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2010年5月 9日 (日)

「バカの壁」を読み直す。民主衆愚独裁政権打倒のために

6年前に書いたもの。2004.2.23の日付がある。

書き散らしたものを見返していたら、結構今でも読めるものだったので、ここに出して見る。

話題になった『バカの壁』の読後感である。

平成でいうと16年。それにしても、日本が抱えている問題がちっとも変っていないことに、

あらためて気付く。

どんどん悪化していることも。

ああ、「バカ」の「鉄壁」に囲まれた、民主党革命政権に乗っ取られ、今や空前の国難に直面。

昨日は民主党を礼賛して政権簒奪を助けたデモスたちが、今日は気まぐれに民主党の失政を嘲笑している。

明日は一体何に靡くつもりなのか。

民主党の愚かさ、危険さは、既に衆議院選挙の前に叫ばれていたし、分かる人は分かっていた。

自民党の情けなさを分かりつつも、民主党になったらとんでもないことになると、必死で応援した人々が、

少なからずいた。

しかし、自民党が情けないから、民主党にいっぺんやらせてみたらええ、と、軽い調子で言っていた人達。

その人たちは、今、「こんなはずじゃなかった」と、少しは反省して、民主党を批判しているのだろうか。

それとも、自分たちの愚かさは棚に上げて、劇場を見るように、批判を弄んでいるのだろうか。

二言目には「国民が選んだ」「国民の負託を得て」と、政権与党は言う。そういう一面は確かにあるだろう。

(但し、誰も「社民党」や「国民新党」に付託を与えてはいないのだが)

デモスによる政治、民主政治、民主独裁政治。

政治学のイロハは、国民の素養であるべきだと思われる。

デモクラシー(民主政/※民主主義という言葉はヘンな訳語である)の次に来るのは衆愚政治であり、その中から独裁政治が生まれるということに、ギリシャの昔からなっているのだ。

小泉劇場がその先駆だったとすれば、小沢=鳩山政権は正に衆愚独裁とでも言うべき、最悪の踊りを踊っている。

国民に、深い反省がなければ、仮に参議院選挙で民主党の過半数割れに追い込んでも(そして、それは何としてもやり遂げなければならない国民的問題なのであるが)、更に愚かな政権をつくってしまうことになりかねない。

断言してもよいが、民主党は4年間の衆議院の絶対多数議席を自ら手放すような「バカ」な真似はしない。

民主党にフリーハンドを与える参議院での過半数という悪夢が実現したら、民主党の裏方にいてせっせと革命の青写真を描いてきた共産主義者たちのシナリオを、阻止することは不可能になる。

参議院で過半数を阻止できれば、民主衆愚独裁の暴走に足枷をはめることは出来るだろう。しかし、国政の停滞・混乱は続く。民主党が割れて、政界再編が起きなければ二進も三進も行かない状況になる。

3年後の衆参ダブル選挙後には、先ず間違いなく政界再編の大きなうねりが起こる。

しかし、中国の軍拡が、自衛隊の防衛力を凌駕すると言われる時期と重なる。

普天間基地問題どころか、東シナ海の制海権を中国が握れば、台湾への侵攻は確実となり、その時、沖縄から米軍基地が縮小・撤退ということになれば、ほぼ確実に沖縄は中国の支配下に置かれることになる。徳之島が無事でいられる保障などどこにもない。

そして、沖縄が中国の支配下におかれた時、北海道はどうなるのか、いや、本州でさえどうなってしまうのか。

民主党が進める、「地域主権」というフレーズによる国家解体が進み、「地域主権」の担い手とされる「基本自治体」である市・町・村が、日本国家からの離脱と、中国への編入を宣言したらどうなるか。その時点で「外国人地方参政権」が成立してしまえば、小さな町や村では充分に起り得ることだ。

当然、日本国政府として、そのようなことを認めることはできない。が、仮に警察力にせよ自衛隊にせよ実力で、自治体政府を解散させ、「中国への編入宣言」を無効にさせる実力行使に出た場合どうなるか。

「解放」を名目とした中国共産党人民解放軍の侵略の口実とされることは間違いない。

勿論、その時点での彼我の軍事力の実力がどのようなバランスになっているかにも依るが、今の日本がどんどん自衛隊を縮小している現状からすれば、また、中国本土に配備された核弾頭を積んだ中距離ミサイルや、軍艦などに搭載された核ミサイルに主要都市をロックオンされた場合(というか既にされていると言われるが)を想定すれば、人民解放軍の侵略に立ち向かえるかどうか。

