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2007年2月21日 (水)

遂にローマ史が日本人の薬籠中のものになった・・・

 VOICE3月号で、塩野七生氏のインタビュー記事が掲載されていた。

 言うまでもないことだが、「ローマ人の物語」全15巻を完結させたことがテーマである。ローマ通史を「非キリスト教徒」が書いた稀有な、もしかすると初めての、偉業である。

 特に、日本人にとって、中国史は、史記や十八誌史略、三国志などで親しみがあり、現在でも様々な形での「通史」(と言っても中国の場合には何度か完全に国家も民族も滅び去ってしまったケースがあるので、中国大陸に展開された歴史、という意味になるが)が書かれている。

 それに対して、西洋世界における「世界史」であるローマの歴史については、これまで一般読者にまで手の届く手ごろな「通史」は存在していなかった。今回のローマ建国から6世紀に至るローマ通史が書かれたことは、大袈裟に言えば「文明史」的な「事件」である、といってもよいのではないだろうか。

 欧米の指導者の頭の中に常に存在する鑑としてのローマを知ることは、日本がこれからの地球大で繰り広げられる国家の生存競争に生き残るためにも、是非とも必要な基礎知識であろうと思われるからである。

 学校で世界史の授業をカットするという問題が昨年発覚したが、学校など放っておいて、意欲のある若い世代はどんどんこうした書物に挑んでいけばよいと思われる。

 文章的にも平易であり、人生の智慧も学ぶことが出来るだろう。

 私自身、高等学校時代は「世界史」を選択した。当時はまだ選択制だった。日本史はあえて取らなかった。日本史について本格的に勉強したのは大学に入ってからである。高校の世界史も教科書的にはそれほど面白いものではなかったが、多くの本を跋渉した。知識欲に能力が追いつかず、ややノイローゼ気味になるくらいさまざまな本を読んだ。これは余談である。

 塩野さんが日本についてコメントする部分は時折引っかかるところがある。このインタビュー記事の中でも、日本の神々についての理解がやや浅いのではないかと思われる部分があった。
 「日本の八百万の神は自然増殖した数で、かつて朝鮮半島を、台湾を占領したときに、そこの人々が信じた神も、どうぞいらっしゃいと一緒にして増えた神じゃないですね」
 この言葉は、日本の歴史と伝統と宗教に対する、極めて浅薄な知識しか持ち合わせていないことを証明したもので、現在ではまあ、同じ程度の人が殆どであり、また、知っているほどの人は、苦笑して済ませる程度の大人の人が多いと思われるので、こうした誤りが正される機会がないのかも知れない。

 塩野さんは、明治以降しか視野に入っていない。だから、明治以前は、神仏習合が多くの場合通常の姿であったことに思い至っていないのである。神仏習合などという宗教的な離れ業は、ローマ人でさえやったことはないだろうと思う。本地垂迹説や其の逆の反本地垂迹説などについての立ち入った理解がなされていればまた違った書き方もあったろう。更に言えば、日本の神社の中には、高麗神社や百済神社など、古代朝鮮半島にあった国家が滅亡して民族を挙げて日本に移民した歴史がある。その人々がその祖先を祭ることを許し、現在でもその子孫の方が神社を守っているということをどう考えるのだろうか。日本は幸いにして、歴史始まって以来領域の激変を経験しなかった国である。そして、少なくとも有史以来においては、単一民族としての意識を持つことが出来るほどの融合が存在した。
 明治以後の台湾領有や日韓併合のことを問題として対比するのは、時間的な経過から言っても無理があるように思うのである。また、戦後の学者はとかく戦前の日本を断罪するのに急で、公正さを欠くことも多かった。
 単純な比較などできるはずはないのだが、まあ通俗作家にそこまで求めるのは無理というもので、それが大きな瑕疵であるとは、思っているわけではない。

 日本の独自の政治システムである、朝廷と幕府という二重政権構造、権威と権力の分離という政治の智慧などは、西洋で対比するとすれば、ローマ教皇と神聖ローマということになるのだろうか。「ローマ世界」は「終焉」まで書かれたかもしれないが、文明としてのローマがどのように継承され、現在に生き残っているのか、という命題にまで深く突っ込んで書いて貰えればもっと面白くなると思う。

 史料の読み込みの深さが勝負というのは、江戸期の学問のようで面白いと思ったが、日本人の視点から見たローマ史が明確な形となったことの文化史的な意味もまた大きいものがあるのだろうと思われる。自分としても、これなくしてはローマ通史を自分で勉強することは到底覚束なかっただろうと思う。その意味で、大変ありがたいことだと思うのである。


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