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2007年5月

2007年5月24日 (木)

「従軍」慰安婦:米下院が対日謝罪要求決議案採決を先送り 報道

 アメリカ議会も少しは良識を取り戻したらしい。

 中国や韓国、北朝鮮、また在日日本人ら反日左翼の日米離間策が背後にあることにようやく心づいたのかもしれないが、米国という国が、比較的簡単に謀略に引っかかる国であるということが、改めて確認されたことは今後の不安・懸念材料である。

 一口にアメリカといっても様々な側面がある。

 アメリカへの情報発信は、今後の日本の課題でもあるだろう。

 それにしても、毎日新聞の書きざまは、いかにも残念という感じである。

 安倍首相の訪米時の対処が効を奏したようにも思われる。安倍首相は、当時世界のどこにでも存在した「慰安婦「」という存在自体が、現代の目から見れば問題がある、といういわば一般常識を確認したに過ぎない。

 もし60年以上前の過去のことをいうならば、現在進行形で進んでいる現代の人権侵害(チベット、ウイグルなど中国共産党が進める民族浄化政策など)、現代のテロ国家に(北朝鮮の拉致)に対して、より厳正に取り組まねばならないことがより明白になるばかりである。

 やや話はそれるが、左派のまやかしは、例えば、北朝鮮への帰国事業がある。熱心に推進した共産党や社会党は、その責任をどうとろうというのか。脱北者を保護することは大切だが、自分たちが生み出した悲劇であるということに対しては完全に頬被りを続けている。「慰安婦」問題を言うなら、其の前に、自ら謝罪と反省の弁を述べたらどうか、と思う。

従軍慰安婦:米下院が対日謝罪要求決議案採決を先送り

 【ワシントン及川正也】米下院で審議中のいわゆる従軍慰安婦問題をめぐる対日謝罪要求決議案の採決が6月下旬以降に先送りされる見通しとなった。下院外交委員会が法案や決議案をまとめて修正・採決に付す23日の最終審議の議案に含まれないことが22日までに確定したため。

 下院外交委の当局者は22日、毎日新聞に対し「慰安婦決議案が23日に採決される予定はない。少なくとも6月(下旬)までは採決に付されることはない」と明らかにした。今回の採決見送りの理由については明らかにしていない。

 同決議案が1月末に提出された後、元慰安婦らの議会公聴会が開催された。採決の条件は整ったものの、同委は先月下旬の安倍晋三首相訪米に配慮して採決の5月以降への先送りを決定した。22日現在の共同提案者は127人。

 安倍首相は訪米時、同外交委のラントス委員長、ペロシ下院議長らと会談し、元慰安婦への「同情の念」を伝えた。

毎日新聞 2007年5月24日 3時00分

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昭和天皇の英国機密ファイル 報道

 このような資料は、今後も出てくることだろうと思われる。

 しかしながら、同時代を生きた日本人が抱いた、昭和天皇への敬愛の情というものが変はる訳ではない。

 生真面目に、一途に国家国民を思ひ続けられた昭和天皇への感謝の念が薄れる、といふ訳でもない。

 それにしても、インテリジェンスの国、イギリスの端倪すべからざる底力を垣間見せられる事実ではある。

 昭和天皇像の再編が、すすめられているように思われるが、それで本質が変はるわけではない。

 昭和天皇が、常に国家国民を念とされ、喜びも悲しみも国民と共に歩んでこられた昭和の歴史がいささかでも傷つけられるわけでない。 

昭和天皇:英国機密文書に“肉声”「日中事変で深い懸念」

 太平洋戦争開戦前から戦後にかけて、昭和天皇の肉声などを記録した英国政府の機密文書が、ロンドンの公文書館に残っていることが分かった。天皇の性格分析や日中の衝突を避けるため天皇が駐日英国大使に依頼する生々しいやり取りなども記されている。文書は、当時の英国が皇室をどう見ていたかを示す貴重な資料でもある。

 文書は、主に駐日大使が本国に打電したもの。「SECRET」「CONFIDENTIAL」などのスタンプが押され、「極秘」扱いされていたことが分かる。一部は、ジャーナリスト、徳本栄一郎氏が書いた「英国機密ファイルの昭和天皇」(新潮社、25日出版)に掲載される。

 文書には、日中戦争の引き金となった1937年7月の盧溝橋事件後に来日した英国大使が同年10月14日、昭和天皇に皇居で会った際の会話が記されている。

 天皇は「日中事変で日英関係が急速に悪化していることに、私は深い懸念を持っている」「かつての良好な日英関係に戻すのを心から願っている」などと明かしたうえで、「どうか、大使も力を貸してほしい」と要請。大使が「良好な日英関係を築く唯一の基盤は、中国を敵ではなく友人とすることです」と応えると、天皇は「その方向に、すべての努力を傾けなければならない」と語ったことが記されている。

 また、37年9月24日の英国外務省報告文書では、日本の政治システムを「天皇を取り巻くアドバイザーが(略)日本の政策を決定していく」と分析。そのうえで、天皇の性格を「周囲の人間の操り人形とならないためには強い個性が求められるが、今の天皇はそれを持ち合わせていない」「弟の秩父宮のように自由を与えられず、自分の意見を形成する機会を持てなかった」と記している。

