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2007年1月 7日 (日)

「硫黄島からの手紙」は何処までが史実なのだらうか

 評判の「硫黄島からの手紙」をレイトショーでやっと見ることが出来た。

 2005年に硫黄島で遺骨収集団が栗林中将の遺品を発見するシーンから始まる。

 そして、硫黄島での日本軍の準備、米軍の上陸、縦横に掘り抜いた壕からの攻撃、自決、突撃などの戦闘が、意外なほど淡々と描かれる。

 そして、遺品が土中に埋められ隠され、栗林中将の遺体が隠されるところを描く。

 そこから現在に戻り、掘り出された遺品から家族に宛てて書き続けられていた手紙が舞い落ちるところで終る。

 栗林中将がどのような最期を遂げたのかに関する史実は残つて居ない筈なので、そのシーンが創作であることは間違いない。ただ悪意や恣意ではなく、かくもあつたであらうかといふ描き方だとは思つた。

 米軍が投降した日本兵を射殺したシーンがあつたがこれはリンドバーク大佐の記述などでも明らかなように第二次世界大戦を通じて戦線の随所で起つたことであり、これ自体が史実であるかどうかは別としてアメリカ人の作成した映画として、自国の暗部をも正直に描き出したものと受け止めることが出来る。

 口先だけの勇ましさが本当の勇気ではないといふメッセージもあつたやうに思はれる。

 戯画化されたところは一つとしてなく、かくも戦つただらうかといふ淡々とした眼で捉へられてゐた。

 惜しむらくは、時間の経過がよく分からないこと、海軍側の司令官であつた市丸少将のルーズベルトに与ふる書にも触れて欲しかつたこと、降伏勧告に肯んぜず自決した東大出身の学徒兵のことなど、史実に基づくエピソードを更に多く盛り込んで欲しかつた。

 日本が何故あれほど頑強に戦つたのかについて、一つの解釈として「愛する家族のため」といふものを前面に取り出したものであり、それは大切な側面であると思ふ。しかし、残念なことに市丸少将がルーズベルトに与ふる書に込めたやうな、日本が戦争に赴いた理由については欠落していやうに思はれた。

 戦勝国が戦敗国に与へることの出来ない只一つのものは、「正義」であると云ふ。クリントイーストウッド監督も、このくびきからは自由でなかつたといへるだらう。それでも、硫黄島に眠る英霊に対して悪意でなく、敬意を払つてこのやうな映画を作成してくれたことに対しては、やはり敬意を表すべきなのかと思はれる。

 栗林中将が訓示の中で何度か触れ、最期の突撃に当つても述べた「我は常に諸君の先頭にあり」との言葉が印象的であつた。「天皇陛下萬歳」も「靖国神社で会おう」も戯画化されることなく、かくもあつたかといふ真剣さで描かれていた。

 憲兵が徹底的に悪く描かれていたが、これは創作の部類に入るのではなからうか。悪名ばかり高いが本当のところどうであつたのか。職権の濫用が何処まで蔓延していたのか、そこに先入観による予断はないのか。そうしたところに疑問は残つた。

 兵隊さんについても、もつと朗らかなところがあつたと信じたい。

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