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2006年11月14日 (火)

昭和天皇記念館を拝観して

 秋も深まる先日、久々に上京する機会があった。

 友人と久々に再会するために、立川駅に行ったところ駅に「昭和天皇記念館」のポスターがあり、ああこんなところにあったのかと思い、友人と別れた後、拝観に赴いた。迂闊にも立川市にあることを失念していたのだが、幸運に恵まれた。

 国営昭和記念公園は、丁度バザーの最中で賑わっていた。そのことはいいのだが不思議とこうしたバザーの光景には「地域」がない。扱っている品物や出店にはそれなりのものがあるのだが、全体となると雑然として、どこでやっても同じような、独特の現実離れした雰囲気である。それはそれで楽しめばよいので野暮なことを言い募る気はないのだが、何か人工的な臭いがしてならないのである。

 いきなり余談から入ってしまったのだが、ある意味極めて戦後的な風景の向こう側に、昭和天皇記念館はあった。

 実は、最初、どれがその建物なのか、全く判らなかった。それもそのはず、建物の上を人口の丘として作ってあり、記念館の上を、それと解って歩くことができるのである。これは、後から考えると極めて不敬なことではないか、と思われてきた。

 更に、最初はどこぞの公共施設と全く選ぶところのない、市民ホールのような空間が広がっていた。どこが記念館なのかさっぱりわからない。少し進むと、昭和天皇の御製が天井から垂れ幕になってぶら下げられていたり、昭和天皇にゆかりのある植物学者についての展示コーナーがあって、間違ってはいないということがようやく確認できるのである。しかし、ここまではどうも少年自然の家のような雰囲気で、どこが昭和天皇記念館なのかといぶかしく思った。

 ふと、横の壁際を見るとロッカーがある。その横に券売機がある。そして、一人添乗員のような人物が立っていた。何と、ここからが「昭和天皇記念館」になるのだ。ロッカーに荷物を置いて、入場券を購入した。大人一枚500円である。入り口も直ぐにはわからなかった。券売機の横の、非常口のような目立たない扉があって、その前に立つと自動ドアがゆっくりと開いたのである。

 正面に受付兼売店があり、女性が2名、男性が1名案内していた。右に入ると、そこからが展示室になっていて、更に2名程の案内の年配の男性がおられた。

 展示はとても綺麗で、ご生誕から、摂政宮の時代、そして即位、第二次世界大戦(太平洋戦争と表現していたのはいささか気になったが)、終戦のご聖断、敗戦下の全国御巡幸、外交親善というテーマで、それはとても整然としていたが、一言でいえば綺麗過ぎた。

 コーナー毎にモニターがあって、映像にテロップが流れる形で、昭和天皇のご足跡がたどれるようになっている。主な御製も掲げられていて、昭和天皇の大御心を偲ぶことができるようにもなっている。

 上部に5つ並んだモニターがあって、最初にイントロダクション的な9分ほどの映像を見ることができた。丁度団体の方々が入ってこられて、一緒に見ることになったのだが、案内の方がその前後で詳細に解説までしてくださった。

 全国御巡幸の全行程図があって、各地での映像が流れていた。

 また、皇居内にあった生物学ご研究所の内部が再現されてあり、生物学者としての昭和天皇の一面を御偲びすることができた。

 開戦の詔書の複製、終戦の詔書の複製も展示されてあった。

 久しぶりに、昭和天皇の竜顔を拝し、玉音を拝聴したが、胸詰まる思いがした。

 確かに、昭和の雰囲気が偲ばれるようになっていた。

 しかし、である。

 きれい過ぎるのである。

 激動の昭和を天皇として君臨され、日本を統治された昭和天皇をお偲びするには、余りにも簡略に過ぎ、そして深刻な悲劇の時代としての昭和という本質にはまったく触れられていないのだ。昭和天皇の御聖徳を語り継ぐ事は極めて重要なことである。しかし、何故、昭和という時代の悲劇、それは大東亜戦争と敗戦、復興という表面の時代の推移の深部にあるものが判らなければ、昭和天皇の偉大さも何も、本当には判らない、伝わらないということになりはしないだろうか。

 現在の様々な矛盾軋轢は、昭和の時代から既に全て存在したものなのである。それでも国の分裂という悲劇に陥らずに、国家の統合が果たされてきたこと、それが正に昭和天皇がおわせばこそ、ということ、そのことをどのように後世に実感として伝えることができるのか。これは極めて大きな課題であると思われる。

 昭和がわからなければ、平成の現在もわからないのである。

 これはこれで素晴らしいものだとは思うが、2千年の我が国の歴史に未曾有の大戦と敗戦という激動の時代と、その時代を国家国民の為に捧げ尽くされたご生涯を送られた昭和天皇の御聖徳を伝えることはできないのではないか、という思いがした。

 拝観を終えて一歩外に出てみれば、そこに「昭和天皇記念館」があることすら容易には伺えない。そのこと自体実に象徴的な気がした。

 戦後的な、ニュートラルで空っぽで抜け目のない経済活動だけがそこに営まれているという、抽象的な空間が広がっているばかりなのだ。うわべだけの広場の光景は、昭和の悲劇が底深く続いていることを、その不在によって証しているようにさえ思われた。

http://www.f-showa.or.jp/2_jigyo/1_kinenkan.html

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