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2007年9月17日 (月)

塩野七生「ローマ人の物語~終わりのはじまり~」(文庫版上中下)を読んで

 「すべての道はローマに通ずる」(上下)に続く本編である。

 上記はこれまでローマ帝国の歴史を語ってきて随所に見られたローマ人のインフラストラクチャの整備に関する熱意と、その具体的な実現について語っている。

 ローマ人は社会的な経済基盤についての整備に対し、他民族に見られない周到かつ持続的な熱意を持っていた。ところが、それを総合して示す「インフラストラクチャ」という言葉は遂に持たなかったというのである。

 言葉がないことが実態がないということではないことを示しているが、ローマ人は、人間が人間らしく暮らすための環境整備について、その言葉通りの意味で認識していたのであり、後世の我々がどのように概念整理をしようがそんなことには関係なく自分たちの文明を生きていたのだといえば足りるのだろう。

 面白かったのがローマ街道についてである。現在の高速道路よろしく、どこに”サービスエリア”があるのかを示すアイテムまであったというのである。ローマ文明が益々身近に感じられるところである。

 さて、アントニヌス・ピウス帝の治世、次期皇帝に指名されたマルクス・アウレリウスだが、実際に皇帝に就任するには22年の歳月があった。ローマの皇帝で、皇帝たることを約束されてからこれほど長期間にわたる「準備期間」を与えられたものは他にないだろう。

 ハドリアヌス帝が帝国全土を巡遊して、ローマ帝国のシステム整備を行ったことにより、アントニヌス・ピウス帝はその治世においてローマを出ることなく全土を支配することが出来た、幸運な皇帝でもあった。

 しかし、そのローマ帝国が最も機能したこの時期に、次の時代を見通す見識もなく過したことが、マルクス・アウレリウス帝の治世を苦難に満ちたものにしたのである。

 ローマ帝国というシステムは絶えずメンテナンスされてはじめて十全の機能を発揮するという意味で、精密機械にも似ている。トップに立つものは絶えず舵取りに気を配り、適切な手を打つことが要求されるのである。トップがその能力を欠いたとき、混乱を招来し多大な犠牲が払われることになる。

 何故、マルクス・アウレリウス帝の治世を「終わりのはじまり」としたのか。それは、蛮族の侵入のパターンが一変したことによる。民族大移動と称される北方民族の動きがはじまったのである。ローマ人の知らなかったゲルマン諸族が歴史の舞台に登場する。それらの部族に圧迫された既知のゲルマン民族がローマ領内に雪崩れ込む。この構図が始めて現実のものとなったのである。ローマ本国内にまで突入される事態が生じる。また、東方オリエントの大国パルティアがローマの同盟国であるアルメニア王を挿げ替える事件が起こる。その一方で、パルティア内部のペルシャ勢が勢いを増し、後にローマに完全に敵対するササン朝ペルシャの胎動が始まっている。

 ローマを取り巻く諸情勢が一変しつつある中、ローマ領内においてキリスト教徒が少しづつではあるが浸透してゆくのである。

 マルクス・アウレリウス帝がゲルマン戦線において戦役途上に病没し、その後を息子のコモドウス帝が継ぐ。しかし実の姉による暗殺未遂事件により、皇帝としての職務遂行の意志を全く喪失してしまい、最後には暗殺されるのだが、ローマはまたぞろ内乱の危機を迎えるのである。

 ローマの皇帝の最大の責務は、辺境の防衛にある。インペラトゥールという言葉自体が最高指揮官を示す言葉である。よってローマ皇帝は軍事的最高指導者としての責務を負う。またローマ軍団からの支持に支えられているのである。内乱が、軍団ごとに推戴する「皇帝」によって進むのはそのような構造からである。

 内乱は、いかなるものでもその組織の力を著しく消耗する。有望な人材の多くが内乱の渦中で抹殺されてしまうからである。

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» ローマ人の物語のこと [kei-ichiブックマーク]
ローマ人の物語を再び読み返しています。やはり非常に読み応えがあり、面白いです。 [続きを読む]

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