そして一つの「解放区」が確固たるものになり、脅しと利益で「基本自治体」に中国への編入を呼び掛けた場合、ドミノ式に次々と追随する自治体が出てくるだろう。

がん細胞が広がるように、日本国内に、中国解放区が染みのように広がり、最終的に乗っ取られてしまう。

その頃には、中国からの移民は数百万人のオーダーになり、彼らが統治機構を含め主要な機関を牛耳ることになり、日本人はどんどん最下層へと追いやられて行く。各地で様々な名目での人民裁判が行われ、数十万から数百万人の規模で、都合の悪い日本人などの公開処刑が行われる。「反革命分子」「分裂主義者」などというレッテルによって恐怖政治が敷かれることになる。当然、経済は破壊され、日本の富は全て中国に接収される。(これらは、共産革命の時に中国本土で現実に起こったことであり、チベット、モンゴル、ウイグルなどで現実に起こったことである)

こうなる直前に、富裕層はアメリカなどに亡命することになるだろうが、その末路たるや暗澹たるものであろう。

こうして、日本は消滅してしまうのだ。

もう、引き返せる地点は過ぎてしまったのかも知れない。

しかし、何としても参議院選挙で民主衆愚独裁政治に歯止めをかけ、政界再編を促し、救国の国民戦線をまとめ上げなければならない。そしてやるべき政策を全て実施して、3年後の衆参ダブル選挙で、本格的な救国内閣を成立させ、上記のような悪夢のシナリオではない、日本再生のシナリオを実現させなければならない。

そのためには、悪魔の呪文を覆さなければならない。そのフレーズで思考停止に陥り、踏み絵にされている言葉。

「バカの壁」を築き、国民をマインドコントロールしている言葉を叩き潰さねばならない。


昔かいた文書をアップしようと思っただけだったのだが、つい書いてしまった。

悪夢のシナリオはもういいので、これからは日本再生のシナリオをきちっと書いていきたい。

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余りにも売れているというので、つい買ってしまいました。「バカの壁」です。300万部以上が売れているということですから、先ずベストセラーといって間違いありません。書店でも長らくノンフィクション分野でベスト3から落ちません。

 さて、いささか挑発的なタイトルの本ですが、著者は言わずと知れた、東京大学の脳みその専門家だった養老孟司先生。「結局われわれは、自分の脳に入ることしか理解できない。つまり学問が最終的に突き当たる壁は、自分の脳だ」言ってしまえばみもふたもない「常識」がポンと述べられているところに、この本の魅力はあるのでしょう。

そして、「あるていど歳をとれば、人にはわからないことがあると思うのは、当然のことです。しかし若いうちは可能性がありますから、自分にわからないかどうか、それがわからない。だからいろいろ悩むわけです。そのときに「バカの壁」はだれにでもあるのだということを思い出してもらえば、ひょっとすると気が楽になって、逆にわかるようになるかもしれません。そのわかり方は、世間の人が正解というのと、違うわかり方かもしれないけれど、もともと問題にはさまざまな解答があり得るのです。そうした複数の解を認める社会が私が考える住みよい社会です。でも、多くの人は、反対に考えているようですね。ほとんどの人の意見が一致している社会がいい社会だ、と。」という言葉には、なにやらホッとさせられます。

 ちょっと離れますが「泥棒にも三分の理」という諺を生み出した日本人の感覚というものは、物事を絶対善か絶対悪かに分けて考える思考法に何やら偽善と欺瞞を見い出す嗅覚を備えているように思われます。

ましてや、昨日まで絶対善としていたものを、一夜にして情勢が変わってやっぱり絶対悪だったと懺悔して見せる手合いが信用できないことを、皮膚感覚として持っていたように思われるわけです。

丁度終戦を境に価値観が百八十度転換したといって、昨日まで軍国主義を鼓吹していた同じ人物が今日は民主主義万歳を唱える。そうした無節操を目の当たりにした世代もあったわけです。

しかしその唱える手振り口振りは全く一緒というこれまた傍目には明白であっても本人はちっとも気付かないという体たらくだったというわけです。少なくとも、そうしたまやかしを目前に見てきた世代がこの国を支えていた間は、この国は色々な問題があっても大丈夫だったと思われます。

