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2007年9月26日 (水)

福田新政権の誕生の意味するもの

 自民党総裁選が、マスコミの圧倒的な世論誘導や、派閥の露骨な干渉にも拘らず、福田圧勝にならなかったことは一体何を意味するのであろうか。

 国会議員票   福田 254票  対  麻生 132票
 地方票      福田  76票  対  麻生  65票
 合計       福田 330票  対  麻生 197票

 また、党員選挙を行った県連の得票合計を見ると僅かに麻生氏が上回っていたという。

 安倍路線の継承をより前面に打ち出していたのは麻生氏である。特に地方において、安倍路線の継承が支持されていることを示したといえるだろう。

 また、麻生氏の善戦は、派閥主導のかつての自民党は最早過去のものになりつつあることを、証明したともいえる。

 衆参両院において別々の人物が首班指名されるということも、特に珍しいということではないようである。参議院における与野党逆転の現在、当然のことでもある。

 福田首相が、殆どの閣僚を継承したことは、政府のブレを最小限にするための最善の策だろうと思われる。ただ、文部科学大臣が、幹事長への起用のためとはいえ変わる数少ないポストになったことは、教育改革を念願として進めてきた安倍路線の変更を図るものなのか否か懸念されるところではある。

 改正教育基本法の浸透・徹底のために、教育再生3法に続いて更なる指導力が必要であることは言うまでもない。

 政権担当能力があるかないかの証明を、民主党は国民に見せなければならない。スローガンとしての「政権交代」をいくら叫んで見ても、国家の根本にかかわる基本政策においての基本的な合意もなされていない状態では、万年野党的な批判勢力としては存在を許されるとしても、政権を担当させることは出来ないだろう。政権選択選挙でない参議院選挙で「圧勝」の飴玉をなめさせられたからといって、このままいい気でいるならば、来るべき衆議院選挙を勝ち抜くことは出来ないであろう。

 マスコミは、無責任に政局を煽るようなことに血道を上げるべきでは、もとよりない。安倍潰しに成功した勝ちさびで、福田圧勝を演出しようとした仕掛けが、もくろんだような圧勝に終わらなかったことを思うべきであろう。マスコミの使命は、自己保身ではない。

 いわゆる保守派は、安倍潰しに加担したことをどう総括するのだろうか。安倍首相のみを孤軍奮闘させ、無責任な行き当たりばったりの印象批評のみを事とし、支えようともしなかった体たらくは、時の政権批判さえしていれば格好がつくと思っている万年野党の連中と全く変わらない。そのことを自覚しない限り、いわゆる保守派の明日はないだろう。

 福田政権は、安倍首相が切り拓いた戦後レジームからの脱却の流れを促進するのか、逆行させるのか。はたまた棚上げにするのか。注視していきたいところである。この極めて難しい政局の中での舵取りを迫られる福田首相が、国家の危機を如何に乗り越えようとするのか。注視していきたいところである。

 そして、真正保守の流れを更に推し進めるならば、それに対しては支援し、棹差すのならば徹底的な批判をしなければならないだろう。戦後レジームからの脱却は、必ず為し遂げられなければならない流れである。今後いかなる政権が誕生しようとも、その筋道を明確にすることによって是々非々で望むべきなのだと思われる。

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