 ▽昭和史に詳しい作家の保阪正康さんの話 昭和天皇の戦前・戦後の言動は、側近たちの記録などに加え、これまでは占領政策の中核を担った米国の資料に主に依拠して解明が進められてきた。今回の資料は、ドイツや中国を含めた他の国々の資料からみる必要性があることを浮き彫りにした。

毎日新聞 2007年5月24日 7時03分

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2007年5月18日 (金)

元厚生労働副大臣・自民党 参議院比例代表(全国区) 「えとうせいいち」さんを、心底応援しています

 こんなふうに、ひとりの候補を応援するということは、自由にものを書きたい人間にとってはかなり危険なことであるかもしれない。

 しかも、自由民主党という、政権与党から出馬する人物を応援するのだから、なおさらである。

 しかし、その危険を敢えて冒しても、応援せねば、との思いが強い。

 安倍政権は、今や、左派は勿論、本来支えるはずの保守陣営の中にも攻撃する人々がいる。

 様々な閣僚の「問題」発言や、不祥事などが禍いしていることもあるが、靖国問題一つとっても、中国を重視しすぎて小泉首相ほどに明快でない、という「イメージ」が一因である。

 また、「仕事をしていない」という「イメージ」づけがなされている。

 しかし、マスコミは、安倍首相の仕事の内容を、或いはメッセージを、国民に適確に伝えていないことにもよるといえる。

 安倍内閣は、戦後歴代内閣が成し得なかった大きな仕事を続けざまに二つも行っている。

 いうまでもなく「教育基本法の改正」であり「防衛庁の省昇格」である。

 会津の17歳少年の凄絶な事件一つとっても、日本の教育に、致命的な欠陥があることは最早誰の目にも明白である。あらゆる抵抗勢力の執拗な嫌がらせにも負けずに、教育改革を断行する安倍首相は、本当に、今、日本が滅びないために、何をなすべきかを知悉し、行動している首相であり、内閣であるといえる。

 また、北方領土近海、つまり我が国の領海内で、我が国の根室市の漁民が、ロシアの巡視船に銃撃され殺害されるという事件の発生、竹島への韓国の執拗な侵略意思の存在、更に対馬への野望。中国の海洋資源略奪や原子力潜水艦による領海侵犯、北朝鮮の弾道ミサイルと核兵器などなど、我が国の領域を巡る厳しい情勢の存在。(これらの問題は、いわゆる9条カルトの目には映らない)
 これに対して、防衛省に昇格して閣議への議案提出権を与えたことは、我が国の生存権=国民の権利としての基本的人権を護るために、極めて重要な決断だった。

 やや、安倍政権について書きすぎたが、私は、安倍首相が掲げる「美しい日本」の国づくりを支持する。というよりもこれに反対する日本人はどうかしているとさえ思う。なぜなら、自国が美しくあって欲しいと願う心情は、万国共通のものであると思うからである。こんなところで意固地に「偏狭で歪んだナショナリズム」=万国共通の心情に逆行する、自国卑下の歪んだメンタリティ、にしがみつくことはないだろうと思うのだが、そしてそういう連中が大体において世界市民だなどという寝言をつぶやいているのが不思議なのだが。

 どうしても本論に入れない。

 衛藤晟一という、政治家に立候補するには、漢字が難しすぎる男が、全国区に挑戦するというのである。

 安倍首相が、リーダーシップを発揮して、決断し、復党させた男である。

 いわば、安倍内閣の命運を握る男、と言っても良いかも知れない。

 反安倍派は、手薬煉引いて安倍つぶしのために、えとうを落とそうとほくそ笑んでいるのだ。

 ほとんど四面楚歌と言っても過言ではない、この「えとうせいいち」という男を、私は応援したいのだ。

 男気のある政治家、といったら今時はやらないかもしれない。しかし、自分に損になることであっても、いざ正しいと信じたら突進し、体を張って実現に全力を尽す。口だけの政治家は多いが、口より先に行動する政治家というのは中々いない。
 世の中は(ネットの世界などは最たるものだが)口先の時代である。勿論、それが悪いというのではない。

 しかし、口先でいくら机の上で議論したところで、現場に足を運び、泥をかぶらずに、生の声も聞くことなく、本当の仕事は出来ない。それをやってきたのが、えとうせいいちという男なのだ。

 全国区比例の選挙は、政党名と個人名、どちらでもいいことになっている。そして、政党名を書く人の方が、こと自民党に限って言っても個人名を書く人の倍以上ある。

 そこで、自民党を応援していながら、比例区で特定の候補を応援していない人、また、自民党はともかくも、えとうせいいちという男は応援してもよいという人、いずれも、「えとうせいいち」を応援して欲しいと思うのである。

 また、折にふれて、自分の分かる限りのことは、紹介していきたいと思う。

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教育の外何ものもなし~「名も無き民のこころ」序文から~

 以前にも、河村幹雄博士の文章は紹介したことがあります。

 「婦人の中に未来の人は眠れり」の一文のことです。

 昭和9年3月20日に刊行された、河村幹雄博士の遺稿集の抜粋「名も無き民のこころ」に掲載されたもので、感銘深いものでした。

 戦後教育を受けたものには、昭和初期の博士の文章も決して読み易いものではなく、読み進むのに難渋し、途中で放擲したくなることもたびたびでした。「婦人の中に未来の人は眠れり」の短文でさえそうなのです。

