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2007年1月18日 (木)

言葉のはきちがい~「ゆとり教育」VS「ゆとりある教育」~

 産経新聞1月17日正論欄、「ゆとりある」教育をなくすな、東京都教育委員会委員 将棋永世棋聖 米長邦雄 を読んでの感想。

 誰のための「ゆとり」だったのかが一番の問題。結論だけ言えば、児童生徒のためではなかった。

 「楽」をすることと、「楽しいこと」をすることが丁度正反対になるように、表面的に学習時間を削るとか、学習内容を簡略化するとかいうことを以って「ゆとり」だとしたことが間違いなのだ。

 結果として、教師からも「ゆとり」がなくなった。親にとっても子供の週休2日は負担になるだろう。子供にとっても6日間でやってきたことを5日でやるようになったのだから当然詰め込みになる。

 「ゆとりある」が「ゆとり」にすりかえられていった過程を検証しなければ、米長氏の「本来の理念は大切」という訴えはからまわりしてしまうのではないか。

 すりかえを許さない方策をこそ提示して頂きたい、と思われた。 

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