なぜ謝る!? 麻生首相! 子供二人、義務果たした、と言って何が悪い!!
【麻生首相ぶら下がり詳報】「子供2人で義務」発言は「不適切で撤回しておわびする」(7日夜)
2009.5.7 20:22
衆院予算委員会で菅直人・民主党代表代行の質問に答える麻生太郎首相=7日午後、国会・衆院第一委員室
【衆院予算委の撤回答弁】
--今日の衆院予算委員会で、子育て問題について、首相は「私はちゃんと子供が2人いましたから、一応最低限の義務は果たしたことになるのかもしれません」と言った…。
「(予算委で発言したのは正しくは)『2人産みましたからね』。うん。あの、それは発言が適切じゃないと思って、その場で撤回したと思います」
--あっ…
「それで、不愉快なご迷惑をかけた方がいらっしゃるなら、と言って、おわびしたと思いますが」
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確かに不妊症の女性もおられるだろう。独身で通してる人もいるだろう。DINKSを謳歌してきた人もいるのだろう。
多様化というもっともらしい理屈がつけられるが、狭い了見でしかない。
50年100年単位で物事を考えるならば、成り立たない考え方であり理屈である。
次の世代を育てる責任が、最低限人間にはある。
「産めない人もいるから」というのは理由にならない。その人のことを言っているのではないからだ。
およそ、マクロの考え方と、ミクロの考え方は、全く違うことが多い。
インフルエンザの大流行でたくさんの方々が死ぬかもしれない。個々の人の死は、それに関わる人々の悲しみを誘発するもので、避けるための最大限の努力がはらわれるのは当然のことである。しかし、これを自然の摂理としてとらえることも可能なのだ。それによって人口調整が行われ、全体としては人類の永続に貢献している、との見方は決して暴論でもなんでもない。
ことほど左様に、マクロ的なものの見方とミクロ的なものの見方はすれ違うのである。
それを無理にいっしょくたにする議論が、こわばった言論空間を作り上げる。基本的に、頭の悪い人の考えであり、いっしょくたにしてはならない事柄を、あえていっしょくたにして、くそみそ一緒にしているのだ。
おそらくはわざとなのだ。こうしたことを繰り返すと、知能レベルの低下を招く。
論理的な考え方が不可能になるからである。
およそ没論理な感情論で、論理を蹂躙するのだから、ものを正しく考えるなど、できるはずもない。
男女二人が次の世代を育てる責任を自覚するなら、同数の二人を育てるというのは、あまりにもシンプルなごくあたりまえの、時代を超えて変わらない真実ではないのか。
頭の悪い人の、くそみそいっしょの屁理屈につきあう必要などないのだ。
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