 しかし、この「教育の外何物もなし」は、一ページに足らない短文であり、文意も明瞭でした。

 新しい教育基本法が改正されて、現在国会では教育三法の改正が審議されています。これから新しい教育改革が推進されていくこのときにあたり、改めてこの一文に触れると、本当に心に染み入ってくるようです。

 「名も無き民のこころ」は、昭和四十四年に一度だけ、非売品として再版されたことがありました。

 学園紛争たけなわの頃のことです。

 大学問題に議論が集中する中、根本問題はむしろ小中学教育であるということを、再版に尽力した九州帝国大学で、河村博士の教えを受けた清成氏が記しているのです。

 不思議なことに、この再版された「名も無き民の心」には、昭和九年版の冒頭に掲げられた河村博士の遺稿である「教育の外何物もなし」と「年暮れむとす」が欠落しています。

 戦前・戦後を通じて、近代以降の我が国の教育の欠陥について透徹した視線を投げかけていた、河村幹雄博士の最晩年の言葉である遺稿を、是非多くの人に知って欲しいものと思い、ここに転記して謹載させて頂く次第です。

 漢字の字形が当時のものをそのまま再現できていないことと、仮名遣いをごく一部、現在の人にも読みやすいように最低限修正していることをお断りしておきます。また太字の強調も引用者の追加であることも申し添えます。


教育の外何物もなし

 乱れ行く世の様を視、狂瀾を既倒に回らさむと志す時、事を共にすべき人を求め、求めてその人なきを嘆じては人物養成の必要を痛感し、想は自ら教育に到る。
 ウォーターローの戦捷が、イートンの校庭に起因し、維新の大業が松下村塾に其の效を帰すと称して敢へて過言とする者の尠いのも皆教育の効果の偉大なるを認めての事である。
 世人一般を導いて此の確信に至らしめ正しき教育に全力を尽さしむる事、之が真に世を救ひ人を済くる所以である。マルクス輩偽預言者は何といふとも之を措ひて外に世を救ふ道はない。遅かれ速かれ人は此の一点―
子弟の訓薫、次代国民の育成程大切な事業のないといふ事実を自覚するに至る。
『世人が教育の外何者をも考慮せざる可き時機必ず至らむ』と一哲人は言った。此の信を持って教育を行ふこと之今日教育に従事する我等の重大責務である。(遺稿より)

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赤ちゃんポスト 3歳男児が

 熊本の病院に設置された「赤ちゃんポスト」に、赤ちゃんならぬ3歳の男の子が預けられた。

 はじめから「想定外」ということで物議を醸している。男の子は既に片言を話し、自分の名前も親の名前も述べているという。また、福岡から新幹線で来た、と言っているということ、父親に「かくれんぼしよう」と言われて、それをそのまま信じているということ、などが伝わっている。

 母親ではなく、父親が預けに(捨てに)来たというところにも何か「あはれ」を誘うものがあり、「かくれんぼしよう」という言葉にも、「かなしみ」が感じられる。

 赤ちゃんポストという発案は、それで助けられる命があるなら、とも思われたが、やはり、親として自分の素性を明らかにした上で預けるというのが最低限のルールのように思われる。

 男の子が、「かくれんぼ」をしているつもりで、いつお父さんが見つけに来てくれるのか、と思っていると思うと憐れでならないし、「かくれんぼ」をしているお父さんを見つけると言い出すのかと思うとそれも悲しいことである。

 親子関係は人間関係の原点である。

 人の子の親となる身の誇りを、親となる人々が持って欲しい。

 今の日本の状態は、長い日本の歴史から見ても、かつてないほどの、人間としての資質が傷つけられた時代のように思われるのである。


<赤ちゃんポスト>初日に「3歳」男児が預けられる 熊本
5月15日9時5分配信 毎日新聞

 さまざまな事情で親が育てられない新生児を匿名で預かるとして、今月10日に国内で初めて熊本市の慈恵病院(蓮田太二理事長)で運用が始まった「赤ちゃんポスト(こうのとりのゆりかご)」に、運用開始初日の同日午後3時ごろ、3歳とみられる男児が預けられていたことが分かった。
 関係者の話によると、男児は自分の名前と、年齢を「3歳」と答えており「新幹線に乗って、お父さんと(病院に)来た」と話している。健康状態は良好だという。
 慈恵病院は、運用開始時点で「人権団体から赤ちゃんの人権に配慮し(公表について)非常に厳しい反対意見が寄せられている」として「ポスト」の利用状況については6カ月後に利用の有無と件数、性別と健康状態などについてのみ公表する方針だった。
 慈恵病院は15日午前、「もし(子供が預けられたのが)事実だとしても、そうでないとしても、医療人としてはコメントできない」とする蓮田理事長のコメントを出した。
 児童福祉法によると、監護する保護者がいない状態の児童(要保護児童)が発見された場合、警察などからの通告を受けて児童相談所が一時保護する。今回、3歳児が預けられたケースについて熊本県中央児童相談所は「個別事案は言えない」としたうえで「一般論としては、2カ月間ほど保護した後、保護者が名乗り出れば子供を返す。名乗り出ない場合は県内に12ある養護施設に移すことになる」と説明している。
 ◇厚労省「子供の置き去りは、本来許されない」
 厚生労働省は、赤ちゃんポストについて「設置自体は違法ではない」との見解を示しつつ「子供の置き去りは、本来許されない」と強調してきた。4月5日には各自治体に相談窓口の周知を促す通知を出したが、紹介しているのは全国31カ所にある「女性健康支援センター事業」など妊娠についての悩み相談が中心。幼児が置かれる事態は想定外だったことを物語る。担当者は「なぜ児童相談所に来てくれなかったのか」とため息をつく。
 預けられた男児は今後、児童相談所が一時保護したうえで、親元に帰すか、施設などで育てるかを決める。3歳児の場合、預かる施設は乳児院か児童養護施設になる。国は家庭に近い環境での子育てを目指し里親の拡充を進める方針だが、05年の調査では、里親に預けられる子供は1~2歳が最も多く、年が上がるにつれ委託数は下がってくる。【清水健二】

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2007年5月13日 (日)

憲法改正・国民投票法案が参議院委員会を通過!速やかな成立を!

