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2008年4月18日 (金)

憲法違反の裁判官?/憲法9条だけが生きがいの人々

 大体、「護憲護憲」といっている連中に限って、憲法の摘み食い、独り善がりばかりやる。

 以前、靖国訴訟で、岩手で似たようなことをした裁判官がいたが、司法の権威を自ら貶めて一体何の「正義」を守っているつもりなのだろうか。

 テレビで映し出された、鬼の首を取ったようにはしゃぐ「原告団」の映像は、無邪気というか、「これで平和は守られた」とでも言わんばかりだったが、目に付く全ての人々が高齢者だったことも印象に残った。長く生きればバランス感覚を身に付けられるとは限らない。特に、戦後教育の第一世代が高齢化している現在、古きよき日本の老人像は大きく修正されなければならなくなるだろう。(もちろん、そうでない方々も数多くおられると思いつ書いているが、この間、大体同世代位の老人が、路上で喧嘩をしているのを見た。まことに幼稚というか、くだらない争いで、子供の教育上大変良くない。)

 憲法9条を信仰している人々にとっては、それは生きがいなのだろうが、この人々は、9条だけが大切なのであって、憲法そのものは大して大切だとは思っていないようである。もう見え見えになっちゃってるのだがなあ。

 以下、産経新聞の記事から。


「蛇足判決こそ違憲」 イラク派遣 最高裁判断封じる
4月18日8時2分配信 産経新聞

 自衛隊のイラク派遣を違憲判断した17日の名古屋高裁判決は、主文で国側を勝訴としながらも、判決理由の中で原告側の主張をくみ取るという“ねじれ”の論理構成をしている。国側は判決内容に反論があっても、主文で勝訴しているために上告ができない。

 判例としての拘束力を持たない「傍論」部分で、違憲判断を下す「ねじれ判決」は過去にも例があり、そのたびに司法関係者から疑問の声が上がってきた。

 最近では、平成13年の小泉首相(当時)の靖国参拝をめぐり、福岡地裁が平成16年4月に「参拝は憲法違反」としながら、主文で国側を勝訴としたケースがある。過去には岩手靖国訴訟の仙台高裁(平成3年)などが知られている。

 福岡地裁判決では、横浜地裁の井上薫判事(当時)が週刊誌に「主文に影響しない憲法問題を理由にあえて書くのは『蛇足』というほかない」とする批判を寄稿し、議論を呼んだ。今回の判決について井上氏は「1審で訴えが退けられた上、控訴が棄却されているのだから、違憲かどうかを判断する必要はなく、裁判所の越権行為だ」と話す。

 福岡地裁判決の問題点を指摘してきた弁護士の稲田朋美衆院議員も「最終的な憲法判断は最高裁にあるというのは憲法81条からも明らか。非常に高度な政治的判断について、上告を封じ、最高裁判断を封じることは憲法に違反している。まさに『蛇足』の判決だ」と批判する。

 控訴審で国は「控訴人(原告)の法的利益を侵害していない」などと主張しただけで、憲法判断には言及もしていない。一方、原告側の証人申請だけが積極的に認められ、法廷は違憲主張の独壇場となった。

 白鴎大法科大学院の土本武司院長も「裁判所は訴えたことについてのみ判断する義務がある。争点になっている訴え以外のことについて判断を下すことは、やってはいけないことだ」と批判している。

                   ◇

 ■判決骨子

 一、イラク、とくにバグダッドはイラク特措法が自衛隊の活動を認めていない戦闘地域に該当する

 一、空自による多国籍軍武装兵員のバグダッドへの空輸は、他国の武力行使と一体化した行動で、自らも武力行使したとの評価を受ける

 一、空自の空輸活動は、武力行使を禁じ活動地域を非戦闘地域に限定した特措法の規定に違反し、憲法9条1項に違反する活動を含んでいる

 一、違憲確認請求と差し止め請求は不適法。平和的生存権の侵害までは認められず、損害賠償請求は認められない

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