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2010年2月16日 (火)

言論の責任を取らないのが普通? 日本の大学人

 自民党をぼろかすにいい、民主党の政権取りを待望していた、自称「保守」の大学人がいた。


 小沢を称揚し、麻生をぼろけちょに言っていた。


 そして、民主党が政権を獲った。


 最近、その人物は、民主党もダメだ、といっている。


 しかし、その評論家的態度。


 少なくとも社会的に多少とも(大したことはないかもしれないが)影響力を持つ自分の発言に対して、責任を取ろうという姿勢は微塵もない。


 それが、「知識人」というものなのかもしれない。


 政治家が、知識人を軽んじてきたわけがわかる。


 小さな「象牙の塔」の小窓からしか世間を見ようとしないで、その高見からしかものを言わない。


 政治は、あてものクイズではない。


 政治家の言葉と、評論家の言葉には、権力の裏づけという違いがある。


 権力を握ったものの言葉には、それを実現する力がある。評論家の言葉はどこまでいっても無責任だ。


 政治家が、評論家のようにしゃべりだせばどうなるか。


 今の政権のようになるのだ。


 言葉が空前の軽さで発せられて、それが力を持ってしまっている。その危うさの上に日本の政治が乗っかってしまったこと。

 小沢はとんでもないと思うが、それでも一年生議員を教育しようとする気持ちはわからないでもない。ピーチクパーチクしゃべくってばっかりでその言葉の影響がどこまで広がるのかわかっていない。しかし、その当の御仁が、口を開けばとんでもないことしか言わないのだから、何をかいわんや。


 言葉の軽さ。こればかりは、こうして書いている自分も、その責めを免れないのだが。 

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