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2011年2月

2011年2月18日 (金)

現代の神話…日本人の勤勉性?

 聞き書きの続きだ。

 その人は、自分の足で現地を踏み、自分の目で見て、感じたことのみを根拠に自分なりの見方を形成し、信念の根拠とする。

 その人によれば、ヨーロッパの人々は日本人よりよほど勤勉に働いている、という。

 日本人は一つの仕事でいっぱいいっぱいである。しかし、ヨーロッパの人々は、セカンドジョブを持つ。

 一つの仕事で比較すれば日本は優位である。しかし、ひとつの仕事では暮らしていくことが出来ないヨーロッパ人は、二つ目の仕事を持つのが当たり前なのである。

 戦後神話として、日本人は勤勉に働いたから復興出来た、というものがある。

 主観的に、これは間違いないことなのだろう。


 しかし、自分たちの置かれた位置の僥倖を認識し、正確に自分の立ち位置を自覚することが今必要なのだ。


 怠けてさぼっている場合ではないのだ。

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日本の余命はあと10年…?

 今日、ある技術職の年配の方とお話しする機会があった。

 今、日本の伝統的な技術職の人々がどんどん高齢化し、後継者がいなくなっているという。

 この方の携わっている業界も、もう60代の方々が中心で、これを継ぐべき次の世代は不在なのだという。


 今の日本は、「豊か」になったので、そんな技術職などについて苦労するよりも、もっと他に収入の高い職業がある、と思われている。だから、募集をしても集まらない。仮に来てもすぐやめる。


 今、日本は密かに死につつある、のかもしれない。


 藤原正彦さんが、日本は人材しか資源がない。だから、学力の国際比較では、圧倒的な一位でなければならないのに、今や学力の凋落は目を覆わんばかりだ、ということを言われていた。


 そんなにトップを目指さなくても、そこそこ暮らしていければいいじゃないか、という昔の言葉で言えばプチブル的な退嬰的な精神は、蔓延しているのだろうか。


 就職内定率が史上最低と言っているが、そうなる原因を作ってきたのはマスコミやしたり顔の有識者たちだろう。


 派遣はだめだとされ、内定取り消しをしたら訴訟を起こされたら、どんな企業でも及び腰になる。企業をこれ以上いじめてどうする。日本で企業をいじめて、外国に追いやるようなことをやっているのだ。


 それで、日本にしかない、日本人にしかできない技術が中国などに流出して、日本が空っぽになっていく。


 したり顔をしていた連中はその時またどんなしたり顔をした評論をして、糊口を濡らすのだろうか。


 広島県の観光は、三〇位以下なのだそうだ。四七都道府県中三〇位以下、中の下である。世界遺産を二つまで持っているにもかかわらず、だ。


 これは、県政もそうだが、それ以上に、市政の失敗に間違いあるまい。10年以上、平和の使徒となって世界中をファーストクラスで飛び回りスイートルームに泊まってはパフォーマンスのみに憂き身をやつしてきたトップがしたことといえば、1000億円を寄付で賄うという、他人の懐をアテにした夢物語のみ。

 詐欺師といおうか、ペテン師といおうか。

 広島には原爆ドームがあり、平和公園があり、修学旅行生が日本中から集まっているから、観光的にはそれなりになっているのだろう、という漫然としたムードがないことはない。


 しかし、広島の平和公園、また原爆資料館は、一生に一度来てみればよい、というだけだ。リピーターは殆ど生じないのである。唯一の例外が、8月6日に全国から結集する左翼過激派や職業的平和運動家たちのみである。


 その人はこうも言っていた。広島には「おもてなし」の心がない。客を迎える心構えが行政にも市民にも欠落しているのだ。それを助長してきたのが、「平和」と「人権」の上に胡坐をかいてきた為政者の怠慢なのだ。


 広島に落とされている巨大な「平和」利権。それはごく一握りの特権階級に流れる仕組みになっている。


 このシステムは極めて強固なものではあるが、所詮は他人の懐に手を突っ込んで強奪していることに変わりはない。オリンピック招致詐欺とどこも変わらない仕組みである。


 こんなことが未来永劫続くわけはないのだが、どこの時点で無理が昂じてシステムが崩落するか。


 この路線を継承することは(口ではなんといおうが)確実な3人目のナンバー2が権力の座につくような事態になったなら、アラブ諸国で起こっているインティファーダを行うか、江戸時代の農民にならって跳散するかしかない。あるいは座して死をまつか。


 政治の体たらくは凄まじいが、あれは国民精神の反映にすぎないことに気付いた方がよい。


 広島は原爆の惨禍からも立ちあがることが出来た。そのパワーの源泉こそが世界から注目されているのである。

 果たしてその源泉は枯渇していはしないか。

 広島の命運を分ける統一地方選挙は、また日本の命運をも左右する。

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日本の余命はあと10年…?

