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2007年3月18日 (日)

「皇位継承を考える―男系主義への疑問」への疑問

 昨年の最大の出来事は、悠仁親王殿下のご誕生ではなかつただらうか。

 小泉首相(当時)が聖域なき構造改革を掲げて、その改革の情熱を 皇室「制度」にまで及ぼし、皇位継承の原則を拙速に変更する「皇室典範」改変を企図し、その法案を国会に上程しようとした直前に、秋篠宮妃殿下のご懐妊の報が小泉首相(当時)の下にもたらされた。それ以降の小泉首相(当時)は、それまでの強硬な改正既定路線を引っ込め、9月のご誕生をお待ちする、という方向に転換した。

 皇位継承といふ、最も大切な、歴史と伝統の機微に触れた事柄は、日本人ならば、軽々しく議論すること自体が憚られる問題である。

 私も数ならぬ名も無き民草の一人であり、何の専門的な研究をしたわけでもない、一介の草莽の分際で、偉そうな議論をしたいとは思つてもいなかつた。他の問題ならいざ知らず、皇室に関する事柄について、軽々しい議論はしたくは無かつた。男系「主義」などといふ言葉にも、分類されればそうに違いないかもしれないが違和感を感じざるを得ない。

 そもそも、愛子内親王殿下がご誕生になられたころから、下世話にも、愛子様を天皇に、という話しは口にされることがあつた。当時、ある尊敬すべき先輩と、抜き差しならぬ議論になつてしまつたことがあつた。私の考え方はそのときから知識の量は蓄積されたかもしれないが、一貫して変はつてゐない。迂闊なことには、当時は単なる下世話な話で済んでいたものが、それこそ抜き差しならぬ国会への法案上程という具体的な政治課題として浮上してきたことにより、色々な賛成論・反対論に触れた後でも、基本的な考え方、感じ方にはいささかの変化もないのである。その意味で、ことこの問題に関して、自分は他者の考え方に賛成・反対を問はず、影響されたものとは自分を省みて思はないのであるが、その当時の抜き差しならぬ議論とは何かといへば、先輩は、愛子様の即位に賛成であつたが、自分は断固反対だつたといふ一事である。

 理由は、愛子様が即位されるといふことがあつたとしたら、歴史上その例はないことはない。しかし、愛子様がどなたかと御結婚なされて、そのお子様が次ぎをお継ぎになられるというような例は歴史上類例がないこと。(当時そのように認識しており、現在も基本的にその事実認識は変つていない。)
 もしそのようなことになつたとき、果たして自分は、素直に心の底から「天皇陛下万歳」と申し上げることが出来るであろうか。そのような改変が果たして行はれてよいものなのか。
 このような問ひかけを自らに行ふものであつた。これは仮定の話ではあるが、そうではあつてもこれは根本原則の変更ではないのか、といふことを感じた。それでつい断固反対といふようなことを言つてしまい、座が白けてしまつたのであつた。残念ながらその後、その先輩は事故で急逝されてしまつたので、今、改めて話すことは出来ない。

 一昨年から昨年3月にかけての保守論壇が沸騰したかのやうな議論の洪水に、一々全て目を通したわけではない。相当数出版された本の全てに目を通した訳ではない。それでも、「有識者会議」報告書は発表された直後に全文を丹念に目を通した。そのときの感覚は「愛情に欠けた」「誠意のかけらもない」「悪意に満ちたもの」であり、結論以前の全体に対して「背筋が寒くなる」感じを持つた。

 あれだけ議論が沸騰した背景にある政治状況を考へるならば、いわゆる「男系」を守ることが皇室をお守りすることであると思ふ立場に立てば、当然といつてよい反応ではなかつただらうか。あのときは、もし法案が通過した場合どうすればよいのか、といふことまで真剣に考へたものだ。実際にその法を発動しなければならない時期まで予想される時間、その法を再改変させるべく一貫して議論し続けることしかないとも考へた。状況は絶望に近かつた。

 女系でも皇室をお守りしたことになる、と思ふ立場に立てば早く法案を成立させた方がよいといふことになる。皇位の安定的継承のための法律であり、いわゆる「女性宮家」の制度を創出しても、内親王様方が皇籍離脱された後では意味がないといふことから、これも時間がないという切羽詰まつたものであるはずだからだ。しかし、いわゆる「男系」派ほどの危機感があつただらうか。確かに女系容認派の論客は当時もいわゆる「男系」派を指弾してゐたが、法案は通ると思ひ、「油断」していたのではないのか。

 いわゆる「男系」派的な議論をする人々の中に、品格が疑はれるやうな発言をする人々がいたことは事実であらう。そうした中で、その「運動」に対して眉を顰める「良識的」な人々もいたであらう。

 短絡といはれるかもしれないが、幕末の志士といはれる人々には、当時の所謂良識派(「公武合体論」者も含め)からみれば眉を顰めざるを得ない人物は大勢いただらうと思はれる。生きて動いていく動乱の中にあつては、多くの間違いや錯誤もある。しかし、国の本質にかかわる事柄に対して、その渦中にあつて、「冷静に」「慎重に」といふばかりで自ら火の粉を被るでもなく、超然としてゐることが果たして「正しい」ことなのだらうか。それぞれが己の信じた所を貫くこと、それは言葉の上だけのことではない。

