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2007年8月22日 (水)

殴られないことの不幸

 「体罰」の禁止は、日本は先進国なのだそうである。

 明治の頃から、「体罰」は禁止されていたということを聞いた。

 しかし、今の「体罰」禁止というのは、「宿題を忘れた?!廊下に立っとれ!!」というのも体罰になる。

 身体に触れるれば、即体罰かセクハラなのだそうだ。

 最近の「クソガキ」は、そういえば教師がビビるのを心得ていて、おまじないの呪文よろしく「タイバツ・セクハラ」を連発するのだそうだ。「クソガキ」は昔からいたのだろうが、それでビビって指導も何もできない教師が情けない。

 ところが、最近は、そんな「クソガキ」の言い分を真に受けて教師を処分する「教育委員会」もあるのだという。ひところ、「同和」問題で理不尽なことが行われていたが、それが拡散したような形である。思えば、罪な文化を広めたものだ。

 「父にもぶたれたことないのに」というカマトトは、かつては冷笑の対象だったが、今では殆どがそんな奴らばかりになっているのだろうか。

 特に男は、ぶん殴られてナンボではないかと思われる。鉄は熱い内に打てではないが、ぜんぜんしかられることもなく、わがまま気ままに育てられるほど不幸なことはない。

 それも、中学に上がるまでが勝負なのだろうと思われる。

 自分のためを思えばこそ、厳しい意見も言ってくれる祖父の命を奪う。カッとなってやってしまったのかもしれないが、自分のためを思ってくれる存在が、世の中にどれだけあるか。馬鹿なことをしたものだ。どこに逃げるつもりだったのか。つかまったのは不幸中の幸いだろう。世の中、どれほど怖い落とし穴があるか知れない。尊属殺はかつては通常の殺人よりも重い刑罰があった。しかし、刑法のその条文は既に死文と化している。それが、戦後は「進歩的」だと持て囃されたのだが、今になって考えてみれば、人間性の後退、あるいは文明の退歩とでも言うほかはない。

 頭を抑えられたことの内人間は不幸である。本当の意味で自立することが出来ない。

 戦後教育は、不幸な子供たちを大量生産し、そしてその子たちが親になり更に不幸な子供を生み出している。負の連鎖は果てし無く続くのだろうか。

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