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2006年8月15日 (火)

安倍官房長官の戦没者追悼を切望する官房長官談話

 朝日、毎日、読売はまったく無視した。産経、中国、東京が報じている。

 「国民一人一人が家庭、職場などそれぞれの場所で戦没者をしのび、心から黙祷を捧げるよう切望する」

 この短いけれども、真情の強く感じられる談話を、官房長官という政府の要職であり、かつ次期総理の筆頭候補と言われる安倍官房長官が出したことを、大方のマスコミが黙殺したというのは、一体なぜなのであろうか。

 極めてまっとうで当たり前のことであるが故に、心を打つ談話ではないか。政治という世俗の場から発せられたものにしては余りにもまっとうな内容の談話である。

 マスコミは、犬が人を噛んでもニュースにはならず、人が犬を噛むとニュースになる、というたとえのように、何か異常で突飛なパフォーマンスを好み、その極端な姿を持ってその主張を全体の代弁とする傾向があるが、このようにまっとうな言葉では、突っ込みどころもなく、扱いに困るのだろう。当たり前のことをきちんと当たり前のように報じられないマスコミという存在は、それ自体がそもそも歪んだ現代の落とし子ともいえるかもしれない。

 そのマスコミは、キャンドルをもって人文字をつくるという軽薄なパフォーマンスを行うカルトもどき集団については大きなスペースを割いて報じている。この歪み。やり方がばかな左翼と変らないところがお里が見えている。隠すつもりもないのだろうが。

 安倍官房長官のまっとうな談話は報じず、キャンドル人文字パフォーマンスは報じるマスコミ。

 自国を貶めることには居丈高で短兵急にせかせかと報じるマスコミ、自国の善は黙して語らないマスコミ。日本のマスコミは、ほとんど報道機関ではなく、宣撫工作機関に近い。対象は日本国民で、仕掛けているのは中国、韓国、時にアメリカ、北朝鮮。無節操で無自覚、自分に対する批判は馬耳東風。他の情報発信手段が限りなく制限されていた過去には、情報統制も行き渡っただろうが、今は少し違ってきている。心ある国民がマスコミ以外の手段で手を結ぶようになったとき、巨大な富と権力を手にしているマスコミという牙城は一体どうなるのか、見物である。

 明日の終戦記念日、何はともあれ、心を静めて英霊をお偲び申し上げたい。 

【中国新聞 平成18年8月14日Web】
戦没者しのび黙とうを 安倍官房長官談話

 安倍晋三官房長官は15日の全国戦没者追悼式にあたり「国民一人一人が家庭、職場などそれぞれの場所で戦没者をしのび、心から黙とうをささげるよう切望する」との談話を発表した。

 談話は8月15日を「戦没者を追悼し平和を祈念する日」と位置付けた上で、追悼式について「今日のわが国の平和と繁栄の陰に、先の大戦において祖国を思い、家族を案じつつ、戦禍に倒れた戦没者の方々の尊い犠牲があったことに思いを致し、全国民が深く追悼の誠をささげるとともに、恒久平和の確立への誓いを新たにしようとするものだ」と趣旨を説明している。

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コメント

橘 正史さま

安倍官房長官のようなお立場の方から 8月15日の過ごし方についてご指示いただけるのは違和感や不快感はなく、気持ちがしっくりして落ち着きます。国民として大切な、忘れてはいけない英霊の方々への感謝と追悼の心を 御霊鎮まります靖国神社や御国神社に詣でずして恐縮ですが、心を静めてお祈りさせていただきます。有り難うございました。

投稿: はるか | 2006年8月15日 (火) 午前 10時39分

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