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2008年8月

2008年8月13日 (水)

テレビに殺される子育て文化

 この間、子育て中の女性を含むミーティングがあり、アフターのお茶の席で何気なく聞いていた話。

 「崖の上のポニョ」がよかったという話をする中で、

 「最近、子供がビデオ飽きちゃって、見せても静かにしていてくれないのよ」

 「それビデオにならないのかしら」

 この女性は、その日初めて知った人で、特に背景を知っているわけではないが、なんとなく違和感を感じた。

 子育てを、テレビ(ビデオ)に任せているのだ。テレビを見て静かにしていれば「いい子」だという認識を持っているわけだが、その場にいたほかの同じような立場にいるお母さんたちも別にそれが当たり前という風で、気にも留めていない。


 ところが、これが大きな落とし穴で、それは奈落の底までつながっているような、深い暗黒の闇なのである。

 それを教えてくれたがの、この本、



 「一に抱っこ二に抱っこ三、四がなくて五に笑顔」

 この題名からして気に入っているのだが、帯に次のように書いていある。

 「子育てに意外な落とし穴・・・

  テレビに子守をさせていませんか?

 ・からだが育たない  ・言葉の力が育たない  ・五感が育たない  ・そして脳にも異変が・・・・・・

 ●2歳までのテレビ、ビデオ視聴は控えましょう
 ●授乳中、食事中のテレビ、ビデオの視聴はやめましょう
 ●メディアを上手に利用するルールをつくりましょう       」

 この本は、本当に読みやすいです。2時間もあれば全部読めます。10代、20代のこれから子育てをするお父さん、お母さんに是非とも読んでもらいたいです。これ一冊あれば、基本的な心構えは全て出来ます。是非買って読んでください。


 子育てに失敗すると、人生が台無しになります。

 子供の人生も、親の人生も大変です。

 いえ、本当は、失敗なんてないんです。

 どんなに苦労しても、結局、親と子が向き合うための勉強。

 それが出来るまで、何度でもトライ・アンド・エラーなんです。

 テレビに親子の時間を奪われてはいませんか?

 ちなみに、私はもう5年以上、家からテレビを追放しています。

 私の父親は、テレビ漬けといってよいほど、朝から晩までテレビをつけっぱなしの人でした。

 話をしたくても、すぐにテレビに逃げてしまう人でした。

 それは非常に悲しいことです。

 テレビなんて無くても生きていけます。ケータイも、パソコンも、インターネットも、昔は何もなかったけど、今よりはるかに子供は元気に育ちました。親子の関係もよかったです。

母親はいつまでも息子の弱点でありましたし、父親は尊敬の対象でした。

 一体いつから、親子の絆はほころびてしまったのか?

 テレビに魂を奪われたころから、かもしれません。

 でも、ちょっとした工夫で、テレビをつけない日を毎週一日つくるだけで、取り戻せるのですよ。

 もっとも大切な絆、親子の絆、命の絆。

 
 今日、電車から降りて、中学生か高校生位の男の子と女の子が私の前を歩いていました。男の子はゲーム機を覗いて何か操作しています。女の子は、そんな男の子を見もしないで、時折携帯を覗き込んだりしてはあさっての方を向いています。一緒に歩いていなければ、全然関係のない二人に見えます。

 一体、この二人に、何か「絆」は生まれるのだろうか。

 生まれたときからテレビ漬け。言葉を覚えたのも、色々な刺激も、みんな扁平な画面から教えてもらった。

 だから、言葉も風景も、何もかもが、扁平なのだ。嫌ならいつでもチャンネルを変えられる、消すことだって出来る。

 だけど、実際の世の中は、そんなもんじゃない。好きな人といつも一緒にいられるとは限らない。嫌なやつと一緒に何かをしなければならないことだってしょっちゅうだ。人をかえることは出来ない。消すなんてとんでもない。

 そんな当たり前のことが、わからなくなっちゃったから、変な事件を起こすのだろう。

 昔、日本は、子供の楽園だった。

 今は、煉獄ではないか。なぜそんなことになったのか。

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2008年8月12日 (火)

「真っ当な日本人の育て方」を是非読んで・・

 この際一気に紹介してしまいます。

 「真っ当な日本人の育て方」(新潮選書)

 田下昌明先生のこの本、紹介しようと思いながら、出来ないでいました。

 真っ当な日本人って、一体何?

