天皇陛下御即位二十年の年を迎へて
昭和天皇が崩御されたのは昭和64年1月7日、翌1月8日が平成元年最初の日となった。
今上陛下は、剣璽渡御の儀を経て、践祚(せんそ)され、第125代天皇の御位をお嗣ぎになられた。
践祚とは、宝祚(ほうそ)=天皇の御位を、践(ふ)む、といふ意味であり、実質的には御即位の事を指すが、皇位継承儀礼として、諒闇(りょうあん)=服喪の一年が開けた後に、即位の礼・大嘗祭を挙行されるのである。
長い皇室の歴史の中で形成されてきた皇位継承儀礼は、正に我国の伝統の粋を極めたものだ。
今上陛下には、皇太子時代から、昭和天皇の御名代として、多くのご活動に取り組まれて来られた。
天皇と皇太子が協力するといふ伝統は、大化の改新の際の中大兄皇子の例をはじめ、近代でも上皇と天皇といふ関係を同様に考えれば、皇室の歴史の中では決して珍しくなく、その意味では、平成の御世は、昭和の御世に胚胎していたといつて過言ではないだろう。それは何時の時点だったのかを考えるとき。それは昭和20年8月15日だつたと思はれるのである。
終戦の頃に 昭和天皇の侍従次長を務められた木下道雄氏は、側近日誌の中で、今上陛下が、昭和二十年八月十五日を迎へられた当日に書かれた「新日本の建設」といふ第の日記を紹介してゐる。
当時御歳十一歳の陛下の書かれたご決意・ご覚悟は、本当に胸迫るものがある。
思ふに、この時のご決意を貫かれてきたのが、今上陛下の御歩みなのではないかと思はれた。
陛下が貫かれてきた御祈りを思ふと、本当に御聖恩の億分の一にもお応へ出来ないものかと焦燥に駆られる。
平成21年1月7日、昭和天皇二十年式年祭の儀に、両陛下が武蔵野御陵をご拝礼になられた。
(産経新聞記事) 昭和天皇の崩御からちょうど20年となる7日午前、東京八王子市にある武蔵野陵で「昭和天皇二十年式年祭の儀・山陵の儀」が行われ、天皇、皇后両陛下と皇族方が拝礼された。
元皇族や麻生太郎首相、河野洋平衆議院議長ら約80人も参列。天皇陛下は陵前で拝礼後、「どうぞ、国家、国民をお守りくださり、さらに繁栄させていただきますよう、お願い申し上げます」という内容の「御告文」を読まれた。一方、皇室の祖先を祭る皇居・宮中三殿の皇霊殿では「昭和天皇二十年式年祭の儀・皇霊殿の儀」が行われ、両陛下の名代として皇太子ご夫妻が拝礼された。
病気療養中の皇太子妃雅子さまが、心身を清める潔斎を経て、皇室の伝統的な装束に着替えて臨む宮中三殿での儀式に出席されたのは、平成15年9月に行われた「秋季皇霊祭の儀」と「秋季神殿祭の儀」以来。
今年は、日本の国にとって本当に重要な岐路を迎へる年になる。
どんなに遅くとも秋には衆議院選挙があり、その帰趨がどうなるか予断を許さない。
御即位二十年奉祝政府式典が11月12日に開催されることは既に閣議決定されている。
皇室を中心として発展してきた我が国の歴史を思ひ、この国柄を守り伝へることが今を生きる国民の使命であると切に思ふ。
国民が目覚めるときである。
「日本人として知っておかなければならない皇室のこと」といふ本がPHPから出版された。
自分としても、力の限り、自らも学びつつ、思ひを及ぼして行く一年として行きたい。
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