする我々の心に光を與へ、普く同胞に革新の原動力を與へるとするならば、背命の所業は寧ろ缺くべからずと思ふに到つたのである。」

 この遺稿集が編集されたのは昭和8年。全国から応募者があったという。その後、この10センチもある遺稿集をより精選して出版されたのが「名も無き民のこころ」である。これは戦後も版を重ね、読み継がれてきた。自分も戦前の版のものと昭和40年代に出版されたもの2冊を持っている。

 最近、ふとしたことをきっかけに、漫然と調べていたら、何と、最近「日米不戦論」という著書が復刊されたいたのに驚いた。博士は過去の人ではなく、今現在もなお、読み継がれ、また伝えようとする人々がいるのだということに感銘を受けた。

 そして調べてみると、「河村幹雄全集」が刊行されたことを知った。第一巻のみであるが奥付を見ると昭和20年6月20日に4000部第一版が出版されている。髪質も装丁も「遺稿集」に比べて遥かに劣るのは、戦争末期のわが国の状況を反映したものと思われ痛ましい。全4巻で計画されていたらしいが、2~4巻が見当たらないのは、やはり敗戦後の混乱期に、この試みが放擲されてしまったということなのだろうか、と推測するの他はない。もしそうだとするならば、きわめて残念なことであり、敗戦という政治軍事上の一時がもたらした、人文への痛手のひとつだと思わないわけにいかない。

 るる述べてきたのだが、本当は、次の一文を紹介したいが為に書き始めたものであった。これは、復刊した「日米不戦論」には掲載されていないらしい。女子教育にも心を砕いた博士の、女性教育論であり、今もなおまったく古びていない、貴重な一文であると思われるのだ。大正から昭和にかけての世相と、現在の世相がよく似ているということを思わないわけにいかない。それは、その頃にも「女権拡張論者」の耳障りな掛け声が世間を騒がしていたという一事のことをさしていうのである。今の世にないのは、博士のように、全人格を持って国民全体に感化を及ぼすような碩学の存在である。せめて、博士の言葉を、人として生きる道のよすがとして、紹介したいと思うのである。

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2005年3月 5日 (土)

「新約聖書」を読む マタイによる福音書 第9章、10章

第9章にいたって、はじめてマタイという人が出てくる。
恐らく、(私は、詳しくキリスト教を知らないので、間違っていたら訂正するが)このマタイ伝を顕した人のことだろう。

彼は、収税吏 tax collector の一人として登場する。
イエスは収税所に座っているマタイという男を見て、「Follow
me」と一言声をかける。彼は立ち上がってイエスに従う。
イエスの弟子取りは、大体このようである。 (9)

この章の1から8までのエピソードは、律法学者が、イエスに対して疑問を抱くところである。

イエスが中風患者を癒した。その部分は次のように書かれている。

When Jesus saw their faith, he said to the paralytic,
"Take heart, son; your sins are forgiven."

気付くことは、イエスは常に「信仰 Faith」を見ていることだ。
「信仰」のないところでは、イエスであっても「奇跡 miracles」を起こすことは余りない。

ここで、律法学者 the teacher of the law が思ったことが、やがてイエスを十字架に連れていくことにつながると言っていいだろう。
彼は思った。
This fellow is blaspheming.

この「blasphem」という言葉は、辞書で引いてみると次のようである。


a.. blaspheme
【他動】 冒とくする
【発音】blaesfi':m、【@】ブラスヒーム、ブラスフィーム、【変化】《動》blasphemes

| blaspheming | blasphemed、【分節】blas・pheme
a.. blaspheme against God
神を冒とくする
a.. blasphemer
【名】 冒とく者
a.. blasphemous
【形】 冒とく的な、不敬{ふけい}な◆名詞 blasphemy(神の冒とく)の形容詞形。irreverent や impious よりもはるかに重大で侮辱的な態度・行為
を表す。かつては教会から破門されるほどの強い意味を持っていた。現在では宗教以外の事柄に関しても用いられるが、非常に強い意味合いを持つことには変わりない。

以上、極めて強い意味で、「神を冒涜する」という意味の言葉である。


「Fellow」は、「仲間」とか「やつ」など、かなり親しい間で使われる人をさす言葉だが、聖書では、かなり突き放して見下した感じで使われているように感じる。ここでは、「この人は」となっているが、「この者は」のような感じの方が語感として合うかも知れない。