 今日、ある技術職の年配の方とお話しする機会があった。

 今、日本の伝統的な技術職の人々がどんどん高齢化し、後継者がいなくなっているという。

 この方の携わっている業界も、もう60代の方々が中心で、これを継ぐべき次の世代は不在なのだという。


 今の日本は、「豊か」になったので、そんな技術職などについて苦労するよりも、もっと他に収入の高い職業がある、と思われている。だから、募集をしても集まらない。仮に来てもすぐやめる。


 今、日本は密かに死につつある、のかもしれない。


 藤原正彦さんが、日本は人材しか資源がない。だから、学力の国際比較では、圧倒的な一位でなければならないのに、今や学力の凋落は目を覆わんばかりだ、ということを言われていた。


 そんなにトップを目指さなくても、そこそこ暮らしていければいいじゃないか、という昔の言葉で言えばプチブル的な退嬰的な精神は、蔓延しているのだろうか。


 就職内定率が史上最低と言っているが、そうなる原因を作ってきたのはマスコミやしたり顔の有識者たちだろう。


 派遣はだめだとされ、内定取り消しをしたら訴訟を起こされたら、どんな企業でも及び腰になる。企業をこれ以上いじめてどうする。日本で企業をいじめて、外国に追いやるようなことをやっているのだ。


 それで、日本にしかない、日本人にしかできない技術が中国などに流出して、日本が空っぽになっていく。


 したり顔をしていた連中はその時またどんなしたり顔をした評論をして、糊口を濡らすのだろうか。


 広島県の観光は、三〇位以下なのだそうだ。四七都道府県中三〇位以下、中の下である。世界遺産を二つまで持っているにもかかわらず、だ。


 これは、県政もそうだが、それ以上に、市政の失敗に間違いあるまい。10年以上、平和の使徒となって世界中をファーストクラスで飛び回りスイートルームに泊まってはパフォーマンスのみに憂き身をやつしてきたトップがしたことといえば、1000億円を寄付で賄うという、他人の懐をアテにした夢物語のみ。

 詐欺師といおうか、ペテン師といおうか。

 広島には原爆ドームがあり、平和公園があり、修学旅行生が日本中から集まっているから、観光的にはそれなりになっているのだろう、という漫然としたムードがないことはない。


 しかし、広島の平和公園、また原爆資料館は、一生に一度来てみればよい、というだけだ。リピーターは殆ど生じないのである。唯一の例外が、8月6日に全国から結集する左翼過激派や職業的平和運動家たちのみである。


 その人はこうも言っていた。広島には「おもてなし」の心がない。客を迎える心構えが行政にも市民にも欠落しているのだ。それを助長してきたのが、「平和」と「人権」の上に胡坐をかいてきた為政者の怠慢なのだ。


 広島に落とされている巨大な「平和」利権。それはごく一握りの特権階級に流れる仕組みになっている。


 このシステムは極めて強固なものではあるが、所詮は他人の懐に手を突っ込んで強奪していることに変わりはない。オリンピック招致詐欺とどこも変わらない仕組みである。


 こんなことが未来永劫続くわけはないのだが、どこの時点で無理が昂じてシステムが崩落するか。


 この路線を継承することは(口ではなんといおうが)確実な3人目のナンバー2が権力の座につくような事態になったなら、アラブ諸国で起こっているインティファーダを行うか、江戸時代の農民にならって跳散するかしかない。あるいは座して死をまつか。


 政治の体たらくは凄まじいが、あれは国民精神の反映にすぎないことに気付いた方がよい。


 広島は原爆の惨禍からも立ちあがることが出来た。そのパワーの源泉こそが世界から注目されているのである。

 果たしてその源泉は枯渇していはしないか。

 広島の命運を分ける統一地方選挙は、また日本の命運をも左右する。

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統一地方選 IN 広島  広島市議選

 ある広島市議会議員が出した資料集「日本の安全 第三の被爆地をつくらないために」が手元にある。


 これほど真正面から、日本の核武装の問題について論じている地方議員のレポートは希だろう。これは広島市議会に籍を置く議員であるからこそ、とも言えるが、席があっても何も論じていない人々が大多数なのを考えれば、やはり希有なことである。