 そう思う人もいるかもしれません。

 それくらい、日本人は、壊れちゃってるんだと、私は思います。

 「日本人」なんて強調するのは間違ってる、「地球人」でいいんだ、日本にこだわるなんてばかげてる、

 なんて、多くの現代日本人は思ってるんじゃないでしょうか。

 何か「真っ当な日本人」なんていうと、おどろおどろしい、軍国主義の権化や神がかり的な姿を想像してしまうのではありませんか。

 そんな「期待」を持ってこの本のページを開くと、必ず拍子抜けするでしょう。

 ほとんどの人が、「当たり前じゃないか」「ああ、そうだったな、昔、ばあちゃんが言ってたことと一緒だ。」「昔のやり方でよかったんだな。それが今では世界的に科学的に認められてるんだな。」ってことに気がつくに違いありません。

 そもそも、「真っ当な日本人」ってことは、「真っ当な人間」というのとほとんど同義です。

 世界に誇るべき、日本の「子育て文化」を、見直してみましょう。

【書評】『日本主義と東京大学』井上義和著(柏書房・3990円)
 評・片山杜秀(慶応大准教授)

 ■反戦思想を担った右翼学生

 対米開戦目前の時代の東京帝国大学で、過激な学生運動が行われていた。左翼はとっくに弾圧されている。運動していたのは、小田村寅二郎や田所廣泰らを中心とする右翼学生だ。彼らは大学を出ると、精神科学研究所という思想団体を設立した。はて、目的は何か。右翼だから「聖戦完遂」を叫んで政府や軍に協力していたのか。そうではない。なんと彼らは、大東亜戦争が始まると東条内閣打倒を叫び、ついに憲兵隊に一網打尽にされた。戦時下に首相の心胆を寒からしめる反体制運動を右翼青年がしていたのだ。

 その時代の国内政治に興味のある向きなら、ここで石原莞爾や中野正剛を思いだされるかもしれない。彼らは、いわば国家社会主義的思想をもっていた。持たざる国が米国のような持てる国と戦うには、国家の総力を最大限合理的に活用せねばならない。そのためには、ソ連やナチスにも負けない、全社会、全経済の強力な統制が不可欠となる。ところが、東条内閣は中途半端だ。統制に徹しきれず、自由放任の資本主義経済と妥協している。だから反東条だった。

 すると、東大系の右翼学生運動は石原や中野に与(くみ)したのか。違う。彼らは東条も石原も中野も否定した。なぜなら、総力戦や統制経済の観念は、共産主義等に通じ、天皇を仰ぐ日本の国体と相いれないからである。そもそも理性や計画や統制で戦争や経済や歴史を見通して導けると考えることが、近代人の奢(おご)りであり誤謬(ごびゅう)だ。そういう西洋流の主知主義を拒むのが、真の日本主義者であるはずだ。

 学生たちはその種の哲学に忠実にふるまい、総力戦に否を唱えた。左翼や個人的自由主義や絶対平和主義が封じられた戦時下の日本では、日本主義哲学が反戦思想さえ担っていた。だからこそ極めつきの危険思想として弾圧されたのだ。本書はそんな戦時期右翼学生運動の最初の本格的研究である。右翼をめぐる戦後的常識は、根底から覆されるだろう。

 いのうえ・よしかず 昭和48年生まれ。関西国際大人間科学部准教授。

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「日本主義と東京大学~昭和期学生思想運動の系譜~」を読んで


 本書は基礎研究の書であり、著書は真摯な学究である。きわめて真摯に、丁寧に、戦前戦中における、日本型保守主義の可能性を掘り下げたものであり、歴史の真実を詳しく知りたいと念願するものにとっても極めて有益であると思う。

 昭和史の解明は、現代日本を的確に把握するために不可欠の要件であると思われる。

 「日本主義的教養」という言葉の具体的な内容はそれほど明確に書かれているわけではないが、日本の歴史・伝統・文化についての具体的な教養は現代とは比較にならないほど豊富であったと思われる。

