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2008年11月

2008年11月12日 (水)

政府見解なり方針なりに反対したら罷免なのなら

定額給付金の決定に、疑問やぼやきを言う自治体の職員などは、どうなのか。

田母神元空幕長は、学問上の研究意見を論文で書いただけなのに、罷免されたが…

マスコミの場当たり、支離滅裂。

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2008年11月 5日 (水)

政治が歴史を決める恐ろしさ

 シナのエピソードに、ある史官が、時の皇帝が行った悪行について記録した。

 それを知った皇帝は、その史官を死刑にした。

 次に着任した史官も同じように悪行を記録した。

 皇帝はその史官を死刑にした。

 またその次に着任した史官も、同じように悪行を記録した。

 皇帝はようやく折れて、その史官は咎められなかった。

 ざっとこんな話しだが、それほど歴史は大切だ、という教訓なのだが、実際のシナの歴史は、歴史に対する政治の優位の歴史である。

 政治が、歴史を決定する、それを繰り返して、きたのだ。

 政治が歴史をゆがめるどころではない。

 その伝統を、今の共産中国も引いているのである。だから、日本は侵略国である、というのは政治が決めた歴史なのであり、それに反する歴史事実は、全て否定されなければならない、ということなのである。

 このことをよくよく認識しておかないと、中国の異常さがよくわからなくなるのである。

 あるときは、「好、好」と、過去は関係ない、見たいなことをいい、ある日突然、侵略だ、許せん、と言い出す。言葉の表面は何の意味もない。時の政治情勢の都合に過ぎないのだ。

 譲歩すれば付け入られるだけであり、村山談話は、正に中国に対して、日本を売り渡した売国の言葉なのである。

 時の首相の見解に過ぎない談話のはずだ、と国民は思う。

 ところが、政治が歴史を決める国に対しての、「約束」と言う言い方をしてしまっているのだ。相手の政治の都合で、いくらでも引き出せる、ブラック・カードを渡したようなものである。

 
 民主主義の国では、政治は、歴史に介入してはならない。歴史は、政治を抑制する、高い次元の問題なのである。政治の都合で書き換えられるような歴史は、また、歴史とはそのようなものであるという認識は、政治の堕落を生み出し、結果として、国民の不幸を招く。


 今の日本政府が、歴史認識を決める権能を、付与されていると思うのは決定的な誤りである。

 政治が歴史を決める国との、理不尽な交渉の中で、日本の体質と全く違う刷り込みを、日本の政府がなされてしまっているとすれば、これは、深刻な問題である。

 政治が歴史を決定する文明に、歴史の真実はない。歴史の自由もない。ということは、精神の自由もなく、進歩も発展もないのだ。ただ、砂の城を作っては壊し、壊してはまた作る不毛の荒野に閉じ込められてしまうことを意味する。

 そんな(中国のような)国に、日本をしてはならない。

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田母神論文を歴史論争の機会にしよう その1

 「日本は侵略国家であったのか」は、A4用紙で9枚の論文である。

 それほど長いものとは思わないが、それでも、興味のない人、全く勉強したことがない人が読むにはとっつきにくいかもしれない。

 とはいえ、実際には、極めて分かりやすい論文で、思わずぐいぐい引き込まれてしまった。

 書き出しが先ずいい。

 「アメリカ合衆国は日米安全保障条約により日本国内に駐留している。これをアメリカによる日本侵略とは言わない。」

 この書き出しは、なるほど、「政府見解」の通りではないか。田母神論文は、政府見解の通りである、と、この部分を見ればいえる。

 「二国間で合意された条約に基づいているからである。」

 実に論旨明快、誤解の余地はなく、政府として文句のつけようはなかろう。

 「我が国は戦前中国大陸や朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。」

 さて、ここで考えて見て欲しい。日米安保条約による米軍の駐留が侵略でないなら、戦前、条約に基づいて大陸に日本軍が駐留していたことを指して侵略とは言えない、という類推くらいは、知能のある人ならば理解できるはずである。

 問題は、「日本軍のこれらの国(中国や朝鮮半島)に対する駐留も条約に基づいたものであること」が、「知られていない」という点である。

 単純に、中国になんで日本軍がいたんだ。いなければ戦争になんかならなかったんだ。だから侵略だ、という子供のような議論をする人が本当に実在する。ここは冷静に大人の議論をしなければならない。

 戦前、日本軍は、国家間の条約や協定に基づいて駐留していた、という「事実」を先ず確認することである。

 「日本は19世紀後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了解を得ないで一方的に軍を進めたことはない。」

 「現在の中国政府から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである。」

 「これに対し、圧力をかけて条約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だという人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。」

 ここは、簡単に論を運びすぎているように思われるが、論文の性格上、これ以上スペースを割くことは出来ないだろう。ここまでが第一段落である。

 ここまでの問題を検証してみると、”条約や協定に基づいて外国に軍隊を駐留させることは侵略か否か”、とつづめることが出来るだろう。

 このことについて考えて見よう。現在においてもイラクやアフガニスタン、また国連のPKFなどはやや性格は違うものの、このフレーズの表現内に収まる。何れにせよ、「侵略」と言うことは出来ないだろう。