 60年間もサボタージュする国会とは一体何者なのであろうか。

 憲法96条の改正条項の具体的手続きを定める「国民投票法案」が、ようやく参議院委員会を通過し、週明けの14日、本会議で成立する見通しとなった。

 憲法を守ろうという連中が、憲法の規定を具体化するための法案に反対する構図というのが今回散見された。

 憲法9条で「戦力不保持」が規定されているのに、陸海空の自衛隊が存在するということ、昔はこの「矛盾」を正面から突いて、「反自衛隊運動」をやり、自衛隊員の子弟に対して、徹底的な差別を行っていたが、最近はどうなのだろう。

 文芸評論家の佐伯彰一氏が、かつて「憲法カルティスト」という絶妙な表現を使われたが、「憲法カルト」の教義の中枢が「憲法9条」であり、最近は、このカルト・サークルが各地に結成されて蠢いている。気味の悪さは、オウム以上だ。

 憲法カルトのご都合主義が、はしなくも表れた今回の「国民投票」法案を巡る動きである。

 具体的な手続き法がなくても、憲法は守られたと思っているおめでたい連中である。

 同じ(無)法感覚が、彼らが忌み嫌う「自衛隊」を憲法の私生児として認知せしめていることに、気付かないのだ。

 平和主義も結構だが、本当に平和を守る決意があるなら、憲法9条の中でも非現実的であり、それがために国民精神を大きく損なっている2項を削除することが、重要なのではないのか。平和主義は損なわれず、平和を守る軍隊としての自衛隊の存在を明記すればよい。

 憲法9条を写経したり題目のように唱えたりする、憲法カルティストの不気味な所業は、常識ある国民の乖離を招くだけだと思うが、それはそれで別に悪いことではない。

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2007年5月 9日 (水)

本当に嬉しい!平沼赳夫衆議院議員の政治活動への復帰!

◆平沼元経産相、政治活動を10日再開
 病気療養していた郵政造反組で無所属の平沼赳夫元経済産業相が10日の衆議院本会議に出席し、政治活動を再開することが分かった。同氏の事務所が7日、明らかにした。平沼氏は昨年12月、自民党に復党した郵政造反組の衆議院議員と都内で会食中に体調不良を訴え入院。軽い脳梗塞と診断され、2月の退院後も都内の自宅で療養していた。 (産経新聞 平成19年5月8日)

 本当に嬉しいことです。国会に清新の風が吹き込むように思われます。

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中国共産党の対米思想戦の呪縛を解く画期的な検証!

 今日は余裕がないので、紹介だけ。

THE FAKE OF NANKING - 1


 いわゆる「南京大虐殺」の(でたらめ証言以外には唯一の映像)証拠として、中国側が金科玉条の如くに持ち出してくる戦時プロパガンダ映画、「バトル・オブ・チャイナ」(アメリカで制作。1943年)がある。


 ここに出てくるショッキングな映像が、アメリカ人をして、日本への憎悪をかきたて、結果的に、広島・長崎の原爆投下を含む日本全土への空襲によって、80万人以上もの(その大多数が非戦闘員であり一般人と推定される)犠牲者を生み出すことになった。


 銘記せよ! 広島・長崎の原爆の悲劇、東京大空襲をはじめとする日本全土の100を越える都市空爆による犠牲者は、ありもしない、南京大虐殺があったとする、反日プロパガンダによってもたらされたものである!

 (何と、日本国内において、いわゆる「反戦平和運動」なるものを主唱するものの殆どが、南京大虐殺信奉者なのである。恐るべき歴史への冒涜であり、人間性の破壊であることか。彼らが一日も早く迷妄から醒める日のあることを、世界のあらゆる神に祈りたい)


 戦後六〇余年を経て、やっとのことで、アメリカ人への反日プロパガンダの洗脳を解除する作業が始まったことを喜びたい。

 上記の映像を、是非一人でも多くの人々に見ていただきたい。特に日本人として、何故あれほど理不尽な殺戮が父祖の上にもたらされたのか、知ることになるだろう。そしてそれは、日本人としての誇りを取り戻す第一歩だといえるのだ。

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2007年5月 8日 (火)

中国共産党政府の「代理人」と目される米下院議員・マイク=ホンダ氏が馬脚

 米議会内外で反日運動を続ける、日系アメリカ人の下院議員、マイク・ホンダ氏が馬脚を顕した。

 米軍が日本の占領下に、軍命令として売春施設(いわば「慰安所」)を多数開かせ、日本人「慰安婦」を数万人米軍に性の奉仕(いわば「性奴隷」か)させていた歴史事実が米国に伝えられた。