聖徳太子の讃仰研究と明治天皇御製拝誦を中心に、「悠久の祖国の生命」への確信を深めてきた、一高昭信会から日本学生協会、精神科学研究所の系譜に連なる学生青年運動が持っていた思想史的意義を解明していく本著は、「国体論」のあり方について考えさせられる。

大衆を支配するための道具としての「国体論」は、敗戦後その影響力を失い破棄されたと見てよいが、これはむしろ本来のあるべき「国体論」からすれば逸脱したものであったのではないか。本来の「国体論」は、「エリートが自己を拘束するための国体論」ではなかったろうか。それは国家エリートの倫理的基盤ともなり、国の進路に違った展開を与えていた可能性もあるのではないか。

その可能性が具体的に追求されていた。それが、日本学生協会そして精神科学研究所の運動だった。

もし、思想的に破綻したものでないのならば、現代的な再生は有り得るのではなかろうか。日本主義的教養に根ざした、日本型保守主義の構築は現代においても可能なのではないか、相当な飛躍のある思いではあるが、それを夢想させられる。いわゆる「軍国主義」と最後に対峙したのが、日本型保守主義者たる精神科学研究所であったという歴史事実が掘り起こされたことは戦前のイメージの転換を迫る問題提起でもあると思われる。

戦時体制とは、実はレーニンの「戦争から革命へ」のテーゼに近いものだったのではないか、それを同時代に指摘し、そのために弾圧された精神科学研究所の存在は時代を照らす光のように思われる。

悲惨な記憶で埋め尽くされている戦前戦中が、実は共産主義的な国家体制に近いものだったとすれば、現代までの共産党や社会主義政党の滑稽さ、あるいはペテンといったものが暴露されるということでもある。研究が進める真理の探求は、そのような真実を明らかにしつつあるようにも思われる。これは、希望による予断かもしれないが。

以下、目次を書き写す。
第一章  「右翼」は頭が悪かったのか―文部省データの統計的分析―
第二章  政治学講義と国体論の出会い―『矢部貞治日記』を中心に―
第三章  学風改革か自治破壊か―東大小田村事件の衝撃―
第四章  若き日本主義者たちの登場― 一高昭信会の系譜―
第五章  学生思想運動の全国展開―日本学生協会の設立―
第六章  逆風下の思想戦―精神科学研究所の設立―
第七章  「観念右翼」の逆説―戦時体制下の護憲運動―
第八章  昭和十六年の短期決戦論―違勅論と軍政批判―
第九章  「観念右翼」は狂信的だったのか―日本型保守主義の可能性―


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「野菜」カレーを作って・・・

 昨年、ある小学生の合宿で、お母さんたちが、水を使わないでカレーを作ったという話を聞いていたことが、耳に残っていた。

 余りにも暑い日が続くので、料理をするのが億劫になって、ここ一ヶ月位は、出来合いのものを買ってくるばかりになっていたが、買い置きの野菜が傷むと困ると思って、ふと思いついて、水無しの野菜カレーを作ってみようと思った。

 使った材料は、玉ねぎ、ジャガイモ、トマト、キャベツ、ナス、しめじ、豚肉、ついでにゴマ、それから豆腐まで入れた。

 鍋で玉ねぎを炒めて、ジャガイモを入れ、ナス、トマト、しめじ、そしてキャベツを追加して、弱火で暫く置いておく。すると、野菜から水が出て、あたかも水を加えたようになっていい具合になっていった。そこに、豚肉を入れて暫く置く。さらに、(これは思いつきで)豆腐を加えた。ついでに、いりゴマを摺って入れる。ジャガイモが程よく火が通ったと思われる頃になって、パウダーのカレー粉を入れた。ついでに市販のカレールーを溶かし込んだ。(通常の半分でOK)

 実に美味いカレーに仕上がった。

 余りをパックに入れて冷蔵庫に入れておいたら二日目でもまったく問題なかった。

 入れた野菜は手当たり次第という感じだったが、今度はまったく違う組み合わせでやってみようかと思っている。

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2008年8月 8日 (金)

皇太子殿下、富士山初登頂おめでとうございます!

