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2008年3月

2008年3月31日 (月)

チベット-中国、そして日本 ~対岸の火事ではない~

 昨夜、「中国は如何にしてチベットを侵略したか」を一気に読了した。

 「友好」の仮面の裏に隠された、冷酷無残な中国共産党の素顔に、慄然とした。
 チベットで起きた中国共産党軍による大虐殺事件は、国際社会の中で伝えられることなく、長い間伝えられることがなかった。

 ラサにおける民衆蜂起の渦中、中国共産党の魔手を逃れ、チベット人民の希望の灯を絶やさないために亡命を選んだダイライラマ14世。当時23歳だったという。

 気づいたことだが、この間読んだ石平氏の「中国大虐殺」という本の内容と比較して、中国共産党が残虐なのは、チベットが特別なわけではない、ということだ。異民族に対してだけでなく、同じ漢民族の農村や都市に対しても、同様の残虐さを発揮しているのである。一説に6000万人という虐殺をした中国共産党は、虐殺で彩られる中国史の中でも出色なのである。もともと共産主義の持つ独善と残虐な体質が、中国の歴史の中で伝えられてきた残虐な性向と最悪のコラボレーションとなったのではないだろうか。

 「日中友好」と、「南京大虐殺」というプロパガンダをあわせると、恐らくはチベットやウイグルを上回る史上空前の大虐殺を、日本に対して行いたいという悪魔的衝動を、中国共産党政府がもっているということを想像することは、決して「まぼろし」ではない。

 共産主義というファクターがなくても、台湾で実際に起こった2・28事件ように、「虐殺」にためらいやブレーキのきかない民族性に対して、最大限の警戒が必要なのである。

【参考】

【主張】チベット騒乱 日本も対話を促す圧力を
中国チベット自治区ラサで、また大規模デモが起きた。チベット亡命政府によれば、29日の数千人規模の独立要求デモを当局は戦車まで投入して阻止したという。「平和の祭典」である五輪の聖火が31日、開催地・北京に到着する。中国政府は事態を深刻に受け止め、国際社会が納得できる解決をはかるべきである。

 騒乱を、亡命中のチベット仏教最高指導者、ダライ・ラマ14世によって「綿密に計画され、扇動された五輪破壊活動」(温家宝首相)とする中国政府の主張は、とくに人権問題に敏感な欧州連合(EU)内では説得力がない。

 EUは29日の非公式外相会合で、中国政府に「弾圧の即時中止」を要求する声明を採択した。会合では、ドイツやポーランド、チェコ、エストニア、スロバキアの5カ国が首脳の五輪開会式欠席を表明している。サルコジ仏大統領もすでに不参加を示唆し、圧力を強める動きが目立ってきた。

 開会式ボイコットは、中国のメンツをつぶすことが目的ではない。英仏首脳が口をそろえ、「今、求められるのは、和解に向けた中国政府とダライ・ラマの真の対話だ」と強調したように、事態収拾の唯一の道である「対話」を促すためだ。

 ブッシュ米大統領も中国の胡錦濤国家主席と電話会談し、両者の「実質的な対話」を要請した。

 これに対し、胡主席の返答は、ダライ・ラマ14世との対話に「祖国分裂活動の停止」「チベット独立放棄」といった従来の条件に加え、新たに「五輪破壊活動の扇動停止」を付ける強硬論だった。

 すでに「チベットの独立」から「高度な自治」へと、現実的要求に転換し、「北京五輪は支持」とさえ公言しているダライ・ラマ14世としては、とうてい承服できる条件ではない。

 それにしても、チベットをめぐる動きの中で、日本の存在感が希薄だ。福田康夫首相の「声高に(中国を)批判したり、いまから北京五輪と関連付けることは適当かどうか」という見解はあまりに消極的ではないか。

 ブラウン英首相は5月に訪英するダライ・ラマ14世との会談を予定している。福田首相には、同じ5月に訪日予定の胡錦濤主席との会談で、北京五輪に「人権無視」の汚名を着せてはならない、と直言するほどの積極姿勢をみせてほしい。

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2008年3月20日 (木)

しきしまの道の師、逝く、嗚呼

「2008/03/19-19:45 夜久正雄氏死去(亜細亜大名誉教授・国文学)
 夜久 正雄氏(やく・まさお=亜細亜大名誉教授・国文学)19日午前8時56分、肺炎のため東京都武蔵野市の病院で死去、92歳。東京都出身。自宅は同市桜堤1の3の24の206。告別式は23日午前11時から三鷹市上連雀2の5の13の法専寺で。喪主は長男竹夫(たけお)氏。(了)」