 それこそ、敗戦のドサクサ、闇から闇に葬られてきた日本人女性の悲哀が、今になって「加害者」である米国で光を当てられたことには溜飲の下がる思いがしないでもない。

 しかし、まだ生きているであろう日本人女性の元「慰安婦」(「性奴隷」などと言うのは余りにも申し訳ない。そんな言葉をぶつける方が「人権侵害」のように思われる)は、そのような過去の悲哀を売り物になどはしない。

 所謂元「慰安婦」訴訟は、左翼の運動家が、「原告」を探し出して起したものだ。「旧悪」を暴く「正義感」に駆られた行為だろうが、それはある意味、元「慰安婦」を晒し者にする、人権侵害行為であった。

 「人権」を売り物にし、食い物にする輩は、自分が「人権侵害」をしていることに気付かない場合が縷々あるようだ。広島でも、あの世羅高校の校長先生を自殺に追いやった連中のことを、「人権を言う人たちに人権を奪われた」と指摘されたように、似非「人権」派の恐るべき反人権的な所業は、決して許されてはならないと思う。

 話はそれたが、マイク・ホンダ氏は、「日本軍の慰安婦は日本帝国軍隊の政策として性的奴隷という目的のために少女や女性を拘束し、強制し、拉致したのだから、米軍のそれとは異なる」と語ったということだ。

 しかし、米国議会調査局は、「下院に提出されている慰安婦問題での日本糾弾の決議案が「日本軍による20万人女性の性の奴隷化」という表現で非難する日本軍による組織的、政策的な強制徴用はなかったという趣旨の見解を示した」のである。

 マイク・ホンダ氏の支離滅裂さが改めて浮き彫りになろうものだ。

 更に言えば、米国にとって不名誉な、占領地における売春強制の存在に改めて脚光を浴びせる形になった。日本語には「薮蛇」という言葉があるが、正にそのようなものである。

 それにしても、それはそれで中国共産党からすれば、米国の名誉を少しでも傷つけることが出来たのだから、マイナスではないだろう。すると、マイク・ホンダ氏は、アメリカの下院議員でありながら、中国共産党から多額の金を受け取って自国の名誉を汚したことになる。これは、言葉の正しい意味での「売国奴」的な行為ではなかろうか。

 アメリカ人は、自国の下院議員の、このような売国的行為を許しておくのであろうか。見物である。


占領時、米軍も「慰安婦」調達を命令 ホンダ議員「旧日本軍は強制」言明

 【ワシントン=古森義久】終戦直後の日本国内で占領米軍の命令により売春施設が多数、開かれ、日本人「慰安婦」数万人が米軍に性の奉仕をして、その中には強制された女性もいたことが米側にいまになって伝えられ、米議会下院に慰安婦問題で日本を糾弾する決議案を出したマイク・ホンダ議員は4日、議会調査局に調査を依頼した。しかし同議員は戦争中の日本の慰安婦は旧日本軍が政策として一様に拘束し、強制した女性ばかりだった点が米軍用慰安婦とは異なると述べた。

 AP通信の4日の報道によると、終戦直後の1945年9月、日本当局が占領米軍からの命令で東京都内などに多数の米軍用の売春施設を開き、合計数万人の日本人「慰安婦」が雇用、あるいは徴用されたことを証する日本側書類が明るみに出て、ホンダ議員は米軍用慰安婦に関して米軍自体がどんな役割を果たしたかなどの調査を議会調査局に依頼したという。

 同議員は自らが追及している戦時中の日本軍用の慰安婦と戦後の米軍用の慰安婦の比較について「日本軍の慰安婦は日本帝国軍隊の政策として性的奴隷という目的のために少女や女性を拘束し、強制し、拉致したのだから、米軍のそれとは異なる」と語った。

 AP通信は4月26日、東京発で米占領軍が進駐直後、日本の政府や旧軍当局に売春婦の調達や売春施設の開設を命じた一連の日本語書類が発見されたと報じ、その内容として(1)1945年8月末から9月にかけ、米軍の命令を受けて日本政府の内務省などが東京はじめ茨城県などの地方自治体に「慰安婦」集めを指示し、合計7万人以上の女性が売春に従事した(2)米軍当局はそれら女性の一部は強制徴用されたという報告があることを知りながら、慰安所開設を認め、連日連夜、米軍将兵が詰めかけることを許した-と報道した。同報道はこの米軍慰安所にかかわって当時の日本側関係者数人を実名で紹介し、その談話をも引用した。

 しかしこれら日本の米軍用慰安所は連合軍最高司令官のマッカーサー元帥の命令で1946年3月末には閉鎖されたという。

 日本側でも終戦直後に米軍から売春施設開設を命じられたことについては旧日本軍が米軍進駐受け入れの準備組織として結成した「有末機関」のメンバーたちの証言が残っている。このように軍隊に売春という組み合わせは旧日本軍に限らず、米軍も同様だったわけだが、ホンダ議員らは旧日本軍の慰安婦はみな「帝国の軍隊の政策として」強制徴用された点が日本側一般とは異なると言明している。

(2007/05/05 21:43)

