日記・コラム・つぶやき

2009年9月10日 (木)

天皇陛下御即位二十年奉祝記念写真パネル展示会の開催 広島

天皇陛下御即位20年奉祝広島県委員会が開催した

「両陛下 写真パネル展示会」 平成21年8月24日~26日 の様子が、YOU TUBE にアップされていた。

広島県下の全部の市町で巡回していくということなので、是非ご覧頂きたいものだ。



スクリーンに大写しになっている映画も上映されている。

今は、神石高原町と府中町で開催中  (~13日(日))とのこと、来週は、庄原市と海田町。

スケジュールは、奉祝委員会のHPでお知らせしている。

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2009年8月28日 (金)

地獄への一里塚、「政権交代」




コネタマ参加中: 政権交代してほしい? ほしくない?

 (自民党から民主党に)「政権交代」して欲しいか、欲しくないか、という設問なら、現時点において「欲しくない」

「民主党」がきちんと綱領もまとめ(民主党は、いまだに綱領をもっていない、ということは、「政権交代」をするためだけに野合している集団にすぎず、「政党」というのもおかしな話である。)

更に、本音の政策をきちんとマニフェストに盛り込み(政策インデックス2009であげている「外国人参政権」「夫婦別姓」「人権擁護法案」「国立追悼施設」などなど、盛り込んだら大幅な人気低下が避けられない旧社会党系の政策。)

更に、地方分権ならば、国の役割は、国防、外交、教育などに絞るべきだ、と言いながら、「国防」「外交」「教育」についてのマニフェストの記述は、ナッシングないし不十分。


これではとても怖くて、「民主党」に期待するわけにはいかない。


正直、怖い。


「政権交代」しても、それは一時期のことだから、と、一度やらせてみては、という位の軽い気持ちで、「政権交代」を望んでいる人々もいるのだろう。


日本赤軍と関係があるとされる辻本清美が、社民党そっちのけで、「民主党をよろしく」を連呼しているのだそうだ。


そういえば、重信房子が、日本に帰ってきたとき、合法的に政権を乗っ取ることができる、見たいなことを言っていた。


要するに、そういうことなのだ。


永田町の権力中枢に、「解放区」が生まれる、ということは、日本は革命国家になる、ということである。


皇室典範の改正は、国会の過半数で出来てしまうのだ。民主党がホイ、といえば、絶頂期の小泉首相でさえ出来なかった「女系天皇」の導入さえ、やすやすと出来てしまうのだ。


人権暗黒の社会をもたらすと、ネット市民はじめ必死で阻止してきた「人権擁護法」など、政策インデックスに書いているのだから、やってしまうだろう。


これまで保守派が必死で阻止してきた課題が次々と、いともあっさりと突き崩されていくのだ。

そして、教育基本法が再改正される。それは、かつての「日本国教育基本法案」とは似ても似つかない、日教組が作成した、日教組版教育基本法となるであろう。反日・反天皇・反国家・反道徳・反国語教育が一層推進され、現在、チベットやウイグルで中国がやっているような、民族抹殺教育が推進されることになるのだ。

在日米軍はすでに逃げ出し始めているが、その空白を埋めるのは、日本の国軍ではなく、中国・北朝鮮の軍隊ということになる。おそらくは、友好の名の下に進駐してくる。そしてじょじょに展開して、やがて一気に日本社会を乗っ取る、という寸法だろう。その過程で、一体何人死ななければならなくなるのか。想像を絶するだろう。チベットやウイグルの例を見れば、ミニマムでも何百万人、多ければ何千万人が殺されることになるだろう。大げさでもなんでもない、中国という国は、これまで自国民に対してもそれをやってきたのだから。そして、「南京大虐殺」の仕返し、とばかりに、虐殺と強姦、略奪が未曾有の規模で繰り広げられるだろう。

 弱体化された自衛隊は各個撃破され、丸裸にされた日本人は、バビロン虜囚よろしく、中国本土に大量に送られ、核実験で汚染された砂漠に放り出され、死に絶えさせられるのである。


 後の方は、いささか荒唐無稽のように見えるかもしれないが、一気に以上のような道筋の可能性が大きくなってしまうのである。

 友愛外交とは、友好外交と同義であろう。そして、日中友好が何を意味するか、無制限の対中譲歩に他ならないのである。

 アメリカはじめ諸外国が黙っていない?そう、型どおりの非難はするだろう。そして、その都度、握手が交わされるのだ。


 あの厄介な日本人をこれで撲滅出来た、と、太平洋で握手を交わすのだ。

 ああ、このような未来図を、描かなければならないとは。


 日本人の愚かさに、ほとほと愛想が尽きる思いだ。


 この、愛すべきまでに愚かで、お人よしの日本人。


 骨の髄までしゃぶられ尽くして、消滅してしまうのか、日本よ。


 民主党政権とは、革命政権である。


 解散権が行使されない限り、4年間政権を握り続けるのだ。一体どれだけの破壊がなされるのか。そして、どれだけの犠牲が払われるのか。よくて、「経済大国」など、昔の夢となりはてるだろう。


 教育の劣化の進捗によって、民族の劣化が起り、トータルとしての地盤沈下の進行は避けられないだろう。

 「政権交代」とは、日本の未来を真っ黒に塗り潰す、地獄への一里塚だと、言っておく。

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2009年8月20日 (木)

動画づいてしまって・・・

 動画の埋め込みができるとわかって、ついつい動画ばかり使ってしまって、このブログの趣旨からすれば、言葉で勝負しなけりゃならないはずなのだが。。


 

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国立追悼施設など、まやかしだ!!  靖国神社を大切に思う国民の心は無視ですか!?

再浮上、国立追悼施設問題

日本大学教授の百地章先生が、その問題を追及しています。



さて、誰もが「わだかまりなく」お参り出来る国立追悼施設を、という党首がいたが、この人は、想像力が決定的に欠如している。

 なぜなら、国立追悼施設は、断じて、「だれもがわだかまりなくお参りできる施設」にはならないことは確実だからだ。

 靖国神社を、戦没者追悼の中心の施設であることを確信している国民は多い。

 この多くの国民が、「わだかまり」を持たないと考えること自体、想像力が欠如しているといわざるを得ないのである。

 自分の頭でモノを考えない人間であることが分る。

 誰かのつくった言葉をおうむ返しにしゃべっているに過ぎない、そんな印象を受ける。

 だから、自分の言葉にあらわれている矛盾にも支離滅裂さにも気付かないのである。

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2009年8月18日 (火)

8月6日 田母神俊雄氏講演会in広島 「ヒロシマの平和」を疑う!~広島発、真の平和メッセージ~」 その3

8月6日 田母神俊雄氏講演会in広島 「ヒロシマの平和」を疑う!~広島発、真の平和メッセージ~」 その3

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2009年8月17日 (月)

8月6日 田母神俊雄氏講演会in広島 「ヒロシマの平和」を疑う!~広島発、真の平和メッセージ~」 その2

8月6日 田母神俊雄氏講演会in広島 「ヒロシマの平和」を疑う!~広島発、真の平和メッセージ~」 その2


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8月6日 田母神俊雄氏講演会in広島 「ヒロシマの平和」を疑う!~広島発、真の平和メッセージ~」 その1

8月6日 田母神俊雄氏講演会in広島 「ヒロシマの平和」を疑う!~広島発、真の平和メッセージ~」 その1

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マニフェスト対決!自民か民主か、政策選択を言うならこれを見てから考えよう!

自民・民主「マニフェスト」研究 前半

民主党の「マニフェスト」に載っていない、「民主党政策集INDEX2009」の中の政策


自民・民主「マニフェスト」研究 後半

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民主党の目玉・「子ども手当て」は家族解体政策


民主党のマニフェスト研究
http://www.youtube.com/watch?v=ivU4SN_OLaI

民主党=フェミニズム→家族解体→少子化→外国人労働者導入→日本の自殺

「子ども手当て」は家族解体政策

家族を守る「扶養者控除撤廃」を訴えてきたフェミニスト

民主党の言う「子ども手当て」は、不倫・離婚のススメ。

60万人の不登校児たちは、フェミニズムの犠牲者。それを増やそうというのが、「子ども手当て」政策。

家族解体を進める民主党の政策の底意を見抜かないと、あなたの家族が壊されます!

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国旗を切り刻む民主党! 切り刻まれるのは、国旗だけ?それとも日本?あなたの家族、生活、未来…?!

恐るべき本性を現しつつある民主党。
切り刻まれる国旗。それを平気で出来る人々が民主党の裏方を支えている。
裏マニフェストには、本音が満載。日本を切り刻む政策がオンパレードだ。

この政党に、日本を任せてもあなたは安心していられますか?

切り刻まれるのは、国旗だけ?それとも、あなた自身の家族、生活、未来…?

映像で確認しよう。事はあまりにも重大だ!

http://www.youtube.com/watch?v=XLiCu0_oNGs

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民主党本部「国民の声」係
<郵便>〒100-0014 東京都千代田区永田町1-11-1
<FAX> 03-3595-9961
https://form.dpj.or.jp/contact/

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2009年8月13日 (木)

お盆 ~祖霊との邂逅~

 地獄の釜の開く日、というイメージはともかく、祖霊が家に戻ってくるという信仰、というよりも生活実感は、おそらくは日本民族始まって以来のことなのだろうと思う。

 祖霊との一体感が、日本民族を日本民族たらしめている核心であると思われる。新興宗教でも、拝み屋でも、祖霊にまつわる教義のないところはないといっていいだろう。そして、確かに、祖霊は子孫を見守っているのである。

 正月も、春秋のお彼岸も、祖霊が家に帰るお祭りだった。

 祖先を通じて神に通ずる、という観念は、決して一朝一夕の思いつきではない。

 親が子を思う情、子が親を慕う情がまず基本にあって、縦のつながりの中で、最も始原的なところ、生命の源泉、つまりは神なるものへつながっていくのだ。

 このような信仰を保持する日本民族には、西洋的な意味での個人主義は決して根付かない、というよりも無理やり根付かせようとすれば生き方に歪みが生じ、社会的な混乱が派生するだろう。戦後、教育でやってきたことはまさにこれであり、昭和までは考えられないような事件が多発する背景にも、こうした宗教レベルの問題があるのだと思われる。

 祖霊と一体という観念は、すべてのものから切り離された単位としての「個」というものの存立を考えることはできない。自分は自分一人で生きているのではない、ということがごく自然に受容される社会が日本の社会であった。おかげさま、世間、人間、人は、人と人の間にあってはじめて人足り得ているということをごく自然に受容していたのである。

 西洋的な意味での個人主義はその前提に、全知全能の絶対神が想定されなければならない。神と人とが直接交わりその間に何の介在も許さないのが個人主義の前提である。これは極めて純粋な信仰のあり方だと思う。神と人とが直接交流するという信仰は大きなバックボーンを形成するであろう。

 これは、丁度、日蓮宗的な、法華経信者にも通じるような強さがあるように思われる。

 しかしまた、すべては弥陀の本願にすがるとする、浄土真宗的なあり方にも通じるように思われる。

 
 宗教とは何か。


 人間とは何か。


 今、生きている自分とは、何か。

 父と母がいて、自分がある、ということ。


 父母未生以前の自己、という禅の公案のような、


 ほろほろと 山鳥の啼く 声聞けば 父かとぞ思ふ 母かとぞ思ふ

 という、奈良の大仏建立に力のあった行基菩薩の歌のような、はるかなかなしさをかみしめてみることは、悪くないと思う。


 ほんの数代前でさえ、顔さえ知らない方々がいて、自分がいる。直近の祖先である父と母がいて、自分がいる。


 もとは他人同士である妻と自分がいて、子供がいる。


 いのちのつながりの不思議さに思いをいたして、祖霊を迎える。


 目に見えぬ 神の心に 通ふこそ 人のまことの はじめなりけれ (明治天皇)


 人は死んでも死なぬ。魂は永遠に生きとおして、輪廻転生を繰り返し無限向上の道を歩んでいくのである。


 そう観念した方が、よりよく生きられるのならば、そう信じることに何の不都合があろうか。


 祖霊とのつながりの中で、しみじみとした情の世界を体感できるなら、祖霊との邂逅を信じることに、何の不合理があろうか。

 唯物論が人間を不幸にするゆえんは、こうした信仰を破壊するからに他らなない。


 現代日本に蔓延する、「目に見えるものしか信じない」、物神論=唯物論は、「目に見えない祖霊」を感じる心を麻痺させ、しみじみとした情感や、愛情さえも無価値なものとして打ち捨ててしまう。

 快楽はあふれかえっても幸福は遠く、腹は満たされても心はもとより空虚である。渇いた咽喉をアルコールで潤せば、ますます渇きは深まり、その空虚さを、薬物で満たそうとすれば、待っているものは破滅でしかない。

 すべては、唯物論のなせる業である。共産主義にも資本主義にも共通するこの唯物論を打破し、目に見えないものを大切にする価値観を取り戻すこと、お盆を迎えて、目に見えない祖霊と静かに心のうちで対話をしつつ、議論ではなく、実感として取り戻していければ、それこそが日本の再生につながるのだと思う。


 できちゃった結婚が多くなっているという。覚悟のない結婚が増えているともいえるのかもしれない。「ご先祖様になる」という覚悟。いのちの縦のつながりをしみじみと感じていたら、そう簡単に快楽追及ばかりをこととすることもできないだろう。生まれてくる命への責任も、単なる二人だけのものでないということを、感じとることができるだろう。

 酒井法子さんのことが、大きく報じられているが、背後にある荒漠たる戦後の日本の精神の風景に思いを致すことがなければ、これもまた一つのエピソードとされ、次々と同じことが更に深刻な形で繰り返されるばかりとなるだろう。これはひとつの業である。

 

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2009年7月 5日 (日)

喧騒たる広島の8.6

 8月6日の早朝、広島平和都市記念碑(いわゆる原爆慰霊碑)の前には、遺族の方々の姿がある。その祈りはまさに「広島の平和の祈り」に相応しい姿をもっている。

 ところが、その後行われる、「平和式典」はどうだろう。

 全国から集まった、チュウリップハットを被った、平和団体の人達が並ぶ。

 そして、また、左翼過激派の面々は、粉砕デモを行って、平和公園外で阻止され、排除されている。

 まことにもって喧騒を極めた一日となる。

 そのあとに平和公園に散らかるゴミは、広島市は、市民の税金で片づけるのだろう。

 もちろん、各所において、人々が犠牲になった場所に建てられた慰霊碑の前で行われる慰霊行事の雰囲気は、早朝のそれと同じものがあるのである。

 なぜこのような違いが生じるのか、不思議でならない。

 左翼過激派のデモに対して、広島市長は、「被爆者や原爆死没者の遺族をはじめとした多くの広島市民の心情にご配慮をいただき」ご遠慮願いたいの一言でも言ったことがあるのだろうか。少なくとも、広島市のHPにはないようだ。

