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2007年5月 1日 (火)

言葉を喪いつつある日本の若い世代

 産経新聞の4月30日付で、「大丈夫か日本語 上 意味が通じない 」という記事が掲載された。

 やはり、という思いも強いが、記事の冒頭に述べられている「ついに、ここまできたか」という言葉が胸をえぐる。

 もう、語彙力がない、というレベルではなく、更にメルトダウンしているとしかいえない。短大生が、「まごまごする、ってどういう状態?」などと真顔で聞いてくるというのである。小学校からやり直せといいたいところだが、考えて見れば、彼らは一度は小学校から中学、高校を経てきたはずなのである。

 今の学校は一体何をしているのか。

 歴史の教科書は問題になって多くの議論がなされてきたが、実は、家庭科の教科書や国語の教科書の方のダメージが実は深刻なのではないかと思われるのである。

 特に、国語の破壊は凄まじい猛威を振るっているといえる。古典がどんどん削られ、現代文も、生徒の作文が主になるという状況、自由でのびのびと書きなさい、などという。何の素養もない中で、どうやって自由に書くことが出来るというのだろう。

 言葉を舐めているとしか思えない。言っちゃ悪いが、言葉という道具は人類の歴史と共に古いものではあるが、祖先から継承してきたものである。それを断ち切って、自由になどと言っても意味を成さない。

 言葉は学ばなければ身に付かないものである。

 しかし、今の現象は、そんなレベルではないような気がする。おそらく、ゼロ歳児保育などで幼少時から母親から引き離されたことによって、最も基本的な言語の習得の機会を奪われていることによるのではなかろうか。

 勿論、若い母親の言語能力も低下の一途を辿っているという側面もあるだろう。美しい日本語を話せる女性は大変貴重な存在である。

 MOTHER TONGUE と英語でも言うように、言葉は母親から口移しで伝えられるものである。赤ちゃんは無心で母親が語りかける口元と懐かしいその声の響きを通して、言葉を覚えていくのである。

 親として、赤ちゃんが始めて言葉を発し始めたら、かつての家庭なら例外なく心から喜んで、もっといってご覧と言って、「パパ」とか「ママ」(これも問題だが)と何度も言わせただろう。話せば喜ばれるという原体験が、言語能力を飛躍的に伸ばす源であるということは、したりげな学者先生のご高説を待つまでもなく(彼らはしばしば非常識なことを言うが)当然のことだったのだ。

 既に実害が出始めている。企業でも支持をしてもきちっと的確に受け止めることの出来ないものが増えているという。「敬語が使えない」「違和感ある言葉遣い」といったレベルではないというのである。

 はっきり言うが、言葉の正確な意味において、最早、日本語が使えなくなりつつある彼らは「日本人」ではない。モドキに過ぎない。彼らの頭の中には、母国語の能力が育っていないのである。はっきり言うが、彼らが英語を学ぼうとしても、「Often」の訳語を調べさせても「しばしば」という言葉も「頻繁に」という言葉も、理解できないというのである。「よく~する」ではどうかといえば、「よく」を「good」の意味でしか認識していない学生もいるというのである。よく生きてきたものと思う。

 最近、レストランのチェーン店などでウェイトレスの女の子の言葉を聞いていてどうもぎこちないので、留学生かなと思って名札を見ても日本名であるので首を傾げることが多くなった。ちょっとしたことがわからないようなのだ。悪気はなくても、結果として大いに不愉快な思いをすることが一再ではない。

 きちんと日本語を学んでいる留学生の方がよほどきれいな日本語を話す。彼らは母国語でも高度な能力を持っていることは間違いない。これで国際間の競争にまともに戦って勝てるはずがない。せめて母国語の能力を培っておかなければ。

 幕末維新の志士たちの中で、外国語を学んだものもいたが、その時間を惜しんで実践活動に突入していったものもたくさんいた。先見の明があるとかないとかの問題ではない、選んだ道が違ったに過ぎない。彼らの母国語の能力はいうまでもなく高い水準にあったと見て間違いない。

 現在、青少年の無気力の現状は、この言語能力の著しい低下と無関係ではなかろう。言葉がつたなければ思考する力も脆弱となる。 考える力なくして将来の夢を描くことは不可能である。感覚的な刺激を求めるだけの、動物的な生活に安住することを選ぶだろう。

 言葉は魂の翼なのである。その翼を捥ぎ取ってきたものが一体何であるのか。

 如何にすれば、かの無明の魂にともし火を灯すことが出来るのか。

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