« 殴られないことの不幸 | トップページ | 夏に別れを~和歌を一首・・・ »

2007年8月30日 (木)

読売新聞調査~道徳教育強化に92%賛成~

圧倒的な国民が、道徳教育の強化が必要と考えている。

マナー悪化、道徳教育強化に92%賛成…読売世論調査(読売新聞)

 読売新聞社が8月4、5日に実施した「公共マナー」に関する全国世論調査(面接方式)で、道徳教育の強化を検討している政府の方針について聞いたところ、「どちらかといえば」を含めて「賛成」が92%を占めた。「反対」は計6%だった。

 年代別で見ると、「賛成」は70歳以上が計95%で最も多く、20、50歳代を除くすべての年代で計90%を超えた。

 また、最近、日本人のマナーが悪くなったと感じることがある人は「よく」と「ときどき」を合わせて88%に達した。

 同じ質問をした2002年5月の調査に比べ2ポイント減少したが、1998年1月の調査と同数値だった。「よくある」は98年に比べて9ポイント増えた。

[読売新聞社:2007年08月30日 18時56分]

 この記事では、「道徳教育」の目標が、あたかもマナー向上にあるように見受けられる。

 しかし、「道徳」=「マナー」なのか。

 「マナー」は、「作法」であり、「道徳」とはそもそも意味が違う。

 「マナー」を強調することは、外面を取り繕えばよいという考え方につながるのではないか。もちろん、時と場所に応じた「マナー」は重要であり、TPOを弁えられない人は、一人前の社会人とは言い難い。

 しかし、「道徳」とは、そのような、外面的なものばかりを指す言葉ではない。

 「道」も「徳」も、内面に関る、深い意味内容を持つ言葉であり、価値観を含む言葉である。人間としての生きる道の学びである。

 新しい教育基本法には、実は、第2条(教育の目標)に「豊かな情操と道徳心を培うとともに、健やかな身体を養う」と明記されている。

 「道徳心を培う」教育は、教育基本法に記されたのである。このことは国民の意識を反映したものとも言えるが、具体化への道はまだまだ曲折があるように思われる。

 現在、小・中学校で行われている「道徳」の授業内容の大部分は「人権」教育なのだそうである。または「同和教育」「性教育」「環境教育」などがそれに続く。

 いわゆる「道徳」という言葉のイメージと、実際に行われている授業の内容とは大変な乖離がある。

 伊吹文部科学大臣は、国会での答弁の中で、占領下に作られた旧教育基本法の歪みを正したことを明言している。占領下に行われた、「歴史」「地理」「修身」の停止は、独立回復後も継承され、日本の伝統的価値観や道徳は、戦後教育の中で、「封建的」「軍国主義的」として排除されてきた。

 「道徳」が「マナー」に矮小化されて議論される背景には、この戦後教育の刷り込みがマスコミに浸透している証左だと思われる。

 マスコミは「道徳」の復権を喜ばない。なぜなら、それは戦後教育で築き上げてきた「個人至上主義」とそれに依拠して甘い汁を吸い続けてきた牙城が突き崩される恐れがあるからである。

 「戦後教育」の毒は、いわゆる左翼ばかりのものではない。彼らはむしろ毒を発している存在であるから悪影響を受けにくい体質と見てよい。問題は、その毒を刷り込まれてきた多くの国民にある。無自覚の「サヨク」こそが、この国を堕落させ続けていると言ってもよい。

 「道徳教育」への期待感が高まりつつあることは喜ばしいことではあるが、自分の「道徳力」を高めなければならないと思っている国民は一体どれほどいるのか。「道徳」は、他人の前に先ず自分から、ではなかろうか。

 「修身」は、朱子学の「修身、斉家、治国、平天下」から取られた言葉である。

 子供に「修身」を求めるのなら、親としては「斉家」、社会人としては「治国」、政治家としては「平天下」を志向してこそ終始一貫するというものであろう。

 自分を置いて他に求めても何にもならないと思うのである。

|

« 殴られないことの不幸 | トップページ | 夏に別れを~和歌を一首・・・ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/86795/16290489

この記事へのトラックバック一覧です: 読売新聞調査~道徳教育強化に92%賛成~:

« 殴られないことの不幸 | トップページ | 夏に別れを~和歌を一首・・・ »