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2011年1月21日 (金)

『僕と妻の1778の物語』を見た

 TOHO CINEMASに何気なくゆく。

 見ようと思っていた映画が見られなくて、何の気なしにその場で決めて観た。

 「牧村朔太郎、節子」夫婦のものがたりだが、「眉村卓、悦子」夫婦のもじりで、読んでみると音が良く似ている。


  「1778の物語」とは、大腸がんになった妻節子に、自分には何が出来るのかを思い、物語を書くことだと思い定めて、1日一作、原稿用紙3枚、笑いがこみ上げてくるようなもの、として取り組んだ「朔太郎」の書いた物語だ。

 医者が言った笑うと免疫力があがるという話しもある、という言葉をきっかけとして妻のために毎日書いてゆく。

 ところが、節子は、自分の病気が不治の病であると、その物語を書くと言った朔太郎の言葉で気付いてしまう。

 それでも、毎日その原稿を読むのである。


 2回、夫婦が激しい喧嘩をするシーンがある。


 1つめは、朔太郎が、自分の意に沿わない「恋愛もの」の小説の仕事を引き受けたことを、節子が知った時である。保険のきかない高額の抗がん剤のためと、薬の領収証から知る。

 あなたが意に沿わない仕事までしなければならないなら、自分はそうまでして生きていたくない、と節子が言う。

 二度とそんなことを言うな、と朔太郎が大声を上げる。

 朔太郎が部屋にこもってふと気付くと節子がいない。どこにいったのかわからない。

 夕方になって節子が帰ってくる。

 節子が「あなたの書いた恋愛ものの小説を読みたい」という。

 目を通して、今までで一番つまらないね、という。すると朔太郎は、「僕もそう思ってた」という。

 この仕事をしなくても、他の仕事があるからやっていけるから、と言って仲直りをする。


 2度目は、抗がん剤治療でがんの進行が止まったという医者の言葉を信じて、かねて二人で行ってみたいと語りあっていた、北海道の草原に旅行に行く。新婚旅行も行けなかったふたりの唯一の旅行なのだ。はじめてツーショットの写真も取れた。

 しかし、がんの進行が止まったというのは、節子が医者に頼んだ嘘だった。強い抗がん剤で抑えてもらったに過ぎなかったのだ。まだ動けるうちに二人で行きたいところがある、という願いを汲んでのことだった。

 病室で、何で、と迫る。

 もう治らないんでしょう。節子は言う。

 「治らないなんていうな」と朔太郎は叫ぶ。

 朔太郎が、一日一つの物語を書くと言った時、自分の病気が治らないものだと分かったと、明かす。


 本当に、胸を打つ夫婦愛の物語である。


 そして、「最終回」1778話。

 妻、節子にしか読むことのできない、物語。


 この話が、実話に基づくものだと知って驚いた。この世は捨てたもんじゃない。そう感じさせてくれる映画だった。

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