ところが、まやかしで唱えた口振りそのものが大手を振るうようになってから、この国は極めて危うい揺れを感じさせるようになってきました。

共産主義の失敗が明らかになった時、頬かむりしてあたかも何事もなかったかのように、ひたすら押し隠す人々がいます。

逆に、過去はまちがっていた、今こそ共産主義を追い落とそうと躍起になる人もいるようです。

しかし、その手振りは変わっていません。

さて、今、敗戦を乗り越えた「庶民感覚」が何処まで正常に生きているものかどうか。

「バカの壁」は正に日本の庶民感覚の本で、一元論的な世界観に対して、明確に訣別を示唆している点、この本がロングベストセラーになっていることは心強いように思えます。

 そして、一神教の強烈な一元論の世界観に対して、もう一つの普遍を提起しているのも興味深い点です。それは「人間であればこうだろう」という普遍です。それが最後の章で語られています。面白いのは、「話せばわかる」とか「公平・客観・中立」という掛け声は全て一元論の世界観から出ているものだ、という指摘です。如何に深くこの異文明に捕らわれているか、を思い知らされる本です。


 朝日・毎日がこの本を絶賛して紹介している理由は、アメリカとイスラムの衝突は一元論=原理主義同士の衝突であるとしている点であろうかと思います。また、「人間らしく」という言葉をヒューマニスティックに読み違え(これも正にバカの壁と言えるかもしれませんが)た為ではないかと思われます。

日本人はそもそもが「人の心のありのまま」を大切にしてきた民族ですし、「人間らしく」という言葉も、西洋ルネッサンス由来の「ヒューマニズム」などと何ら関係のない文脈の中で生き生きと生きている言葉です。

 昨日の新聞に阿久悠さんが書いた文章で歌謡曲が昭和で終わったということについて、それは日本の心がなくなったということではないか、と指摘しているのが印象的でした。

同じことといえるかどうかわかりませんが、江藤淳氏が「平成は歌の無い時代として始まったことを後世の歴史家の為に証言しておく」と述べたことがありました。

歌がないのは心がないからだ、ということになります。

心をなくしたと理解すれば、今の日本が如何に心ない「人外の化生」たちに満ち溢れているか、その理由がよく納得行きます。

納得して終わりでは仕方ありませんが、ここに今の日本が抱える最大の課題「日本の心」の再生、あるいは復活ということにつながるわけです。

そんなことを考えていたら、小山常実さんが「日本国憲法無効論」という本を出されているのに気付いて手にとってみました。

冒頭から「平成日本には、おかしなことばかりが起こる」と手を打って相槌を打ちたくなる言葉で始まっていました。

そして「「日本国憲法」は、総体として、自己決定できない国家に日本国をつくりなおそうとしたものなのである。」「「日本国憲法」の思想が浸透するにつれ、日本は、卑屈で自己決定できない国家になっていく」と述べています。

少し問題意識はずれますが、日本の心の喪失も日本国憲法に由来する面が極めて大きいのではないかと思われてなりません。

 これは、明治の自由民権運動の問題意識の延長線上に位置する問題でもあると思われます。

しかし、安易な「正義」(それは「愛国心」という言葉そのものも含めて)に寄りかかることなく、「人生」という課題にきちっと真向っていくことが、何よりも大切なことなのでしょうね。

「人生は家康型なのです。一歩上がれば、それだけ遠くが見えるようになるけれども、一歩上がるのは容易じゃない、荷物を背負っているから。しかし身体を動かさないと見えない風景は確実にある。」とてもいい言葉ではないでしょうか。

小林秀雄氏の「歴史と文学」の一節を思い出させます。

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●ゆとり教育がなぜ行われたのか (=日本人劣化の為、思考力や気力を奪い、公共心、公徳心を破壊するため)

●核廃絶がなぜ声高に叫ばれているのか (=中国の核武装の脅威から目をそらすため、日本を核の傘から外すため)

●「外国人参政権」「国籍法改悪」「移民促進」などがなぜ進められようとしているのか  (=日本を乗っ取りやすくするため)

●「夫婦別姓」「子ども手当て」などがなぜ進められようとしているのか。 (日本の伝統的な社会を破壊し、国民の絆を寸断して、抵抗力を弱めるため)

すべてがつながっているのだということだ。

これはほんの氷山の一角にすぎない。

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