 あのとき、皇室の歴史と伝統についての基本的な知識を身につけている人物が国会議員の中に、あるいは政府・与党の中にどれだけいたのか。

 あのとき、あるいは現在只今の時点において、皇室の歴史と伝統についての基本的な知識を身につけている国民はどれだけ居るのか。更に一歩踏み込んで、日本人としての感受性を保ち得て、知識だけではない心からの認識を把持してゐる人がどれだけゐるのか。

 日本人が日本人としての資質を蝕まれ続けて一体どれだけの年月が経過してしまつたのか。

 明治維新以後の歴史の中で、殊に敗戦後において、日本人本来の感受性がどれだけゆがめられてきたのか。

 著者が、女系・女帝容認の立場に立つてゐることは明らかであるが、秋篠宮家のご慶事を、「「男系派諸君!いまこそ冷静になつて継承論議を深めなさい」との啓示であつた」と、いわゆる「男系」派ばかりが「冷静」でなく、浅薄であつたやうにいふのは同調できない。「冷静」でなく、浅薄でもあつたのは、いわゆる「男系」派がそうだといふならば、同様に(あるひはそれ以上に)「女系容認」派も、「冷静」でなく、「浅薄」でもあつたと、私は思ふ。そして、そうした「生活」に「関係のない」ことに熱を上げるものを尻目に、自分のことにしか感心を持たない多くの国民は、この問題に対して「冷静」であるかも知れないが、決して「深い」わけでもなからう。

 当時の議論の字面のみを追つて、なぜこのやうな所謂「保守」を真っ二つに分断するやうな議論になつたのか、「男系」「女系」などの概念を使つて説明するのはそれほど難しいことではなからう。しかしそれは影であつて、事の本質ではなく、また、本質を論じたことにもならないと私は思ふのである。

 同時代に生きていても、見ている「現実」は一人一人が皆違ふ。トータルファクトたる「真実」(全ての事実を寄せ集めて真実になるかどうか、心もとないが)に基づいて、神の如くに無謬なる判断を下そうなど、人の身としてよく及ぶところではない。

 悠仁親王殿下がご即位される可能性はあるものの、皇太子殿下に皇孫殿下がお誕生にならないとはまだ断言できることでもなく、仮定の議論を無責任に論うべきでもないと思ふ。本当に議論し得る資格を持つ専門家が、慎重に議論を尽くして、最後には、天皇陛下に御裁可を仰ぐといふ道をつくること。それが、臣下としての道ではなかろうか。

 敗戦後の占領軍による皇室弱体化政策を、清算することなく、現在まで頬被りしてきた日本の「保守」政治家の責任は計り知れない程に重い。昨年成立した「皇室の伝統を守る国会議員の会」が、いたずらな議論をするのでなく、国民の代表としての分限を弁へ、「聖断」を仰ぐ回路を回復する道をこそ、模索して頂きたいと思ふのである。「男系」論も、もちろん「女系容認」論も、臣下が判断すべきことではない。それが、私の現時点における結論である。

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コメント

 かの、マッカーサーが日本人の精神年齢は12歳だと云ったとか云われていますが、現在では何歳ぐらいになっているのでしょうか。
 戦前、白人支配の国際社会において大真面目に人種差別反対を発信した愚かさを、日本の現在の有識者というか、為政者層はしっかりと認識しているのだろうか、と不安になる。
 美しい国を言い出したすぐそばから慰安婦問題が大きく国際的にクローズアップされてきたのは何かそこに意味があると捉えるべきだろう。この問題についてこれまでにやってきた、また、いまもやっている以上のことはやる必要も、意思も無いことをふまえた上で
対応をしてもらいたいと思う。

投稿: sakura | 2007年4月 7日 (土) 午前 10時38分

sakura様。コメントありがとうございました。

この稿は、憤懣遣る方ない思いで書きなぐったもので、その憤懣が一体どこから来るのか必ずしも明確ではありません。

 丁度、幕末の政治史の中で、公武合体派と倒幕派が抜き差しならぬ関係になっていったのと同じような力学が働いているのか、とも思ったりいたしました。

 最後の結論部分、陛下の御聖断の道を、という点については、中島氏も同様の論を述べておられ、この点についての懸隔は無いように思っております。

 それにしても、所謂「君側の奸」の多さを思わずには居られません。

投稿: 橘 正史 | 2007年3月28日 (水) 午後 09時58分

「神の如くに無謬なる判断を下そうなど、人の身としてよく及ぶところではない。」と、貴方は、すでに明らかに述べておられます。衆知を以ては神に代わる判断など出来ません。であるからこそ、永く守られてきた伝統にすがってやって行くのが人の営みなのではありませんか。事が重要なればなおさらに。
 伝統派の方々は、この論拠に拠り明確な決断をなさっておられると信じます。

投稿: sakura | 2007年3月23日 (金) 午後 07時25分

「神の如くに無謬なる判断を下そうなど、人の身としてよく及ぶところではない。」と、貴方は、すでに明らかに述べておられます。衆知を以ては神に代わる判断など出来ません。であるからこそ、永く守られてきた伝統にすがってやって行くのが人の営みなのではありませんか。事が重要なればなおさらに。
 伝統派の方々は、この論拠に拠り明確な決断をなさっておられると信じます。

投稿: sakura | 2007年3月23日 (金) 午後 07時25分

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