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2009年7月 5日 (日)

喧騒たる広島の8.6

 8月6日の早朝、広島平和都市記念碑(いわゆる原爆慰霊碑)の前には、遺族の方々の姿がある。その祈りはまさに「広島の平和の祈り」に相応しい姿をもっている。

 ところが、その後行われる、「平和式典」はどうだろう。

 全国から集まった、チュウリップハットを被った、平和団体の人達が並ぶ。

 そして、また、左翼過激派の面々は、粉砕デモを行って、平和公園外で阻止され、排除されている。

 まことにもって喧騒を極めた一日となる。

 そのあとに平和公園に散らかるゴミは、広島市は、市民の税金で片づけるのだろう。

 もちろん、各所において、人々が犠牲になった場所に建てられた慰霊碑の前で行われる慰霊行事の雰囲気は、早朝のそれと同じものがあるのである。

 なぜこのような違いが生じるのか、不思議でならない。

 左翼過激派のデモに対して、広島市長は、「被爆者や原爆死没者の遺族をはじめとした多くの広島市民の心情にご配慮をいただき」ご遠慮願いたいの一言でも言ったことがあるのだろうか。少なくとも、広島市のHPにはないようだ。

 田母神氏の講演会が開催されるのは、8月6日の夕方6時からである。

 つまり、平和式典も、様々な慰霊祭も、大体終わって、後は、灯篭流しが行われる頃の時間帯である。

 しかも、「真の平和構築の道」を考えるというのが講演会の趣旨である。

 講師が気に入る、気に入らないは、それぞれあるだろう。個人の嗜好にまで他人がとやかく言うことはない。

 しかし、「ヒロシマ」の平和を疑うことが、そんなに悪いことなのだろうか。

 「ヒロシマ」というあえてカタカナで書かれた場合、それは特定の考え方に基づくものである。「広島」ではないところが味噌であろう。「ヒロシマ」の平和とは、たとえば、「原爆が落とされたのは、日本が侵略戦争を始めたからである」とする考え方である。これが原爆投下容認論の一歩手前の考え方であることは、議論するまでもない。これが「ヒロシマ」の平和である、とすれば、これを「疑う」という表現は、何と控え目なことだろうか。かつて、長崎市長だった本島氏が、「広島よおごるなかれ」という論文を書いて物議をかもした。しかし、本島氏と同じ土俵に立っていた多くの「平和」団体の反論は歯切れが悪かった。あれはトンでもない内容の論文だったが、カタカナの「ヒロシマ」の歴史認識と、大きくずれているとは思えない。

 これを疑って、何が悪いのだろうか。

 真の平和を構築するための道を考えることが、被爆者の方々や、原爆死没者の遺族の方々の耐えがたい悲しみを誘発するという、その一方的な決め付けは、どこから出てくるのだろうか。それはあるいは、市長が、元々、いわゆる被爆7団体の一つの会長だったことから来るのかもしれない。

 広島の平和の祈り、それはわかる。しかし、「ヒロシマ」の平和はわからない。それが、自分の率直な実感である。

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