 田母神氏の講演会が開催されるのは、8月6日の夕方6時からである。

 つまり、平和式典も、様々な慰霊祭も、大体終わって、後は、灯篭流しが行われる頃の時間帯である。

 しかも、「真の平和構築の道」を考えるというのが講演会の趣旨である。

 講師が気に入る、気に入らないは、それぞれあるだろう。個人の嗜好にまで他人がとやかく言うことはない。

 しかし、「ヒロシマ」の平和を疑うことが、そんなに悪いことなのだろうか。

 「ヒロシマ」というあえてカタカナで書かれた場合、それは特定の考え方に基づくものである。「広島」ではないところが味噌であろう。「ヒロシマ」の平和とは、たとえば、「原爆が落とされたのは、日本が侵略戦争を始めたからである」とする考え方である。これが原爆投下容認論の一歩手前の考え方であることは、議論するまでもない。これが「ヒロシマ」の平和である、とすれば、これを「疑う」という表現は、何と控え目なことだろうか。かつて、長崎市長だった本島氏が、「広島よおごるなかれ」という論文を書いて物議をかもした。しかし、本島氏と同じ土俵に立っていた多くの「平和」団体の反論は歯切れが悪かった。あれはトンでもない内容の論文だったが、カタカナの「ヒロシマ」の歴史認識と、大きくずれているとは思えない。

 これを疑って、何が悪いのだろうか。

 真の平和を構築するための道を考えることが、被爆者の方々や、原爆死没者の遺族の方々の耐えがたい悲しみを誘発するという、その一方的な決め付けは、どこから出てくるのだろうか。それはあるいは、市長が、元々、いわゆる被爆7団体の一つの会長だったことから来るのかもしれない。

 広島の平和の祈り、それはわかる。しかし、「ヒロシマ」の平和はわからない。それが、自分の率直な実感である。

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2009年6月21日 (日)

古風な、と言われても

 「嫁を取りたい」といったら、スナックの女性に、鼻で笑われた。「何時の時代の話よ」とつぶやかれた。

 そんなにおかしなことを言った覚えはないのだが、この連中はすぐに別の席に移ったので、それ以上お互いに不愉快な思いはしなくて済んだ。

 「嫁」といっても、自分の場合は、本当に、来ていただくというかなり謙った感じなのだが、それでも、「嫁」という言葉自体を死語扱いする若い女性の存在にお目にかかったのには参った。

 「結婚」ということも、「死語」なのかもしれない。

 しかし、真剣に考えるようになって、改めて痛感したことといえば、当たり前のことかもしれないのだが、「結婚」とは、「覚悟」と「責任」以外の何者でもないということだ。

 いい加減に生きることが許されない。昔は、結婚していない人は男であれ女であれ、一人前と見做されなかったことの意味はここにあるのだろう。人間は、自分以外の人やものに責任を取るように覚悟を決めて初めて一人前と言えるのだ。

 これは独身でいるよりも相当に負担であると思われる。しかし、鼻をつまんで人生の傍観者になるのと、どんな困難でもぶち当たって、それにもがき苦しみながらも溺れそうになりながらも、必死で進んで行く人生と、一体どちらが死んで棺おけの蓋を閉めるときに、安心して死ねるだろうか。

 今は人生80年が普通なのかもしれないが、先日、恩義のある方が53歳でなくなられた。また、大恩ある方が87歳で往生された。続けてのことだったが、色々と考えさせられた。恩義ある先輩の年まで、自分の残された時間は余り多いとはいえない。

 結婚するなら早い方が良い、ということを、最近つくづく思うようになった。自分の場合は全く持って手遅れなのではあるが、できれば20代半ばまでには、伴侶を定めるのが良いのだと思われる。一つには、子供の問題がある。若くてエネルギーの溢れているうちに子供を育てた方が良いに決まっている。25歳で生まれた子供なら、45歳の時には成人しているのだ。働き盛りの45歳の時に成人した子供がいることがどれほど頼もしいか、計り知れない。今の自分からは、見果てぬ夢となってしまったことではあるが、それは自分の選んだ道であるから後悔するわけではない。ただ、気付くのが遅かったということと、自分の生き方がそちらに向いていなかったということに過ぎない。

 なぜ、「結婚」ということを考えだしたのか。実のところ、10年前に本当に思う人がいた。色々あってその人は別の人と結婚した。それ以来、心に大きな穴が空いてしまい、どこかこの世から一歩後退した場所に身を置いていた。今から思えば、ちょうどその頃、今思う人には出会っていた。実のところ、初めて会った時に、直感的に、「この人と結婚することになるのかな」などと思った。その直感は大変淡いもので、当時それ以上思うことはなかった。それから、6年になるが、この間色々な経緯があり、つかず離れずの関係を保っていた。
 そのバランスを崩したのが今年に入ってからで、自分の気持ちが少しづつ明確な形を取り始めたのである。それがどうしようもないところまで固まるのに3ヶ月はかかり、それが確固不動のものになるのに更に一ヶ月を要した。それで、気持ちをきちんと伝えないといけないと思った。

 こんなことを書いていながら、今結論が出ているわけではない、少なくともまだ数ヶ月の時間は必要だろうと思う。自分にとっては、ただ一人の人であり、誰かの代わりでもなければ、誰か代われるものでもない。自分にとっては世界一の人であり、この人を置いて他には考えられない。そういう思いを抱ける人に出会えたことだけでも、本当に感謝しなければと思っている。そして、自分の弱い心をたたき直していかなければと思っている。「自分の人生に真っ向から向き合う人が人生の成功者だ」と誰かが言っていたが、自分も、この思いから逃げることなく、しっかりと向き合って行きたい。真剣勝負である。その最大の敵はやはり自分自身であると、つくづく思わされる。

 その人は、今、修羅にいて、戦っている。そして、 その戦いに、自分は何の力にもなれない。

 一方、自分も戦いの巷にあって、自分の戦場があり、そこで多正面作戦を展開している。別の修羅場である。

 この人生において、自らに課せられた使命を実現するために、あらゆる意味で、自分の半身たる人を、今、心から得たいと思っている。

 

 
 

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2009年5月 8日 (金)

なぜ謝る!? 麻生首相! 子供二人、義務果たした、と言って何が悪い!!

【麻生首相ぶら下がり詳報】「子供2人で義務」発言は「不適切で撤回しておわびする」(7日夜)
2009.5.7 20:22

衆院予算委員会で菅直人・民主党代表代行の質問に答える麻生太郎首相=7日午後、国会・衆院第一委員室

 【衆院予算委の撤回答弁】

 --今日の衆院予算委員会で、子育て問題について、首相は「私はちゃんと子供が2人いましたから、一応最低限の義務は果たしたことになるのかもしれません」と言った…。
 「(予算委で発言したのは正しくは)『2人産みましたからね』。うん。あの、それは発言が適切じゃないと思って、その場で撤回したと思います」
 --あっ…
 「それで、不愉快なご迷惑をかけた方がいらっしゃるなら、と言って、おわびしたと思いますが」

****************************

確かに不妊症の女性もおられるだろう。独身で通してる人もいるだろう。DINKSを謳歌してきた人もいるのだろう。


多様化というもっともらしい理屈がつけられるが、狭い了見でしかない。

50年100年単位で物事を考えるならば、成り立たない考え方であり理屈である。

次の世代を育てる責任が、最低限人間にはある。

「産めない人もいるから」というのは理由にならない。その人のことを言っているのではないからだ。


およそ、マクロの考え方と、ミクロの考え方は、全く違うことが多い。

インフルエンザの大流行でたくさんの方々が死ぬかもしれない。個々の人の死は、それに関わる人々の悲しみを誘発するもので、避けるための最大限の努力がはらわれるのは当然のことである。しかし、これを自然の摂理としてとらえることも可能なのだ。それによって人口調整が行われ、全体としては人類の永続に貢献している、との見方は決して暴論でもなんでもない。

ことほど左様に、マクロ的なものの見方とミクロ的なものの見方はすれ違うのである。

それを無理にいっしょくたにする議論が、こわばった言論空間を作り上げる。基本的に、頭の悪い人の考えであり、いっしょくたにしてはならない事柄を、あえていっしょくたにして、くそみそ一緒にしているのだ。

おそらくはわざとなのだ。こうしたことを繰り返すと、知能レベルの低下を招く。

論理的な考え方が不可能になるからである。

およそ没論理な感情論で、論理を蹂躙するのだから、ものを正しく考えるなど、できるはずもない。


男女二人が次の世代を育てる責任を自覚するなら、同数の二人を育てるというのは、あまりにもシンプルなごくあたりまえの、時代を超えて変わらない真実ではないのか。


頭の悪い人の、くそみそいっしょの屁理屈につきあう必要などないのだ。

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2009年4月29日 (水)

NHK 反日偏向番組「ジャパンデビュー」・悪魔的発想のおぞましい問題点

 この大じかけな、大上段に振りかぶった番組の予告を見て、見てみたいと思って、実際に見た。

 いろいろな問題点が指摘されているが、全体を通底する、計り知れない「悪意」の存在に、吐き気を催した。

 すべてを論じるヒマはないが、最もおぞましいと感じたひとつのことだけを指摘しておきたい。


 明治初年、ロンドンで開催された万国博覧会に日本が初めて参加したエピソードが紹介された。

 その中で、「人間動物園」というキャプションが躍った。

 そのネーミング事態がショッキングなもので、一瞬、目を疑った。

 その続きで、日本が、台湾の人々を、万国博覧会で見世物として「出品」したことが解説され、それは、イギリスがインド人を同じように「出品」したのに対抗し、「一等国」に張り合うためにそうした、と言わんばかりの取り上げ方だった。

 
 まず、「人間動物園」というネーミングは、当時のものではあるまい。植民地の原住民を見世物にすることは、腹立たしいことであり、今の感覚からして決して許されるものではないことは当然である。しかし、当時の世界にあって、それが当然のごとく行われていたことを考慮しなければ、きわめておかしいことになる。

 150年前の世界に、現在の常識をあてはめて断罪することに、何の意味があるのか。

 これは、「進歩史観」の最悪の適用であり、この色眼鏡によって「歴史の真実」は覆い隠されるしかない。単なる「偏向」よりもはるかにたちの悪い「悪意」である。

 それは、「Human Zoo」などという、下品な物言い、何となく、「1984」の世界を彷彿とさせるようなネーミングにはっきりと見てとることができる。


 ここまでならば、不愉快ではあるが、当時はそういう一面もあったのか、ということで済ませることもできる。


 ところが、NHKは、致命的ともいえる、人権侵害を行っている。それも気づかずに。

 この、「人間動物園」の写真に写った台湾の人の、子孫をわざわざ見つけてきて、この写真をつきつけ、あなたのお爺さんは、このような目にあわされたのだが、どう思うか、とカメラを向けて、問いただしたのである。


 もちろん、その台湾の方は、そんなことは初めて聞いたことで、絶句して声も出ず、ひどいことを、とお爺さんは何も言っていなかった、と目に涙をためて、深いショックを受けている様子だった。


 NHKは、「あなたの祖先は、日本によって動物扱いされていたんだ。それをどう思うか」と、突きつけたのである。この台湾の方に、日本への憎悪をかきたて、視聴する人々に対しても、「人道的義憤」を催させる仕掛けのつもりなのであろう。

 しかし、このようなことをやる資格が、NHKにあるのか。

 祖先を敬う心を持つ人々が、お前の祖先は、動物扱いされたんだ、と、恥部をさらけだされたのである。

 NHKのみならず、およそ人間であるならば、やってはならない所業である。


 150年前の日本がやったことも、褒められたことではなかったかもしれない。しかしそれは当時の世界の中で当たり前とされたことに則ってなされたことにすぎない。そこに、悪意が介在する余地はない。


 ところが、150年後のNHKが行った番組制作は、今の世界の常識に照らして、人道の基準に照らして、人権状況に照らして、明らかに悪意に満ちており、重大な人権侵害事件として見ることができる。


 他にも色々と指摘すべき点は多いが、このような「悪意」に貫かれた番組は、ほとんど暴力に近い。

 悪魔の所業といって過言でない。


 番組制作の意図は、日本の台湾統治を断罪し、否定することによって、大東亜戦争下に行われた民族独立工作とその成果にケチをつけることにあるように思われた。


 さらに言えば、親日的と言われる台湾と日本を乖離させ、ディバイド・アンド・コントロールしやすいようにする、中国の思惑が働いているようにも思われる。


 中国のやりくちのあくどさには恐るべきものがあるが、日本のメディアがどこまで冒されているのかを、厳しくチェックする必要があるのではないか。

 NHKは、今だにBBCが作成した「死のシルクロード」の放映さえ、していないのである。

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いやはやまいりました

 久し振りに、仕事も手に付かなくなるほど、恋の病にかかってしまいました。

 (こんなことを書くためのブログではないので恐縮ですが・・・)

 もう5年以上も前に知り合った人であり、今さら何をといわれてしまいそうな相手なのですが、なぜか一気に心に深く入ってしまいました。

 一度かかると、この病はなかなか治りません。それが非常に困りものです。

 病状は一進一退で、あ、もう大丈夫と思った次の瞬間に、また吹き上げてくるのですからどうにもなりません。

 自分にまだ、こんな情熱が残っていたのかと、驚いています。

  写真(うつしゑ)の君の笑(え)まひをつくづくもながめつつ思ふ君の心を

  とりつかれし如くなりけりますらをも恋の奴となりはてにけり

 索漠たる虚脱の中にいるよりも、混沌とはしていてもエネルギーに溢れる今の状態の方がよい。

 恋というものを、稔らせたことがないという前科持ちでありますが、今度こそはと心に期しています。

 

 

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2009年4月21日 (火)

葉隠れの 忍ぶ恋をば 仰げども

葉隠れの 忍ぶ恋をば 仰げども 焦がれる心 耐へ難きかな


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2009年4月19日 (日)

久々に書いてみる

4月18日、土曜日、晴れ。

二ヶ月も放置しておいたので、さすがに書きにくくなってしまった。

麻生首相が健在なのは実に面白いし、北朝鮮のミサイル発射も現実のものとなってしまった。

小沢がココまで押し戻されるとは思わなかったし、世の中の動きは予断を許さないものだ。

一寸先が一体どうなるものか、誰にも分からないからこそ、この世の中は面白い、生きていけるというものだろう。


それでもどうでも、9月には衆議院任期満了がやってくる。どんなに遅くとも9月には総選挙なのだ。

米ロの核兵器廃絶への合意など、核超大国が2国揃ってリップサービスをしても、中国はどうするのか、イスラエルやイラン、北朝鮮はどうするのか、という単純な疑問が沸き起こる。

単純に喜べる話しでもない。中国が世界第一の核大国になる、(そんな状況をアメリカやロシアが許すはずもないが)日本にとっても、世界にとっても悪夢といってよいだろう。平気で核の恫喝を行う国、恐らく必要と認めたらためらわずに核使用を行う国。

どうやら、中国の核は、実際に民族浄化に使われたらしい。ウイグル人の頭上で、何十発も爆発させているのだ。100万を超える被爆者を生み出しているのにも係らず、未だに、「世界唯一の被爆国」と、世界に吹聴したい人たちがいるのだ。あるいは、その「特権」を手放したくないために、中国の核について甘い、というより目を覆うのだろうか。