 ある、民主党の地方議員が、個別の席では日本核武装論について熱心に論じていても、では8月6日広島に来ますか、と水を向けるとたちまち及び腰になるのを見てきた。


 安全保障を論じるのに、タブーは禁物だ。タブーにしているその前提が崩れれば、如何に精緻に論じてみても砂上の楼閣に過ぎないからである。結果として、国民に被害が及ぶ。第三の被爆地が生まれてしまう、となれば、一体だれが責任を取るのか。誰も取りはしないのである。


 このレポートは、本人曰く500冊もの様々な一般書、研究書などを参考に独自にまとめたものだという。この気迫は凄まじいものがある。


 非売品であり、手に取る機会も中々得難いものがあるかもしれないが、この方の熱意は、確実に日本を変え、広島を変えてきている。


 この方も「一隅を照らす」国の宝に違いない。

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統一地方選挙  IN 広島

 統一地方選挙まで早いものであと2カ月を切ってしまった。

 あっという間に時間は過ぎていく。


 昨日、ある広島市議会議員の時局講演会が開催された。金美齢さんが「日本の再生へ」というテーマで話をされた。

 日本は、世界中の国々と比較してみれば、良い国だと分かる。勿論光と影があるのは当然だが、日本の場合、光の部分が圧倒的に大きい。それに素直に誇りを持てばよいのだ。

 民主党はアマチュアだから、政権など絶対に務まらない。そう言ってきたのに、誰も耳を傾けなかった。

 しかし今は、金さんの言う通りだったと言われる。軽佻浮薄な日本人の体たらくに渇を入れられた。


 「軽佻浮薄」


 この言葉、本当に今の日本のある部分を表す言葉だ。


 「軽挙妄動」


 これも似たような言葉かもしれない。


 この統一地方選挙は、広島においても極めて重大な意味を持つ。


 広島市長選挙が、それである。


 戦後の左翼全体主義の毒の中心にあった広島市が、その桎梏から脱却できるのか、あるいは更に闇の汚泥に沈んでゆくのか、ということである。


 広島市の毒は、そのこわばった平和主義として日本を呪縛し続けてきた。それは本質的にはGHQの残地諜者の役を果たしてきたのである。


 日本はその毒に痺れてしまい、自らの国を自らの手で守るということについて全うに議論することさえ憚られてきた。そして、今や、固有の領土をさえ守る気概を失ってしまっているのだ。これは、北方領土、竹島の問題もそうであり、尖閣諸島の問題でもそうである。

 既に自国民を守る意思の薄弱さを、拉致問題で露呈してきた。

 さて、この広島の毒を解毒するには、広島における左翼全体主義のこわばりを解き放つ必要がある。

 閉ざされた言語空間の中で、人間の真っ当な精神を毒してきた有り方を、根底から変えなければならない。

 そのためには、出馬しないと表明して自慢に明け暮れ、後継候補を出さないと言って出すという、市民を欺瞞する宣伝に騙されてはならない。


 左翼全体主義との闘い。


 これは、広島市においても、国政においても今まさに展開されているリアルな戦いなのだ。

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「それは簡単なんだ」という言葉を口に出してみると・・・!

 「日本一の大金持ち 斉藤一人さんのツキを呼ぶ言葉」を読み返してみた。


 すると、「それは簡単なんだ」という言葉につきあたった。


 どんな問題が起こっても、「それは簡単なんだ」と言うと、不思議と解決策が出てくる。

 今日は、それを実践してみた。

 会議の前に「それは簡単なんだ」という言葉を車の中で何回も自分に言い聞かせてみた。


 そうすると、今日の会議は、実りあるものとなり、問題と思われていたことはあらかた解決してしまった。


 「それは簡単なんだ」


 口に出して言ってみるといいですよ。


 今の政界の体たらくも、案外その解決方法は「それは簡単なんだ」というものなのかも知れない。


 私利私欲さえ去って国家のためを思えば、何事も解決しないことはない。今、こんなどたばたが出来ているのも、日本が凄い国だからなんだと思う。


 国家のリーダーは、無私の精神で、公の為に身を捧げる覚悟のある人物であらねばならない。


 日本には、天皇陛下がおられるのだ。大御心に中心帰一すること、ただそれだけのことなのだ。

 日本の立ち直り、「それは簡単なんだ」

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民主党はヤマタノオロチ

 ついに小沢に近い議員16人が民主党会派から離脱し、独自会派を届け出た。

 しかし、民主党自体を離脱するわけではないらしい。

 幼稚である意味無邪気に政界をひっかきまわす前首相も民主党であり、

 党員資格停止処分という痛くもかゆくもない処置でお茶を濁された代表選の敗者も、

 俺サマ何サマの裸の王様の党代表代行も、

 民主党には、いくつもの頭があって、それぞれげめいめいばらばらにてんでんばらばらの動きをしている。

 そして、それが国家の思考停止をもたらしている。

 
 国家意思をまとめ上げて行くことが出来る政治家は果たしているのだろうか。八という数次は、末広がりの数の多いことを示す言葉だから、単に八つに分裂しているというよりも、無数にバラバラにうごめいているという、蛇の巣のようなありさまなのである。