 夜久正雄先生が、今日、逝去された。数へ年94歳であったという。

 実は、昨日の夜、ある会合で、「しきしまの道について」という題で90分話しをさせて頂いた。

 依頼を受けてから2ヶ月時間があったが、常に頭の片隅で考え続けているような状況で、昨日何とか話終えたところでほっと肩の荷を下ろしたような気持ちになった。この間一貫して私を導いてくれたテキストこそ、夜久正雄先生の『しきしまの道研究』であった。そのほか、『短歌のすすめ』『短歌のあゆみ』『和歌と日本文化』『万葉集その漲るいのち』『明治天皇御集』『今上天皇御歌解説』等等である。
 そしてまた、『古今集』『新古今和歌集』『神皇正統記』『古事記』『万葉集』『古事記傳』『うひ山踏み』『本居宣長』等等。挙げていけば枚挙に暇がない。

 本当に久しぶりに、「しきしまの道」といふ学びを分け入ったのである。

 その翌日、夜久先生の訃報に遭はうとは、何か、運命といつたものを感じるといったら、大袈裟になるだろうか。
生前一面識ものが、をこがましくも。

 しかし、このしきしまの道についての学びが、今まで以上に抜き差しならぬ意味を持ってきたことを感じる。

    寄道述懐
 「白雲のよそに求むな世の人のまことの道ぞしきしまの道」(明治三十七年御製)

    道
 「ひろくなり狭くなりつつ神代よりたえせぬものは敷島の道」(明治三十九年)

    道
 「いとまあらばふみわけて見よ千早ぶる神代ながらの敷島の道」(明治四十年)

    寄道述懐
 「ふむことのなどかたからむ早くより神のひらきし敷島の道」(明治四十二年)

 先生が、「敷島の道」といふ言葉をめぐつて、といふ研究ノートの中で紹介された 明治天皇の御製である。

 夜久先生は、三井甲之先生や、川出麻須美先生ら、正岡子規から、アカネ、そして人生と表現に連なる学統の流れに位置する方でもある。

 文芸に偏した「アララギ」と異なり、日本人が踏み行うべき道としての「しきしまの道」の在処を求めて、明治・大正・昭和を貫き、道を切り拓いていかれた先達である。

 「日本主義時代の古層」という研究所を昨年書店で見つけたとき、思わず「やった」と思った。それは、全てではないが、この道統についてそれなりに真面目な研究書がはじめて出た、という思いからである。更に、「日本主義的学生思想運動資料集成」といふ膨大な資料集が遂に刊行されたのである。これには本当に驚きかつ喜びが沸いてきたのである。

 「学問浪人」という言葉を冠されたことがある。

 近代の我が国の歴史の中で底流に根強く存しながら、軽佻浮薄な知識人が支配する大学やマスメディアという遊園地からは、はじき出されざるを得ない、真面目で地道な、わが民族の魂の在り処を探求する学問である。

 和歌というものが、単なる一文芸ではなく、日本人が踏み行うべき道として捉えられたときに「しきしまの道」と言うのである。

 昨日話を聞いてくれた方は十指に満たない方々であった。しかも和歌に興味のある人など殆どいなかった。この方々にどうしたら伝わるのか。結果として、しきしまの道に興味を持って頂くことが出来た。ある方からメールを頂いた。帰り道に一首作ってみようと思ったが、まだ出来なかった。また話しを聴きたい、と書いて下さっていた。

 夜久先生の御霊前に、頭を垂れつつ、「しきしまの道」の道統を守り伝へる一人たらんことをお誓い申し上げたい。

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2008年3月16日 (日)

勝手に応援しています!「サムエル・フォール卿来日支援基金」

恵隆之介氏にご協力を!

「サムエル・フォール卿来日支援基金」の口座
何卒ご支援の程御願い申し上げます。
 口座番号
1.郵便局  口座番号 01740-6-135085
        口座名義:サムエル・フォール卿来日支援基金  
 2.銀行   沖縄銀行首里支店
        店番 : 127
        口座番号:1393716
        口座名義:サムエル・フォール卿来日支援基金
               代表者 恵 隆之介     

サムエル・フォール卿(92歳)略歴

元英国政府外交官、第二次大戦中、海軍中尉として英国海軍に従軍、駆逐艦「エンカウンター」砲術士官として1942年3月、ジャワ海に於いて日本海軍と交戦沈没。その後脱出漂流中、日本海軍の駆逐艦「雷」に救助された。

