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2006年9月 5日 (火)

「賢帝の世紀」を読了して ~ローマ人の物語~

 塩野七生さんの「ローマ人の物語」の文庫版が久々に出版された。長い間待たされた。前回の「危機の克服」が出てから一年以上経っているような気がする。ハードカバー版はもうそろそろ最後の巻になろうかとしているのだから、もう少し早いペースで出してくれてもよいように思うが、ハードカバー版も売れなければ仕方ないのだろうから、貧乏な文庫版読者も余り文句は言えない。

 それでも、文庫版のおかげでこの大作の半分以上は既に読破してきたことになる。また、出版のペースが遅いので、既に何度か読み返し、多い巻では少なくとも5回は読んだだろう。ローマ人のつくったローマという文明の一貫した姿がそこには見て取れる。共和制も帝政も本質的な違いではない。恐らくその一貫性はキリスト教という異質の文明に起源を持つ宗教によって著しく変質させられたのではなかろうか。今まで読んできて、「あの偉大なローマが」という接頭語の持つ背景がそれなりに納得できるようになった。アメリカが現代のローマと言われる所以も判るような気がする。西洋文明の重要な起源であり、現代に至るまでその文明は基本部分に脈々と生き続けているともいえるだろう。

 「賢帝の世紀」が扱っている時代は、中国で言えば後漢の最盛期に一致する。トライアヌス帝、ハドリアヌス帝、そしてアントニウス・ピウス帝の3人を扱っている。所謂5賢帝といえば、トライアヌス帝の前のネルヴァ帝と、アントニウス・ピウス帝の次のマルクス・アウレリウス帝であるが、塩野さんはネルヴァ帝を混乱期の最後に入れ、マルクス・アウレリウス帝を、この「黄金の世紀」に続く「終わりの始まり」に入れた。確かに、その扱い方はこれまで読み進めてくる中で納得のいくものだと思われる。トライアヌス帝による帝国の最大版図を実現し、それに続くハドリアヌス帝により、帝国全土のリストラを成し遂げ、アントニウス・ピウス帝には最早やるべきことは何もない、というほどの文字通りのパクス・ロマーナを実現したのだから。この3帝の治世がローマ文明の絶頂期でもあり、到達点でもあったと納得することが出来る。

 それにしても、この絶頂期のローマ帝国にあっても、この帝国の統治権の保持者は、元老院でありローマ市民であったと塩野さんが繰り返すのが面白い。現代のアメリカ大統領とローマ皇帝の権力の集中度はどちらが上か、俄かには判断できないような気がする。皇帝という言葉には、中国文明のイメージが付きまとうので、必ずしも血脈で伝えられるのでない皇帝の地位の在り方は、皇帝という言葉を使ってはいけないのではないかと思われるほどの違いである。しかし、中国の皇帝も、秦の始皇帝以来幾多の変遷があった筈だが、では中国の皇帝がどのような存在であったのかといえば、それほど良くわかっているわけでもないことに気づかされる。

 ましてや、日本の天皇について、日本人自身もそうだが、諸外国の人々が正確にそのイメージを描くことは難しいのではないかと思われる。余りにも歴史が違うから、というのがその理由だが、それは優劣の問題ではなく、ただ説明されなければならない、日本人自身の問題である。

 ローマ文明は、遠いようでいてきわめて身近なものである。現代文明の基礎がローマにあるのだからそれも致し方ない。しかし、それは現代を理解しようと思えばローマ文明を知る必要があるということを意味する。しかも、これまでローマ文明を通俗的にわかりやすく紹介するような著作には中々出会えなかった。その意味で、「ローマ人の物語」は画期的だと思うのである。日本の少なくとも読書階級(つまり殆ど全ての日本人)にとって、ローマ文明の概観することが容易になったことを意味するからである。その意味で、この著作の出現は恐らく文明史的な意義がある、と思われるのである。

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