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2008年8月12日 (火)

戦後否定された戦前までの日本の中に、未来があったのではないか、という作業仮説

 昔から、日本民族は「胎教」を大切にしてきた。

 ところが、戦争に負けて、「胎教」など迷信だ、ということになって、欧米流の子育て論がはやった。

 子供がおかしくなってきた。

 原因はわからない。色々な議論だけがむなしく繰り返されるだけだ。母親はおろおろするばかり、果ては生まれてきた赤ちゃんを次々と殺してしまうという陰惨な事件までおきた。つい最近のことだ。

 欧米では、「胎教」が大切だと、気がついた。

 でも日本では、欧米では遅れた「科学的」な知識の毒がなかなか抜けない。

 欧米から教えてもらうまでもなく、「胎教」はずっと日本の子育ての基本だった。それでうまくいっていたのだ。

 戦前否定の思い込みが、そういう記憶を思い出す邪魔をしているのかもしれない。

 親が変われば子供が変わる。

 親と子供は、目に見えない深い絆で結ばれている。

 「愛」という絆で結ばれている。

 それを、断ち切るようなまねはしないで欲しい。

 世界でもっとも大切な宝が、昔の日本にはあった。

 それを取り戻すことが出来れば、「未来」が開けるのではないだろうか。

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