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2007年2月22日 (木)

「世界史の中の日本~危機の指導者群像~」に学ぶ

 故、村松剛氏の「世界史の仲の日本~危機の指導者群像~」を読み返した。

 溢れる才能を、遂に活かしきることの出来なかった、とも言われる氏の遺作である。

 通史を書くには大歴史家の手腕が要る、と言われる。歴史ものを書く人間として、通史に挑戦する誘惑に駆られない人もいまいと思う。しかし、現実に着手するとなると、途方にくれざるを得ない。自ずから守備範囲が決まってくるものなのだろう。にもかかわらず、日本通史に挑戦した氏の気迫は凄まじいものがある。

 元々フランス文学が専門の氏が、ここに至ったのは、やはり日本文明の独自性を発見したマルローなどに触発されたという面もあるのだろう。勿論、親交の厚かった三島由紀夫氏の影響は見逃せまい。

 手法も、日本書紀を軸としつつ、新羅、百済、高句麗の三国史記、中国の歴史書を閲し、更に、西洋、イスラムの旅行者の史料までをも視野に入れた、壮大な文明史論とも言える著作である。改めて、氏の凄さを思い知らされた。

 中東情勢については誰よりも肉薄していた氏が生きていれば、第二次湾岸戦争とも言えるイラク戦争についても適確な視点を与えてくれたことと思われる。残念ながら、氏は既に鬼籍に入り、氏を継ぐほどの人物はいない。これも現在の日本の不幸である。

 日本史を日本の枠組みの中からだけ見るのではなく、東アジア、更には世界全体から見直すということは、今後一層魅力を持つテーマであろう。しかし、その力の無いものがやってみても陳腐な結論しか出て来ないだろう。それでは面白くない。

 現在の日本が直面する文明史的な状況は、当時に似ているとも言えるかもしれない。

 聖徳太子の精神を学びなおすことが改めて求められているのかも知れない。

世界史の中の日本―危機の指導者群像

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コメント

 へのへの419さま、ようこそ当BLOGへ!

 名前負けのひどいブログですが、今後ともごひいきにお願いいたします。

投稿: 橘 正史 | 2007年2月23日 (金) 午後 11時07分

はじめまして。
 
時々、立ち寄らせて拝読させていただいておりました。
聖徳太子に関する考え、共感します。
 
敗戦によって過去を否定して60年あまり。
今の我が国の荒みようを思うに、
太子の残したものを始め、歴代の天皇の詔や過去の偉人の足跡を辿り、
再認識すべき時が来たように感じております。

「世界史の中の日本―危機の指導者群像」は、もう手に入らないのですね。
95年発刊で、たった10年しか立っていないのに手に入らないなんて。。。
残念です。近くの図書館に無いか当たってみることとします。
  
話は変わりますが、ローマの話も興味深く読みました。
ローマ人と日本人は意外と共通点があるんですよね。
お風呂好きのところとか。。。
 
勝手ながら、当方のブログに登録させていただきました。
もし支障があれば連絡ください。
 
では失礼致します。

投稿: へのへの419 | 2007年2月22日 (木) 午後 01時18分

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