 皇太子殿下が、8日朝、富士山を初登頂されたとのこと。


 爽やかな気持ちになりました。

 富士山へは二度登ったことがありますが、二度目の時よりも一度目の方が鮮明に覚えています。

 神々しい風景に、心身が清められていく心地がします。

 富士山の神様は、木花咲夜姫命(このはなさくやひめのみこと)と言われますが、皇室の、遠いご祖先に当られる神様でありますね。

皇太子さま、富士山頂に=「大きさ実感」8月8日8時39分配信 時事通信


 皇太子さまは8日早朝、富士山(3、776メートル)に登られた。1988年8月にも挑んだが、悪天候のため8合目で引き返しており、登頂は初めて。
 7日に静岡県入りした皇太子さまは、車で富士宮口新5合目に到着。山腹の宝永火口を経て御殿場口から登り始め、8合目の山小屋で1泊。小屋からご来光を眺めた後、午前6時半前に山頂に着いた。
 山頂で報道陣の問い掛けに応じ、「(富士山の)高さ、大きさを感じました。雨、霧、晴れと、その時々で山の表情が変わるので、行程が楽しかったです」と話した。この後、火口を1周する「お鉢巡り」をしてから下山する。 

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「チベットの核」を無視する、広島平和宣言の独善

 極めて「空疎」で「文学的」な秋葉市長の「ヘイワ宣言」が、今年も原爆死没者の御霊の前で空々しく読み上げられた。「核兵器は、廃絶されることだけに、意味がある」のだそうだ。そうではないから、北朝鮮は国の存亡をかけて必死で開発したのであるし、インド、パキスタンもそうだ。中国にいたっては時折軍の高官が核攻撃を示唆する恫喝をしている。フランスがなぜ核開発を急いだのか。第二次世界大戦後の世界が、「核保有国」による世界支配という構図があることを見抜いていたからである。「非核保有国」は、その従属下に甘んじるしかない、という深刻な力の論理で、世界は動いているのである。その現実を知っていながら、文学的修辞しかできないのが、広島のヘイワ宣言なる空疎な言葉の羅列なのだ。

核保有国の代表を集めるのは良い。ロシアが7年前から出席しているのはよい。今年初めて中国領事が出席したのも良しとしよう。アメリカ、イギリス、フランス、インド、パキスタンは欠席ということを際立たせようというのも良いだろう。北朝鮮は返事すらよこさないというのも良かろう。核を恫喝に使う最も危険な「テロ支援国家」が乗ってくるはずもないわけだが。しかし、更に言うならば、イスラエルには、案内さえ、出していないではないか。イランはどうか。

出席しているから、ロシア、中国の核は安全で、欠席しているからアメリカ、イギリス、フランス、インド、パキスタンの核は危険だ、という区分が成り立つというのは単なる修辞上の問題に過ぎない。具体的な事実を見えにくくする分、問題があると言えよう。

 特に、中国の核については、具体的な恐るべき実態が報告されている。チベット亡命政府が提出したレポート「チベットの核」に記された調査報告は、中国がチベットにおいて行っている核の実態を伝えている。チベットを世界中の核廃棄物のゴミ捨て場にしようとしている事実も書かれている。
 是非、以下のレポートを一読して頂きたい。

チベット亡命政府情報・国際関係省環境開発部(EDD)発行
Green Tibet - Annual Newsletter 1998 "Nuclear Weapons on the Tibetan Plateau"「グリーンチベット」1998年ニュースレターより

チベットはアジア各国の大河の源流であり、また世界で最も高い陸地であることから、モンスーンに乗せて世界中の気象に影響を与えていることから、中国が行っている「チベットの核」の実態は、世界人類の生存に対する最も具体的かつ現在進行形の脅威なのである。環境問題を言う人は、人類の宝とも言うべきチベット高原で行われている無残な環境破壊を告発しなければならないのではないか。