「組織的強制徴用なし」 慰安婦問題 米議会調査局が報告書

 【ワシントン=古森義久】米国議会調査局は日本の慰安婦問題に関する決議案に関連して議員向けの調査報告書をこのほど作成した。同報告書は安倍晋三首相の一連の言明を「矛盾」と批判しながらも、焦点の「軍による女性の強制徴用」については軍や政府が全体としてそうした政策をとってはいなかったことを認める見解を明らかにした。同報告書はさらに決議案の日本側へのこれ以上の謝罪要求に懐疑を示し、賠償を求めれば、日本側から原爆の被害者への賠償請求が起きかねないという懸念をも表明した。

 議会調査局の専門家により3日付で作成された「日本軍の『慰安婦』システム」と題する同報告書は議員の審議用資料で23ページから成る。

 いわゆる慰安婦問題の主要争点とされる「日本軍による女性の強制徴用」について同報告書は「日本軍はおそらくほとんどの徴募を直接に実行はしなかっただろう。とくに朝鮮半島ではそうだった」と述べ、いま下院に提出されている慰安婦問題での日本糾弾の決議案が「日本軍による20万人女性の性の奴隷化」という表現で非難する日本軍による組織的、政策的な強制徴用はなかったという趣旨の見解を示した。

 しかし同報告書は安倍首相らの強制徴用否定の言明について(1)慰安婦システムの一部分である「徴募」だけの否定の強調は軍が大きな役割を果たした慰安所の設置や運営、慰安婦の輸送、管理などを矮小(わいしょう)化する(2)一部の言明は徴用にはいかなる軍の強制もなかったと受け取られ、日本政府自身の調査をも含む元慰安婦らの証言に矛盾する-と批判し、「強制性」の最大の論拠としては2002年に米英両国で出版された「日本の慰安婦」(田中ユキ著)という英文の書を挙げた。

 同報告書はその一方、日本政府が慰安婦問題に対して1990年代前半から「アジア女性基金」の設立などで謝罪や賠償の努力を重ねてきたことを詳述し、「同基金は元慰安婦たちに償い、助けるための日本政府の真実の努力だ」して、女性たちによるその基金からの賠償金の受け取りを韓国政府が事実上の脅しにより阻んだとして非難した。同報告書はとくに賠償について政府間ではすでに対日講和条約や日韓関係正常化で解決ずみとの見解を示し、もし諸外国が日本にいま公式の賠償を求めれば、「日本側は戦争中の東京大空襲の死者8万人や原爆投下の被害への賠償を求めてくる潜在性もある」とも指摘した。

 下院決議案は日本の首相や政府に改めて謝罪の表明を求めているが、同報告書は河野談話や歴代首相の「アジア女性基金」賠償受け取りの女性への謝罪の重要性を強調し、「それでも不十分だとする批判者たちはなぜ不十分なのか理由を明示していない」として、謝罪要求への懐疑を明確にした。同決議案はさらに米側の一部が「日本の国会での謝罪決議」を求めることに対しても、「そうした決議が成立する見通しはきわめて低い」として、この種の要求の非現実性を指摘する形となった。

(2007/04/12 07:37)

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2007年5月 5日 (土)

平和を破壊する「はだしのゲン」

 自分の中にある、どす黒いもの、その根源について、思い巡らせる時間があった。

 何故、これほどまでに、「敵」に対する憎悪の心が激しくわきあがるものなのだろうか、と。

 小学校の学級文庫に、なぜか「はだしのゲン」というマンガがおいてあった。マンガならひまつぶしにいくらでもよむ、そんな年頃である。無心に読んでいた。

 今でも印象に残っている、というよりも、身体的な嫌悪感と共に、あの時に感じた吐き気と一緒に蘇ってくるものがある。ゲンは純粋真っ直ぐな軍国少年として描かれており、ステレオタイプに「テンノウヘイカのヘイタイサンがソンナコトスルモノカ」のようなせりふが出てくる。中国大陸において中国人を虐殺していると大人がうわさしているのを耳にしての反応だ。幼稚なマンガだが、そこに描かれた気持ちの悪い絵と共に、強烈な印象として焼きついていた。鋭い反感、憎悪といったものが、アプリオリに刷り込まれていたのである。

 その身体的な嫌悪感はこびりついて、離れなくなっていた。

 「大東亜戦争」という言葉や、「東條英樹」という名前に対しては、条件反射的な嫌悪感、反感というものがいつの間にか刷り込まれていたのも、ここに一つの遠因があるように思われる。

 初等教育における、理屈ぬきで感情に刷り込まれたものの強烈さは、恐らくその後の人生全般に深い影響を与えるものなのであろう。

 このアプリオリに刷り込まれた嫌悪感を払拭して、客観的に冷静になって大東亜戦争やその前史について学べるようになっていくのには、多大な努力が必要だった。それは多くが知識の問題ではなく、心の中にあるどす黒い闇との戦いであったと思われる。

 歴史に関する認識を自分なりに構築することは出来たが、その心の中に生み落とされたどす黒い感情や、嫌悪感、憎悪といったマイナスの感情は、決して消えた訳ではない。自分の中に、「敵」に対しては容赦せず徹底的に殲滅しなければ、という感情が残っている。今、それは、「はだしのゲン」的なものに向かっているのである。

 このようなマイナスの感情は、極めて有害である。

 いまだに、「はだしのゲン」を推奨する輩がいる。断言するが、それは間違いなく、「平和」を破壊する所業である。

 判断力の未熟な幼年時代に、あのようなマイナスの感情を惹起するものを学級文庫においていた学校自体が問題である。「はだしのゲン」を学級文庫から追放する運動がPTAで起きないのが不思議でならない。

