« 明日は広島原爆の日 | トップページ | 救いようのない »

2007年8月 6日 (月)

自公連立への愛想尽かしという側面

 自民党の支持率が17%(毎日新聞)にと出ていた。自民党内でも衝撃が走っているというが、要因の一つに自公連立への疑問があるのではないか。

 政策協定を結んで、それぞれの党の自立性と独自性を保持しつつの連立なら何の文句もない。

 しかし、今回の参議院選挙で、これまで余りよく理解されていなかった、自公連立が何を意味するかが露呈されてしまったのである。

 「地方区は○○候補をお願いします。比例区は公明党をお願いします」

 電話ボランティアをした人なら、この台詞に必ず覚えがあるはずだ。比例区の候補を応援するボランティアが電話かけをしている隣で、このように言われたら、頭にきて当然だ。

 ある方から聞いた話しだが、「俺が比例区の自民党の候補を頼むといっている横で、何で比例区は公明党へ、だなんていうんだ、ふざけるな」と怒ったところ、誰も何も言えずシュンとしていた、ということだ。

 参議院の全国比例区は、本来、それぞれの党勢がはっきり出るはずである。ところが、自公連立だとそうは行かない。本来自民党の支持者が、公明党に流れるのだから当然である。嫌気が指して棄権する有権者も決して少なくないだろう。

 公明党は、自民党が本当に応援しているかどうか分かるように、ある仕掛けをしているという。

 公明党の支持者、つまり創価学会の会員には、公明党の候補者名を書かせるのだ。(それも、きちっとブロック毎に担当を分けて書かせていることが、票数を見れば一目瞭然で分かる)自民党には、「公明党」と党の名前を書かせるわけだ。だから、当然のことながら、自民党がどれだけきちっと応援したかどうかが、市町村単位で一票まで分かるのである。

 この構造が国民の目に晒された。バーター取引といっても、これではどうにもなるまい。自民党は公明党に急所を握られているようなものだ。

 嫌気が指した自民党の支持者が、今回4人に1人が民主党候補に票を投じたとも言われている。

 もちろん、全てが自公連立の腐臭のためでは無いかもしれないが、相当程度流れているとの観測は成り立つだろう。

 地方議員レベルでは、選挙運動での自公連立など有り得ようがないことは当然である。公明党が独自の候補を立てているのだから、地方議員には公明党に義理立てする意味は何もないのである。

 ところが、国政選挙になると、比例区は公明、と言わねばならないとしたら一体どうなるのか。

 国政選挙には、地方議員も相当程度応援し、動いているだろう。彼らに「比例区は公明党」と言わせるのか。

 嫌気が指して当たり前である。当然、動きも鈍る。これまた当然のことながら全体として票が目減りする。

 自民党の大敗には、もちろん色々な要因があるだろう。しかし、長期的に見て最大の要因は自公連立そのものであること。

 これは、既に選挙協力というレベルを超えて、癒着のはなはだしい奇形になっていると言ってよい。

 自民党議員ではなく、自公議員ということになるだろうか。既に生粋の自民党議員は極少数派になっているのではないかと思われる。

 脆弱化すればするほど、公明党の脅しが効いてくる。俺たちを袖にしたら落とすぞ、と。

 果たしてそうだろうか。筋を通して、公明党ときちっと健全な連立関係を保ち、選挙協力は最小限度にして、党の独自性を保った方が、本来の自民党支持者がどれだけ動きやすくなることか分からないだろう。もし、それを期待できないなら、もう自民党に芽はないということになる。

 公明党の地方区の票数は、独自候補を立てるほどまとまった票数を持っているところは限定されている。だから、殆どが死に票になるわけだ。しかし、ロットで5万10万という票が動けば、当落を決するだけの票になるかもしれない。また、そのように見られることによって力を発揮してきたわけだ。

 しかし、今回の、特に一人区での惨敗振りを見れば、それ以上に、本来の支持基盤が脆弱になる作用が生まれていることが分かるだろう。

 非自民8党連立で、自民党を政権の座から追いやったとき、小沢は公明党を抱きこんだ。自民党は、公明党の独裁体質を批判し、徹底して論戦をした。

 ところが、小沢は公明党を断固として切り捨てた。

 その公明票を、自民党が当てにして、今や取り込まれつつあるというわけだ。

 小沢は、公明党の毒がどのように作用するのか見極めていたのではないか。

 公明党自体も、目減りさせていることは、結果を見れば明らかなのだ。

 もはや、手遅れに近いかもしれないが、自民党は、公明党と適度な距離を保つ必要がある。

 安倍政権の本来の政策と、公明党が相容れないのは既に教育基本法を巡る論議でも明らかになっている。ネガティブな関係は清算しなければ、双方にとってマイナスだろう。

 今、不用意に危機感を煽る、反安倍の自民党内の獅子身中の虫が居る。危機感を持つのは当然だが、これもためにする論議で不必要にまぜっかえしている。舛添という議員など、前回の三分の一の票しか取れていないくせに、偉そうな批判を繰り返す。次に三分の一になったから確実に消えるというのに。自身の評価は全て棚に上げるということなのだろう。

|

« 明日は広島原爆の日 | トップページ | 救いようのない »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/86795/16030720

この記事へのトラックバック一覧です: 自公連立への愛想尽かしという側面:

« 明日は広島原爆の日 | トップページ | 救いようのない »