 日清・日露戦争がそもそも侵略戦争だった、という議論をする人も時たまある。侵略とは、強者が弱者に襲いかかること、というイメージがあるが、もしそれが間違いでないなら、日清・日露戦争を、日本の侵略戦争ということは出来ない。何れも朝鮮半島の安定が問題であり、それは日本の自衛と直結しており、尚且つ、日本が矛を交えたのは、清朝、ロシアという、何れも大国が相手であって、朝鮮と戦争したのではないからである。朝鮮半島の帰趨を巡る戦いであったが、清国やロシアにとっては宗主国の権益が目当てであっても、日本にとっては日本の独立が脅かされる事態であったのである。必死さも違った。李氏朝鮮を、清朝のくびきから解放したのが日清戦争であり、ロシアの侵略を跳ね除けたのが日露戦争であり、大韓帝国として史上初めて、中華帝国から独立した大韓帝国として独立を果たしたわけである。問題は、日本が死力を尽くして戦い取った韓国の独立が、再び危うくなることに日本が堪えられなかった、という事実だろう。日本は韓国を保護国化することになり、最終的に、「日韓併合」ということになる。これは、丁度、イギリスとアイルランドの関係に似ていなくもない。

 このことについては、4段落目に、満州などと括って簡単に述べている。

 「我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした。」

 このフレーズは、価値中立的であり、かつ、史実に基づいた的確な表現である。中国の近代化のモデルとしての満州の価値は再評価されるべきだ、とは自分の意見だが、朝鮮半島の近代化、台湾の近代化については、それぞれ評価する学者が、韓国、台湾、日本に存在し、それは的確な指摘だろう。李登輝氏も、台湾の近代化に果たした日本の役割を高く評価する一人であることは知られている。教育、インフラ、社会制度、産業、農業、どれをとっても、日本人は一生懸命にやったことは否定出来ない事実である。

 「当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を図ろうとした国は日本のみである。」

 さて、この言葉の内容はどうだろうか。イギリスに取ってのインド、ビルマ、マレーシア、オランダにとってのインドネシア、フランスにとってのベトナム・インドシナ、何れも現地民を搾取するための草刈場でしかなかったことは史上に明らかである。何より、教育の状況を見ればその事情は明らかになろう。愚民化政策で、知力も気力も体力も奪われて、羊のように追い回されるだけの当時のアジア人の実態は、隠れようもない。

 日本はどうか。台湾で、韓国で何をしたか。今では色々な研究書や一般書が出ているので簡単に知ることが出来る。日本と同じように、初等教育から高等教育まで普及させ、識字率を高め、衛生観念を広めて社会整備を進めた。朝鮮半島から日本の帝国議会議員まで選出されている。これらのことは、具体的に詳述しているので後に譲りたい。

 「我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。」

 この言葉だけ唐突に聴かされ、上記のようなことや、これに続けて詳述している具体的な事実を知らなければ、あるいは、「正当化するのか」と息巻く向きもあるかもしれない。しかし、「他国との比較でいえば」とは、上記した、イギリス、フランス、オランダ、アメリカなどの植民地支配と比較すれば、ということであり、それに続けて「穏健」とするのは、的確な表現であるといえよう。

 具体的な事実を詳述しているが、ここが眼目かもしれない。4段落目から7段落目までが、このことの裏づけにあてられている。この検証は、論評しようとするものが避けてはならないところである。
 

 

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字の読める人は、読んでから批判しよう!田母神論文「日本は侵略国家だったのか」を

 現役の航空自衛隊幕僚長が、職務とは関係の無い、懸賞論文で最高賞を受賞し、その内容が問題とされ、更迭された。

 「日本は侵略国家であったのか」と題する論文で、一読して、この程度の内容で更迭されるのかと驚きを覚えた。

 先の大戦を日本の一方的な侵略戦争だとする、極端な主張が存在するが、それが政治的な問題とされ、今日に至っている。その極端な主張をする人々は、国内外に存在するが何らかの政治勢力と結びつき、中国などの場合には独裁政権の存立根拠とまでされているために、そうでなければならず、歴史事実の客観的検証ではなく、先ず結論があってそれに沿った牽強付会が為されるだけなのだ。

 思想・信条の自由、学問の自由が憲法上保障されているはずの我が国では、政府が特定の歴史認識を国民に押し付けることは間違いなく憲法違反であり、村山談話は憲法違反なのである。

 その憲法違反の村山談話に基づいて、政府批判でもない、職務機密漏洩でもない、私的な学問的研究成果を問題視され、更迭するとは、政府は自ら自由と民主主義を踏みにじったのであると言わざるを得ない。

 一つの思想を国民に押し付け、それに反する考え方をしたと政府が認定したら弾圧する、これを全体主義国家というのではないか。まるでオーウェンの1984を目の当たりにするようである。

 また、防衛省の内局のやり方は、それに輪をかけてとんでもないものだ。釈明の機会さえ与えない、検証の機会さえ設けない。最早何をかいわんや。

 歴史認識の議論を、国会で堂々とさせればよいではないか。そうしたダイナミズムのある国会論議が展開されてこそ、国民の叡智が試されるのではないか。フランス議会が共産主義黒書をまとめたように、中国黒書をまとめればよいのだ。今、世界規模で中国の毒入り製品が顰蹙を買っているが、これが、今に始まったことでない、ということをまとめていけばよいのである。アヘン戦争から始まった中国の植民地化と清朝崩壊後の混迷、中華人民共和国成立後の「大躍進」の悲劇、周辺諸国との度重なる戦争行為、核実験を民族浄化に利用した暴挙、枚挙に暇のない、人類史上稀なる中国という問題を、余すところ無く抉り出せばよいのだ。共産主義黒書のアジア・コミンテルン編を読み解いていけばよいのだ。

田母神氏の論文を、つまみ食いや、結論の一言だけを取り上げて問題視するのではなく、全体をきちっと読んで論評すべきであろう。知的に誠実な人物であれば必ずそうするだろう。これまでもほんの僅かな言葉尻を捕らえられて、失脚に追い込まれた政治家は枚挙に暇がない。しかし、今回は口が滑ったという問題ではない。きちっと論文として、誰でも読めるのだから、全体を読めばよいのだ。国民全体がきちっと読んだ上で、考えればよいのである。

日本は侵略国家であったのか田母神俊雄

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