 また、完全にあの世界に取り込まれたような若いヤツをみたことがある。善意の塊のような顔をしてはいるが、中身が余りにも薄っぺらなので辟易させられた。そしてこちらの話は聞こうともせず、一方的に自分の「正義」を語るのだ。共産党がそんな感じだということは、後から思ったが、彼はあるいはその系列の人間だったのかも知れない。およそ人間らしい内心の葛藤とか、迷いというものを感じさせず、かといって何か宗教的な悟りを求めているというのでもない、のっぺりとした白い壁に向き合っているような感じを、おぞましさと共に思い出す。

 自分の中にある「毒」にやられるのか、あるいはそれを中和して、心の中を「清明正直」で満たすことが出来るのか、そのような葛藤が、確かにある。

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2007年5月 3日 (木)

「日本国憲法」に一刻も早くピリオドを

敗戦最露出ノ憲法案ココニ生マル イマニミテイロトヒソカニナミダス

白洲次郎氏のメモである。

敗戦後遺症から脱却出来ずに60年。敗戦最露出の恥さらし憲法を額にベッタリと張つて、一体何時まで猿芝居を続けるつもりなのだらうか。日本国民は。

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2007年5月 2日 (水)

「赤ちゃんポスト」なんて許せない!という若い人たち

 「赤ちゃんポスト」なんてトンでもない、と若いお母さんが言ってくれた。

 大体、育てられないことがわかってるんなら、赤ちゃんが出来るようなことをするな、ってんだ、というのが大要で、正にその通り、と100%賛同するのだが、でも堕胎するよりいいよね、というと、いや、大体責任感がない、と私より手厳しかった。

 正直うれしいことではある。

 いまどきの若者、という言い方は、しっかりした多くの若者に対しては大変失礼な物言いであるということになる。

 子捨て助長になる、ということだが、とにかく、親が顔を見せろ、というのがこれは同じく若い独身男性の言い分。ふざけるな、と結構感情が入っていた。

 赤ちゃんポストなどと、さらりと言うが、要するに捨て子を奨励するようなもんだ。それがどんなに残酷なことか、「善意」の人にはわからないのだろう、ということだろう。

 私は、一人でも救える命があるなら救えれば、という複雑な気持ちを持っているが、私よりはるかに若い世代の方が反発が大きいというのは、意外でもあった。ある意味、うれしいことだ。

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2007年5月 1日 (火)

赤ちゃんポストが完成したそうだ

 熊本県の病院に、「赤ちゃんポスト」が完成したそうだ。

 生まれたばかりの生命を一人でも助けようという動機はよく理解できるし、共感すると言ってもいい。

 既に30人もの相談が寄せられているという。

 それにしても、どうして赤ちゃんが生まれてきたことを一人で抱え込まなければいけないのだろうか。

 旦那は?親は?周囲の友達は?誰も助けの手を差し伸べてくれないということなのだろうか。

 赤ちゃんを産むということは、一人の生命をこの世に導き出すという、大切な仕事であり、公の仕事である。

 暴行されて出来た子なのか?

 それとも馬鹿な男に騙されて出来た子なのか?

 それにしても、忌まわしいことではあるが、現代は堕胎天国の日本である。戦後半世紀の間に、一億人以上の赤ちゃんが闇から闇へ葬り去られてきたことを思えば、何があろうとも赤ちゃんを産むところまで漕ぎ着けたその母親には、本当に「ありがとう」という言葉を伝えたいと思うのだ。

 勇気を持って、自分の手で育ててやれないものなのだろうか、と思う。勿論、周囲で助けてあげられるようバックアップが必要なことは間違いない。自分のことでは頭を下げられなくても、赤ちゃんのためなら頭を下げることが出来るのではないか。それは大きな人間的成長になるだろう。

 どうしても、周囲の理解が得られず、育てられないと思い詰めた母親が、最後の頼みの綱として、頼るのであれば、それは致し方ないことだろうと思う。

 女性の問題のようでいて、パートナーである男性や、家族の問題のように思われるのである。 

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身の死するを怨み、心の死するを恨まない時代

 卑怯者たちが蠢く現代日本。

 卑劣なる利己主義、怠惰なる精神、弛緩せる生活。

 男がここまでダメになってしまった時代が又とあろうか。

 確かに、男が男として生きにくい時代ではある。男らしくあることが蔑まれ、疎まれる現実がある。

 卑怯ものたちのように、うまく世間の影に逃れて、男としての義務を回避し続けた方が、処世術としては余程賢いとはいえよう。

 しかし、そのような偽りの賢さに何の価値があろう。

 人間一度は死ぬのだ。死を賭して守るべきもの、「武士の一分」というものが、あってもよかろう。

 江戸時代、薩摩藩で、卑怯者といえば、命のやり取りになる位の侮辱として受け取られるものであった。それほど恥ずかしいレッテルが卑怯者という言葉なのである。その言葉を、今、日本中の全ての男子に対して発するのは、膾切りにされても文句は言えないほどの恐るべきことではあるのだ。しかし、そんな男が一人でもいるなら、まだ今の世は救われるものだと思う。ある意味、高を括ってこの言葉を吐いている。そんな腹の決まった奴が、いるはずがない、と。