なぜ、神を「冒涜」していると思ったのか。それは、
「sin are forgivn」という言葉にある。

「罪を許す」権能は、唯神にのみある、ということであり、人の子が「罪を許す」などということは、神の権能を侵す者である、というのが、この律法学者の思念であったろう。

ところがイエスは、律法学者のそんな思いは直ぐに見抜く。
イエスからすれば、どうでもいいことなのだ。だから、次のように言った。
Which is easier: to say, 'Your sins are forgiven,' or to say
'Get up and walk.'?
「どちらが簡単だと思いますか。「あなたの罪は許された」と言うのと、「起きなさい、そして歩け」と言うのと。」
But so that you may know that the Son of Man has authority
on earth to forgive sins...
「しかし、そのことがあなた方に分かるように、人の子は地上において罪を許す権威を持っているということを・・・」

つまり、イエスは、わざと律法学者たちの前で、彼らの神経を逆撫でするような言葉を使ったのだ。
それは、イエスにとって、つまり、彼の宗教にとっての重要な事項を顕すことであったろう。

Son of Man が、 forgive sins という authority を持つということを。

この一事が、重大な宗教改革宣言でもあったろう。

神の権能を人の子が持つことを宣言したのだから。そしてこれは人の子=イエスのものとしたのだけれど、確かに、聖書では人の子といえばイエスであり、常に単数形で使われることばでもあるのだが、この言葉自体は、人間の子、つまり人類そのものの意味になる。

この解釈は、イエスを通じてしか救われないとするキリスト教の恐らくは基本となるところであろうけれど、イエスの業は、イエスだけのものでないことは、イエス自身が証明しているとも言える。それは「信仰の力」ではあっても、イエスという神の子にのみ与えられた権能ではないのだ。

それにしても、イエスはあえて挑発をしているとしか思えない。

この章では、イエスが行った「挑発」の数々を記している。

9から13まで、イエスは、収税人や罪人と席を共にして食事をする。どちらも嫌われ者であることは言うまでもない。パリサイ人(ひと) Pharisees  は、イエスの弟子に疑問を
ぶつける。それに対してイエスはこたえる。
It is not the healthy who need a doctor but the sick.
「医者が必要なのは健康な人ではなくて病人である」
そして、ここでも挑発している。
But go and learn what this means:'I desire mercy, not
sacrifice.'
「”私が願うのは、慈悲・憐れみであって、生贄(いけにえ)ではない”ということの意味を学んできなさい。」
この「sacrifice」は、基本的には否定的な意味ではない。「犠牲」は尊い行為として一般に知られており、この時代にあってもそうであった。しかし、パリサイ人に向かって「生贄」よりも「憐れみ」を(神が)願っている、という言葉、これは恐らく、旧約聖書の何処かに記された言葉なのだと思われるが、これを突きつけたのは、恐らくは、「生贄」に熱心で、「慈悲」に欠けていたパリサイ人への痛烈な批判だったのだろう。

イエスの振る舞いは、イエス自身の出身母体とも言えるパプテスマのヨハネの弟子たちから見ても疑問のあるものだった。
14から17まではそのことが記述されている。
イエスは必ずしも断食を否定しているわけではない。しかし、それに拘ってもいない。

有名な
New wine into new wineskins
(新しい酒は新しい酒袋に)
という言葉はここで語られている。

18から25までのエピソードも重要である。
イエスが初めて死者を甦らせたからだ。母親が娘が死んだ。あなたの手を置いて下されば、生き返るでしょう、と母親は言う。
イエスは言う。
Your faith has healed you.  (汝の信仰汝を癒せり)
人々は最初イエスを嘲笑う。
そんなことばできるものかと。ところがイエスが手を取ると少女は起き上がった。
そして、このうわさが地方全土に広まる。
26から31までのエピソード。
イエスは盲目の者を癒す。ここでイエスは尋ねる。
Do you believe that I am able to do this?
盲人は答える
Yes,Lord
イエスは言う
According to your faith will it be done to you. (汝の信ずるごとく、汝にまでなれ)
すると、彼らの目は見えるようになった。
イエスは注意する。
See that no one knows about this
誰にも知られないように注意しなさい。
しかし、彼らはその地方全体にイエスのことを言い広めてしまったのだ。

