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2009年4月19日 (日)

久々に書いてみる

4月18日、土曜日、晴れ。

二ヶ月も放置しておいたので、さすがに書きにくくなってしまった。

麻生首相が健在なのは実に面白いし、北朝鮮のミサイル発射も現実のものとなってしまった。

小沢がココまで押し戻されるとは思わなかったし、世の中の動きは予断を許さないものだ。

一寸先が一体どうなるものか、誰にも分からないからこそ、この世の中は面白い、生きていけるというものだろう。


それでもどうでも、9月には衆議院任期満了がやってくる。どんなに遅くとも9月には総選挙なのだ。

米ロの核兵器廃絶への合意など、核超大国が2国揃ってリップサービスをしても、中国はどうするのか、イスラエルやイラン、北朝鮮はどうするのか、という単純な疑問が沸き起こる。

単純に喜べる話しでもない。中国が世界第一の核大国になる、(そんな状況をアメリカやロシアが許すはずもないが)日本にとっても、世界にとっても悪夢といってよいだろう。平気で核の恫喝を行う国、恐らく必要と認めたらためらわずに核使用を行う国。

どうやら、中国の核は、実際に民族浄化に使われたらしい。ウイグル人の頭上で、何十発も爆発させているのだ。100万を超える被爆者を生み出しているのにも係らず、未だに、「世界唯一の被爆国」と、世界に吹聴したい人たちがいるのだ。あるいは、その「特権」を手放したくないために、中国の核について甘い、というより目を覆うのだろうか。

正確に「世界最初の被爆国」と言わなければ虚言になるというのに。


核武装論が非現実的なのだろうか、核廃絶論が非現実的なのだろうか。


現実は、核抑止論の上に危うい均衡を保っている。如何なる国も核攻撃には耐えられない、だから、北朝鮮が一発の核ミサイルを保持したときが、アメリカが北朝鮮が均衡せざる得ないときなのだと。その時、その間にある日本は、政治的・軍事的には最早沈没してしまうしかないのだということを。


広島の市長は、核兵器に対抗する手段は、唯一核廃絶だけだ、という理屈で、現実的な努力の全てを冷笑する高みを保持しているらしい。国民防護法で義務付けられた国民防護計画に歌いこんでいるのだそうだ。広島市民は、徒手空拳で、つまりは竹やりで、原爆に立ち向かわなければならない、ということなのだろう。戦後60余年。大変な「進歩」をしたものだ。


村山内閣の時に、自衛隊は大軍縮の嵐に晒された。人員も装備も大幅に縮小され、福田内閣の時には、世界有数の長い海岸線を持つ国として必要不可欠な防衛的軍備であるクラスター爆弾の保持も放棄してしまった。


MDも発動されることはなく、領空をどれほどミサイルが飛ぼうとも、最早指をくわえてみているだけ、ということが明らかになった。配備したミサイルはテレビでその姿を晒されていた。もし仮に発射していたら、その画面が配信されていたことだろう。


「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我が国の生存と安全を保持しようと決意した」と堂々とうたいあげた「日本国憲法」に守られているから、日本は大丈夫なのだ。迎撃するなどとんでもない、ミサイルさまにはどうぞお通り下さいと、頭の一つでも下げればよいのだ、それが、大上段に政府を(北朝鮮を、ではない!)批判した、社民党や共産党の合理的思考なのだ。


農地の荒れ方もひどい。新幹線のまどから、一面の荒れた元田圃を見た。もはやあの田園風景が見られる地域は限られてきたのだろ。

水田耕作の広がりは、日本の歴史の歩みでもあった。恐らく、これほどまでに急速に農地を、特に水田を破壊した歴史は、日本の歴史上未曾有のことであろう。それでも、減反政策は続くのだ。食生活が変わってきたのだそうだ。余剰米がでるのだそうだ。ばかばかしくて話しにならない。米を食うとバカになる、米を食っていたから戦争に負けたのだ、といって、農薬のたっぷりつかった輸入小麦で作ったパンで給食を出し子供たちに餌付けしていったのはどこのどいつだってんだ。世界一の健康食と、今では言われる日本の食生活を破壊したのは一体どこのどいつだ。スローガンに掲げられたものというのは、どうもロクな結果をもたらさない。

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