正確に「世界最初の被爆国」と言わなければ虚言になるというのに。


核武装論が非現実的なのだろうか、核廃絶論が非現実的なのだろうか。


現実は、核抑止論の上に危うい均衡を保っている。如何なる国も核攻撃には耐えられない、だから、北朝鮮が一発の核ミサイルを保持したときが、アメリカが北朝鮮が均衡せざる得ないときなのだと。その時、その間にある日本は、政治的・軍事的には最早沈没してしまうしかないのだということを。


広島の市長は、核兵器に対抗する手段は、唯一核廃絶だけだ、という理屈で、現実的な努力の全てを冷笑する高みを保持しているらしい。国民防護法で義務付けられた国民防護計画に歌いこんでいるのだそうだ。広島市民は、徒手空拳で、つまりは竹やりで、原爆に立ち向かわなければならない、ということなのだろう。戦後60余年。大変な「進歩」をしたものだ。


村山内閣の時に、自衛隊は大軍縮の嵐に晒された。人員も装備も大幅に縮小され、福田内閣の時には、世界有数の長い海岸線を持つ国として必要不可欠な防衛的軍備であるクラスター爆弾の保持も放棄してしまった。


MDも発動されることはなく、領空をどれほどミサイルが飛ぼうとも、最早指をくわえてみているだけ、ということが明らかになった。配備したミサイルはテレビでその姿を晒されていた。もし仮に発射していたら、その画面が配信されていたことだろう。


「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我が国の生存と安全を保持しようと決意した」と堂々とうたいあげた「日本国憲法」に守られているから、日本は大丈夫なのだ。迎撃するなどとんでもない、ミサイルさまにはどうぞお通り下さいと、頭の一つでも下げればよいのだ、それが、大上段に政府を(北朝鮮を、ではない!)批判した、社民党や共産党の合理的思考なのだ。


農地の荒れ方もひどい。新幹線のまどから、一面の荒れた元田圃を見た。もはやあの田園風景が見られる地域は限られてきたのだろ。

水田耕作の広がりは、日本の歴史の歩みでもあった。恐らく、これほどまでに急速に農地を、特に水田を破壊した歴史は、日本の歴史上未曾有のことであろう。それでも、減反政策は続くのだ。食生活が変わってきたのだそうだ。余剰米がでるのだそうだ。ばかばかしくて話しにならない。米を食うとバカになる、米を食っていたから戦争に負けたのだ、といって、農薬のたっぷりつかった輸入小麦で作ったパンで給食を出し子供たちに餌付けしていったのはどこのどいつだってんだ。世界一の健康食と、今では言われる日本の食生活を破壊したのは一体どこのどいつだ。スローガンに掲げられたものというのは、どうもロクな結果をもたらさない。

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2008年12月 8日 (月)

クリスマス、大晦日、お正月

 クリスマスの飾りをする家が、お正月の飾りをする家の数を追い抜いたというニュースを聞いた。

 別に、クリスチャンが増えているわけでもなかろうに。

 サンタクロースの赤いちゃんちゃんこならぬ外套を着て、寒中水泳と洒落るバカもいれば、極ミニスカ型の格好で若い女がふざけている姿もばかばかしい。真面目なクリスチャンなら目を剥きそうな、涜聖的クリスマスである。

 もちろん、もみの木を買って飾り付けをする、家庭も多いのだろう。ケーキを買って家族で食べる。

 何を祝ってのことかは知らない。少なくとも、救世主イエスの降誕を祝ってのことでないことだけは確かだ。

 この空虚な茶番の蔓延は、戦後日本の空疎さと通じている。

 などと、目くじらを立てる方が野暮天であって、そんなことを言っていたら誰からも相手にされないかもしれない。アホどもに相手にされなくても一向に構わないが、さりとて、本当に家庭団欒につながっているなら、それもキリスト様の効用と思っても良いのかもしれない。


 それはともかくとして、大晦日の除夜の鐘を聞きながら、元旦には初詣をするという、日本の神仏混交の目出度い習俗が、クリスマスに圧されて廃れてしまうというなら、それは怖い。

 日本人の中から、日本の習慣や伝統が、どんどん廃れれてしまい、意識の上にも登らなくなってしまうというのでは、最早、在日日本人、元日本人、日本人の格好をした得体の知れない人たち、ということになろう。

 芥川賞を中国人作家が取ったが、見た目は殆ど日本人と変わらない中国人や韓国人が、大挙して日本に押し寄せてきたら、今の日本人は、自分が日本人であるということを、どうやって証明するのだろうか。日本語だってよほどあちらの方が旨くあやつるかもしれない。

 チョー何とかとか、壊れた粗雑な日本語しか使えない連中が、最下層に押しやられていく姿が想像されてならない。体力だって、修羅場を潜り抜けてきた連中の方が強いに決まっている。

 自国の歴史・文化・伝統を身に付けていない人間は、侵略に抵抗することは出来ない。動物とそれほど違わないのである。事実、野生動物よりもはるかに下品な文明社会にうごめく人間群像は、何と表現してよいか分からない。

 お正月を迎える。年神様を迎える。数え年で国民がみんな一緒に一つ年を取る。

 そんな国民同胞感の溢れるお正月を回復したいものである。

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マンガ宰相に寄せて

 大正時代の面白い話しを聴いたことがある。

 100年後の世界はどうなっているか、ということを学者や作家、政治家や実業家などに書かせてまとめた本があるのだそうだ。

 その中で、漫画家(当時、そんな職業が成立していたわけではなかろう。風刺挿絵家かも知れない。しかし、「のらくろ」は戦前のマンガだったよなあ)の描いた世界が、一番現実の100年後に近かった、というのである。


 政治家の発想力の貧困さは、今日目を覆わんばかりであり、学者も似たり寄ったりである。

 この際、マンガ宰相に期待するのは間違いか。

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2008年11月12日 (水)

政府見解なり方針なりに反対したら罷免なのなら

定額給付金の決定に、疑問やぼやきを言う自治体の職員などは、どうなのか。

田母神元空幕長は、学問上の研究意見を論文で書いただけなのに、罷免されたが…

マスコミの場当たり、支離滅裂。

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2008年11月 5日 (水)

政治が歴史を決める恐ろしさ

 シナのエピソードに、ある史官が、時の皇帝が行った悪行について記録した。

 それを知った皇帝は、その史官を死刑にした。

 次に着任した史官も同じように悪行を記録した。

 皇帝はその史官を死刑にした。

 またその次に着任した史官も、同じように悪行を記録した。

 皇帝はようやく折れて、その史官は咎められなかった。

 ざっとこんな話しだが、それほど歴史は大切だ、という教訓なのだが、実際のシナの歴史は、歴史に対する政治の優位の歴史である。

 政治が、歴史を決定する、それを繰り返して、きたのだ。

 政治が歴史をゆがめるどころではない。

 その伝統を、今の共産中国も引いているのである。だから、日本は侵略国である、というのは政治が決めた歴史なのであり、それに反する歴史事実は、全て否定されなければならない、ということなのである。

 このことをよくよく認識しておかないと、中国の異常さがよくわからなくなるのである。

 あるときは、「好、好」と、過去は関係ない、見たいなことをいい、ある日突然、侵略だ、許せん、と言い出す。言葉の表面は何の意味もない。時の政治情勢の都合に過ぎないのだ。

 譲歩すれば付け入られるだけであり、村山談話は、正に中国に対して、日本を売り渡した売国の言葉なのである。

 時の首相の見解に過ぎない談話のはずだ、と国民は思う。

 ところが、政治が歴史を決める国に対しての、「約束」と言う言い方をしてしまっているのだ。相手の政治の都合で、いくらでも引き出せる、ブラック・カードを渡したようなものである。

 
 民主主義の国では、政治は、歴史に介入してはならない。歴史は、政治を抑制する、高い次元の問題なのである。政治の都合で書き換えられるような歴史は、また、歴史とはそのようなものであるという認識は、政治の堕落を生み出し、結果として、国民の不幸を招く。


 今の日本政府が、歴史認識を決める権能を、付与されていると思うのは決定的な誤りである。

 政治が歴史を決める国との、理不尽な交渉の中で、日本の体質と全く違う刷り込みを、日本の政府がなされてしまっているとすれば、これは、深刻な問題である。

 政治が歴史を決定する文明に、歴史の真実はない。歴史の自由もない。ということは、精神の自由もなく、進歩も発展もないのだ。ただ、砂の城を作っては壊し、壊してはまた作る不毛の荒野に閉じ込められてしまうことを意味する。

 そんな(中国のような)国に、日本をしてはならない。

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田母神論文を歴史論争の機会にしよう その1

 「日本は侵略国家であったのか」は、A4用紙で9枚の論文である。

 それほど長いものとは思わないが、それでも、興味のない人、全く勉強したことがない人が読むにはとっつきにくいかもしれない。

 とはいえ、実際には、極めて分かりやすい論文で、思わずぐいぐい引き込まれてしまった。

 書き出しが先ずいい。

 「アメリカ合衆国は日米安全保障条約により日本国内に駐留している。これをアメリカによる日本侵略とは言わない。」

 この書き出しは、なるほど、「政府見解」の通りではないか。田母神論文は、政府見解の通りである、と、この部分を見ればいえる。

 「二国間で合意された条約に基づいているからである。」

 実に論旨明快、誤解の余地はなく、政府として文句のつけようはなかろう。

 「我が国は戦前中国大陸や朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。」

 さて、ここで考えて見て欲しい。日米安保条約による米軍の駐留が侵略でないなら、戦前、条約に基づいて大陸に日本軍が駐留していたことを指して侵略とは言えない、という類推くらいは、知能のある人ならば理解できるはずである。

 問題は、「日本軍のこれらの国(中国や朝鮮半島)に対する駐留も条約に基づいたものであること」が、「知られていない」という点である。

 単純に、中国になんで日本軍がいたんだ。いなければ戦争になんかならなかったんだ。だから侵略だ、という子供のような議論をする人が本当に実在する。ここは冷静に大人の議論をしなければならない。

 戦前、日本軍は、国家間の条約や協定に基づいて駐留していた、という「事実」を先ず確認することである。

 「日本は19世紀後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了解を得ないで一方的に軍を進めたことはない。」

 「現在の中国政府から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである。」

 「これに対し、圧力をかけて条約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だという人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。」

 ここは、簡単に論を運びすぎているように思われるが、論文の性格上、これ以上スペースを割くことは出来ないだろう。ここまでが第一段落である。

 ここまでの問題を検証してみると、”条約や協定に基づいて外国に軍隊を駐留させることは侵略か否か”、とつづめることが出来るだろう。

 このことについて考えて見よう。現在においてもイラクやアフガニスタン、また国連のPKFなどはやや性格は違うものの、このフレーズの表現内に収まる。何れにせよ、「侵略」と言うことは出来ないだろう。

 日清・日露戦争がそもそも侵略戦争だった、という議論をする人も時たまある。侵略とは、強者が弱者に襲いかかること、というイメージがあるが、もしそれが間違いでないなら、日清・日露戦争を、日本の侵略戦争ということは出来ない。何れも朝鮮半島の安定が問題であり、それは日本の自衛と直結しており、尚且つ、日本が矛を交えたのは、清朝、ロシアという、何れも大国が相手であって、朝鮮と戦争したのではないからである。朝鮮半島の帰趨を巡る戦いであったが、清国やロシアにとっては宗主国の権益が目当てであっても、日本にとっては日本の独立が脅かされる事態であったのである。必死さも違った。李氏朝鮮を、清朝のくびきから解放したのが日清戦争であり、ロシアの侵略を跳ね除けたのが日露戦争であり、大韓帝国として史上初めて、中華帝国から独立した大韓帝国として独立を果たしたわけである。問題は、日本が死力を尽くして戦い取った韓国の独立が、再び危うくなることに日本が堪えられなかった、という事実だろう。日本は韓国を保護国化することになり、最終的に、「日韓併合」ということになる。これは、丁度、イギリスとアイルランドの関係に似ていなくもない。

 このことについては、4段落目に、満州などと括って簡単に述べている。

 「我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした。」

 このフレーズは、価値中立的であり、かつ、史実に基づいた的確な表現である。中国の近代化のモデルとしての満州の価値は再評価されるべきだ、とは自分の意見だが、朝鮮半島の近代化、台湾の近代化については、それぞれ評価する学者が、韓国、台湾、日本に存在し、それは的確な指摘だろう。李登輝氏も、台湾の近代化に果たした日本の役割を高く評価する一人であることは知られている。教育、インフラ、社会制度、産業、農業、どれをとっても、日本人は一生懸命にやったことは否定出来ない事実である。

 「当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を図ろうとした国は日本のみである。」

 さて、この言葉の内容はどうだろうか。イギリスに取ってのインド、ビルマ、マレーシア、オランダにとってのインドネシア、フランスにとってのベトナム・インドシナ、何れも現地民を搾取するための草刈場でしかなかったことは史上に明らかである。何より、教育の状況を見ればその事情は明らかになろう。愚民化政策で、知力も気力も体力も奪われて、羊のように追い回されるだけの当時のアジア人の実態は、隠れようもない。

 日本はどうか。台湾で、韓国で何をしたか。今では色々な研究書や一般書が出ているので簡単に知ることが出来る。日本と同じように、初等教育から高等教育まで普及させ、識字率を高め、衛生観念を広めて社会整備を進めた。朝鮮半島から日本の帝国議会議員まで選出されている。これらのことは、具体的に詳述しているので後に譲りたい。

 「我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。」

 この言葉だけ唐突に聴かされ、上記のようなことや、これに続けて詳述している具体的な事実を知らなければ、あるいは、「正当化するのか」と息巻く向きもあるかもしれない。しかし、「他国との比較でいえば」とは、上記した、イギリス、フランス、オランダ、アメリカなどの植民地支配と比較すれば、ということであり、それに続けて「穏健」とするのは、的確な表現であるといえよう。

 具体的な事実を詳述しているが、ここが眼目かもしれない。4段落目から7段落目までが、このことの裏づけにあてられている。この検証は、論評しようとするものが避けてはならないところである。
 

 

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字の読める人は、読んでから批判しよう!田母神論文「日本は侵略国家だったのか」を

 現役の航空自衛隊幕僚長が、職務とは関係の無い、懸賞論文で最高賞を受賞し、その内容が問題とされ、更迭された。

 「日本は侵略国家であったのか」と題する論文で、一読して、この程度の内容で更迭されるのかと驚きを覚えた。

 先の大戦を日本の一方的な侵略戦争だとする、極端な主張が存在するが、それが政治的な問題とされ、今日に至っている。その極端な主張をする人々は、国内外に存在するが何らかの政治勢力と結びつき、中国などの場合には独裁政権の存立根拠とまでされているために、そうでなければならず、歴史事実の客観的検証ではなく、先ず結論があってそれに沿った牽強付会が為されるだけなのだ。

 思想・信条の自由、学問の自由が憲法上保障されているはずの我が国では、政府が特定の歴史認識を国民に押し付けることは間違いなく憲法違反であり、村山談話は憲法違反なのである。

 その憲法違反の村山談話に基づいて、政府批判でもない、職務機密漏洩でもない、私的な学問的研究成果を問題視され、更迭するとは、政府は自ら自由と民主主義を踏みにじったのであると言わざるを得ない。

 一つの思想を国民に押し付け、それに反する考え方をしたと政府が認定したら弾圧する、これを全体主義国家というのではないか。まるでオーウェンの1984を目の当たりにするようである。

