« 「会津藩教育考」に見る初等教育 | トップページ | 日本の教育に「規律」の回復を! »

2007年2月18日 (日)

「会津藩教育考」に見る教育の規範について

 「会津藩教育考」についてもう一つ紹介しておきたい文章がある。

 それは、「講所」において定められた「六科」「六行」「八則」である。

 これを定めた目的は、「按ずるに渾て修行は目的なくしては志も立ち難き」ためである。

 目的がなければ修行に志て精を出すこともない、ということである。これは天明八年八月二十五日に発布されたとあるが、それより遥か以前、寛政二年二月十七日のところにも「六行六科に進みて日々実行を励むへし」とあることから、一貫して行われてきた教則であると見てよいのではないかと思はれる。

 その探求は兎も角、原文を転記し、大方の参照に供したい。

六科

一曰古を稽ひ事に明かに治道に通し人の所長を知る者。

二曰人を愛して物に及ほし教化安民の道に志ある者。

三曰神道和学に達し吉凶の礼古実を弁ひ時々損益することを知り清廉にして能く欽慎なる者。

四曰古聖人の善とする所を知り時宜に従ひ事を處し武備教練の意を会得し沈勇にして決断ある者。

五曰人の為に謀り人の労に代る己か事の如く心を尽し忠信にして獄訟律学に長したる者。

六曰和順にして物の性に悖らず土木百工を導くの材能ある者。

六科中に就て大に得たる者は大に用い、少く得たる者は小に用ひ、之を審(つまびらか)にするに六行を以てす。

六行

一曰善く父母に孝なる者。

二曰善く父母に事ひ弟を愛し長を敬し幼を恵む者。

三曰善く家内及ひ親族に和睦なる者。

四曰善く外親に至る迄を親み本を忘れさる者。

五曰友に信ありて人に任せられ其事を担当して久しきに耐る者。

六曰親戚朋友に災厄疾病貧窮等あれば厚く之を賑恤する己の憂に遭ふか如くする者。

八則

一曰言行を愼ますして父母を危し事に順ならす喪に居て哀戚の容なく懶惰の行ある者。

二曰薄情にして家内親戚和せさる者。

三曰兄弟に友ならす師教にした循はす長を侮り幼を愛せさる者。

四曰言行信ならす面従後言或は男女穢褻の行ありて近隣朋友に疎まるる者。

五曰怠惰残忍にして親戚朋友等の艱難苦痛を救恤せさる者。

六曰謾りに浮言を造て衆を惑はし又非理なるを強弁し道理に従はす其行悖て粉飾する者。

七曰聖人の道を信せず党を結ひ猥に政令法度及び他人を誹譏し世俗の浮説を信して私智に矜り弁舌を以て事を壊る者。

八曰文武は相資る者偏廃すへからす己か学ふ所に執滞し能を妬み技を謗り猥に偏執の心を懐く者。

此の八過の内一も其身にあれば、仮令才智芸能ありと雖も其咎逃るべからす、常に心に存して愼むへし。

 以上の通りである。

 六科が目標に当り、これを評価するに当って六行と八科を以てするということだが、特に八科については確かにこのような人々が近くに居たら実に迷惑すると思われる。六行の出来ている人物がいれば現在にあってもその人の人望は厚く、物事を任せることが出来るだろう。

 会津藩の教育だけの特徴ではないと思うが、極めて具体的に事例を示していることにより、何をすればよいか、何をしてはならないかが明らかである。これは極めて公正であるといえるのではなかろうか。

 単なる教条ではなく、人間性に深く根差した性向を踏まえた上で、国家社会、つまりは公の為、つまりは社会全体の為、つまりは己の為になる人間の育成をめざしたものである。


|

« 「会津藩教育考」に見る初等教育 | トップページ | 日本の教育に「規律」の回復を! »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 「会津藩教育考」に見る教育の規範について:

« 「会津藩教育考」に見る初等教育 | トップページ | 日本の教育に「規律」の回復を! »