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2011年1月16日 (日)

平成23年 御歌会始  皇太子妃殿下の御歌

吹く風に 舞ふいちやうの葉 秋の日を 表に裏に 浴びてかがやく

 昨年十一月終わり頃、愛子内親王殿下の御通学になる学習院初等科にいらっしゃった折に、校庭に立つ一本のいちょうの木をご覧になって詠まれた御歌とのことである。


 文芸春秋新年号に、ジャーナリストの友納尚子さんの「雅子妃は愛子さまを甘やかしているのかー皇太子一家をめぐる「誤解」と「曲解」と「無理解」の淵源ー」という一文が掲載された。

「ほとんどの問題が杞憂か誤解、あるいは「心の病」に対する周辺の無理解によるものではないかと確信している」という友納さんの言葉に、ああ、この方は、ジャーナリストとして本当の良心を持った方であるなと思い、丁寧に読ませていただいた。

 愛子内親王殿下がお元気でご成長されることを祈る国民の一人として、昨年は心の痛むことが次々と起こった。妃殿下の「適応障害」の御病のことについても、本当にご回復の一日も早からんことを祈る中で更に起こった学習院初等科における「学級崩壊」の事件である。


 それにしても、 皇太子殿下というお方は、本当に素晴らしいお方だとつくづく思う。何という強い方なのだろう。


 天皇陛下の事を学ぶ時、敬意を忘れてはならないことは勿論だが、一方で、同じ人間としての側面からも学ばねばならないとは、故小田村寅二郎先生の教えてくださったことである。(言葉がその通りではないかもしれないが)

 同じように、皇太子殿下の御姿勢を拝察した場合、以下のようになろうか。

 奥さんが心の病で、娘が学校でいじめにあい不登校になってしまい、仕事の責任は重くのしかかる中、それらを全て毅然として引き受けて尚動じずに、人々の前に立って心を砕き、精励する。

 男として、これは大変な強さではなかろうか。


 さて、昨年のこと。

 「昨年は、天皇陛下御在位二十年と御成婚五十年にあたり、記念式典や東宮御所での御内宴など重要行事が続いた。年明けも、新年一般参賀のお出ましがあり、一月十七日の阪神・淡路大震災十五周年追悼式典に出席された宿泊公務は、二年ぶりのことだった。」

 「同月、三日間連続で東宮御所内においてご進講を受けられた。翌月もご進講やご接見に連日出られたのだった。「このままご接見やご進講が続いてご体調が良ければ、更に年内に泊り掛け公務ができそうだと大きな期待が寄せられていました」(宮内記者)」

 この数日後に、愛子様のことが分かるのである。

 「風邪をひかれた愛子さまを侍医が診ている時のことだった。「もう学校に行けますね」という問いに愛子さまは「学校に行くと食欲が無くて求職が食べられないから今日はお休みするの」と、ぽつりと漏らされたのだ。いつもと違うご様子に異変を感じた侍医が、愛子さまにやさしく尋ねると、学校に乱暴な男子児童がいて、大変に怖い思いをされたことなどを明かされたのだった。実は、愛子さまはご静養中の雅子妃に気を使われて、「あんまりお母さまに心配をかけたくないの。だって、ご病気でしょう。可愛そうになってしまうから」とけなげに話されていたそうだ。「わずか八歳のお子さまが雅子妃のご病気を理解し、心配を掛けまいとずっと我慢していたのかと思うと心が痛みました」(宮内庁関係者)その日のうちに愛子さまのご様子は両殿下に伝えられた。」

 長い引用になったが、この中で、「わずか八歳のお子さまが雅子妃のご病気を理解し、心配を掛けまいとずっと我慢をしていたのかと思うと心が痛みました」という宮内庁関係者の言葉が心に残った。

 愛子内親王殿下が、このような心遣いの出来る八歳の子供に育っておられるということは、胸が痛むと同時に嬉しいことでもある。 


 この文章はぜひとも多くの方々に目を通して頂きたいものだが、かいつまんで、もう少し引用して、皇太子殿下、そして妃殿下のご姿勢を紹介したい。

 「両殿下は、学習院の対応に慎重になりながらも学校に行きたいけれども行けない愛子さまの背中を押し続けたそうです。前日に登校する約束をしても当日になると恐怖から首を縦に振られない。東宮職は、学習院側がこのまま安全な環境を作る気持ちが無いなら学校に行かない選択もあるのではないかと考えていたようです。ただし、報道されたような留学や転校といった案はまったくありませんでしたが、東宮御所に家庭教師を迎えることも検討されたようです。」(宮内庁関係者)

 このような状況に対して、皇太子殿下が取った態度は以下のようなものであられた。

 「だが、皇太子は反対されたという。「まだ愛子さまが学習院に行きたいと思っていること」や「大切なお友だちとの関係」「集団生活から得る教育環境」を失うことは考えられなかった、といわれている。


 毅然たる態度であり、かつ本当の意味での愛のある態度であると思われる。


 「皇太子ご夫妻は、愛子さまに普通の子と同じように接するという方針で子育てをされてきた。そこで、東宮御所の近くの公園にお出掛けになったり、電車や路線バスに乗車体験をされたりもした。小学生になって、やっと手が離れたと思った時期に学校の送迎を再開するのは体力的に疲れるものだ。ましてや雅子妃はご静養中の身である。愛子さまを学校から守るだけではなく皇族として立派に育てなくてはならないという信念があったのかもしれない。」


 この指摘に、妃殿下のご姿勢もまた毅然たる愛に満ちたものであることを伺える。


 更に次の指摘には胸を打たれる。

 色々な誹謗がなされる中で、

「それでも、雅子妃の送迎は続いた。授業中はクラスの後ろや廊下に立っておられた。公務より子供の送迎なのか、という議論は筋違いに思える。我が子がきちんと学校に通う。そのために努力するのが、まず国民の範たる皇室の果たすことではないか、両殿下はそう思われたにちがいない。」


 子供がいじめを受けた場合に、親はどうすればよいか、ということについて、ある方の指摘を思い出した。

 それは、学校に行って見守ってやって下さい、世界中の誰もが敵になってもお母さんだけは味方だと、守ってあげるということを伝えて下さい。その方の指摘はもっともだと思ったが、妃殿下のなされていることは正にこの通りであると思った。

 さて、御歌のことに戻ろう。

 本当に落ち着いたまなざしである。

 学習院初等科の校庭に立つ一本の銀杏の木。その落葉が舞い落ちてくる。くるくると廻って落ちてくるのが銀杏の葉の特徴だろう。それを、「表に裏に」と表現される。理知的で聡明な眼差し、妃殿下の御病は、本当に快方に向かわれているのだな、と感じた。

 本当に嬉しいことだ。

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