 また、防衛省の内局のやり方は、それに輪をかけてとんでもないものだ。釈明の機会さえ与えない、検証の機会さえ設けない。最早何をかいわんや。

 歴史認識の議論を、国会で堂々とさせればよいではないか。そうしたダイナミズムのある国会論議が展開されてこそ、国民の叡智が試されるのではないか。フランス議会が共産主義黒書をまとめたように、中国黒書をまとめればよいのだ。今、世界規模で中国の毒入り製品が顰蹙を買っているが、これが、今に始まったことでない、ということをまとめていけばよいのである。アヘン戦争から始まった中国の植民地化と清朝崩壊後の混迷、中華人民共和国成立後の「大躍進」の悲劇、周辺諸国との度重なる戦争行為、核実験を民族浄化に利用した暴挙、枚挙に暇のない、人類史上稀なる中国という問題を、余すところ無く抉り出せばよいのだ。共産主義黒書のアジア・コミンテルン編を読み解いていけばよいのだ。

田母神氏の論文を、つまみ食いや、結論の一言だけを取り上げて問題視するのではなく、全体をきちっと読んで論評すべきであろう。知的に誠実な人物であれば必ずそうするだろう。これまでもほんの僅かな言葉尻を捕らえられて、失脚に追い込まれた政治家は枚挙に暇がない。しかし、今回は口が滑ったという問題ではない。きちっと論文として、誰でも読めるのだから、全体を読めばよいのだ。国民全体がきちっと読んだ上で、考えればよいのである。

日本は侵略国家であったのか田母神俊雄

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2008年10月24日 (金)

江田島での格闘訓練中の事故死について

 テレビを殆ど見ないので、新聞やネットで、それも斜め読み程度にしか読んでいないので、正確な情報を得て書いているわけではない。

 といって、テレビを見て、記事をしっかり読んだとして、それが「正確な情報」を得る所以なのかどうか。

 海上自衛隊が調査委員会を設置して中間報告を出したのが昨日。防衛省のHPにアップされているのを今確認した。

 新聞の見出しをはじめ、「集団暴行」という言葉が踊る。

 マスコミが特に自衛隊に関する事件においてセンセーショナルに報道するのはいつものことだから驚かないが、学校における「集団いじめ」や暴走族などによる「集団暴行」という、最初から犯罪の匂いを付加しての報道はおかしい、と思った。

 亡くなった三曹の方には、心からお悔やみを申し上げたい。この心持ちを前提として、以下感想を述べたい。

 この事故死は、海上自衛隊の特殊部隊「特別警備隊」の隊員を養成する第一術科学校の特別警備課程の中で9月9日に起った。

 25歳の隊員が1人で他の隊員15名を相手に連続して格闘するという「訓練」の中で、14人目の相手のパンチを受けて意識不明となり、9月25日に急性硬膜下出欠で死亡した。

 中間報告に記載された様々な点について、マスコミ各社は当然の如く批判を加えている。それはマスコミとしてやるべき仕事であると思う。しかし、その中身はいかがなものか。


 とっさに思ったのは、これは、もし普通の軍隊であれば、訓練中の事故死は、「名誉の戦死」に准ずるものだろう、ということである。

 軍隊の訓練が、命の危険を伴う厳しいものになることは、ある意味当然のことである。もちろん、可能な限り万全の配慮が必要なことは言うまでもないが、完全安心な訓練など、あるはずもない。また、ぬるい訓練しかなされなければ、いざという時、ぬるい行動しか取れず、それが結局1人ではなく多くの犠牲を出すという結果を招きかねないことは自明である。

 自衛官の、それも特殊部隊の隊員を志願し、その訓練を経てきた隊員が、別の課程に移る直前の訓練において、不幸にして命を落としてしまった。痛恨の出来事であろう。しかし、それは自覚からすれば日々覚悟を持って訓練に当たっていたはずである。安全管理の問題や判断ミスが指摘されているが、それらを考慮に入れても、「集団暴行」というのは余りにも故人を含めて、隊員全体を侮辱する言葉である。

 かつて、旧軍時代に、訓練にかこつけて、あるいは作戦行動の徒爾において、故意に普段気に入らないヤツを危地に追い込むまねをする不心得ものがいなかったとは言えない。そうしたことが「名誉の戦死」の「美名」の陰に隠されてしまったかも知れない。当時において、命の危険と隣り合わせは相身互いだったことを考えれば、そう易々と故意に不心得を侵すものがいたとも考えにくいのではあるが。

 海上自衛隊の第一術科学校は、海上自衛隊の要の一つであると思う。

 その日常の訓練の様子を垣間見たことがあるが、鍛え上げられた凛々しい若い隊員たちの姿は、感動的でさえあった。彼らが自らの人生において、現代の防人たらんと決意し、厳しい訓練を自ら進んで受け鍛えている様は、現在の学校教育のぬるま湯の中でぬくぬくとしてきたものからすれば、月とスッポンだと思わざるを得なかった。感謝の思いが自然に涌いてきたものだ。

 もちろん、彼らも同じ時代の空気を吸っているものとして、同時代の悪影響を受けていないとはいえないかもしれない。

 しかし、校舎の裏で、あるいは放課後の教室で、あるいは橋の下で、街の片隅で、因縁をつけられて集団的に弱いものいじめをされたのでも何でもない。

 完璧ではなかったかもしれないが、教官が付いての訓練の場で起きた事故だったのである。

 もしこれがきっかけで、ぬるい訓練になったら、あの、拉致や工作活動のために今でも日本に潜入していると思われる、人命などなんとも思っていないような訓練を受けてきた北朝鮮の特殊部隊をはじめ、隙あらば自国の国益のために、日本に様々な工作をしかけてくるであろう、あるいはしかけているであろう中国やロシア、韓国、アメリカをはじめとした工作員や特殊部隊から、どうやってこの日本の国を、国民を守ることが出来るというのか。

 自衛隊は軍隊ではない、という神学論でごまかすことは出来ない。

 彼は、日本のために、国民を守るための訓練の途上、不幸にも命を落とした。

 先ず捧げるべきは、感謝の念ではないのか。

 今、日本のマスコミは、国のために命を落とした方々への作法を全く失ってしまっている。

 せめて、市井の庶民の一人ではあるが、心から哀悼の誠を捧げ、自衛隊員としての彼の栄誉を讃えたいと思う。


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2008年10月20日 (月)

寒くもなく、暑くもなく、秋の夜長は心地よい

 虫の声、月の光。。。

 柿に梨、栗に松茸、秋刀魚、新穀

 実りの秋ですね。

 神楽太鼓の遠い音。

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2008年9月29日 (月)

中山元文部科学大臣の、「日教組解体宣言」を断固支持する!

 言葉狩りによって、たった5日で国土交通大臣を辞職した中山元文部科学大臣。

 特に「日教組解体宣言」はには快哉を叫びたい思いだ。

 破防法すれすれの団体と言われた日教組。チュチェ思想研究会を組織内に持つなど北朝鮮との闇のつながりも指摘されている。

 中国の反日「愛国」教育と連携し、日本において中国の「愛国」(反日)教育を模倣してきた罪悪。

 権利偏重の教育によって、自分の権利がすべてに優先する狂った考え方をやわらかい子供たちの頭に注入し、社会の動脈硬化を促進。

 「いじめ」問題は、日教組に所属する教員が、非組合員の教師に対して行った、きわめて陰湿な「いじめ」を見て、子供たちが模倣したのではないか。「いじめ」は「犯罪」である。ストーカー的に執拗をきわめて、同僚教員を精神的、物理的に追い詰めたやり方は、「人民裁判」ともいえるものだ。

 日本版「教育黒書」を作成すればその大部分が日教組にまつわるものであることは間違いない。

 入っていないと何をされるかわからないという脅迫観念を、「保険」と言い換えて仕方なく加入している教員の月給から毎月何万という組合費を徴収し、搾取し、潤沢な闘争資金を使って、公務員、特に教育公務員に禁じられた政治運動に狂奔する。臨時のカンパ金を集め、地方自治体の首長や国会議員を当選させ、政治的圧力をもって文部科学省を骨抜きにする。これを「がん細胞」と表現するのはきわめて的確な比喩であるといわざるをえない。

 子供を盾にして国旗国歌反対闘争を仕掛け、校長を土下座させた国立市の事例や、校長を自殺に追い込んだ広島の事例は今なお生々しい。

 大分県の組合率が異常に高く、教育委員会自体を犯していたことは周知の事実であり、大分県では教育基本法で禁止されている教員の政治活動が当たり前のように横行していた。多かれ少なかれ、全国の都道府県市町村の教育委員会が日教組に圧迫され続けている現実は変わらないのである。

 道徳教育に反対し続けてきたこと、学力テストに反対し続けてきたこと。学力テストは教師の教育力を測るものである。勤務評定に反対し続けてきたこと。勤務時間中の組合活動。やりたい放題が放置され続けてきた。その組織と闘い続けて来た中山元文部大臣が、「日教組は癌」であるというきわめて的確な認識を示してくれたのである。

 親は、日教組批判には及び腰になる。なぜなら、自分の子供が人質にされているからだ。それでも日教組と戦わなければ、子供に何を教えられるか判らないと、がんばっている親が各地にいた。

 日教組に加入する教育公務員は漸減し、ついに30%を切ったが、負の遺産は計り知れない。

 モンスター・ペアレントといわれる権利主張の権化のような親たちも、日教組が育てたのであり、地獄の責め苦に遭う教師は、日教組の負の遺産を背負わされているといってよい。往々にして組合教員はうまく立ち回り、まじめな教員がひどい目に遭うのだ。

 中山元文部科学大臣の「日教組解体宣言」を断固支持するものである。

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中山元文部科学大臣の、「日教組解体宣言」を断固支持する!

 言葉狩りによって、たった5日で国土交通大臣を辞職した中山元文部科学大臣。

 特に「日教組解体宣言」はには快哉を叫びたい思いだ。

 破防法すれすれの団体と言われた日教組。チュチェ思想研究会を組織内に持つなど北朝鮮との闇のつながりも指摘されている。

 中国の反日「愛国」教育と連携し、日本において中国の「愛国」(反日)教育を模倣してきた罪悪。

 権利偏重の教育によって、自分の権利がすべてに優先する狂った考え方をやわらかい子供たちの頭に注入し、社会の動脈硬化を促進。

 「いじめ」問題は、日教組に所属する教員が、非組合員の教師に対して行った、きわめて陰湿な「いじめ」を見て、子供たちが模倣したのではないか。「いじめ」は「犯罪」である。ストーカー的に執拗をきわめて、同僚教員を精神的、物理的に追い詰めたやり方は、「人民裁判」ともいえるものだ。

 日本版「教育黒書」を作成すればその大部分が日教組にまつわるものであることは間違いない。

 入っていないと何をされるかわからないという脅迫観念を、「保険」と言い換えて仕方なく加入している教員の月給から毎月何万という組合費を徴収し、搾取し、潤沢な闘争資金を使って、公務員、特に教育公務員に禁じられた政治運動に狂奔する。臨時のカンパ金を集め、地方自治体の首長や国会議員を当選させ、政治的圧力をもって文部科学省を骨抜きにする。これを「がん細胞」と表現するのはきわめて的確な比喩であるといわざるをえない。

 子供を盾にして国旗国歌反対闘争を仕掛け、校長を土下座させた国立市の事例や、校長を自殺に追い込んだ広島の事例は今なお生々しい。

 大分県の組合率が異常に高く、教育委員会自体を犯していたことは周知の事実であり、大分県では教育基本法で禁止されている教員の政治活動が当たり前のように横行していた。多かれ少なかれ、全国の都道府県市町村の教育委員会が日教組に圧迫され続けている現実は変わらないのである。

 道徳教育に反対し続けてきたこと、学力テストに反対し続けてきたこと。学力テストは教師の教育力を測るものである。勤務評定に反対し続けてきたこと。勤務時間中の組合活動。やりたい放題が放置され続けてきた。その組織と闘い続けて来た中山元文部大臣が、「日教組は癌」であるというきわめて的確な認識を示してくれたのである。

 親は、日教組批判には及び腰になる。なぜなら、自分の子供が人質にされているからだ。それでも日教組と戦わなければ、子供に何を教えられるか判らないと、がんばっている親が各地にいた。

 日教組に加入する教育公務員は漸減し、ついに30%を切ったが、負の遺産は計り知れない。

 モンスター・ペアレントといわれる権利主張の権化のような親たちも、日教組が育てたのであり、地獄の責め苦に遭う教師は、日教組の負の遺産を背負わされているといってよい。往々にして組合教員はうまく立ち回り、まじめな教員がひどい目に遭うのだ。

 中山元文部科学大臣の「日教組解体宣言」を断固支持するものである。

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2008年8月13日 (水)

テレビに殺される子育て文化

 この間、子育て中の女性を含むミーティングがあり、アフターのお茶の席で何気なく聞いていた話。

 「崖の上のポニョ」がよかったという話をする中で、

 「最近、子供がビデオ飽きちゃって、見せても静かにしていてくれないのよ」

 「それビデオにならないのかしら」

 この女性は、その日初めて知った人で、特に背景を知っているわけではないが、なんとなく違和感を感じた。

 子育てを、テレビ(ビデオ)に任せているのだ。テレビを見て静かにしていれば「いい子」だという認識を持っているわけだが、その場にいたほかの同じような立場にいるお母さんたちも別にそれが当たり前という風で、気にも留めていない。


 ところが、これが大きな落とし穴で、それは奈落の底までつながっているような、深い暗黒の闇なのである。

 それを教えてくれたがの、この本、



 「一に抱っこ二に抱っこ三、四がなくて五に笑顔」

 この題名からして気に入っているのだが、帯に次のように書いていある。

 「子育てに意外な落とし穴・・・

  テレビに子守をさせていませんか?

 ・からだが育たない  ・言葉の力が育たない  ・五感が育たない  ・そして脳にも異変が・・・・・・

 ●2歳までのテレビ、ビデオ視聴は控えましょう
 ●授乳中、食事中のテレビ、ビデオの視聴はやめましょう
 ●メディアを上手に利用するルールをつくりましょう       」

 この本は、本当に読みやすいです。2時間もあれば全部読めます。10代、20代のこれから子育てをするお父さん、お母さんに是非とも読んでもらいたいです。これ一冊あれば、基本的な心構えは全て出来ます。是非買って読んでください。


 子育てに失敗すると、人生が台無しになります。

 子供の人生も、親の人生も大変です。

 いえ、本当は、失敗なんてないんです。

 どんなに苦労しても、結局、親と子が向き合うための勉強。

 それが出来るまで、何度でもトライ・アンド・エラーなんです。

 テレビに親子の時間を奪われてはいませんか?

 ちなみに、私はもう5年以上、家からテレビを追放しています。

 私の父親は、テレビ漬けといってよいほど、朝から晩までテレビをつけっぱなしの人でした。

 話をしたくても、すぐにテレビに逃げてしまう人でした。

 それは非常に悲しいことです。

 テレビなんて無くても生きていけます。ケータイも、パソコンも、インターネットも、昔は何もなかったけど、今よりはるかに子供は元気に育ちました。親子の関係もよかったです。

母親はいつまでも息子の弱点でありましたし、父親は尊敬の対象でした。

 一体いつから、親子の絆はほころびてしまったのか?