また、四川大地震では、チベットの核施設が大打撃を受けたとも言われる。しかし、情報統制国家の中国からは、その具体的な報告は伝わってこない。毒餃子事件さえ隠蔽し、中国国内で犠牲者が出てもその事実を公表するなと圧力をかけてくるお国柄である。北京五輪どころではないというのが本当のところだろう。

正に、自国民の生命どころか、世界の核汚染の脅威よりも、自国の威信の方が大切だという、露骨な独裁国家、共産主義的帝国主義国家の最悪の形態を暴露しているといえよう。この中国の代表に対して、一体どのような「ヘイワのメッセージ」を伝え得たというのか。内心せせら笑われているに違いないのである。

 世界民主主義か何か知らないが、ヘイワ市長会議というのをつくり、各都市の首長の加入を進めているのだという。秋葉市長の頭の中には、国家というものは、核兵器を作り出し保有する「悪」であり、コスモポリタンたる世界の各都市の市民は、「核」に反対する「善」なる存在であり、その「善」なる存在が、世界人口の過半数を占めた、と喜んでいるのである。このようなことは児戯に類する。広島市民の血税を湯水の如く注ぎ込んで遊んでいるのだ。その背後には、国家否定のイデオロギーが見え隠れするのである。ヘイワを錦の御旗にして、世界中を平伏させるのは随分と気分の良いことだろう。

 その背後で、本当の犠牲者が、正に虫けらのように、命を落としているのだ。チベットにおける中国の核管理のずさんさ、それによるチベットの人々の原爆症の発症、その放置と隠蔽、積み重ねられる犠牲、汚染される大地。余りにも軽く扱われているチベット人の生命。一方、中国は、自国民である漢民族も同様に虫けらの如く扱っているのであるが。ヘイワの美名の下、こうしたことには目が瞑られているのである。

 「ありのまま」に物事を見ることは、極めて難しいことである。自らの思い込みによる偏向のフィルターがどうしてもかかる、人間は、自分の思い込みという壁から永遠に自由になることはできない。しかし、努力によって、その壁を低くすることは可能であり、その合間から、「ありのまま」なる事物に迫ることも不可能ではない。しかし、多くの人々は、事物に迫るために、自らの思い込みの壁を高くする道を選ぶのである。広島のヘイワ運動などは、その喜劇的な具体的事例の最たるものかも知れない。

 東トルキスタン(新疆ウイグル地区と、中国が呼称している、本来の独立国)に中国が行った民族絶滅政策を考えれば、今回カシュガルで起こった武装警察へのテロ行為も、複雑な思いになる。これほど自国民から歓迎されない五輪は、空前のことであろう。タクラマカン砂漠は、ウイグル族の土地であった。そこで繰り返された核実験が、ウイグル族にもたらした放射線の被害は、長く外部に伝えられることは無かった。しかしそれも今は明らかになっている。広島のヘイワ運動は、こうしたあからさまなる「核」の脅威に対して、余りにも鈍く、そして臆病である。優等生的な綺麗ごとが、広島を覆う「バカの壁」となっているのだ。それは、決して「平和」への道をもたらさない。せいぜいが「駝鳥のヘイワ」位なものだろう。

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タモリの弔辞に感動~故赤塚不二夫氏の葬儀で~

 僕らの世代で、赤塚不二夫の漫画を知らない人はいないだろう。

 強烈な個性あるキャラクターを次々と生み出し、一時は社会現象まで引き起こした。

 「元祖天才バカボン」「おそまつくん」などなど

 早稲田大学の校歌を、この漫画で覚えた人は、自分ばかりではあるまい。

 なみだで目がつながってしまった警官、うなぎねこ、レレレのおじさん、ザマス男など、咄嗟に思いつくだけでもずらずらと出てくる。

 ギャク漫画というのは、読む人を笑わせ、ひとときでも笑うことでの幸せをもたらす、考えてみれば素晴らしいものだ。笑いというのは「感情」の中でも実は理知的なものであるとは、九鬼周造の「情緒の系譜」を読むと納得させられる。「笑い」については、他に、柳田国男の「笑いの本願」や、ベルクソンの「笑い」などを読んだが、色々な角度から研究されてもいる。

