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2008年8月 8日 (金)

「チベットの核」を無視する、広島平和宣言の独善

 極めて「空疎」で「文学的」な秋葉市長の「ヘイワ宣言」が、今年も原爆死没者の御霊の前で空々しく読み上げられた。「核兵器は、廃絶されることだけに、意味がある」のだそうだ。そうではないから、北朝鮮は国の存亡をかけて必死で開発したのであるし、インド、パキスタンもそうだ。中国にいたっては時折軍の高官が核攻撃を示唆する恫喝をしている。フランスがなぜ核開発を急いだのか。第二次世界大戦後の世界が、「核保有国」による世界支配という構図があることを見抜いていたからである。「非核保有国」は、その従属下に甘んじるしかない、という深刻な力の論理で、世界は動いているのである。その現実を知っていながら、文学的修辞しかできないのが、広島のヘイワ宣言なる空疎な言葉の羅列なのだ。

核保有国の代表を集めるのは良い。ロシアが7年前から出席しているのはよい。今年初めて中国領事が出席したのも良しとしよう。アメリカ、イギリス、フランス、インド、パキスタンは欠席ということを際立たせようというのも良いだろう。北朝鮮は返事すらよこさないというのも良かろう。核を恫喝に使う最も危険な「テロ支援国家」が乗ってくるはずもないわけだが。しかし、更に言うならば、イスラエルには、案内さえ、出していないではないか。イランはどうか。

出席しているから、ロシア、中国の核は安全で、欠席しているからアメリカ、イギリス、フランス、インド、パキスタンの核は危険だ、という区分が成り立つというのは単なる修辞上の問題に過ぎない。具体的な事実を見えにくくする分、問題があると言えよう。

 特に、中国の核については、具体的な恐るべき実態が報告されている。チベット亡命政府が提出したレポート「チベットの核」に記された調査報告は、中国がチベットにおいて行っている核の実態を伝えている。チベットを世界中の核廃棄物のゴミ捨て場にしようとしている事実も書かれている。
 是非、以下のレポートを一読して頂きたい。

チベット亡命政府情報・国際関係省環境開発部(EDD)発行
Green Tibet - Annual Newsletter 1998 "Nuclear Weapons on the Tibetan Plateau"「グリーンチベット」1998年ニュースレターより

チベットはアジア各国の大河の源流であり、また世界で最も高い陸地であることから、モンスーンに乗せて世界中の気象に影響を与えていることから、中国が行っている「チベットの核」の実態は、世界人類の生存に対する最も具体的かつ現在進行形の脅威なのである。環境問題を言う人は、人類の宝とも言うべきチベット高原で行われている無残な環境破壊を告発しなければならないのではないか。

また、四川大地震では、チベットの核施設が大打撃を受けたとも言われる。しかし、情報統制国家の中国からは、その具体的な報告は伝わってこない。毒餃子事件さえ隠蔽し、中国国内で犠牲者が出てもその事実を公表するなと圧力をかけてくるお国柄である。北京五輪どころではないというのが本当のところだろう。

正に、自国民の生命どころか、世界の核汚染の脅威よりも、自国の威信の方が大切だという、露骨な独裁国家、共産主義的帝国主義国家の最悪の形態を暴露しているといえよう。この中国の代表に対して、一体どのような「ヘイワのメッセージ」を伝え得たというのか。内心せせら笑われているに違いないのである。

 世界民主主義か何か知らないが、ヘイワ市長会議というのをつくり、各都市の首長の加入を進めているのだという。秋葉市長の頭の中には、国家というものは、核兵器を作り出し保有する「悪」であり、コスモポリタンたる世界の各都市の市民は、「核」に反対する「善」なる存在であり、その「善」なる存在が、世界人口の過半数を占めた、と喜んでいるのである。このようなことは児戯に類する。広島市民の血税を湯水の如く注ぎ込んで遊んでいるのだ。その背後には、国家否定のイデオロギーが見え隠れするのである。ヘイワを錦の御旗にして、世界中を平伏させるのは随分と気分の良いことだろう。

 その背後で、本当の犠牲者が、正に虫けらのように、命を落としているのだ。チベットにおける中国の核管理のずさんさ、それによるチベットの人々の原爆症の発症、その放置と隠蔽、積み重ねられる犠牲、汚染される大地。余りにも軽く扱われているチベット人の生命。一方、中国は、自国民である漢民族も同様に虫けらの如く扱っているのであるが。ヘイワの美名の下、こうしたことには目が瞑られているのである。

 「ありのまま」に物事を見ることは、極めて難しいことである。自らの思い込みによる偏向のフィルターがどうしてもかかる、人間は、自分の思い込みという壁から永遠に自由になることはできない。しかし、努力によって、その壁を低くすることは可能であり、その合間から、「ありのまま」なる事物に迫ることも不可能ではない。しかし、多くの人々は、事物に迫るために、自らの思い込みの壁を高くする道を選ぶのである。広島のヘイワ運動などは、その喜劇的な具体的事例の最たるものかも知れない。

 東トルキスタン(新疆ウイグル地区と、中国が呼称している、本来の独立国)に中国が行った民族絶滅政策を考えれば、今回カシュガルで起こった武装警察へのテロ行為も、複雑な思いになる。これほど自国民から歓迎されない五輪は、空前のことであろう。タクラマカン砂漠は、ウイグル族の土地であった。そこで繰り返された核実験が、ウイグル族にもたらした放射線の被害は、長く外部に伝えられることは無かった。しかしそれも今は明らかになっている。広島のヘイワ運動は、こうしたあからさまなる「核」の脅威に対して、余りにも鈍く、そして臆病である。優等生的な綺麗ごとが、広島を覆う「バカの壁」となっているのだ。それは、決して「平和」への道をもたらさない。せいぜいが「駝鳥のヘイワ」位なものだろう。

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