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2006年8月 3日 (木)

暑い夏 靖国を思う

 今日は殊の外暑い日だった。
 このような日には、大体夕立が来る。稲妻が煌き、落雷の音が轟いた。

 夕立が過ぎ、夜は過ごしやすい涼しさとなった。

 梅雨が明けて、夏らしい夏となったものだ。

 昭和天皇のご発言をメモしたとされる、元宮内庁長官の富田氏のメモが、日経新聞によってスクープされ、各社が追随してスクープし、政界をはじめとして日本国内に激震が走った。これまで旗色の悪かったいわゆるA級戦犯分祀論者は勢いづいて、かさにかかって暴走を始め、慎重な姿勢を崩さなかった中間派の政治家も、昭和天皇の御心ならば、と分祀論に傾き始めた観がある。

 文藝春秋9月号には、分祀急進論者でありかつ国立追悼施設促進派の加藤紘一氏と、分祀肯定論者でありかつ国立追悼施設反対派の古賀誠氏、そして靖国神社前宮司の湯澤貞氏に、作家の上坂冬子氏がインタビューするという記事が掲載された。

 ざっと読んでみたが、加藤氏は、中国はA級のみを問題視しているのであってBC級やその他の戦没者には決して及ばない、と断言している。また、日本は東京裁判史観を受け入れたのだから、国内の議論で戦犯はいないといっても国際社会では通用しない、という持論を展開している。論旨が悉く衝突するのはいたし方ないが、このような政治家が同じ保守政党に在籍していること自体が政治不信を招く元凶だと、改めて感じた。
 古賀氏は、遺族会会長という役職も兼ねており、国立追悼施設には終始一貫反対してきた。靖国神社国家護持論を持ち、そのためには「神社」でなくしてもかまわない、と思っている。その点は上坂氏も似たようなものなのだが、神社に神社でなくなれ、とはあまりにも乱暴な議論だろうと思われる。
 湯澤氏の話は、神道は譲れないと、至極当然のことを話されていた。国家護持法案が国会で審議された際の最大の問題が、神社でなくする、という点であったことを披露されている。

 そして、今、「大地の咆哮」という本を読んでいる。これは、元上海総領事だった杉本信行氏の著書である。著書は現在生死の狭間にある闘病の最中であるという。所謂外務省のチャイナスクールで日中間の外交に努めてきた人物である。何故故錦涛主席が靖国問題にこだわるのか、個人的な経緯について書かれている。故耀邦総書記に見出された過去と、その故耀邦が靖国問題を口実の一つに権力の座から放逐されたことに言及している。根は深いといえるが、それは口実に過ぎず熾烈な権力闘争が背後にあってのことであることを指摘している。
 中国にとって、靖国問題は政敵を追い落とすための口実に使われている、ということなのだろう。中国は今大きく安定を欠いた社会となり、これから先どうなるかわからない。そのため国内をまとめるために日本を標的にせざるを得ず、その口実として靖国神社を問題としているのだ。まだ読了していないので、読後に又感想を述べたいと思うが、靖国問題が日本のプリンシプルであることを百も承知で難癖をつけているのであって、これで日本が譲れば、かえって中国は日本を見下すことになるだろう。面子を汚されても恥じないようでは国も人も信用ならない、ということになるだろう。

 産経新聞の正論に、岡崎久彦氏が富田メモの信憑性を疑う論を書かれた。それは、徳川義寛侍従のものであるという説である。それならば既に徳川氏が本にもしているものであり、真新しいものではないことになる。

 いわゆるA級戦犯の遺族の方々への取材攻勢も強まっている。取り下げを申し出させたい底意は見え見えだが、マスコミというものの本質がよくわかる事例でもある。話題づくりのためには何をしても構わないと思っているのだろう。

 暑い夏だが、5年前の8月15日の参拝を加藤紘一氏によって阻まれた小泉首相は、最後に有終の美を飾ってもらいたいものだ。昨年秋のようなみっともない方法ではなく、堂々と、正式参拝をされたい。
 

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