次には悪霊に憑かれて口が利けない人が連れてこられる。
これも物が言えるようになる。

パリサイ人は悪霊の親玉が悪霊を追い出してるだけさ、と嫉視して言う。なぜなら、彼らには人々を癒すということが出来ないからである。

こうして全ての町や村を巡り、公会堂で説教をし、神の国の福音を説き、障りのあるものや病んでいるものを癒し、弱り果てている人々を深く憐れんで歩いた。しかし、するべきことは多いが、働き手が少ない、と感じられ、更なる働き手として弟子たちを送り出すことをきめるのだ。

ここまでが9章の内容である。

いわば、キリスト教の伝道の原型である。やっていることは、イエスの時代から現代まで、殆ど変わらないのではなかろうか、と思われる。
ここから最初のイエスの弟子たちの伝道が始まるわけだが、第10章では、イエスがいわゆる12人の弟子たちに懇切丁寧な注意を行っている。
この12人の名前は、
ペテロ(シモン)とアンデレ(兄弟)
ヤコブとヨハネ(ゼベタイの子、兄弟)
ピリポとバルトロマイ
トマスとマタイ(収税人)
ヤコブ(アルパヨの子)とタダイ
熱心党のシモン(熱心党=Zealot)とイスカリオテのユダ
このように対になって記されている。
いわば、聖書の副主人公たちである。

この、いわばスーパバイザーとしてのイエスが、弟子たちに教えた伝道の心得は、いくつかの点で、現代でも行われているもののように思われる。
イエスは、弟子たちに、自分の分身としての教育を施しているのだ。「伝道者」の原点がここにある。

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「新約聖書」を読む マタイによる福音書 第8章

山上の垂訓以降

さて、イエスは山から下りる。すると、おびただしい群集が後をついてくる。

群集(large Crowds)という言葉は以後、随所に登場する。そして、イエスの行くところ常について回るのである。

そして、その中には常に病に苦しむ者がいる。
その中でも、繰り返し登場する典型は、
らい病患者 leprosy である。
また、中風患者 paralyzed である。
そして、悪霊に憑かれた者 demon-possessed である。

当時、このシモンの地、ユダヤの地に多くいた人々なのだと思われる。


また、イエスに群がる群集を見て寄ってくる別の者がいる。
それが、律法学者 teacher of the law である。

最初、イエスは、優れた律法学者と思われたのかもしれない。
19で、一人の律法学者が、イエスに向かって、「先生、あなたの行かれるところに、どこへでも従います」という。

このときイエスは、
Foxes have holes and birds of the air have nests, but the
Son of Man has no place to lay his head. (20)
という。
狐には穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子には頭を横たえる場所もない、というフレーズだ。

軽い自嘲さえ感じられるが、無限のやさしさも感じられる、言葉であるように思われる。
以後、休む間も無く、教えを説くためにあちこちを歩き回られるわけだが、そのことが既に暗示されているようにも思われる。
しかし、やがて彼らは、イエスを告発するものへと変わっていくのだ。

前後するが、イエスは、癒された人々に対して繰り返し、言われる。

You don't tell anyone  (4)
(このことを誰にも話さないように)

これは、噂が一番早いスピードで広がるやりかたでもあるが、イエスとしては必ずしもそうした事を狙ったわけではないだろう。
病が癒されるということは、イエスにとってはむしろ当たり前のことに属するのであり、苦しむ人に対する憐れみによって、癒しを施されるのだが、それは次の言葉の通りのことであったろう。

Go! It will be done just as you believed it would! (13)
(行け、あなたの信じたとおりになるように)

この言葉は、ある一人の百卒長  a centurion にかけられたものであり、イエスは、彼の信仰に深く感動している。このエピソードは、この前にあるところの、「権威あるもの」ということに対応して、印象的な話である。ユダヤ民族の宗教を超える契機を、既にここに見出すことも出来るかも知れない。  

