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2007年10月 4日 (木)

「鉄の暴風」ならぬ「デマの暴風」

 沖縄戦の最中に起きた集団自決は、戦時中とはいえあまりにも痛ましい事件であり、思うたびに胸が痛む。

 沖縄戦のことを、日本人は決して忘れてはならない。その思いはそんじょそこらの左翼には負けないつもりだ。

 しかし、集団自決は「日本軍の強制だった」ではなかったことが明らかになり、現在、名誉回復の裁判が行われているところだが、教科書検定にも、きちんとした歴史の研究成果を踏まえて検定意見がつけられ、教科書各社もそれに従って、「日本軍の強制」という言葉はなくなった。これは歪曲されていた歴史を正したという意味で画期的なことである。集団自決という悲劇があったことを削除したのではない。

 この間、沖縄で行われたという集会に参加した人のレポートを読んだ。

 公称11万としているが、会場一杯に入っても4万がせいぜいで、大変な水増しをしていることはちょっと計算すればすぐわかることだ。マスコミは、少女強姦殺害事件の時に行われた抗議集会よりも沢山あつまった、と吹聴するが、要するに、その事件よりも今回の方が更に沖縄県民は怒っているゾ、というメッセージを間接的に伝えたい印象操作に過ぎない。参加した方のレポートによれば、労組や公明党などが中心で、盛り上がりにも欠けていて、1万からせいぜい2万弱程度だったということである。

 沖縄タイムスという沖縄の新聞社が、連日大々的に報道し、呼びかけをし、無料バス券まで出す始末。日教組は全国動員をかけ沖縄教組はどうも学校の児童生徒まで刈り出したらしい。

 日教組は、これまで自分たちが教えてきた嘘の一角が崩れるのが悔しくてならないのである。

 当の集団自決があった島からの参加者は皆無に等しかったとのこと。

 よくある左翼運動の典型の例がひとつ増えたに過ぎない。名の通った過激派も散見されたという。沖縄独立を訴える旗もあり、絶叫調のアジ演説が延々と続くだけのものだったらしい。

 さもありなん。目に浮かぶようである。

 かつて、沖縄を訪れた際、一般の沖縄県民の方々が、本土から渡った左翼運動家を毛嫌いしていたことを思い出した。「反戦平和の砦」を演出し、革命の拠点とするためだけに沖縄戦の悲劇を利用してきたのである。ハイエナの如き本性である。

 左翼運動は常に弱者を食いものにし、散々もてあそんだ挙句に捨て去るのを常としてきた。

 安倍首相が脱却しなければならないとした「戦後レジーム」とは、正にそうしたことがまかり通る社会のことだったのだと思う。

 今、安倍首相が身体を張って頑張ってきたことの反動が来ているかもしれないが、大きな方向性としては必ず「戦後レジーム」からの脱却に向かうことは歴史の必然だろうと思う。

 表面的なことで一喜一憂するのではなく、大臣たるものデンと構えて着実に仕事をしていただきたいものだ。

 文部科学大臣にもしっかりして頂きたい。

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コメント

conservative 様、コメントありがとうございました。

モトねたをご紹介しておきます。

http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-entry-1077.html#more

 集団自決があった島からの参加者については、「皆無」ではなく、「皆無に近い」ということで、渡嘉敷島から教育委員長ら何人かが参加していたことは事実です。(当日挨拶していますので)

 しかし、大多数の島民からすれば、大きなお世話であり、傷口に触れないで欲しい、ということなのですね。

投稿: 橘 正史 | 2007年10月13日 (土) 午前 12時03分

はじめまして、conservativeといいます。
驚きの内容が書いてあったのでコメントさせてください。
まず、参加者が労組と公明党を中心とした人達だったとは、知りませんでした!
それに集団自決のあった島からの参加者が皆無だったとは・・・。
橘さんのいうとおり、左翼の食い物にされている現実は、言葉に詰まります。
集団自決の真相は痛々しいものでみんなが喜ぶ内容ではないが、
歴史は個人の利益を計算して捏造していいものではない。
そこにある事実を辛くとも受け止めて行くしかない。
それが先人を敬うという日本人の心であることには間違いないのですから。

投稿: conservative | 2007年10月 9日 (火) 午後 07時24分

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