« ちょっとでも枝野の言葉を持ち上げた自分がバカだった!!(怒) | トップページ | 「福島の現状は「国による風評被害だ」と訴える高田純教授」 産経新聞より »

2011年8月15日 (月)

戦後66年目の終戦記念日

全国戦没者追悼式について

厚生労働省が管轄している国家としての戦没者追悼行事。


以下、独立回復後になされた閣議決定に基づき行われてきた戦没者追悼行事を、昭和57年になって8月15日を期日と定め、引き続き行われてきた。


8月15日には、公の施設は半旗を掲げることになっている。


国を挙げての慰霊の一日である。


広島では、広島護国神社における「英霊感謝祭」と「戦没者追悼広島県民集会」が開催された。


笹幸恵氏の講演「玉砕の島を行く」は、好評を博した。まだ36歳という若さの女性ジャーナリストが、南方の島々をはじめ、大東亜戦争で命を落とされた兵隊さんの足跡を確かめ、歩いてきた中で感じた事をお話し頂いた。


笹氏が幼少時から抱いていた怖さ、なぜ日本は戦争をしたのだろうか、という事について、天啓を与えたのは20歳の頃に読んだ、会田雄次氏の名著「アーロン収容所」だったという。

大学出のインテリだったこともあり、捕虜収容所の中で英語の通訳をしていた著者はあるとき日本側の将校が「戦争を起こして悪かった」と言ったのを通訳した。それを聴いたイギリスの将校が言った。

「君たちは奴隷か、奴隷だったのか。」

「我々は我々の正義を正しいと思って戦った。君たちも君たちの正義を信じて戦ったのではないのか。
負けたらすぐに謝るというのは、奴隷だ。ただ命令されたから戦ったのか。

私は、私の戦友が奴隷と戦って死んだとは思いたくない、サムライと戦って死んだと思いたい。
そういう情けないことは言わないでくれ。」


「アーロン収容所」は色々な読み方が出来る本だ(名著とは正にそのようなものであろう)。


それにしても、このように一人の女性の人生を変えてしまうほどのインパクトを与えたということ。

これは、読み手の資質にもよる。自分はそれほどのインパクトを受け取ることができなかった。


さまざまな解釈に動じないもの。南方の島々に残る兵器の残骸は正にそのようなものなのだ。


そして、言葉とは、そのような解釈に動じないものを刻み込むようにして紡ぐものなのだ。


この人は、そのようにして言葉を紡ぎだそうとしていると思えた。


このような言葉が、今の日本にはもっと必要なのだ。


「全国戦没者追悼式の実施に関する件」(1952年4月8日閣議決定)によれば、「平和条約の発効による独立に際し、国をあげて戦没者を追悼するため」に実施するとされた。

全国戦没者追悼式の実施に関する件

昭和27年4月8日 閣議決定

平和条約の発効による独立に際し、国をあげて戦没者を追悼するため左記により式典を実施する。


一 政府主催で、五月二日新宿御苑において、両陛下の御臨席を仰いで、全国戦没者追悼式を行う。

二 本式典の戦没者の範囲は、支那事変以降の戦争に因る死没者(戦災死者等を含み、軍人軍属に限らない。)とする。

三 本式典は、宗教的儀式を伴わないものとする。

四 本式典中の一定の時刻において、全国民が一せいに黙とうするよう勧奨する。

五 本式典には、全国から遺族代表を参列させる。

なお、参列に要する経費に対し、一定額の旅費を国より補助する。

備考

各都道府県及び各市町村においては、その実状に応じ、それぞれ適当な時期において戦没者追悼の式典を行うよう勧奨する。


「「戦没者を追悼し平和を祈念する日」について」(1982年4月13日閣議決定)によれば「先の大戦において亡くなられた方々を追悼し平和を祈念するため、「戦没者を追悼し平和を祈念する日」を設け」てその期日を8月15日とし、この日に政府は「昭和38年以降毎年実施している全国戦没者追悼式を別紙のとおり引き続き実施する」ものとしている。

別紙「全国戦没者追悼式の実施について」の内容は、以下の通り。

1.全国戦没者追悼式は天皇皇后両陛下の御臨席を仰いで毎年8月15日、日本武道館において実施する。

2.本式典における戦没者の範囲及び式典の形式は、1981年(昭和56年)の式典と同様とする。

3.本式典には、全国から遺族代表を国費により参列させる。

4.式典当日は官衙(が)等国立の施設には半旗を掲げることとし、地方公共団体等に対しても同様の措置をとるよう勧奨するとともに本式典中の一定時刻において全国民が一斉に黙祷するよう勧奨する。

|

« ちょっとでも枝野の言葉を持ち上げた自分がバカだった!!(怒) | トップページ | 「福島の現状は「国による風評被害だ」と訴える高田純教授」 産経新聞より »

コメント

戦後66年目の終戦記念日
、と題名がありますが、1945年が1年目(日本語には0年目という表現はありません)、1946年が2年目....今年2011年は67年目になります。
通常、満○年=○+1年目になります。

投稿: 森 浩晴 | 2011年9月26日 (月) 午後 07時29分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/86795/52482160

この記事へのトラックバック一覧です: 戦後66年目の終戦記念日:

« ちょっとでも枝野の言葉を持ち上げた自分がバカだった!!(怒) | トップページ | 「福島の現状は「国による風評被害だ」と訴える高田純教授」 産経新聞より »