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2011年3月31日 (木)

市民活動家が最高責任者になった悲劇

市民活動家を貶めるつもりはさらさらない。

しかし、市民活動家の感覚のままで、国家の最高責任者になってしまったことは、かえすがえすも日本の悲劇と言うしかない。


パフォーマンスが上手というのは、市民活動には大切な要素かもしれない。

しかし、現実に国家の責任を担うものがパフォーマンスにかまけていたらどうなるのか。

これを、わたしたちは、目の当たりにする不幸に見舞われた。


やるべきことをやらない不作為の罪、やってはならないことをやってしまう罪。

その何れもをがあてはまる、「非常時の指導者」を持ってしまった日本の悲劇。


今、日本が辛うじて保っていられるのは、国民性の故であろうか。


しかし、このような指導者を生み出してしまったのも、日本なのである。

今、わたしたちは、大きな痛みとともに、国の在り方を根底から考え直さなければならない課題に直面している。

単なる復興再建が目的でなく、まともな政府、まともな国家を築き上げねばならない。


それも、周辺諸国は日本の弱り目を放っておいてはくれない。

自然による大災害の悲劇よりも恐るべき外国による侵略という悲劇を食い止める力を整備しなければならないのである。

これは、市民活動家には断じて出来ない。一刻も早く、救国内閣を組織する必要がある。

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