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2006年10月21日 (土)

「日本国家にとって「神宮」とは何か」を読んで

 故幡掛正浩先生が著された、伊勢神宮崇敬会叢書1の表題のパンフレットは、随分前に伊勢の神宮会館で購入したものであつたけれども、今回何の気なしに手にとつて通読してみた。

 平成7年に著されたこの小著は、しかし著者の国を憂い、神宮を思ふ熱情に溢れたものであつた。

 伊勢神宮は、言ふまでもなく、皇室の祖先神である天照大御神が鎮座まします日本第一の神宮である。その御神体は、天照大御神が天孫ニニギの命に授けられた、御神鏡であることも、本来は日本人の常識であらねばならない御事である。

 宮中の賢所に奉祀せられている御鏡は、伊勢の御神鏡の代器であり、三種の神器の本体は伊勢の御神鏡であること、その関係は不分一体であるといふことに尽きる。

 占領軍が昭和20年12月15日に出した神道指令は、日本の国のあり方に対する根底的な打撃を与へる意図を持つものであつた。 この著書の中で、占領下の紆余曲折が語られているが、止むを得ない事情から、占領下に作られた法律である「宗教法人法」の枠内で、伊勢神宮をお守りするほかに道がなかつたといふことである。

 しかし、独立回復後において、この占領下に加へられた歪みは正されたのか。「神宮制度是正問題」といふことがあつたことを詳細に亙つて記されてゐる。

 皇室経済法に、皇位と共に伝わるべき由緒あるものとして三種の神器は現在法制の枠内では規定されているが、伊勢神宮が民間の一宗教法人であるといふことでは、宗教法人の一存で解散も可能といふことになる、といふことで、根本的に国家と神宮の関係を正す必要があるといふのが、この一連の問題であつたといふ。

 これも紆余曲折があつたことはこの著書に記されてゐるが、皇室の伝統を考える国会議員連盟が誕生して、占領下に歪められた皇室制度を見直して、皇室をお守りするためのアプローチが国会においてもようやく取り組まれることになつた現在、神宮の御事についても十分考へておかねばならないと思はれた。

 占領遺制の全面的な見直し、その上で我が国の本来あるべき姿を模索すること。「美しい国」づくりとは、このやうなプロセスを疎かにしては決して成り立たないであらうと思ふ。

 左翼は未来に空想を描き、過去を断罪する。真正保守は、過去を尊重しつつ、反省すべきは反省して新しい事態に対処してゆく。

 左翼にとつて伝統は否定すべき過去の遺物に過ぎないが、真正保守にとつては伝統は核心そのものといふことが出来る。

 左翼は空想するが、真正保守は思想する。

 安倍政権をして真に真正保守政権たらしめるには、日本国家の本質の問題を避けて通ることは出来ない。「美しい国」とは言葉遊びでなければ、未来に描く空想でもない。伝統に根ざした悠久の理想である。

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