 テレビに魂を奪われたころから、かもしれません。

 でも、ちょっとした工夫で、テレビをつけない日を毎週一日つくるだけで、取り戻せるのですよ。

 もっとも大切な絆、親子の絆、命の絆。

 
 今日、電車から降りて、中学生か高校生位の男の子と女の子が私の前を歩いていました。男の子はゲーム機を覗いて何か操作しています。女の子は、そんな男の子を見もしないで、時折携帯を覗き込んだりしてはあさっての方を向いています。一緒に歩いていなければ、全然関係のない二人に見えます。

 一体、この二人に、何か「絆」は生まれるのだろうか。

 生まれたときからテレビ漬け。言葉を覚えたのも、色々な刺激も、みんな扁平な画面から教えてもらった。

 だから、言葉も風景も、何もかもが、扁平なのだ。嫌ならいつでもチャンネルを変えられる、消すことだって出来る。

 だけど、実際の世の中は、そんなもんじゃない。好きな人といつも一緒にいられるとは限らない。嫌なやつと一緒に何かをしなければならないことだってしょっちゅうだ。人をかえることは出来ない。消すなんてとんでもない。

 そんな当たり前のことが、わからなくなっちゃったから、変な事件を起こすのだろう。

 昔、日本は、子供の楽園だった。

 今は、煉獄ではないか。なぜそんなことになったのか。

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2008年8月12日 (火)

「真っ当な日本人の育て方」を是非読んで・・

 この際一気に紹介してしまいます。

 「真っ当な日本人の育て方」(新潮選書)

 田下昌明先生のこの本、紹介しようと思いながら、出来ないでいました。

 真っ当な日本人って、一体何?

 そう思う人もいるかもしれません。

 それくらい、日本人は、壊れちゃってるんだと、私は思います。

 「日本人」なんて強調するのは間違ってる、「地球人」でいいんだ、日本にこだわるなんてばかげてる、

 なんて、多くの現代日本人は思ってるんじゃないでしょうか。

 何か「真っ当な日本人」なんていうと、おどろおどろしい、軍国主義の権化や神がかり的な姿を想像してしまうのではありませんか。

 そんな「期待」を持ってこの本のページを開くと、必ず拍子抜けするでしょう。

 ほとんどの人が、「当たり前じゃないか」「ああ、そうだったな、昔、ばあちゃんが言ってたことと一緒だ。」「昔のやり方でよかったんだな。それが今では世界的に科学的に認められてるんだな。」ってことに気がつくに違いありません。

 そもそも、「真っ当な日本人」ってことは、「真っ当な人間」というのとほとんど同義です。

 世界に誇るべき、日本の「子育て文化」を、見直してみましょう。

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2007年8月16日 (木)

「アーロン収容所」再読

 昨日午前、戦没者追悼集会に参列した後、午後は時間を持て余してしまった。

 ぎらつく太陽を尻目に、早めに帰宅して幾つかの遺稿集や靖国問題論文などをひもときながら、ふと、久しぶりに会田雄次氏の「アーロン収容所」を手にとって何気なく活字に目をやった。

 「やっぱり、とうとう書いてしまったのか。」

 こんな、書き出しで始まるこの捕虜体験記は、極めて優れた比較文明論にもなっており、また日本国民論にもなっている。そしてまた歴史の証言でもあり、何より追悼の書ともなっている。人間論として読んでも面白い。とにかく、色々な読み方が出来そうな本であるが、ともかくもそこを辿ってきた人にしか書けない、いや、辿ってきても文章化するには歴史家の才能が要るが、まさにその分野の若き俊秀でもあった著者がそこにいたということは、天の配剤とでも言おうか。

 一気に読んでしまった。

 読みながら、思わず、胸に迫る場面がいくつもある。

 「英国騎士道」という一節もその一つである。

 「・・・私たちの将校は、

「日本が戦争を起したのは申しわけないことであった。これからは仲よくしたい」

という意味のことを言った。どのように通じたのだろうか。英軍中尉は非常にきっとした態度をとって答えた。

「君は奴隷(スレイヴ)か。奴隷だったのか。」

楽天家らしい彼が、急にいずまいを正すような形をとったので、私はハッとした。この言葉はいまでもよく覚えている。もっともスレイヴというのはそのときすぐには聞きわけにくかった。奴隷という言葉がわかったときも、「貴様らは奴隷だから人並みに謝ったりするな」ということでおこったと思ったのだから、私の聞きとり能力も心細い話だ。しかし、つぎのような説明を聞いてやっと意味がわかった。

「われわれはわれわれの祖国の行動を正しいと思って戦った。君たちも自分の国を正しいと思って戦ったのだろう。負けたらすぐ悪かったと本当に思うほどその信念はたよりなかったのか。それともただ主人の命令だったから悪いと知りつつ戦ったのか。負けたらすぐ勝者のご機嫌をとるのか。そういう人は奴隷であってサムライではない。われわれは多くの戦友をこのビルマ戦線で失った。私はかれらが奴隷と戦って死んだとは思いたくない。私たちは日本のサムライたちと戦って勝ったことを誇りとしているのだ。そういう情けないことは言ってくれるな」

おぼつかない聞き方だが、ゆっくりと噛んでふくめるように言ってくれたのはこういう内容であった。相手を勇気づけようとする好意が溢れていて、頭がさがる思いであったが、その反面、勝者のご機嫌とりを察知されたことに対する屈辱感というものは何ともいえないものであった。」

 今、日本の政治家は、先の大戦について、口を開けば謝罪の言葉を吐いている。その謝罪は、サムライだった先人たちを貶める。”君たちはスレイヴだったのか”英軍中尉の声が、今も胸をえぐる。

 会田氏は続けてこのように書いている。

「私たちはもちろんまじめに戦った。ここまで踏み切った以上日本が負けたら大変だと思ったからである。かならずしも大東亜戦争が聖戦であると信じていたのでも、八紘一宇の理念を信奉していたためでもない。そういう立場もあって差し支えないと私は考えている。それを奴隷的心理だとも言えないだろう。

 だから敗戦と同時に、鬼畜米英が救世主や解放者になったのを帰還後知って非常につらかった。また戦争に抵抗もせず、軍部や政府から特別いじめられたということもなかった人々が、勝利者に対し「日本は軍国主義の鬼だった」「気ちがいだった」と言って廻ってくれたのには抵抗を感じた。いまでも感じる。私が素直でないのでもあろう。そう言って廻った人々は、日本の良心の代表者なのかもしれない。しかし、そういう人は実にたくさんいるのだが、そういう人たちのなかで、日本的な後悔の仕方であるはずの「申しわけないから死んでおわびする」という人も、「頭をまるめて隠遁と懺悔の生活を送る」という人も出なかったのは不思議なことである。」

 会田氏の戦争への処し方は、恐らくは多くの当時の日本人が処した処し方だったろうと思う。”ここまで踏み切った以上、日本が負けたら大変だと思った”との言葉は、一個の男子として庶民として極めて真っ当な言葉であり、覚悟ではなかったろうか。そうして戦争に処していった方々が、次々と命を落としていったのである。家族を思い、国を思いながら。

 ”日本の良心を代表する人々”は、今でも薄められてどこにでもいる。しかし、「黙って処した」人々の心を説得することも出来なければ、敵であった相手にも尊敬されることもない。”スレイヴ”の喚きでしかないのだ。

 会田氏は「プルターク英雄伝」の話をひきながら、ヨーロッパ人の人生の処し方について一言する。

「ある子供が、ひとの畑から、ブドウを盗んだ。畑の持ち主がそれを見つけてとがめると、子供はブドウをふところにかくして盗まないと言いはった。だがそのブドウのなかに蛇がいて子供の腹を喰いやぶり、腸を喰いちぎった。言語に絶した苦痛のなかでも、子供はなおブドウを出さず強情を張ったので、とうとう死んでしまった―。

 これはバカな子供にもっとうまく盗めと教える話ではもちろんない。正直にしましょうという教えでもない。正直にしないと神が罰をあたえるというたとえではさらさらない。いったん言いだしたことは断固としてつらぬくスパルタ的精神を讃えたものなのである。

 こういう考え方にはもちろん問題がある。個人が悪行をつらぬいても、誤ちをあらためなくとも、社会はそれを是正するだろうし悪い影響はうけないはずだという、社会に対する信頼がないと成立しない論理ではある。しかし、そういう考え方がヨーロッパには広く存在し、安易な反省や回心には不信をいだくものだということは知っておく必要はあるだろう。」

 今の日本には、安易に反省し、回心する人々が多すぎる。それはまた、そうしなければ更に袋叩きにあって社会的に抹殺されてしまうという恐怖も伏在しているだろう。

 しかし、そうして謝らせておいて、社会は何を得て、何を失っているのだろう。ほとんど人民裁判的な狂気にまで膨らむ他者糾弾の心理は、対象となる人物の”人間としての尊厳”まで徹底的に貶めるのである。既に、対象は何でもよい、ちょっとでもすきを見せたものを袋叩きにするために、舌なめずりをして、虎視眈々と狙っている、欲求不満の野獣どもが徘徊する社会になりつつある。かつてあった「惻隠の情」「武士の情け」は地を払ってしまった。おそるべき退廃といわねばならないだろう。

 さて、最後「帰還」という一節は、次のように書き始められている。

「望郷という言葉では生ぬるい。兵隊たちは狂乱したように故国を想っていた。」

「内地が戦火に焼かれ、人びとが餓えに悩んでいることは、いろいろの情報でわかってきた。しかし、実感として兵隊たちの目に浮かぶのは、やはり私たちが日本をたったころの、空襲も知らず物資の不足もまだそれほどではない、秩序ある街や村や家庭の姿であった。いや戦争が終わったという実感は、兵隊たちの想いを戦前の日本の姿に変えていた。」

 国への想いとは、遠く異郷の地にいて苦労をしてみないと本当にはわからないものなのかも知れない、と思わされる。また、帰りたくとも戦死した方々は帰ることが出来ないで異郷の土となってしまっているのだ。故国を思う思いはきっと同じであったろう。

 こんな一節もある。

「看護婦さんたちが船橋から手を振っている。驚くほど色が白いのが目にしみる。行軍中死んでいった日赤の看護婦さんたちを急に思い出しどきっとした。あとで帰還した小隊長の話では、久しぶりで見た内地の看護婦さんは神様のように美しかったという。私は神様としてはずっと下品で、色の白さと、身体がたくましくてお尻が大きいのに驚き、はじめて本当の女性を見たような気がした。ビルマの女は腰まわりが男と同じように細い。百済観音そっくりである。「あれで子供が生めるのやろか」と兵隊たちはいつも噂していた。とにかく真っ黒でもあり、さっぱり魅力がないのがふつうである。だから日本女性をこんなところで見ることができたのは嬉しかった。しかも大変元気そうである。日本は大丈夫だと一度に安心してしまった。」

 その場面を彷彿とさせるだけでなく、心持ちまでもひしひしと伝わってくる。

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2007年8月15日 (水)

高市大臣の靖国参拝に心から敬意と感謝

 終戦から62年目の今年、8月15日。安倍首相の参拝は見送られた。千鳥が淵戦没者墓苑へ献花をされたにも拘らず、目と鼻の先にある靖国神社には参拝しなかったのである。極めて残念なことである。参議院選の大敗を受けて政治的にリスクのある参拝は避ける、ということであったのか。しかし、政治情勢とは関りなく、日本の首相として、国のために命を捧げられた戦没者の方々に追悼と慰霊の誠を捧げる、最も相応しい中心施設である靖国神社に、お参りしていただきたかった。政治的に安全だから行く、リスクがあるから行かないというようなご都合主義的な姿勢には、国民はいささか飽き飽きしているのだ。右顧左眄することはない。

 国務大臣で政治信念として参拝しない、と嘯いた人物があるらしい。さっさと印綬を返上すべきである。何が政治信条か。その一事で大臣の資格はない。

 こうした中で、高市早苗大臣が、今日、靖国神社に参拝し、英霊への追悼と感謝の誠を捧げられた。何十年ぶりで只の1人の閣僚も参拝しないという事態が予想されていたが、その最悪の事態は回避されたというべきか。高市大臣には、本当にありがたいことと思われた。

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2007年8月 8日 (水)

安倍首相は、8・15、靖国神社に参拝すべし

 参議院で自民党が大敗したことと、安倍首相が靖国神社参拝を見送るとの観測記事が出たことととはどうつながるのであろうか。

 靖国神社参拝には、政治的リスクが大きい、と踏んだのか。

 曖昧路線が試されるときがきた。8・15、参拝するにしろ、しないにしろ、いずれにせよ曖昧では済まされないからである。

 小泉首相は、その動機はともあれ、首相就任以来毎年参拝をし、最後には紋付袴の正装で8月15日、堂々と参拝をした。色々批判されるが、この一点だけは評価されてよいことだと思っている。

 中国が、対日懐柔路線を取り、靖国にさえ行かなければ、日中友好で仲良くやれますよ、と微笑外交に転じている。靖国参拝は必ず中国との軋轢を生み出し、その責めは全て日本が背負わねばならない、ということを恐れているのだろうか。

 はたまたアメリカが「従軍」慰安婦決議を上げたことで及び腰になっているのだろうか。

 外国に右顧左眄して参拝しないというのであれば、安倍首相への評価はがた落ちになる。

 国内の「反対」勢力に配慮するというのであれば、安倍首相の支持勢力を裏切ることになる。

 民主党は、靖国問題について、決して一枚板ではない。もちろん、戦略的に反対で党の締め付けを行う可能性もあるが、民主党の中にも靖国参拝については積極的に考えている議員も少なくはない。

 自民党の中の反対勢力、心底言っているのは、数名に過ぎない。あとは、上記のようなことを恐れての右顧左眄勢力が多く、安倍首相を支え、期待している多くは、現在のところ沈黙を守っているように見える。

 貧すれば鈍す、という。自民党は大敗して、負け犬根性丸出しの内紛を始めようとしている。そんなことだから民主党にナメられるのだ、という意識はない。

 安倍首相には、8月15日に堂々と靖国神社にお参りし、国民を代表して護国の英霊に感謝と追悼の誠を捧げ、国のために身命を捧げる覚悟を改めて内外に示すことが最良の選択だと思う。

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2007年8月 5日 (日)

明日は広島原爆の日

 明日は広島原爆の日。

 ”ヘイワ”宣言の骨子が発表されたということだが、例によって高飛車に政府批判を行っているらしい。

 いわゆる「革新」市政が続く広島市であるが、既に広島市議会の保守系といわれる議員も訳が分からない。

 ちなみに、広島県内のある自治体では、これまで毎年出していた「平和宣言」を取りやめることになったと仄聞した。本当かどうか確認はしていない。何でも、「平和宣言」は、いつも政府や一部外国を批判することになり、教育上悪影響がある、という理由だそうだ。これも一つの見識だと思う。

 原爆を巡る言語空間は極めて硬直しており、一種の言論統制が罷り通る。

 本当の慰霊とは何か。

 未だに、その答えを見出し得ていないのが、今の広島ではないかと思われる。

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2007年8月 3日 (金)

