« 外交官、死す~「大地の咆哮」著者、杉本信行氏死去~ | トップページ | 61年目の広島原爆の日に想う »

2006年8月 5日 (土)

「人身享け難し」といふこと  その1

 森信三先生の戦前における代表的な著作ともいえるであろう「修身教授録」には、一稿一稿珠玉の文章が掲載されている。

 「修身」とはいふまでもなく、戦後占領軍によって禁止された教科であり、歴史や地理と違って占領解除後も復活することのなかった科目である。

 「道徳」と「修身」は何処が違うのか、判然と説明することには力が及ばないが、「修身」がどのようなものであったかは、伺うことが可能かと思われる。

 修身教授録は、師範学校の生徒に対してなされた授業の講義録であり、生徒が筆記したものをまとめたものである。師範学校でなされていた修身に関する授業がどのようなものであったのかを伺うにはこれ以上の資料はないと思われる。そしてまた、教師をめざす生徒たちに対して、「修身」がどのようなものとして教えられていたのかについても、これ以上の現場証言はないであろう。

 「人身享け難し」も、その一つである。

 「諸君の大部分の人は大体今年十八歳前後のやうであります。してみると諸君はこの地上に生を人間として享けてから、大体先づ十六七年の歳月を過ごしたわけであります。さてそれにつけても諸君は、自分は如何なる力によつてかくは人間としてその生を享け得たのであるか、その事について果たして今日まで自ら深く考へた事がありますか。私の推察にして誤りなくんば、恐らく諸君のうちにはこの大問題に対して深刻に考へた人は少なからうと思ふのであります。斯様に、一々諸君にお尋ねもしないで断定するといふことは、一面からは甚だ礼を失した事とも思ひますが、しかし私は自分自身の過去を顧みて先づ大体さうではないかと思ふのであす。と申しますのは、私自身諸君位の年頃には、一向その様な大問題に対して深く考へたことはなかつたからであります。さうして今や人生の四十の峠を越しかけた昨今に到つて、やうやく斯様な人生の大問題が自己の魂の問題となりかけた次第であります。従つて諸君の年頃には、仮令斯様な人生の大問題について教へられたとしても、謂はばうはのそらで聞き過したに相違ないのであります。」

 やわらかく、しかし確固として語りかけるその口調には、ぐいぐいと引き込まれる力がある。生徒からすれば、先生にして四十歳を超えてようやくわかりかけてきたものなら、自分は先生に負けずに今こそ自分の問題として受け止められるように、と集中して聞き入っていくのではないか。

 果たして、人間として生を享け得たのは何ゆえであるか、このような問題に答えがないのは自明のことだ。しかし、そこに答えを見出していく過程の中にこそ、人間としてよりよく生きていくためのヒントが隠されているのではないか。生徒をしてそのような思索に導いていくことはさりげないようでも、全身全霊の力が込められているように思はれる。(続)

|

« 外交官、死す~「大地の咆哮」著者、杉本信行氏死去~ | トップページ | 61年目の広島原爆の日に想う »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/86795/11271097

この記事へのトラックバック一覧です: 「人身享け難し」といふこと  その1:

« 外交官、死す~「大地の咆哮」著者、杉本信行氏死去~ | トップページ | 61年目の広島原爆の日に想う »