信仰の力、ということを弟子たち disciples にも繰り返し説いている。

イエスが湖のほとりから、舟に乗り対岸に渡ろうとした際、激しい暴風雨が襲い、舟は呑まれそうになる。
このとき、イエスは眠っていた。
But jesus was sleeping.  (24)

さりげない一言だけれども、イエスという人の姿が彷彿と浮かんでくるところだ。

弟子たちが、
Lord,save us!We're going to drown!    (25)
主よ、お助け下さい!沈んでしまいます!
と、イエスに泣きつく。

するとイエスは、
You of little faith,       (汝信仰薄きものよ・・・君たちはほんのわずかな信仰しかもっていないのだねえ)
why are you so afraid?   (何でそんなに恐れることがあるんだい?)
と、のんびりした答えだ。  (26)

このフレーズは何回も出てくる言葉だが、イエスが信仰薄い弟子たちを、根気良く導いていこうとされる様が良くあらわれている。

28から34までの物語は、ドストエフスキイが「悪霊」で取上げた部分でもあるが、確かにちょっと不気味なエピソードでもある。

ここ、ガラダ人の地で、墓場から出てきた悪霊に憑かれた二人の者が、イエスに出会う。
彼らは乱暴者で、誰もそのあたりの道を通ることが出来ない。
突然、彼らは叫んでいう。
What do you want with us, Son of God?
Have you come here to torture us before the appointed time?
(あなたは何でやってきたんですか?神の子よ!まだそのときでないのに!)
悪霊の叫ぶ言葉は興味深いといえる。
彼らには、the appointed time がある、ということを認め知っているのだ。
そして、彼らは、自分たちを追い出すならば、遠く離れたあの豚の群れの中に使わしてください、という。
そして、その通りになった。すると、豚の群れは駆け出して崖からなだれを打って湖に飛び込んで死んでしまう。
豚飼いは、そのことを町に行って話す。
町の人々は、イエスに、この地方から去るように頼む。

悪霊が、イエスに復讐した、という図である。
ポツっとでてくるエピソードで、余り気持ちのいいものではない。

第8章はここで終わる。

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2005年3月 3日 (木)

「新約聖書」を読む マタイによる福音書 第5章から7章の感想

イエスの教えは、単純なようで錯綜としている。矛盾があるようにも見える。しかし、これは、致し方の無い矛盾錯綜であるように思われる。いかなる狡猾なる者であっても、欺き得ないように語らねばならなかったからであろう。「あなたはこういったではないか、なぜ救われないのか」という抗議を予め封じているように思われる。だから錯綜するようにもみえ、前後矛盾するようにも見えるのだろう。

イエスの言葉で、すっと入って来る素直な部分と、極めて厳しく、錯綜としている部分とのコントラストがある。それが丁度内容のコントラストにもなっている。前者は素直なものへ、後者は狡猾なものへの言葉であったように思われる。実際に議論好きで通るユダヤ人に対して語る言葉は、論理的に万分の一の隙もあってはならなかったのであろう。それがイエスの言葉の錯綜とする所以であろう。それにしても、イエスの偽善者”hypocrites"に対する怒りの激しさを感じずにはいられない。直情径行な人だったのだろう、と思われる。

群集は、必ずしも、その語る内容自体に、驚いたのではない。その言葉が、「Authority」権威あるもののように語られたことによるのだ。そして、「not as their teachers of the
law.」「律法学者のように語られたのではなかったから、というのだ。この律法学者というのも曲者だが、恐らく、書いてある言葉を棒読みに、何の感動も無く押し付けるようなものの言い方でしか、語れなかったのだろう。イエスが、律法学者たちと違ったのは、ただ、「he taught as one who had
authority」であったからなのだ。

これは、同じ教えであっても、棒読みで語られるのか、その言葉を生きたものとして語るのかで、受け取る側の印象として、天と地の差が生まれるのであって、これは現代にもそのまま通じることだと思われる。

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「新約聖書」を読む マタイによる福音書 第1章から第7章まで

新約聖書のマタイによる福音書を英語のテキストで読む。日本語が対訳されているが、部分部分で飛ばされているところもあるので、英語のテキストの方が読み易い。所々補足的に日本語訳を見るという方がいいらしい。

