« 「300日規定」見直し論議のおろかさ | トップページ | 長崎市長選における「世襲批判」への疑問 »

2007年4月18日 (水)

自民党は党として自殺しようとしているのか ~衛藤晟一(えとうせいいち)氏への仕打ち~

 公明党に配慮して、自党の候補に厳しい仕打ちを仕掛ける。

 これは、自民党の「自殺行為」ではないか。

 選挙協力することはよい。勝つためにはそれもありうるだろう。

 しかし、自党の候補を他党の言いなりに邪魔者扱いして、政党というものは成り立つのか。

 衛藤氏は確かに「郵政」で小泉首相の方針に反対して「郵政解散」選挙で敗北を喫した人物である。

 あの嵐のような選挙選で、「刺客」まで送られながら、無所属で立候補し、前回の得票数を上回る善戦をした人物である。村山富市元社民党の地盤である地域で、強い民主党候補に僅かに及ばず負けはしたものの、そのねばり強さには、目を見張らせるものがあった男である。その得票数を見る限り、公明党が選挙協力を申し出た時よりも票数を伸ばしているのである。如何に公明党の協力というものが、自民党をコントロールするために利用されていることか。恐らく、衛藤氏に対する応援など、標榜している時でさえ皆無であったのではないか。

 それでいて、公明党は比例代表の議席を伸ばすために、極めてねじれた選挙戦略を取り、自民党支持者に対して、比例では公明党を入れさせようという腹なのであろうか。衆議院選とは違うが、一体どうするのかは見物である。

 公明党の票分けが徹底しているとは定評がある。3000票が当落ラインで、7000票の票をその地域で持っているとすれば、きっちり3500票づつ分けて二人通すのが公明党である。これほど統制の取れた組織は、日本全国を探しても他にはないのだ。しかし、一方でその票を他党のためにどのように動かすことが出来るのかは、また別の問題である。

 今回の統一地方選挙の結果を厳正にデータ集積すれば、公明党が持つ票の基盤が露になる。公明党の限界ラインというものが見えてくる。それを先ずは的確に把握し、選挙協力がどれだけの意味を持つのかについて、冷徹に票読みをすることが必要である。公明党幹部が勝手に口にする票数と、実際に地方議会で公明党選出議員が獲得した票数の集積との間に齟齬はないのか、それを明確にすることから、公明党の選挙協力に対する冷静な分析がなされるというものである。

 大体、公明党は明確に自民党に癒着し、自民党を取り込み、自民党を溶かそうとする存在である。わけのわからない法案が出てきたら先ず疑ってかかる必要がある。同床異夢であることは間違いない。勿論、協力し合うことが可能な分野や政策もあるかもしれないが、そうでない面も多々あるはずである。そうでなければ別の政党として存在している意味が判らない。それとも、公明党を実質的な最大派閥とする実質的な自公党という政党であると国民にアピールするのだろうか。

 自民党は、公明党と癒着したことにより、明確に民主党に鞍替えした有力な宗教団体があることを認識すべきである。また、自民党が真正保守の政党であると期待して支援してきた多くの団体の中に、じょじょに広がる幻滅と、自民離れと民主党保守系候補への傾斜を見逃してはならないであろう。

 そういう足し算、引き算が出来ないと、自民党は今以上に国民から見放されることになる。今の民主党に政権政党たる足腰が備わっているとは誰も思っていないが、未熟でもやらせてみようか、というような流れが出てこないとも限らない。その意味では、今回の参議院選では、民主党は政権に向けたある意味最後のチャンスと位置づけて戦いを仕掛けてきている。

 自民党が公明党との連立を切れない最大の理由が参議院にあることは誰でも知っていることであるが、参議院での単独過半数獲得を目指さないというのであろうか。勿論、現実的でない、ということなのかもしれない。参議院に対する苛立ちが募っているのかもしれない。しかし、二院制を採用している限り、参議院を無視することもあってはならないことであること位、子供でもわかることだ。

 あるいは、参議院の自民党議員は、単独過半数を獲得することを望んでいないのかもしれない。

 もしそのような状況になったときには、かつて「カーボンコピー」と蔑まれたような事態の再来を招きかねないと警戒しているのではなかろうか。過半数割れをしたことが逆に参議院の自民党議員の発言力を増したことは紛れもない現実であるからである。複雑な心境にもなるだろう。

 そうは言っても自民・公明で参議院の過半数が取れなければ、政権の不安定化は免れず、安倍政権の短命化にも繋がりかねないということで、安倍首相も真剣である。

 国民新党も、全国比例で一人位は通したいと思っているだろう。当然、政界再編を仕掛けたいのが本音の筈だ。

 文字通り、今後少なくとも3年の国政の行方を占う選挙にはなる。

 自民党が自民党としての襟持を捨て変質に拍車をかけるのか、あるいは真正保守政党としての誇りを取り戻すのか、今や瀬戸際に来ているといえるだろう。

 小泉首相は古き悪しき自民党の体質を「ぶっ壊した」かもしれないが、安倍首相は、自民党の本質を救い出して、国民の期待に応えられる真正保守政党として生まれ変わらせることが求められているのである。

◆大分・福岡・東京、事務所転々…衛藤版「復党はつらいよ」(読売新聞)
 
 参院比例選の自民党公認候補の衛藤晟一・前衆院議員が、住所を地盤の大分市から福岡市に移したところ、党執行部が公明党との選挙協力への悪影響を懸念し、東京都への再転居を指示したことが18日、分かった。衛藤氏は執行部の指示に従う方針だ。

 郵政造反組の衛藤氏は3月に自民党に復党する際、<1>地盤の大分県以外に住所を移す<2>大分県内で選挙活動をしない――などの確約書を党に提出した。大分県内で活動すると、公明党の比例選候補の得票を減らし、自公選挙協力に支障が生じるとして、中川幹事長らが衛藤氏に命じたものだ。

 だが、衛藤氏が隣県の福岡市に転居したため、中川氏や谷津義男選挙対策総局長が慌てて「福岡は大分に近すぎる。東京に移さないと公認を取り消す」と衛藤氏に迫った。公明党の強い要請もあったという。

[読売新聞社:2007年04月18日 19時16分]

|

« 「300日規定」見直し論議のおろかさ | トップページ | 長崎市長選における「世襲批判」への疑問 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/86795/14757168

この記事へのトラックバック一覧です: 自民党は党として自殺しようとしているのか ~衛藤晟一(えとうせいいち)氏への仕打ち~:

« 「300日規定」見直し論議のおろかさ | トップページ | 長崎市長選における「世襲批判」への疑問 »