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2006年8月19日 (土)

富田メモが日経記者の手に渡った時期について2つの情報の真偽は?

「昭和天皇」のご発言を書き留めたとされる、富田メモについて、未だに全容が公表されるでもなく、ページに貼り付けられたメモの一部の言葉が検証されずに独り歩きしている。

文藝春秋の9月号に「徹底検証 昭和天皇「靖国メモ」未公開部分の核心」と題した、半藤一利、秦郁彦、保坂正康の3氏による対談記事が掲載されている。「原文をこの目で見たメンバーがあらゆる角度から論証する」と題してあるとおり、企画としては意欲的である。

ただ、気になる部分が一箇所あった。

今回のスクープがそのタイミングからきわめて意図的に仕掛けられたものだという見方を、私自身も含めて多くの人々が抱いた。

しかし、秦氏は「私も半藤さんも、スクープした貴社から経緯を聞いていますが、その範囲で判断する限りは、偶然の産物でしょう。」と述べ、続けて「四十代の社会部記者です。富田氏が長官のころ宮内庁担当で、最近まで新潟の長岡支局にいました。この3月に東京本社に戻って宮内庁担当になったんだけど、富田さんは平成15年に亡くなっていたので、未亡人に挨拶にいった。何度か話すうちに、実は日記やメモがあるんですよ、と見せてもらったというんです。」と、経緯を話す。

週刊文春8月3日号「昭和天皇メモの衝撃」では、「メモを入手したのは今年5月」とあり、「A記者は今年2月まで新潟県の長岡市局長を務めていた。宮内庁担当に戻ったのは今年の3月。富田氏の遺族に東京に戻ってきた挨拶に行き、その後接触を続ける中で5月に遺族から日記と手帳を託されたときいています」(日経幹部)とある。

以上ふたつは大体同じ認識であり、出所は日経幹部と記者であるから、日経の公式見解とみてよいだろう。

ところが、これとは違う時期に、もっと以前に日経はこのメモを入手していたという記事がアエラ7月31日号に出ている。「昨年秋ごろ、日経新聞の記者が久しぶりに自宅にやって来た。懐かしさも手伝って、一周忌のCD-ROMを見せ、日記の現物と、自分も読んだことのない「輪ゴムのメモ」を手渡したという。今回の昭和天皇の発言は、この中にあった。」「富田氏の妻の話では、日経新聞は昨年のうちに、このメモを入手している。資料を読み込んでいたとしても、報道までに時間がかかっている。何のタイミングを見ていたのか。」

メモの入手時期に半年以上ものずれがある。どちらかが間違っているか、あるいはどちらも間違っているかであり、両方が正しいということはありえない。

日経の「公式見解」は、タイミングを見計らって意図的にスクープしたのではない、という言い訳のために入手時期がこのときに設定された、というようにも勘ぐることが出来るように思われる。

一方、アエラはざっくりと日経の「意図」について、書いている。「メモが報道された7月20日、一冊の本が出版された。題名は「美しい国へ」。著者は安部晋三官房長官である。この政権構想ともいえる著作の中で安部氏は、小泉首相の靖国参拝を批判する中国や韓国の姿勢を批判した。評論家の宮崎哲弥氏の見立てはこうだ。「ポスト小泉の最有力者が本を出版する当日に、今後のアジアとの関係を心配する経済界を代表して日経新聞がスクープをぶつけた可能性がある。安部氏の靖国肯定論を牽制する意図があったのか」実際、財界の有力者はこう言っているのだ。「次の首相がだれだとしても、これで強引に参拝するのは難しくなっただろう」

アエラの方が早い段階での報道であり、富田氏の妻に直接取材しているところからも、こちらの信憑性は決して低くないだろう。

一方、日経幹部にしろ、記者にしろ、いわば「内輪」の人間の証言であり、その信憑性については留保しなければならないであろうし、逆に、「偶発」を演出するために口裏あわせが行われたとすれば、「意図」説の信憑性が深まることになるだろう。

輪ゴムで束ねてあった断片のメモ。明快なようで、明快でない。要領を得ない状況が続いているといえよう。

週刊新潮8月10日号で、「昭和天皇」富田メモは「世紀の大誤報」かー徳川侍従長の発言」とそっくりだった!ーという「特集」を組んだ。

この中で、日経新聞社長室は「富田メモは5月に入手したものです。日記が10冊と手帳が20数冊です。すべてに目を通して点検し、歴史家などの意見も聞いて、検証を加えた上で報道しました。報道した発言が昭和天皇以外の方のものであることはあり得ません」と答えたそうだ。

しかし、「全てに目を通した」歴史家とは専門家とは誰なのか。少なくとも、東京大学の御厨貴教授でないことは本人の証言から明らかだ。「私は、公開されたあの部分のメモしか見ていません。(略)本来、全部出して検証するのが歴史学ですが、それを日経はやる気がありませんね。」

今回の文藝春秋9月号で、半藤一利氏と秦郁彦氏の両氏が日経から事前に史料の評価について、相談を受けていたことが明らかになった。残念なことに、日経がスクープした部分と、ネット上での有志による反転操作などによって読み取られた裏面のページについてだけにしか触れられていない。新しい史料は明らかにはならなかった。

桜井よし子氏は、メモの全面公開を求める文章を書かれているが、このような公開のされ方をしてしまった以上、様々な方面への影響があろうとも、公開されるのが筋というものであり、日経新聞はアカウンタビリティを果たす社会的な責務があるだろう。

少なくとも、メモの入手時期を遅らせて、意図的にスクープしたのではないという言い訳の説明をどうするのか。説明していただきたいものだ。

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コメント

ipadさま、情報ありがとうございます。

存じませんでした。やはり社として対応していたのですね。訂正にアエラが応じたのかどうか判れば良いですが、いかがなものでしょう。

アエラの取材の精度がどの程度のものかも判ります。直接、富田氏の未亡人に確認した上での記事(そのようになっていますが)であれば、日経の申し入れは言いがかりに過ぎないことになりますし、電話でのやり取り程度で聞き間違いの可能性を排除できないのであれば日経に軍配が上がるでしょう。

いずれにせよ、メモの取得時期について、日経が神経過敏になっていることがよく判る報道ではあります。それもそのはず、「偶然」なのか「恣意」なのかの分かれ目にもなる判定基準になるからで、この点については一つの論点として徹底して明らかにして頂きたいものです。

大体、記者が特定できないように配慮しているはずが、長岡支局長を務めたなどと公表すれば特定してくれと言っているようなもので、なりふりかまわぬただならぬ様子がかえって浮き彫りになってくるような印象を、私などは持ちます。

投稿: 橘 正史 | 2006年8月19日 (土) 午後 09時20分

はじめまして。
ご存知かもしれませんがとりあえず・・・

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http://www.nikkei.co.jp/news/shakai/20060727AT1G2603C26072006.html
「アエラ」記事訂正、日経が申し入れ・「富田メモ」
 日本経済新聞社は26日までに、朝日新聞社発行の週刊誌「アエラ」(7月31日号)の「天皇VS小泉劇場」の記事に誤りがあると指摘、同誌に訂正を申し入れた。
 この記事では、故富田朝彦元宮内庁長官の日記・手帳(富田メモ)に基づき日経が7月20日付朝刊で「昭和天皇、A級戦犯合祀に不快感」と報じたことに触れ、日経が富田メモを入手したのは「昨年秋」で、「報道までに時間がかかっている」などと記述。報道のタイミングについて「経済界と日経の二人三脚説」と伝えた。 (07:00)

投稿: ipad | 2006年8月19日 (土) 午前 02時28分

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