 その中で、喰い合いをして、まるで蠱毒のような様相を呈している。


 いや、他の野党も含めて、今や国会自体が蠱毒のようである。

 この混迷の中で、喰い殺されて行くのは国民の明日なのではないか。


 最後に残った希望である櫛名田比売を救い出す、スサノオノミコトの出現を待つ他はないのだろうか。

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2011年2月 8日 (火)

鬼を見たことがありますか?

 徒然草の第五十段に、「鬼」の話がある。

「應長のころ、伊勢の國より、女の鬼になりたるを率て上りたりといふ事ありて、その頃二十日ばかり、日ごとに、京・白川の人、鬼見にとて出で惑ふ。「昨日は西園寺に參りたりし、今日は院へ参るべし。たゞ今はそこそこに」など云ひあへり。まさしく見たりといふ人もなく、虚言といふ人もなし。上下たゞ鬼の事のみいひやまず。

 その頃、東山より、安居院の邊へまかり侍りしに、四條より上さまの人、みな北をさして走る。「一條室町に鬼あり」とのゝしり合へり。今出川の邊より見やれば、院の御棧敷のあたり、更に通り得べうもあらず立ちこみたり。はやく跡なき事にはあらざんめりとて、人をやりて見するに、大方逢へるものなし。暮るゝまでかく立ちさわぎて、はては鬪諍おこりて、あさましきことどもありけり。

 そのころおしなべて、二日三日人のわづらふこと侍りしをぞ、「かの鬼の虚言は、この兆を示すなりけり」といふ人も侍りし。」


 鬼が出たという噂が広まる。皆が騒動して東へ西へと大騒ぎをするが、誰も本当に見たものはない。

 都を右往左往する大衆の不気味な様が描かれている。

 現代において、この手の騒動は大変起こりやすい。人間が1000年前より賢くなったとはあまり言えないようだ。

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2011年2月 7日 (月)

ひるむな菅総理!ロシアの脅しに屈するな!

 総理、間違ったこと言ってないんだから、ロシアが何を言おうが貫きな。


 尖閣みたいに屁たれるなよ。


 

露大統領の国後島訪問 首相「許し難い暴挙」
2011年2月7日(月)17時0分配信 産経新聞 

 北方領土問題の早期解決を訴える「北方領土返還要求全国大会」が7日昼、東京都千代田区の九段会館で開かれ、菅直人首相、前原誠司外相のほか、元島民や国会議員、自治体関係者ら約1500人が参加した。

 菅首相はあいさつで、昨年11月のロシアのメドベージェフ大統領の国後島訪問について、「許し難い暴挙だ」と批判。領土返還に向け、「引き続き強い意志を持って、交渉を粘り強く続けていく。頑張ります」と訴えた。

 続いてあいさつした前原外相は「できるだけ早く返還させるために、政治生命を懸けて努力したい。この問題が解決しなければ日本の戦後は終わらないという思いは、日に日に強くなっている」と述べた。

 北方領土をめぐっては、今月4日にはセルジュコフ国防相が択捉島と国後島を訪れるなど、ロシア高官の訪問が相次いでいる。


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2011年2月 2日 (水)

統一地方選挙がじわり

 国会中継を見ていても面白みがない。

 政治に面白みがない、というのも不謹慎だが、本当にどこまで落ちていくかわからないという感覚がある。

 政治でなくては出来ないことがたくさんある。

 もちろん、政治では出来ないこともたくさんある。

 「国民の生活が第一」というのは政治スローガンとしては堕落しきった姿である。

 個々の生活などは個々に任せておけばよいのだ。

 ただし、生活の前提となる社会の安定や、外国からの不当な干渉の排除など、政治でなければ出来ないことをしなければならないのが政府の仕事である。


 統一地方選挙が近い。


 政治が本来の政治を語って頂きたい。

 生活に干渉するなといいたい。

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