 しかし、実際に笑わせるのには、真面目な努力がいるものだ。深い人間への洞察、人生への諦念、世の中を相対化する知力、そうしたものが背後にあって、本物の笑いを生み出すことができるのだ。

 それにしても、タモリと赤塚不二夫氏がこれほど近い関係にあるとは知らなかった。人の出会いというものの不思議さを感じさせられる。本当に、いい弔辞で、これほどのものを見るのは、久しぶりだ。作品やテレビを通してしか知らない二人の人間の心に触れることができて、思わず感動してしまった。


タモリの手には白紙…あふれる感謝そのままに8月8日7時2分配信 スポーツニッポン


 タモリは、手にしていた紙を何度も見ながら弔辞を読んでいたが、紙は白紙で、すべてアドリブだった可能性がある。7日夜放送のテレビ朝日「報道ステーション」では、弔辞の様子をVTRで伝え、映像から「手にした紙には何も書かれていないようにも見える」と指摘。インターネット上の掲示板でも話題となり「白紙なんだよね。すごいよタモさん」「あの長い弔辞を白紙で読んでるとかすげぇな」「読み上げるふり。ささげるギャグなのかな」などといった書き込みが相次いだ。

◆タモリ弔辞全文◆

 弔辞

 8月2日にあなたの訃報に接しました。6年間の長きにわたる闘病生活の中で、ほんのわずかではありますが回復に向かっていたのに、本当に残念です。

 われわれの世代は赤塚先生の作品に影響された第1世代といっていいでしょう。あなたの今までになかった作品や、その特異なキャラクター、私たち世代に強烈に受け入れられました。10代の終わりからわれわれの青春は赤塚不二夫一色でした。

 何年か過ぎ、私がお笑いの世界を目指して九州から上京して、歌舞伎町の裏の小さなバーでライブみたいなことをやっていた時に、あなたは突然私の眼前に現れました。その時のことは今でもはっきり覚えています。赤塚不二夫が来た。あれが赤塚不二夫だ。私を見ている。この突然の出来事で、重大なことに、私はあがることすらできませんでした。終わって私のところにやってきたあなたは、「君は面白い。お笑いの世界に入れ。8月の終わりに僕の番組があるからそれに出ろ。それまでは住むところがないから、私のマンションにいろ」と、こう言いました。自分の人生にも他人の人生にも影響を及ぼすような大きな決断を、この人はこの場でしたのです。それにも度肝を抜かれました。

 それから長い付き合いが始まりました。しばらくは毎日新宿の「ひとみ寿司」というところで夕方に集まっては深夜までどんちゃん騒ぎをし、いろんなネタを作りながら、あなたに教えを受けました。いろんなことを語ってくれました。お笑いのこと、映画のこと、絵画のこと。他のこともいろいろとあなたに学びました。あなたが私に言ってくれたことは、いまだに私にとって金言として心の中に残っています。そして仕事に生かしております。

 赤塚先生は本当に優しい方です。シャイな方です。麻雀をする時も、相手の振り込みであがると相手が機嫌を悪くするのを恐れて、ツモでしかあがりませんでした。あなたが麻雀で勝ったところを見たことがありません。その裏には強烈な反骨精神もありました。あなたはすべての人を快く受け入れました。そのためにだまされたことも数々あります。金銭的にも大きな打撃を受けたこともあります。しかし、あなたから後悔の言葉や相手を恨む言葉を聞いたことはありません。

 あなたは私の父のようであり、兄のようであり、そして時折見せるあの底抜けに無邪気な笑顔は、はるか年下の弟のようでもありました。あなたは生活すべてがギャグでした。たこちゃん(たこ八郎さん)の葬儀の時に、大きく笑いながらも目からはぼろぼろと涙がこぼれ落ち、出棺の時、たこちゃんの額をぴしゃりと叩いては、「この野郎、逝きやがった」と、また高笑いしながら大きな涙を流していました。あなたはギャグによって物事を動かしていったのです。

 あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。

 今、2人で過ごしたいろんな出来事が、場面が、思い浮かんでいます。軽井沢で過ごした何度かの正月、伊豆での正月、そして海外への、あの珍道中。どれもが本当にこんな楽しいことがあっていいのかと思うばかりのすばらしい時間でした。最後になったのが京都五山の送り火です。あの時のあなたの柔和な笑顔は、お互いの労をねぎらっているようで、一生忘れることができません。

 あなたは今この会場のどこか片隅で、ちょっと高い所から、あぐらをかいて、ひじを付き、ニコニコと眺めていることでしょう。そして私に「おまえもお笑いやってるなら弔辞で笑わしてみろ」と言ってるに違いありません。あなたにとって死も1つのギャグなのかもしれません。

 私は人生で初めて読む弔辞が、あなたへのものとは夢想だにしませんでした。私はあなたに生前お世話になりながら、一言もお礼を言ったことがありません。それは肉親以上の関係であるあなたとの間に、お礼を言う時に漂う他人行儀な雰囲気がたまらなかったのです。あなたも同じ考えだということを、他人を通じて知りました。しかし、今、お礼を言わさせていただきます。赤塚先生、本当にお世話になりました。ありがとうございました。私もあなたの数多くの作品の1つです。合掌。

 平成20年8月7日、森田一義

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2008年8月 4日 (月)

明成社のブログは面白い

明成社という出版社がある。

なんと、教科書まで出版している老舗。いまどき渋く、着実路線でがんばっている。

この編集部有志のブログが実に面白い。

是非一度覗いてみてくださいな。

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このままではやがて日本人はいなくなる・・・

外国籍の子は30人に1人

06年に国内で生まれた赤ちゃん約110万人のうち、親の少なくとも一方が外国籍の子が3万5651人で、新生児のほぼ30人に1人の割合に上ることが3日までに、厚生労働省の調査で分かった。同年に国内で結婚し、婚姻届を出したカップルのうち、1人または両方が外国人の組み合わせは約15組に1組。いずれの数字も増加傾向にあり、過去10年で最高。日本社会の国際化を裏付けている。


 新しく生まれて来る赤ちゃんの内、父親か母親のどちらかが外国人であるケースが、30人に1人になっているのだという。

 その多くが、母親が外国人というケースで、中国人が多く、ついでフィリピン人、韓国人と続く。

 要するに、日本人の女性が、日本人の男性と結婚しなくなりつつある、ということなのである。

 これは自然の流れなのであろうか。そうではない、と思われる。

 中国人女性との結婚を斡旋する業者が目に付くようになっている。平成に入ってからにわかに急増している中国人の流入と期を一にしている。既に、在日外国人の2位は中国人で50万人にも上っており、在日韓国・朝鮮人の60万人に迫っている。おそらく5年としないうちに、在日外国人のトップは中国人になり、その数も100万の大台に乗るだろう。

 中国人が、日本社会を犯し始めているのである。この動きは警戒しなければならない。100万単位の流入が、自然現象として起こるとは考えにくい。彼らは難民ではないのだ。政略として日本への移植が進められていると考えるべきである。満州で、モンゴルで、東トルキスタンで、そしてチベットで、漢族移植政策が取られたことは過去のことではない。

 あまつさえ移民1000万人計画などをぶち上げる政治家が出てきている。その動きは連動していると考えて間違いない。

 日本が中国の植民地にされるのだ。日本の歴史も、文化も、伝統も破壊され、政治的な独立も脅かされる可能性が大きくなる。

 日本人女性は、晩婚化が進んでいる。日本人男性が、どんどん外国人に奪われていってしまうことに気づかないのだ。ばら色の未来を夢見て、足元が崩壊していくことに気づかないのだ。そうなって久しい。目を覚まして欲しいと思う。 

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2008年8月 3日 (日)

野口選手の番組を見て

 マラソンの野口選手の番組を見て、胸が熱くなるのを感じた。

 マラソンのような個人競技は、本当に自分との戦いであり、強靭な肉体を鍛え上げることと強靭な精神力を鍛えることは同じことなのだろうと思われる。

 北京オリンピックほど、政治の汚辱にまみれたものは無いが、そこで戦う選手には、勝ち抜いて欲しい。


 

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