同時に救助された戦友421名と共に、「雷」乗員に手厚い処遇を受けまた艦長工藤俊作中佐から健闘を称えられると共に激励を受けた。
 彼はこの行為に感激し、 戦後この感動を、「日本武士道の実践」と称え、米英両国、さらに東南アジアで講演し、また著作に著した。 彼の努力の結果、戦後我が国への誤解や誹謗が霧散し、日英、日米関係に計り知れない功績を残こすことになった。

 現在、卿は足が不自由で車椅子であるが、頭脳は極めて明晰である。
 本件は、サー・ヒュー・コータッツイ編著 「歴代の駐日英国大使」にも明記絶賛されている。  

のりまんの部屋 こちらからコピーさせて頂きました。

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中国はチベットを解放せよ!

 世界最後の共産帝国主義国家、中華人民共和国は、即刻、現在侵略し占領しているところの全ての民族を解放せよ。

 特に、チベットへの暴虐は筆舌に尽くしがたく、その侵略の手口は悪辣そのものである。

 中国が歴史的に主張し得、最も適切なエリアは、宋の時代であろう。中国文化が最も爛熟した時代である。

 北京オリンピックを前に、中国が如何にオリンピック開催に相応しくない、人権蹂躙国家であるか、今回のラサにおける暴動は、そのことを示している。群集の中に装甲車を突っ込ませるなど、一体何を考えているのか。

 これまでに伝えられてきたチベットにおける人民解放軍の暴虐は、断じて許されるものではない。

 下記の「中国はいかにしてチベットを侵略したか」のレビューを見ていただくだけでも、その片鱗が理解されるものと思う。

 樽の箍論、というのがある。チベットの独立を認めたら、ウイグルや内モンゴル、満州の独立も認めなければならなくなる、というのだ。これは、中国の留学生が言っていたのであるから、恐らく中国共産党が留学生に言わせるための論理なのだろうと思われるが、これほど身勝手な論理もない。

 大体、箍で締め上げなければまとまらないというのは、元々無理をしているのである。中華人民共和国は、第二次大戦終結後、国共内戦を経て1949年に建国されたのである。そこから、朝鮮戦争に介入したり、周辺諸国への侵略の手を伸ばしていくなど、やっていることは碌でもないことばかりだ。内部においても、大躍進と称して嘘の上塗りを続け、何千万という人民を餓死に追いやり、文化大革命では、未曾有の文化破壊を行い、最早中国の過去の遺産は、台北の故宮博物館に行かなければ見られないというところまで行ってしまった。「九評共産党」という大紀元が出した中国共産党の所業を暴いた本では、まことにこの世の地獄とはこのことか、というくらいの惨状が伝えられている。

 日本には、中国の文明に対して敬意を持つ伝統がある。しかし、その尊敬すべき中国文明は、共産党政権の下で最早死滅しかかっているのである。その挙句が、世界に類を見ない環境破壊、化学物質による汚染、モラル低下などにつながっているのである。中華文明の光輝ある伝統を守り、中国人民が永続的に世界の中で生存し続けていくためにも、もっと言えば、世界の厄介者にならないためにも、変って頂かねばならないのである。

 この国が、太平洋を二分しようと、アメリカに持ちかけたという。西太平洋の覇権を握る野望があるのだ。そうなれば、我が国は風前の灯火になる。台湾侵攻が現実のものとなれば、次は日本であることは明らかである。

 そうなった場合、日本は、チベット同様の大破壊に見舞われ、民族浄化の嵐に叩き込まれることになる。そうなってからでは遅いのだ。

 安倍政権が成立するかどうかというとき、衆参両院の国会議員会館を、中国大使館から派遣されたエージェントが、軒並み回り、安倍政権成立阻止のためのロビー活動を展開したことは銘記しておいてよい。現在、民主党の国会議員の中には、ついこの間まで在日韓国人で、大韓民団の利益代表として涙を呑んで帰化し、国会議員となった人物まで紛れ込んでいる。金、女など、国会議員の足元を掬うべくあらゆる包囲網を形成しつつあると考えて間違いない。売国奴に堕する議員ばかりではないことを信じるが、それでも国会議員といえども人間であり、組織的にターゲットにされれば、転ばないでいられるほどのものが果たしてどれだけいるか。
 それでも、我が国の国会議員を、信じるしかないのだが、見極めていかなければならないことは言うまでもない。