米下院の慰安婦決議と参議院選挙。どちらもスカだ

 情報に疎いと精神状態に悪い影響を及ぼすということが分かった。

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/america/72340/

 アメリカ下院・慰安婦決議、たったの10名。

 否決はしないが、たったの10名の議員を置き去りにしたとは。

 正に茶番劇を演出したものだ。

 日本でも、共産党と社民党以外が全部退席すれば、同じような状況になるだろうか。

 それにしても、467人の下院議員の内167名が共同提案に加わった、その議員らの真意は、持ち上げておいて落っことす、ということだったのだろうか。

 10/467 の中での圧倒的多数。

 絶対少数の中で圧倒的多数。

 これがアメリカ議会の意志だという。

 かつて終戦50年の衆議院決議の際、決議ボイコットが成されて、全く権威のないものになり、参議院ではあっさり否決されたことがあった。

 それで、慌てた村山総理が談話を出して取り繕った。

 その取り繕いの村山談話でさえ、日本の首相を拘束しているのだ。

 アメリカ議会の正式な決議というのは、10名でも出来るということなのか。

 議会制度の長い歴史の中で編み出された「知恵」なのか。

 いずれにせよ、安倍総理の訪米時の対応が効を奏したと言っていいのだろう。

 日本のマスコミは、中国・北朝鮮並だということなのだろう。特権階級よろしく、下品な番組を垂れ流し続けている。とうとうどんな番組をやっても視聴率が上がらず、国民から愛想をつかされつつあるのだという。

 インターネット時代、滅び行く恐竜のように、最後の咆哮をあげつつあるのか。

 それにしても、まだ選挙では、その恐竜の巨体が一定の空気を作り上げる。

 私は、殆どテレビを見なかった。お蔭で、自分なりの判断が出来たと思う。

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2007年7月31日 (火)

アメリカ下院の迷走 ~濡れ衣を着せられた日本~

 大声で嘘っぱちを泣き叫ぶ方が、静かに真実を語るよりも受け入れられる。

 これが、アメリカ民主主義の現実だ。

 ローマ以来の伝統である「雄弁」が全てものを言う世界なのだろう。同じ事実でも、雄弁でどれだけうまく解釈してみせるかが腕の見せ所である。事の真偽はそれほど問題ではない、というのだ。

 ありもしなかったものを、あったといいくるめる。嘘も百回言えば真実になる、と嘯いたヒットラーと同断ではないか。

 これが、アメリカ民主主義の現実だ。

 言論の自由が逆手に取られ、虚偽が現実を作り上げていく。

 「言葉は神なりき」

 時と場所でころころと変わる証言も、一度しか聞かないものにとっては、事実と思い込ませることが出来る。

 面倒な検証など、誰がするものか。

 軍国主義の日本ならやりかねない。だから日本がやったんだ。現にあのかわいそうなばあさんたちは泣き喚いているではないか。60年以上経った今でも。

 この没論理が、アメリカを支配しているのだ。

 何が真実か、は問われない世界。米英流の民主主義の怖さだ。これが真実だ、と決めたものが真実として持て囃される世界だ。

 このおそるべき老大国に対しては、「真実」を「真実」としてだけ訴えても果たして無駄なのだろうか。

 日本人の上に、平気で原爆を落とせた、この国の手が、一体汚れていないと、誰が言えるのか。ここでも、「真実」は軽んじられているのだ。

 哀れみを醸し出すためだけに、悲惨な境遇を語り、アイゴーを繰り返す、コスチュームも忘れない、あの用意のよい人たち。

 この決議をうらから唆して莫大な金をつぎ込んだ国では、現在進行形で「性的奴隷」にするための「略奪」が行われている。現在進行形で行われている巨大な悪に目を瞑り、ありもせず、証明も出来ない責任を追及することに汲々とする暇人の蔓延る議会。

 「言葉は神なりき」  

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2007年7月26日 (木)

「社会保険庁監視等委員会」会長にJR東海会長の葛西氏就任

社保庁監視委が初会合、委員長に葛西・JR東海会長を選出(読売新聞)

 社会保険庁の業務を監視する総務省の「年金業務・社会保険庁監視等委員会」は25日、初会合を開き、年金記録漏れ問題への対応などを監視し、必要に応じて随時、総務相に提言、報告を行う方針を確認した。

 今後は月に1~2回、会合を開き、社保庁から聞き取り調査などを行っていく。

 初会合は、厚生労働省と社保庁が入る合同庁舎に開設された同委員会室で開いた。委員6人の互選により、委員長に葛西敬之・JR東海会長を選出した。

[読売新聞社:2007年07月25日 22時36分]

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拍手喝采に値する人事だと思う。

それにしても、~監視等委員会という名称は、社会保険庁が、監視されなければならない腐敗しきった官庁だったということである。あの傲慢さは何かに似ていると思っていたが、そう、北朝鮮にそっくりなのだ。

自治労の牙城と言われた社保庁の解体が、北朝鮮の現体制崩壊にダブって見える。

JR労組の横暴に負けなかった葛西氏の就任は、正に適材適所と言うべく、安倍首相の本気を感じさせるものだ。

今、日本は、国内に巣食う、「内なる北朝鮮」との対決を求められている。

内に「北朝鮮」を抱え込んでいるのは、自民党も民主党も同じようなものだが、既に自民党内の「内なる北朝鮮派」は鳴りを潜めているが、民主党内のそれは一体どうなるのだろう。自治労や日教組を支持母体とする民主党に「内なる北朝鮮」を切ることが出来るのか。

これも焦点の一つだと思う。

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2007年7月24日 (火)

またぞろテロの時代か

自民党への逆風が強まっているという。

しかし、これは「逆風」なのだろうか。

自民党の候補を狙った暴行沙汰が起こり、遊説中の安倍首相に物が投げつけられるという事件が起こっている。

長崎市長選で、現職候補が殺されたことは記憶に新しいが、またぞろテロの時代が始まろうとしているのだろうか。

昭和初期と違うのは、狙うほうがまったく不真面目というか基地外ということだ。まだ理念なりイデオロギーのあった戦前の方がまじめだったといえよう。

マスコミに煽られて、単なるムードや気分だけでトンでもないことをやらかしてしまう輩がいる。

あるいは、これは低強度「テロ」なのかも知れない。こんな下らない「敵意」の表現でも、度重なれば一つのムードを作り出す。

戦後60年の間に劣化が進んだ日本人を、元に戻すには気の遠くなるような努力が必要なのだろう。

そのためにも、安倍内閣を退陣させるわけにはいかない。

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2007年7月 7日 (土)

ニュースジャパンにえとうせいいち

フジテレビ系の深夜ニュース番組、ニュースジャパンにえとうせいいち氏が取り上げられるというので、昨日は久しぶりにテレビを見た。自宅にはテレビを置いていないので事務所に残ってみていた。

梅雨前線の活発化による集中豪雨のニュース、防衛白書が、北朝鮮の2倍のスペースを割いて分析し警戒を呼びかけた中国軍の軍拡・近代化の脅威を伝えたニュースに続いて、自公協力のきしみをテーマに放映がなされた。

党の党紀委員会から、えとうせいいち氏が警告を受けた、というところから始まり、その理由が、公明党の名誉を傷つけるもの、というものだった。

えとうせいいち氏の地元である大分で、勝手連の人々が配布したとされる「参議院選挙、助けてください」とする文書が配布されたということで、自公協力を阻害するもの、と認定されたということである。

東京のえとうせいいち事務所で本人への取材がなされていた。あの朴訥な顔に、ごま塩髭がうっすらと生えている。一生懸命闘っているんだな、という印象を先ずはもった。

えとうせいいち氏が党に復帰して参議院比例区で出馬するに当たって、誓約書が求められた。その中に、「大分県から住民票を移す」というものがある。そしてまた「大分県内では運動しない」というものがあるそうだ。

公明党の北側幹事長の目の下に大きな隈が出来た顔が何度も映った。6日大分で自公協力を確認する集会が開かれたという。

大分では、自民党の地方区に公明党が協力する代わりに、自民党支持者に比例区は公明党を入れるよう、票のバーター取引がなされてきたという。

これが、自公連立の正体な訳だが、その結果、前回の参議院選挙では、民主党2100万票に対して、自民党1700万票と、400万票もの差をつけられて自民党は第2党の位置に甘んじたということである。しかし、これが国民の意思を反映しているのかといえば、上記のようなバーターがなされている現状では不透明としかいいようがない。

公明党を嫌って自民党支持から民主党支持にシフトした団体もあるわけだから、余計混沌としているといえるだろう。

話を戻すが、大分の自公協力が確認されたところで、公明党が参議院地方区の鹿児島、熊本、大分で自民党候補への推薦をようやく決めたということだが、残りの地区はどうなっているのだろうか。

公明党の票の出し方の厳格さは定評があり、決して「自由な投票」ということは有り得ない。統制の利いたまとまった数万の票は、確かに接戦において当落を決する力があるといえるだろう。

しかし、選挙の本義が、民意を問うことにあるならば、これを利用することは邪道である。

公明党支持の人は公明党に、自民党支持の人は自民党に、無党派の人は時々の政策や人物に共感や信頼が持てる候補に、投票するのが当たり前であり、かつまた健全でもあろう。

それが、極めて不透明になってしまうのは、上記のような不純な机上の票数計算によるはかりごとのためなのである。

そもそも、参議院選挙において、公明党の地方区の票数は、一人の候補を独力で通す力は本来無い。その浮いた票を生かすという意味では、地方区における選挙協力というのは、死に票をなくすという意味では良いことなのかも知れない。

しかし、その本来の死に票を武器に、比例区において、支持政党と違う政党に投票するように、本来投票の自由が憲法上保障されているはずの選挙民に呼びかけるということは、政党として不純である。党利党略としては成り立つのかも知れないが、極めて問題が多いであろう。

自民党は、非自民連立政権の悪夢から醒めないのであろう。本来なら、政治理念による政界再編がなされるべきなのだろうが、それほどの勇断が出来るほどには情勢は煮詰まっていない、ということなのだろう。

このまま微温湯の中に居れば、そこそこやっていける、そこまで根こそぎやり直す必要はない、寝た子を起すな、ということなのだろうか。これは自公ばかりのことではない、民主党も同床異夢の、無理念の「政権奪取」のみを旗印とする野合を解消することの難しさという意味では同じことなのである。

政党は、政治理念だけでなく、選挙基盤に共通点を持つ政治集団のことを指すのであろう。

共産党のような強烈なイデオロギー政党はむしろ分かりやすいが、それは共産党がそれ自体で完結していることの証明であって、国家内国家をつくり、やがては国家そのものを乗っ取るという、伝統的な共産党の本質を維持しているがためであり、通常の意味での政党でないことを明かすに過ぎない。「たしかな野党」などというまやかしではなく、「唯一の革命政党」であるという本質を明らかに歌い上げるのが、共産党としては正直であるといえるだろう。

元にもどすが、えとうせいいち氏が全国行脚で一生懸命に挨拶をしている姿が映し出された。徳島市では、安倍首相とニアミスし、電話で話す場面が流され、夜行バスで東京に戻る際、徳島の支持者の方々が、「頑張ろう」と応援する姿が映し出された。

12日の公示まであと僅かだが、えとうせいいち氏の存在そのものが、この参議院選挙の特質をよくあらわしているように思えてならない。

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2007年7月 4日 (水)

「原爆投下」正当性を主張する米特使

原爆投下の正当性、米核不拡散担当特使が強調
7月4日  読売新聞

 【ワシントン=大塚隆一】米国のロバート・ジョゼフ核不拡散担当特使(前国務次官)は3日、国務省で行った記者会見で、広島、長崎への原爆投下について、「さらに何百万人もの日本人が命を落としたであろう戦争を終わらせたという点に大半の歴史家は同意すると思う」と述べ、改めて正当性を強調した。
 原子力平和利用分野における米露協力に関する記者会見で、「原爆投下は技術の非常に無責任な利用だったと思う」と指摘されたのに反論した。
(以上、引用)

 久間防衛大臣が「原爆投下はしょうがなかった」と発言して、辞任に追い込まれた直後である。

 アメリカ政府の責任者が、改めて「原爆投下」の正当化を行ったことは当然対応しているものと思われる。

 原爆投下の正当化の理由としてアメリカが主張してきたのは、上記のように、何百万の日本人の生命ではなく、あと100万のアメリカ兵の生命のことであった。

 原爆投下がなくても日本の降伏は時間の問題だった、との原爆不要論がアメリカの研究者の間では広く支持されるに至っている。またそれは事実であったろう。

 原爆投下決断を巡っては、現代でも解明されない部分があるという。鳥居民氏の労作「原爆を投下するまで日本を降伏させるな」は、日本人の常識にするべき内容を多く含んでいる。

 「原爆投下8時15分の謎」(諏訪澄氏著)も、多くの示唆を与えてくれるものである。


 世界最長とされる同盟関係である日本とアメリカ、しかしその直前まで死闘を繰り返し、あまつさえ原爆投下という人類史上未曾有の惨禍をもたらした国と、落とされた国との間の関係であると思うと、感慨無きを得ない。

 アメリカはなぜ、戦後日本を同盟国として庇護の下においたのか。

 冷戦が始まり、東側陣営に日本を奪われないため、ということが一つの説明としてなされてきた。

 しかしそれだけではあるまい。


 共産主義国が世界の平和に取って脅威であることは、何も第二次世界大戦後に始まったことではない。
 むしろ、共産主義の脅威に気付き、対峙してきたのが日本であったという事実に眼を向けるべきである。日本が何と戦ってきたのか、アメリカは理解しなかった。そして本来敵とすべきでなかった日本を敵とし、全面戦争を戦い、原爆まで使用して捻じ伏せたが、その結果、日本が対峙してきたものをそっくりそのまま受け継がねばならないという羽目になった。

 アメリカの大戦略のミスである。

 「米ソのアジア戦略と大東亜戦争」(椛島有三氏著)という著書がある。
 
 その結論部分で、アメリカが対ソ封じ込め戦略を提唱したジョージ・ケナンの言葉を引用して、上記のことを明かしている。

 今、日米離間を最も望む国がどこであるかは、誰でも判ることだ。中国であり、北朝鮮である。

 対米工作が浸透し、本来の敵を味方とし、味方を敵とする錯誤を再び犯すならば、それは両国にとっての最大の悲劇を招来することになるだろう。

 それにしても「原爆投下」を巡る歴史の整理は明確にしていく必要があるだろう。それでも、国と国との関係の中で、互いに容認し得ない部分が残ることは間違いない。その緊張に耐えていくことが重要なのであると思われる。 

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初代防衛大臣、「原爆・しょうがない」発言で失脚  ~では、元長崎市長の「確信」発言はどうなの?~

 久間防衛大臣が、千葉県柏市で講演した際、「原爆が落とされた長崎は悲惨な目にあったが、あれで戦争が終ったんだという頭の整理で、しょうがないと思っている」と述べたことが、「アメリカの原爆投下はしょうがない」と発言したと喧伝されて、足早に辞任にまで追い込まれてしまった。

 広島、長崎の「こころ」に配慮して、というよりも、参議院選が近いが故に、ということだ。

 如何なる意味においても「原爆投下」は許容できるものではない。非戦闘員を標的にした大量破壊兵器が使用された世界で最初の例であり、最後としなければならない事件である。