 三島由紀夫の思想的遺書と言われる「革命哲学としての陽明学」という一文がある。昭和46年1月発表されたものである。明の時代、王陽明が創始した陽明学は、妥協を許さぬ行動哲学である。三島氏が引用した中に「身の死するを怨まず、心の死するを恨む」という一文がある。

 現行憲法が至高の価値とする「生命尊重」。しかし、それだけで国家や社会が成り立つということは有り得ないのだ。この「生命尊重」という価値に真っ向から対立した場に身をおく職業が、警察官や消防署員、そして自衛官などである。また本来的な意味からすれば公務員は一般にそのような場に自らの身をおく存在であるだろう。彼らの献身的な働きなくして、安全で平和な暮らしが守られるということはない。残念ながら、世の中には犯罪者は後を絶たず、自然災害も起こるものであり、また他国からの侵略は現在でも日々繰り返されているのである。

 心の死んで体だけが活動するゾンビ蠢く現代日本。その醜悪さは曰く言い難いものである。

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言葉を喪いつつある日本の若い世代

 産経新聞の4月30日付で、「大丈夫か日本語 上 意味が通じない 」という記事が掲載された。

 やはり、という思いも強いが、記事の冒頭に述べられている「ついに、ここまできたか」という言葉が胸をえぐる。

 もう、語彙力がない、というレベルではなく、更にメルトダウンしているとしかいえない。短大生が、「まごまごする、ってどういう状態?」などと真顔で聞いてくるというのである。小学校からやり直せといいたいところだが、考えて見れば、彼らは一度は小学校から中学、高校を経てきたはずなのである。

 今の学校は一体何をしているのか。

 歴史の教科書は問題になって多くの議論がなされてきたが、実は、家庭科の教科書や国語の教科書の方のダメージが実は深刻なのではないかと思われるのである。

 特に、国語の破壊は凄まじい猛威を振るっているといえる。古典がどんどん削られ、現代文も、生徒の作文が主になるという状況、自由でのびのびと書きなさい、などという。何の素養もない中で、どうやって自由に書くことが出来るというのだろう。

 言葉を舐めているとしか思えない。言っちゃ悪いが、言葉という道具は人類の歴史と共に古いものではあるが、祖先から継承してきたものである。それを断ち切って、自由になどと言っても意味を成さない。

 言葉は学ばなければ身に付かないものである。

 しかし、今の現象は、そんなレベルではないような気がする。おそらく、ゼロ歳児保育などで幼少時から母親から引き離されたことによって、最も基本的な言語の習得の機会を奪われていることによるのではなかろうか。

 勿論、若い母親の言語能力も低下の一途を辿っているという側面もあるだろう。美しい日本語を話せる女性は大変貴重な存在である。

 MOTHER TONGUE と英語でも言うように、言葉は母親から口移しで伝えられるものである。赤ちゃんは無心で母親が語りかける口元と懐かしいその声の響きを通して、言葉を覚えていくのである。

 親として、赤ちゃんが始めて言葉を発し始めたら、かつての家庭なら例外なく心から喜んで、もっといってご覧と言って、「パパ」とか「ママ」(これも問題だが)と何度も言わせただろう。話せば喜ばれるという原体験が、言語能力を飛躍的に伸ばす源であるということは、したりげな学者先生のご高説を待つまでもなく(彼らはしばしば非常識なことを言うが)当然のことだったのだ。

 既に実害が出始めている。企業でも支持をしてもきちっと的確に受け止めることの出来ないものが増えているという。「敬語が使えない」「違和感ある言葉遣い」といったレベルではないというのである。

 はっきり言うが、言葉の正確な意味において、最早、日本語が使えなくなりつつある彼らは「日本人」ではない。モドキに過ぎない。彼らの頭の中には、母国語の能力が育っていないのである。はっきり言うが、彼らが英語を学ぼうとしても、「Often」の訳語を調べさせても「しばしば」という言葉も「頻繁に」という言葉も、理解できないというのである。「よく~する」ではどうかといえば、「よく」を「good」の意味でしか認識していない学生もいるというのである。よく生きてきたものと思う。

 最近、レストランのチェーン店などでウェイトレスの女の子の言葉を聞いていてどうもぎこちないので、留学生かなと思って名札を見ても日本名であるので首を傾げることが多くなった。ちょっとしたことがわからないようなのだ。悪気はなくても、結果として大いに不愉快な思いをすることが一再ではない。

 きちんと日本語を学んでいる留学生の方がよほどきれいな日本語を話す。彼らは母国語でも高度な能力を持っていることは間違いない。これで国際間の競争にまともに戦って勝てるはずがない。せめて母国語の能力を培っておかなければ。

 幕末維新の志士たちの中で、外国語を学んだものもいたが、その時間を惜しんで実践活動に突入していったものもたくさんいた。先見の明があるとかないとかの問題ではない、選んだ道が違ったに過ぎない。彼らの母国語の能力はいうまでもなく高い水準にあったと見て間違いない。

 現在、青少年の無気力の現状は、この言語能力の著しい低下と無関係ではなかろう。言葉がつたなければ思考する力も脆弱となる。 考える力なくして将来の夢を描くことは不可能である。感覚的な刺激を求めるだけの、動物的な生活に安住することを選ぶだろう。

 言葉は魂の翼なのである。その翼を捥ぎ取ってきたものが一体何であるのか。

 如何にすれば、かの無明の魂にともし火を灯すことが出来るのか。

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