 亡命中国人が口を揃えていうのは、中国は、緩やかな連邦国家になるべき、というものである。

安倍政権、そして麻生外務大臣は 「人権、環境、法の支配、民主主義」という価値観外交を打ち出したが、この外交政策は継続されなければならないのである。そして、国内の似非人権派に対しても、「人権」を名乗るならば、中国そして北朝鮮の、途方も無い人権蹂躙状況に切り込んでいく尖兵となっていただかねばならないと思うのである。

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2008年3月15日 (土)

今もなお日本を拘束する占領遺制の亡霊たち

産経新聞 平成20年3月14日記事より

占領下の靖国神社訪問禁止通達
「今も効力」学校で誤解

 GHQ(連合国軍総司令部)占領下の昭和24年に文部省(当時)が出した靖国神社などの訪問を禁じる事務次官通達が一部の教育委員会で今も「効力を持っている」と誤解されていることが分かった。文部科学省は「問い合わせがあれば『失効済み』と答える」としているが、積極的な周知は図っていないため、通達が占領から半世紀を経ても独り歩きしている格好だ。

 問題の通達は、24年10月25日に出された「社会科その他、初等および中等教育における宗教おn取り扱いについて」で、児童生徒の神社仏閣などの宗教的施設への訪問について「礼拝目的」を禁じる一方、修学旅行など「文化上の目的」での訪問は認めたもの。

 その中に「学校が主催して、靖国神社、護国神社(以前に護国神社あるいは招魂社であったものを含む)および主として戦没者を祭った神社を訪問してはならない」とする一項目があった。

 この項目をめぐっては、平成14年7月、長崎県議会で県教育長が、戦没者追悼行事への児童生徒の参加について「学校活動としてふさわしくない」と答弁。その根拠として「これ(項目)はまだ生きている」とした。さらに、「主として戦没者を祭った神社」には「忠魂碑や慰霊碑が建てられている神社も含む」とする見解も示した。

 同県は今年3月3日、県議会で「文科省に確認したところ、失効しているとの回答を得た」として見解を修正した。

 文科省は同項目について「GHQの神道指令を踏まえたもので、問い合わせがあれば失効済みと答える」としているが、「再通達は出していないので、誤解されているところもある」という。

 靖国神社は「占領下を思わせる文言の残る事務次官通達が今もなお存在し、文部科学行政に一定の効力を有しているとすれば、きわめて遺憾といわざるを得ない」とコメントしている。


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とっくの昔に日本から去った「占領軍」の亡霊に、いまだに拘束されている実態があることに呆れてしまう。

文部科学省は、この通達がいつ失効したのかを明らかにし、通達を出すべきだ。

「誤解」というが、それを放置した文部科学省には、不作為の作為があると言われても反論できまい。

いまだに占領軍が残した、おかしな占領遺制が幅を利かせている実態の一角が明らかになったことには意味がある。

恐らく、同様の占領遺制の亡霊が、我が国の自由を拘束している実態が、あらゆる分野にわたってあるのではなかろうか。一度、それら全てを調査してまとめ、我が国が今具体的にどのようないわれなき「拘束」を受けているのかを明確にすることが、学者の使命ではないだろうか。ああ、我が国に、真理を探究する学者はいないのか。

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2008年3月 6日 (木)

バイオこそ国の基幹産業たるべき!

ポストゲノム研究所という株式会社がある。

実は最近、ある医学博士の方に、世界のリーディング産業は、バイオであり、重厚長大産業は既に時代の先端ではない、日本政府は、バイオに金をつぎ込むべし、という話を滔々と聴かされた。

聞き覚えの数字なので正確ではないと思うが、日本のリーディングカンパニーであるトヨタは、売り上げ世界企業6位だが、収益は113位。トップ企業には軒並みバイオ関連企業が名前を連ねている、というのだ。

聞いたままなので、見当違いのことを言っているかもしれないのだが、上記のサイトを見つけたときにはやはりそうなのかな、と思わされた。

生命科学が間違いなく世界を変えつつある。人間の遺伝子解析が完了したのはこの間の話である。それでもこの学問はまだ鳥羽口に立った程度で、生命の神秘はまだまだ底知れないものようである。

日本の学者の中で、遺伝子研究では、村上和雄先生がおられ、サムシンググレートの存在について力説されているが、このサイトのコラム欄でも、生命科学の研究者が神の存在をひしひしと感じながら研究をしているということを述べている。

興味深いことである。

硬直化した行政が、国益を害することは各方面において生じていることだが、世界でしのぎを削るトップランナーの科学者たちを守ることも、国の役割であると思われる。

「科学に国境はないが、科学者に祖国はある」という某学者の言葉があるという。

真理の前に経験な国であって欲しいものである。

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