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2011年4月20日 (水)

原発推進か廃止かはともかくとして

 或いは、今回の事態で一つ大きな変化が進むのではないかと、「期待」されるのが、テレビメディアの衰退である。

 原発は電力の安定供給のシンボルでもあった。電力無くして日本の発展はなかったわけで、今回の事態は今後の電力需要を抑制するために、好むと好まざるとに関係なく節電の方向に向かわざるを得ない。

 とすると、一番の「無駄」が、テレビとなるのは、まあ、仕方がない。

 報道関係でも、テレビ局はいわばメディア貴族と言ってよいほど収入も良かったわけだ。それは全てが「広告料」収入を基軸とした収益構造にあったことはいうまでもない。恐竜並みに巨大化した利権構造を解き明かした名著(?)が、「~さらばレガシーメディア~マスゴミ崩壊」(三橋貴明著)だ。

 捏造や偏向報道を繰り返し、日本人の道徳観念を大いに傷つけ続けてきた罪悪を考えれば、テレビ局が整理され、淘汰されることは必要なことである。これほど巨大な無駄を、事業仕分けしてこなかった、いや出来なかった第4権力化していたテレビ業界の斜陽を見ることが出来るとは、感慨深いものがある。

 それともう一つ。今回の計画停電で一番腑に落ちなかったことと言えば、停電になった病院の向かい側でネオンも赤々とパチンコ店が営業していたことである。どれくらいそんなケースがあったのか、調べる人がいてくれたら実に興味深い結果が出るのではないかと思われるが、病院が停電になると生命維持装置を付けている患者さんの命が危ないわけだ。勿論、まっとうな病院なら自家発電装置を備えているだろうが、そうしたバックアップ機能もなく、命を落とした方も何人かは居られたと報じられていた。

 原発推進か反対かを、事故を利用して議論することは現時点で無意味かつ悪質だ。

 今やるべきことは、現在の福島原発の事故を抑え込むことであり、かつ漏洩した放射性物質がどの程度拡散したのかをきちんと実測し、その防護対策を打つことである。それが一段落した段階で、この事故を総括した上で、原子力の平和利用に関する国際的なコンセンサスを改めて取り付けること(もしそれが廃止の方向性だとしても)であろう。日本一国の問題でないということは、日本だけが原発を推進するとか廃止するとか言っても無意味なことであり、各国が原発を推進するのかしないのか、ということと連動しなければおかしなことになるだろう。


 勿論、原子力は、「平和利用」だけされているわけではない。核兵器でなくても、原子力潜水艦や原子力空母などは現実の存在として世界の海を駆け回っているわけであって、原子力発電所だけを論じても余り意味がないのである。そして、恐らく、これらが直ちに廃止の方向に向かうなど、如何に反原発運動の信奉者でも考えられることではなかろう。


 今の時点での議論は、全てためにする政治的な理由が後にくっつくものであって、それ以上の意味は持ちえない。暇な人間が空理空論をもてあそぶのは結構だが、そんな余裕も今の日本にはなくなりつつあるのではないのか。

 とりあえず、「節電」というのは、生活全般を見直すいいきっかけではあろう。

 そして、曽野綾子氏がかつて言われていた「電気のないところに民主主義はない」という言葉が思い出されるのである。

 たしかに、もはや死に体だった内閣がゾンビのようによみがえり、采配を振るおうともがいている。

 直ちに解散総選挙をすべき政治状況にも拘らず、それが許されない被害の惨状である。正に、民主主義的でない現実が今立ち現われていると言えよう。

 民主主義それ自体が価値であるのかどうかというよりも、今、この非常事態を乗り切るだけの見識と胆力と実行力のある政治家をトップに持てないことの不幸は、正に「宰相不幸社会」の実現した姿である。

 民主主義を原発が支えていた、と仮定するなら、反原発とは、反民主主義であるのか。いい悪いではなく、ことの本質を見据えて、腹を据えた議論をすべきだろう。

 他人に依りかかった議論は止めて、自らの頭で考えるべきだ。そしてその結論に対して責任を取る生き方が出来た時に、本当の意味で民主主義が機能するのだろう。しかし、そのようなことはプラトン以来人類の永遠の宿題と言っていいのかも知れない。


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