 久間氏は続けて、「米国を恨むつもりはない。勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかという思いは今でもしているが、そういうことも選択肢としてはあり得るということも頭に入れながら考えなければいけない」と述べている。

 辞任会見では、「私が講演で不用意に発言した「しょうがない」という言葉が、原爆投下を是認したかのように報道された。これまで原爆投下は断じてあってはならないと繰り返し言ってきたが、「しょうがない」という言葉を言ったことは事実であり、不用意な発言だったと反省している。被爆者の心情を思うと大変、申し訳ない。参院選で私が足を引っ張るようなことばあっては大変、申し訳ないという気持ちになり、安倍晋三首相の姿勢にマイナスにならないよう、身を引く決意をした。」と述べている。

 大臣としては余りにも不用意で見識不足な発言だったとしかいいようがないが、口癖とは恐ろしいものである。

 しかし、単なる失言ではなく、確信犯として、積極的な「原爆投下肯定論」を述べた人物がいたことは余り知られていない。

 元・長崎市長の本島等氏である。昭和天皇の戦争責任発言で右翼に銃撃されたことだけが有名だが、この人物の対日憎悪は筋金入りといった感じがある。

 この本島氏による、「広島よ、おごるなかれ」という論文は、平成九年、広島平和教育研究所の紀要「広島平和教育研究」第24巻に書かれた。

 原爆投下されて「当然」だ、とする広島の「罪状」を、本島氏が書いたところを摘記してみる。

(以下、引用)

2、なぜ原爆は投下されたのか なぜ原爆投下は、喜ばれたのか

一、日本の最重要軍事基地、広島
 明治初年、徴兵令の公布と陸海軍の創設はその後の広島の街を規定するものであった。
 広島は、陸軍第五師団がおかれ、明治政府は大陸への軍事的進出が国策となって、チリ的に大陸との交通至便の広島を軍事上の重要拠点とした。
 そのため、練兵場をはじめ陸軍の運輸、被服、食料、病院、監獄、陸軍幼年学校など重要軍事施設が市域の広大な部分を占めるにいたった。また、広島港(宇品)は軍事輸送基地として大陸への出兵など重要な役割を果たすことになった。また、各種の軍需工場は、歩兵銃、大砲、弾薬、機械、タービン、造船などを生産した。
 日中戦争後半は陸軍船舶司令部ができ、船舶兵団、船舶歩兵団がおかれた。
 特に陸軍第五師団(広島、山口、島根)は日清戦争、日露戦争、北清事変、日中戦争、太平洋戦争で常に先頭に立って戦った。
 青島出兵、シベリア出兵、満州事変、シンガポール占領など敵に大きな打撃を与えた。広島は大型爆弾の投下を待つ状態になった。東京、大阪、名古屋をはじめ全国の中小都市まで空襲で瓦礫の山だったから。
 広島は強制疎開が行われ、学童疎開も実施された。広島市にB29三百機が来襲する想定のもとに、各河川に筏を設けて避難の便に供し、浮袋二十万人分を市民に配布し、舟艇を河川要所に配備し、罹災の折の食料の準備、火たきの整備、消防ポンプの増強、バケツ操法の訓練など。
 広島は日清戦争では、大本営ができ、明治天皇は対清作戦の指揮をとい、帝国議会の仮議事堂が開かれ、広島は臨時首都であった。(2)
 日中戦争、太平洋戦争を通じて、宇品港から中国大陸や南方に輸送される軍隊を見送った広島市民の「万歳万歳」の歓声は地面が揺れ動くようだった。
 日の丸の小旗をちぎれるようにうちふって軍隊の出撃に熱狂的に歓声の声をあびせた。としより、主婦、娘さん、中学生、女学生、学童こそ、数年のちの「被爆者」たちだった。(3)
 一九四一年(昭和一六年)一二月八日、広島第五師団は、「マレーの虎」陸軍中将山下奉文を軍司令官とする第二五軍の基幹師団として、近衛、第十八師団と共に、マレー半島のシンゴラに上陸し、ジョホールバル占領、ブキテマ高地を奪いシンガポールを占領、十三万人の捕虜を虐待し、六千人~数万人を虐殺した。第五師団は凶暴なる殺人軍団であった。また広島の誇り、郷土のほまれだった。広島の若者、若い父親たちだった。
 シンガポールの陥落は、全国小学生の「日の丸」行進、夜は全国提灯行列でわいた。(4)
 昭和二十年六月国民義勇兵役法が制定され、男子一五歳から六〇歳まで、女子一七歳から四〇歳まで義勇兵役に服することになり、各種婦人会、大政翼賛会、勤労報国隊、警防団、隣組、町内会などで、まさに広島は戦争指導者と戦争協力者(小学生も含む)だけであった。
 また、日本本土の防衛を二分して東京に第一総軍、広島に第二総軍の司令部がおかれ、広島は本土決戦の枢軸となった。
 昭和二十年六月、広島市はそれ自体一個の巨大な軍事施設と化していた。
 最重要軍事基地が最大の爆弾攻撃を受けるのは当然であった。

(略)

 三、原爆投下 ― アメリカの声明

 アメリカ空軍機は日本の最重要軍事基地広島に原子爆弾を投下した。爆弾の威力はNTT高性能爆弾二万トン以上の威力がある。日本軍は開戦にあたりパール・ハーバーを空襲したが、いまや何十倍もの報復を受けたのである。太陽の熱源が極東を戦禍の巷とした者を絶滅するために解放されたのである。(6)

四、世界は、広島の原爆投下を喜んだ
(1)戦後フランスで最も活動的な作家、ボーヴォワールの『レ・マンダラン』(一九五四)に作者とサルトルとカミュが登場する。
  三人は南フランスを旅行中、新聞を買った。巨大な見出しで「米軍ヒロシマに原子爆弾を投下す」
  日本は疑いもなく間もなく降伏するだろう。大戦の終わりだ・・・各新聞には大きな喜びの言葉を重ねていた。しかし三人はいずれもただ、恐怖と悲惨の感情しか感じなかった。
  「ドイツの都会だったら、白人種の上にだったら、彼らも敢えてなし得たかどうか疑問だね。黄色人種だからね。彼らは黄色人種を忌み嫌っているんだ」このようにフランスの新聞にとっては原爆投下は大きな喜びであった。(7)

(2)シンガポールのセントサ島の「ワックス(ロウ人形)博物館」の、第二次世界大戦コーナーでは、広島の原爆雲と焼け野原の市街地の写真が展示されている。
  それも、上下は天井から床まで、横幅はその二倍ほどの大きさで。それは、他の展示物に比べて、ひときわ大きいものである。また、他の展示物が戦時下のマレー半島とシンガポールのことばかりであるのにくらべて異質なものである。なぜ、広島の原爆投下が強調されるのか。
  一九四二年二月一五日シンガポールは陥落し、三年八カ月、日本軍に占領された。日本軍は華僑の抗日組織を探すために、シンガポールの華僑約二〇万人を集めた。検問する憲兵も、各部隊から集められた補助憲兵も中国語も英語も満足に話せなかった。当然の結果として、検問は、おおよそでたらめなものだった。日本側は戦犯法廷で華僑六〇〇〇人を虐殺したといっているが、現地では数万人が虐殺されたといわれている。
 シンガポールの人びとにとって、広島の原爆は日本の敗北を決定づけ、自分たちを死の苦しみから解放してくれた「神の救い」であったことを意味している。(8)
(以上、引用終わり)

この切り貼りのもととなった資料については、ご丁寧にも本島氏は隠さずに紹介している。

(1)ワシントンポスト東京特派員東郷茂彦「太平洋戦争は終わっていない」文芸春秋1996年9月特別号
(2) 新修廣島市史1巻 537~565ページ
(3) 伊藤昭彦 原子野の「ヨブ記」径書房 172ページ
(4) 橋本佐内、国民学校1年生 新日本出版社
(5) クリストファー・ソーン、太平洋戦争とは何だったのか。1989 草思社 17ページ 150ページ 159ページ
(6) 小倉豊文 ノーモア・ヒロシマ 風涛社 33ページ
(7) ボーヴォワール著『レ・マンダラン』1981 人文書院 349ページ
(8) 高嶋伸欣 旅しよう東南アジアへ 岩波ブックレット NO.99
(9) 方励之 自選集その1
(10)姫田光義 三光作戦とは何だったか 岩波ブックレット
(11)日本は中国に何をしたの 映画『侵略』上映委員会
(12)峠三吉 原爆詩集
(13)姫田光義 三光作戦とは何だったか 岩波ブックレット

 「原爆投下が喜ばれた」には恐れ入るが、一瞥して明らかなのは、岩波ブックレットなど、左翼運動パンフレットのオンパレードである。これが、「原爆投下」肯定論の確信を導き出した背景であることは、銘記しておいてよい。

 更に凄まじい呪詛が続くこの文章をこれ以上引用するに耐えないが、これが、戦後の「反戦平和」運動が行き着いた先であることは、考えておくべきことである。

 これに比べたら、久間氏の発言などは問題にもならないだろう。

 防衛大臣の更迭にいたる背景には、戦後の「反戦平和」運動の背後に広がる荒漠たる頽廃があるといえる。

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2007年6月29日 (金)

株主総会ラッシュの報道を聴いて

 昨日夜、カーラジオで、上場企業の株主総会がラッシュを迎え、外資系ファンドなどの株主増配提案など、企業経営陣との対立が目立ち注目されたが、結局は、ほぼ凡ての企業で、企業経営陣側の意向が一部の大株主ではない、一般の株主の圧倒的な支持を得て乗り切った、と報道されていた。

 素人で詳しいことについて理解できているわけではないのだが、要するに、いわゆるグローバルスタンダードと言われる資本原理主義的な外資系ファンドの攻勢に対して、日本人株主の文化風土がそれを阻止した、というように思われた。

 金がすべて、という風潮は誰が作ったのかは知らないが、目先の利益を追って株価を吊り上げ、売り抜けるというように、株式を公開している企業を餌にしてマネーゲームに興じるという生き方に対して、それを拒否し、「NO」をつきつけたのではないかと思われた。

 企業は誰のものか、という議論があった。

 日本的な発想に立てば、社長以下社員という構成員が主体であり、また企業価値は社会の中で必要とされる度合いによって決定される、ということになるだろう。赤字ではつぶれてしまうが、世間様に必要とされることによって生かされる、という考え方に、ごく自然に立つのが日本人であろう。

 これに対して、資本原理主義的な考え方に立てば、企業が株主のものであることは疑いの余地の無い事実であり、利益が出せなければ、社長以下社員でも首を挿げ替えるのが当然で、企業価値を株価操作で吊り上げて売り抜けるということも当たり前の事である、ということになる。いわば、鵜飼の鵜である。大方の日本人の皮膚感覚からすればトンでもない、ということになるだろう。

 しかし、ホリエモンや村上事件などで明らかになったように、日本の若手の中には、日本的な発想はせせら笑われ、蔑まれ、資本原理主義的なマネーゲームが持て囃される風潮が明らかに見て取れた。

 外資による企業買収が進み、国民が知らないところで日本のいわゆる「民族資本」と言える企業は軒並み食い荒されるという事態が進行すると言われていたが、思わぬところでストップがかかったわけだ。

 利益第一主義に立てば、日本の株主の動きは不可解であろう。株主への増配が通れば自分も「得」をするじゃないか、ということになる。しかし、狩猟的な利益確保には違和感、もっと言えば反感を招いたわけだ。日本人のメンタリティからすれば、株式の保持というのは、その企業を応援し育てるという意識が働くわけで、農民的な感覚があるのだ。決して利益を求めないわけではないが、利益は結果であって、一時的な利益を得るために青田刈りをするようなことは心情的に抵抗があるのだろう。

 まだまだ日本の心は生きている、日本人は健在だ、と思わされた次第である。 

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2007年6月25日 (月)

男はつらいよ、ではないが

えとうせいいち 公式ホームページ

一度ご覧下さい。

安倍総理が選んだ男がどんな人物か分かります。

私はそれほど器用ではないので思ったことを思ったままにいうくらいしか能がありません。

えとうさんは、あまりにも朴訥で、野暮ったく見えるのですよね。

しかし、みてくれだけの世の中にあっては、こうした見てくれの悪い男こそが、「真心」を持ってるんではないですかな。

石原慎太郎都知事が、「せいちゃん(えとうせいいちさんのこと)、何もたもたしてんだよ。早く帰ってきて蛮勇を奮ってくれなきゃ」と言ってます。

千万人否と云えども吾往かん、との気概ある男、安倍総理と方向性を同じくする男。

なんか、バナナの叩き売りのようになってきましたが、えとうせいいちを、私は応援しております。


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2007年6月24日 (日)

沖縄 ~若夏の島~

 沖縄の心を思へば胸迫り戦世の事ひたに思はゆ

 鉄の雨嵐となりて吹き荒び数多の生命奪ひしかの日々

 若夏の島を訪なふ時にしも国守らしし御霊ら偲ばゆ

 ハイビスカスの花の盛りに照りつける陽射しの遥か青き海見む

 靖国の宮に学徒の御霊をば祀りし先師忘ら得ぬかも

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2007年6月12日 (火)

どういうわけかはわかりませんが

 昨日、300件以上ものアクセスが集中しました。

 大体50~100程度のアクセスで推移している当ブログに、こんなにも沢山の人が訪れてくださったのか、とうれしくも思いましたが、一人の人が詳しく見ていかれたということなのかも知れません。

 いずれにせよ、ありがたいことと思います。

 独断と偏見とえこひいきを身上としております。

 今後ともよろしくお願い申し上げます。

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2007年6月 1日 (金)

気が違ったか、広島市!原爆資料館に原爆投下を肯定する」意見に深く耳を傾けよ、とは何事か!