明治の翻訳は文語文であり、こちらの方が分かり易いし、威厳を感じさせるべきところで権威を持ってその雰囲気を伝えることが出来ているように思われる。

マタイによる福音書の第1章の1から17まではいわばイエスの系譜である。18から25までがいわゆる処女懐胎神話だ。

第2章は、東洋の賢者を意味する「MAGI」と、ユダヤの王ヘロデの対話から始まる。

MAGIたちは、星に導かれて、ユダヤ人の王として生まれた御子を拝みに、ユダヤまでやってきた。

その話を聞いたユダヤの王ヘロデをはじめエルサレムの全ての人々は不安を感じた。そこでヘロデ王が、祭司長(ユダヤの神殿で祭りを行う官職のことだろう)、律法学者を全て集めてMAGIに、CHRISTはどこに生まれるのかと問う。

MAGIは、「ユダヤのベツレヘムです」と預言者の言葉を引きつつ答える。

そこで、ヘロデ王は、MAGIたちに、ベツレヘムに行って調査して報告するように委嘱した。その理由は、自分もMAGIたちと同じようにその御子を拝むためだという。

ここまでが1から8だ。

MAGIは、星にその御子のいるところまで導かれる。

Having been warned in a dream

夢の中でお告げを受ける。ヘロデ王のところへ帰ってはならないと。それで別の道を通ってMAGIたちは自分の国へと帰る。

an angel of Load のお告げは、ヨセフにもくだる。

Get Up! Take the child and his mother and escape to Egypt.

起きなさい!御子とその母を連れてエジプトに逃げるのです!私が知らせるまでそこにいなさい。ヘロデが御子を殺すために探しています!

ヨセフと御子とその母は、お告げにしたがってエジプトに逃れます。ヘロデ王はMAGIたちの報告を待っていましたが、OUTWITTED(出し抜かれる)されたことに気付いて荒れ狂います。そして、他のものを派遣して、ベツレヘムとその付近の地方にいる2歳以下の子供をことごとく殺害しました。

これが、9から18までの物語です。

19から23は、ヘロデ王が死んだ後、An angel of the Load がヨセフの夢に現れイスラエルの地にもどるように命ずる。そして、ガリラヤのナザレという町に住むことになるところまでを語る。ここまでが第1章だ。

イエスの物語の壮大な幕開けにふさわしいエピソードという感じがする。

第3章は、荒野のヨハネ、パプテスマ(洗礼)のヨハネの物語とそこにイエスが洗礼を受けに来て、天からの声が「This is my Son, whom I love; with him I am well pleased.」と、イエスを呼ぶところまでである。

第4章は、the Spirit によって荒野に入り、40日40夜、悪魔(devil)に試みられるという試練を受ける。こう見ると、悪魔は言わば神の試験官でもあり、教官でもあるような感じもする。

そしてそこでは、旧約聖書の言葉によって論争がなされるのだ。悪魔は旧約聖書の言葉を引用してイエスを試す。悪魔は全世界を示して、私の前にひれ伏して拝むならば、これら全てをあなたにあげよう、という。イエスは、"Away from me Satan! For it is written:'Worship the Load your God, and serve him only.'"と答え、悪魔を退けた。

これで試練は終わり、悪魔は去り、天使らがイエスの元にやってきて使えた。ここまでが1から11までである。

ここで、しばらくの時間があるのかどうか分からないが、言葉の上では、When と、直ぐその後に続いて、パプテスマのヨハネが捕らえられたと聞いて、イエスはガリラヤへ向かうことになる。そしてこのときから、イエスはPREACH(説教)をはじめるのだ。その言葉は、パプテスマのヨハネが言っていたのと同じ言葉でつづられている。"Repent,for the kingdom of heaven is niear."と。

そして、シモンと呼ばれた猟師のペテロとアンデレ兄弟を、人間を漁るものにしてあげようといって弟子にしたを始め、ガリラヤ全土の synagoguesで説教をし、病気を癒すなどの奇跡を起こす。その噂はシリア全土に広がり、おびただしい群集がイエスに従うことになる。第4章後半の12から25まで、イエスの伝道の出発とその様子を記していることになる。

第5章は、有名な「山上の垂訓」となる。ここから、イエスの説いた具体的な説教の内容が語られ、第6章、第7章の終わりまで記されている。

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