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2008年8月10日 (日)

「反戦思想を担った右翼学生」という書評

先の本の読後感を書いていたら、下記の書評を見つけたので転載しておきたい。

表題には違和感を覚えるが、いたし方ない。

【書評】『日本主義と東京大学』井上義和著(柏書房・3990円)
 評・片山杜秀(慶応大准教授)

 ■反戦思想を担った右翼学生

 対米開戦目前の時代の東京帝国大学で、過激な学生運動が行われていた。左翼はとっくに弾圧されている。運動していたのは、小田村寅二郎や田所廣泰らを中心とする右翼学生だ。彼らは大学を出ると、精神科学研究所という思想団体を設立した。はて、目的は何か。右翼だから「聖戦完遂」を叫んで政府や軍に協力していたのか。そうではない。なんと彼らは、大東亜戦争が始まると東条内閣打倒を叫び、ついに憲兵隊に一網打尽にされた。戦時下に首相の心胆を寒からしめる反体制運動を右翼青年がしていたのだ。

 その時代の国内政治に興味のある向きなら、ここで石原莞爾や中野正剛を思いだされるかもしれない。彼らは、いわば国家社会主義的思想をもっていた。持たざる国が米国のような持てる国と戦うには、国家の総力を最大限合理的に活用せねばならない。そのためには、ソ連やナチスにも負けない、全社会、全経済の強力な統制が不可欠となる。ところが、東条内閣は中途半端だ。統制に徹しきれず、自由放任の資本主義経済と妥協している。だから反東条だった。

 すると、東大系の右翼学生運動は石原や中野に与(くみ)したのか。違う。彼らは東条も石原も中野も否定した。なぜなら、総力戦や統制経済の観念は、共産主義等に通じ、天皇を仰ぐ日本の国体と相いれないからである。そもそも理性や計画や統制で戦争や経済や歴史を見通して導けると考えることが、近代人の奢(おご)りであり誤謬(ごびゅう)だ。そういう西洋流の主知主義を拒むのが、真の日本主義者であるはずだ。

 学生たちはその種の哲学に忠実にふるまい、総力戦に否を唱えた。左翼や個人的自由主義や絶対平和主義が封じられた戦時下の日本では、日本主義哲学が反戦思想さえ担っていた。だからこそ極めつきの危険思想として弾圧されたのだ。本書はそんな戦時期右翼学生運動の最初の本格的研究である。右翼をめぐる戦後的常識は、根底から覆されるだろう。

 いのうえ・よしかず 昭和48年生まれ。関西国際大人間科学部准教授。

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コメント

「右翼の正体」

右翼団体の多くは、騒音をまき散らしながら頭のおかしいふりをして、愛国者は「変質者、危ない人」というイメージを国民に植え付け、

さらに日の丸や、天皇陛下のイメージを汚しながら、企業に無理難題を押し付けて金銭を要求するなどの犯罪を行っています。

(参考)
http://www.geocities.jp/uyoku33/

投稿: 良太 | 2008年8月14日 (木) 午前 08時59分

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