 5月31日付、中国新聞の記事で、トンでもない事実が明らかになった。

 広島市の外郭団体で、原爆資料館を運営する財団法人「広島平和文化センター」の理事長に、スティーブン・リーパというアメリカ人が就任していたのも驚きだが、そのリーパー理事長が、「原爆投下を『日本の植民地支配から解放した』と行程する考え方が根強いアジアの声に触れながら議論を深め、多民族が共感、納得できる施設にしたい」と中国新聞のインタビューに答え、原爆資料館の展示内容などの大幅な見直しを進めるための検討委員会に、「中国人、韓国人らアジア人を起用する方針」なのだと明かしたそうだ。

 第一に、なぜ原爆資料館を運営する市の外郭団体に、アメリカ人の理事長をすえるのか。

 第二に、なぜ、原爆資料館に原爆投下を肯定する意見を反映させようというのか。

 広島の平和行政は一体何を考えているのか。これほど、原爆死没者、そして被爆者を嘲弄する行為はない。これは自虐を超えてニヒリズムとしかいいようがない。

 しかし、まだ希望はある。

 広島市議会の6月定例議会で、「展示整備等基本計画」の関連予算を否決することだ。

 「可決されれば検討委の人選をすすめる方針で、リーパー理事長の意向はこの人選に反映される見通し」だと、中国新聞では書いている。

以下、参考

2007年4月23日記者会見「財団法人広島平和文化センターの新理事長任命について」 広島市

ひと:スティーブン・リーパーさん=広島平和文化センター初の外国人理事長 毎日新聞

痛いニュースから 2ちゃんねるが沸騰

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2007年5月18日 (金)

元厚生労働副大臣・自民党 参議院比例代表(全国区) 「えとうせいいち」さんを、心底応援しています

 こんなふうに、ひとりの候補を応援するということは、自由にものを書きたい人間にとってはかなり危険なことであるかもしれない。

 しかも、自由民主党という、政権与党から出馬する人物を応援するのだから、なおさらである。

 しかし、その危険を敢えて冒しても、応援せねば、との思いが強い。

 安倍政権は、今や、左派は勿論、本来支えるはずの保守陣営の中にも攻撃する人々がいる。

 様々な閣僚の「問題」発言や、不祥事などが禍いしていることもあるが、靖国問題一つとっても、中国を重視しすぎて小泉首相ほどに明快でない、という「イメージ」が一因である。

 また、「仕事をしていない」という「イメージ」づけがなされている。

 しかし、マスコミは、安倍首相の仕事の内容を、或いはメッセージを、国民に適確に伝えていないことにもよるといえる。

 安倍内閣は、戦後歴代内閣が成し得なかった大きな仕事を続けざまに二つも行っている。

 いうまでもなく「教育基本法の改正」であり「防衛庁の省昇格」である。

 会津の17歳少年の凄絶な事件一つとっても、日本の教育に、致命的な欠陥があることは最早誰の目にも明白である。あらゆる抵抗勢力の執拗な嫌がらせにも負けずに、教育改革を断行する安倍首相は、本当に、今、日本が滅びないために、何をなすべきかを知悉し、行動している首相であり、内閣であるといえる。

 また、北方領土近海、つまり我が国の領海内で、我が国の根室市の漁民が、ロシアの巡視船に銃撃され殺害されるという事件の発生、竹島への韓国の執拗な侵略意思の存在、更に対馬への野望。中国の海洋資源略奪や原子力潜水艦による領海侵犯、北朝鮮の弾道ミサイルと核兵器などなど、我が国の領域を巡る厳しい情勢の存在。(これらの問題は、いわゆる9条カルトの目には映らない)
 これに対して、防衛省に昇格して閣議への議案提出権を与えたことは、我が国の生存権=国民の権利としての基本的人権を護るために、極めて重要な決断だった。

 やや、安倍政権について書きすぎたが、私は、安倍首相が掲げる「美しい日本」の国づくりを支持する。というよりもこれに反対する日本人はどうかしているとさえ思う。なぜなら、自国が美しくあって欲しいと願う心情は、万国共通のものであると思うからである。こんなところで意固地に「偏狭で歪んだナショナリズム」=万国共通の心情に逆行する、自国卑下の歪んだメンタリティ、にしがみつくことはないだろうと思うのだが、そしてそういう連中が大体において世界市民だなどという寝言をつぶやいているのが不思議なのだが。

 どうしても本論に入れない。

 衛藤晟一という、政治家に立候補するには、漢字が難しすぎる男が、全国区に挑戦するというのである。

 安倍首相が、リーダーシップを発揮して、決断し、復党させた男である。

 いわば、安倍内閣の命運を握る男、と言っても良いかも知れない。

 反安倍派は、手薬煉引いて安倍つぶしのために、えとうを落とそうとほくそ笑んでいるのだ。

 ほとんど四面楚歌と言っても過言ではない、この「えとうせいいち」という男を、私は応援したいのだ。

 男気のある政治家、といったら今時はやらないかもしれない。しかし、自分に損になることであっても、いざ正しいと信じたら突進し、体を張って実現に全力を尽す。口だけの政治家は多いが、口より先に行動する政治家というのは中々いない。
 世の中は(ネットの世界などは最たるものだが)口先の時代である。勿論、それが悪いというのではない。

 しかし、口先でいくら机の上で議論したところで、現場に足を運び、泥をかぶらずに、生の声も聞くことなく、本当の仕事は出来ない。それをやってきたのが、えとうせいいちという男なのだ。

 全国区比例の選挙は、政党名と個人名、どちらでもいいことになっている。そして、政党名を書く人の方が、こと自民党に限って言っても個人名を書く人の倍以上ある。

 そこで、自民党を応援していながら、比例区で特定の候補を応援していない人、また、自民党はともかくも、えとうせいいちという男は応援してもよいという人、いずれも、「えとうせいいち」を応援して欲しいと思うのである。

 また、折にふれて、自分の分かる限りのことは、紹介していきたいと思う。

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教育の外何ものもなし~「名も無き民のこころ」序文から~

 以前にも、河村幹雄博士の文章は紹介したことがあります。

 「婦人の中に未来の人は眠れり」の一文のことです。

 昭和9年3月20日に刊行された、河村幹雄博士の遺稿集の抜粋「名も無き民のこころ」に掲載されたもので、感銘深いものでした。

 戦後教育を受けたものには、昭和初期の博士の文章も決して読み易いものではなく、読み進むのに難渋し、途中で放擲したくなることもたびたびでした。「婦人の中に未来の人は眠れり」の短文でさえそうなのです。

 しかし、この「教育の外何物もなし」は、一ページに足らない短文であり、文意も明瞭でした。

 新しい教育基本法が改正されて、現在国会では教育三法の改正が審議されています。これから新しい教育改革が推進されていくこのときにあたり、改めてこの一文に触れると、本当に心に染み入ってくるようです。

 「名も無き民のこころ」は、昭和四十四年に一度だけ、非売品として再版されたことがありました。

 学園紛争たけなわの頃のことです。

 大学問題に議論が集中する中、根本問題はむしろ小中学教育であるということを、再版に尽力した九州帝国大学で、河村博士の教えを受けた清成氏が記しているのです。

 不思議なことに、この再版された「名も無き民の心」には、昭和九年版の冒頭に掲げられた河村博士の遺稿である「教育の外何物もなし」と「年暮れむとす」が欠落しています。

 戦前・戦後を通じて、近代以降の我が国の教育の欠陥について透徹した視線を投げかけていた、河村幹雄博士の最晩年の言葉である遺稿を、是非多くの人に知って欲しいものと思い、ここに転記して謹載させて頂く次第です。

 漢字の字形が当時のものをそのまま再現できていないことと、仮名遣いをごく一部、現在の人にも読みやすいように最低限修正していることをお断りしておきます。また太字の強調も引用者の追加であることも申し添えます。


教育の外何物もなし

 乱れ行く世の様を視、狂瀾を既倒に回らさむと志す時、事を共にすべき人を求め、求めてその人なきを嘆じては人物養成の必要を痛感し、想は自ら教育に到る。
 ウォーターローの戦捷が、イートンの校庭に起因し、維新の大業が松下村塾に其の效を帰すと称して敢へて過言とする者の尠いのも皆教育の効果の偉大なるを認めての事である。
 世人一般を導いて此の確信に至らしめ正しき教育に全力を尽さしむる事、之が真に世を救ひ人を済くる所以である。マルクス輩偽預言者は何といふとも之を措ひて外に世を救ふ道はない。遅かれ速かれ人は此の一点―
子弟の訓薫、次代国民の育成程大切な事業のないといふ事実を自覚するに至る。
『世人が教育の外何者をも考慮せざる可き時機必ず至らむ』と一哲人は言った。此の信を持って教育を行ふこと之今日教育に従事する我等の重大責務である。(遺稿より)

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2007年5月 9日 (水)

中国共産党の対米思想戦の呪縛を解く画期的な検証!

 今日は余裕がないので、紹介だけ。

THE FAKE OF NANKING - 1


 いわゆる「南京大虐殺」の(でたらめ証言以外には唯一の映像)証拠として、中国側が金科玉条の如くに持ち出してくる戦時プロパガンダ映画、「バトル・オブ・チャイナ」(アメリカで制作。1943年)がある。


 ここに出てくるショッキングな映像が、アメリカ人をして、日本への憎悪をかきたて、結果的に、広島・長崎の原爆投下を含む日本全土への空襲によって、80万人以上もの(その大多数が非戦闘員であり一般人と推定される)犠牲者を生み出すことになった。


 銘記せよ! 広島・長崎の原爆の悲劇、東京大空襲をはじめとする日本全土の100を越える都市空爆による犠牲者は、ありもしない、南京大虐殺があったとする、反日プロパガンダによってもたらされたものである!

 (何と、日本国内において、いわゆる「反戦平和運動」なるものを主唱するものの殆どが、南京大虐殺信奉者なのである。恐るべき歴史への冒涜であり、人間性の破壊であることか。彼らが一日も早く迷妄から醒める日のあることを、世界のあらゆる神に祈りたい)


 戦後六〇余年を経て、やっとのことで、アメリカ人への反日プロパガンダの洗脳を解除する作業が始まったことを喜びたい。

 上記の映像を、是非一人でも多くの人々に見ていただきたい。特に日本人として、何故あれほど理不尽な殺戮が父祖の上にもたらされたのか、知ることになるだろう。そしてそれは、日本人としての誇りを取り戻す第一歩だといえるのだ。

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2007年5月 8日 (火)

中国共産党政府の「代理人」と目される米下院議員・マイク=ホンダ氏が馬脚

 米議会内外で反日運動を続ける、日系アメリカ人の下院議員、マイク・ホンダ氏が馬脚を顕した。

 米軍が日本の占領下に、軍命令として売春施設(いわば「慰安所」)を多数開かせ、日本人「慰安婦」を数万人米軍に性の奉仕(いわば「性奴隷」か)させていた歴史事実が米国に伝えられた。

 それこそ、敗戦のドサクサ、闇から闇に葬られてきた日本人女性の悲哀が、今になって「加害者」である米国で光を当てられたことには溜飲の下がる思いがしないでもない。

 しかし、まだ生きているであろう日本人女性の元「慰安婦」(「性奴隷」などと言うのは余りにも申し訳ない。そんな言葉をぶつける方が「人権侵害」のように思われる)は、そのような過去の悲哀を売り物になどはしない。

 所謂元「慰安婦」訴訟は、左翼の運動家が、「原告」を探し出して起したものだ。「旧悪」を暴く「正義感」に駆られた行為だろうが、それはある意味、元「慰安婦」を晒し者にする、人権侵害行為であった。

 「人権」を売り物にし、食い物にする輩は、自分が「人権侵害」をしていることに気付かない場合が縷々あるようだ。広島でも、あの世羅高校の校長先生を自殺に追いやった連中のことを、「人権を言う人たちに人権を奪われた」と指摘されたように、似非「人権」派の恐るべき反人権的な所業は、決して許されてはならないと思う。

 話はそれたが、マイク・ホンダ氏は、「日本軍の慰安婦は日本帝国軍隊の政策として性的奴隷という目的のために少女や女性を拘束し、強制し、拉致したのだから、米軍のそれとは異なる」と語ったということだ。

 しかし、米国議会調査局は、「下院に提出されている慰安婦問題での日本糾弾の決議案が「日本軍による20万人女性の性の奴隷化」という表現で非難する日本軍による組織的、政策的な強制徴用はなかったという趣旨の見解を示した」のである。

 マイク・ホンダ氏の支離滅裂さが改めて浮き彫りになろうものだ。

 更に言えば、米国にとって不名誉な、占領地における売春強制の存在に改めて脚光を浴びせる形になった。日本語には「薮蛇」という言葉があるが、正にそのようなものである。

 それにしても、それはそれで中国共産党からすれば、米国の名誉を少しでも傷つけることが出来たのだから、マイナスではないだろう。すると、マイク・ホンダ氏は、アメリカの下院議員でありながら、中国共産党から多額の金を受け取って自国の名誉を汚したことになる。これは、言葉の正しい意味での「売国奴」的な行為ではなかろうか。

 アメリカ人は、自国の下院議員の、このような売国的行為を許しておくのであろうか。見物である。


占領時、米軍も「慰安婦」調達を命令 ホンダ議員「旧日本軍は強制」言明

 【ワシントン=古森義久】終戦直後の日本国内で占領米軍の命令により売春施設が多数、開かれ、日本人「慰安婦」数万人が米軍に性の奉仕をして、その中には強制された女性もいたことが米側にいまになって伝えられ、米議会下院に慰安婦問題で日本を糾弾する決議案を出したマイク・ホンダ議員は4日、議会調査局に調査を依頼した。しかし同議員は戦争中の日本の慰安婦は旧日本軍が政策として一様に拘束し、強制した女性ばかりだった点が米軍用慰安婦とは異なると述べた。

 AP通信の4日の報道によると、終戦直後の1945年9月、日本当局が占領米軍からの命令で東京都内などに多数の米軍用の売春施設を開き、合計数万人の日本人「慰安婦」が雇用、あるいは徴用されたことを証する日本側書類が明るみに出て、ホンダ議員は米軍用慰安婦に関して米軍自体がどんな役割を果たしたかなどの調査を議会調査局に依頼したという。

 同議員は自らが追及している戦時中の日本軍用の慰安婦と戦後の米軍用の慰安婦の比較について「日本軍の慰安婦は日本帝国軍隊の政策として性的奴隷という目的のために少女や女性を拘束し、強制し、拉致したのだから、米軍のそれとは異なる」と語った。

 AP通信は4月26日、東京発で米占領軍が進駐直後、日本の政府や旧軍当局に売春婦の調達や売春施設の開設を命じた一連の日本語書類が発見されたと報じ、その内容として(1)1945年8月末から9月にかけ、米軍の命令を受けて日本政府の内務省などが東京はじめ茨城県などの地方自治体に「慰安婦」集めを指示し、合計7万人以上の女性が売春に従事した(2)米軍当局はそれら女性の一部は強制徴用されたという報告があることを知りながら、慰安所開設を認め、連日連夜、米軍将兵が詰めかけることを許した-と報道した。同報道はこの米軍慰安所にかかわって当時の日本側関係者数人を実名で紹介し、その談話をも引用した。

 しかしこれら日本の米軍用慰安所は連合軍最高司令官のマッカーサー元帥の命令で1946年3月末には閉鎖されたという。

 日本側でも終戦直後に米軍から売春施設開設を命じられたことについては旧日本軍が米軍進駐受け入れの準備組織として結成した「有末機関」のメンバーたちの証言が残っている。このように軍隊に売春という組み合わせは旧日本軍に限らず、米軍も同様だったわけだが、ホンダ議員らは旧日本軍の慰安婦はみな「帝国の軍隊の政策として」強制徴用された点が日本側一般とは異なると言明している。

(2007/05/05 21:43)

「組織的強制徴用なし」 慰安婦問題 米議会調査局が報告書

 【ワシントン=古森義久】米国議会調査局は日本の慰安婦問題に関する決議案に関連して議員向けの調査報告書をこのほど作成した。同報告書は安倍晋三首相の一連の言明を「矛盾」と批判しながらも、焦点の「軍による女性の強制徴用」については軍や政府が全体としてそうした政策をとってはいなかったことを認める見解を明らかにした。同報告書はさらに決議案の日本側へのこれ以上の謝罪要求に懐疑を示し、賠償を求めれば、日本側から原爆の被害者への賠償請求が起きかねないという懸念をも表明した。

 議会調査局の専門家により3日付