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2006年6月30日 (金)

「首相支配―日本政治の変貌」を読む

 1993年(平成5年)、細川非自民連立内閣の成立により、所謂55年体制が崩壊してから液状化し、流動を続けてきた日本の政治構造が、2001年(平成13年)小泉内閣の成立により、いわば2001体制と呼ぶべき体制として成立し、小泉政権の5年間を通して定着する過程について、判りやすく分析し、俯瞰した力作である。

 この現代日本の政治体制の転換がどのような特徴を持っているのか、昨年の郵政解散・総選挙はどのような意義を担っていたのか。そして、それによって確立した我が国の政治風土にはどのような意義があり、この新しい状況を一国民としてどのように捉え、対処していけばよいのか、そうしたことまで考えさせられた。

 著者の竹中治堅氏は1971年(昭和46年)生まれ。東京大学法学部を卒業し、大蔵省に入省した後、スタンフォード大学政治学部博士課程を修了、政策研究大学院大学助教授。スタンフォード大学客員研究員として比較政治、日本政治を専攻している政治学者である。(同著経歴による)

 この若手研究者が剔出した政治構造の再編過程は実に興味深く、55年体制崩壊から現在に到る政治過程について納得の行く全体像が見えるように思われた。

 氏が指摘する2001年新体制の確立に到る過程の中で日本の政治に起こった5つの変化は、以下の通りである。

1、政党の間で競争が行われる枠組みが定まった。(※中選挙区制から小選挙区制へ)

2、首相の地位を獲得・維持する条件が変った。(※派閥の力学から世論重視へ)

3、首相が保持する権力が強まった。(※政策提案権の明記、内閣官房強化、経済財政諮問会議、自民党総裁としての公認権、政党助成金の分配権など)

4、行政機構の姿が一変した。 (※省庁再編)

5、参議院議員が保持する影響力が増した。 (※憲法上の参議院の特徴)

 「政治改革」という掛け声の大潮流が生み出した新しい政治体制である。氏は政治体制を「政治権力が社会内で広範な服従を確保し、安定した支配を持続するとき、それを形づくる制度や政治組織の総体」と定義している。

 上記の新体制への変化に対比する形で、55年体制がいかなる特徴を持つ政治体制であったのかについて、次のようにまとめている。

1、衆議院の選挙制度は中選挙区制度であり、主要な政党は自民党とそのライバルであった社会党であった。

2、首相の地位を獲得・維持する条件として重要であったのは派閥からの支持を獲得することであった。首相=自民党総裁が「選挙の顔」として有権者にどの程度アピールできるかは重視されていなかった。

3、首相はほかの派閥から制約されたため、強い権力を振るうことは難しかった。首相がどの程度の権力を振るえるかは派閥の領袖として保持する実力に左右され、自民党総裁としての権限や法律によって首相に与えられる権限は重要でなかった。

4、行政機構としては、20を超える省庁が存在し、そのなかでは、予算、税制、金融という主要経済政策を担当する大蔵省が大きな権限を誇っていた。

5、政治過程の中心にいるのは、政権を成立させる面でも政策を立案する面でも、衆議院議員で、参議院議員の影響力は薄かった。

 そして、2001年体制の特徴について対応させて次のように記している。

1、衆議院の選挙制度は小選挙区・比例代表並立制であり、主要な政党として自民党と民主党が競い合っている。この二党に加え、参議院での法案の成否を握る公明党が影響力を保っている。

2、首相の地位を獲得・維持する条件として重要なのは世論から支持を得ることである。小選挙区・比例代表並立制では、政党本位の選挙戦が行われるため、「選挙の顔」として首相の人気が与党の戦績に直結するからである。この反面、派閥の支持はもはや重要ではなくなっている。

3、首相の権力は自民党総裁としての権限や首相としての権限に支えられ、強いものとなった。一方、自民党内では、派閥が弱体化し、派閥の領袖としての実力は、首相の権力を左右する条件ではなくなった。ただ、世論からの支持が、首相の権力を存分に行使できるかどうかを左右するようになっている。

4、行政改革の結果、行政機関の姿は一変し、一府一二省庁に再編された。現在の行政機構には三つの特徴がある。第一に内閣府が大きな役割を果たしていること。第二に、行政改革の過程で旧大蔵省の機能が、財務省、金融庁、日本銀行、内閣府の四つに分割されたため、旧大蔵省=現財務省の権限が縮小した。第三に、本書では必ずしも十分議論できなかったが、総務省、国土交通省、厚生労働省という巨大省が誕生し、政策決定過程のなかで発言権を高めている。

5、参議院議員の影響力が高まった。1989年や1998年の参議院選挙における自民党の敗北や派閥の弱体化がきっかけとなって、1990年代を通じて、自民党の参議院議員は政治過程における影響力を高めたのである。

 氏は、以上のように分析した上で、「首相への権力一元化」について次のように述べている。

「この2001年体制の最大の特徴は、55年体制に比べ、首相がはるかに強い権力を行使できるということである。首相に権力が集中するようになっているためである。権力が一元化されているといってもいい。要するに、2001年体制は集権的な体制なのである。この体制のもとで、首相はほかの政治化や政治組織に対し、非常に強い地位を獲得し、「首相支配」と呼べる状態が作り出されている。」

 この指摘は重要である。小泉首相はしばしば「強権政治」と指弾され、時には「独裁」などとも言われた。しかし、これは小泉首相のパーソナリティの問題では必ずしもなく、新しい政治体制における「首相」は、世論の支持さえあれば強大な権力の行使が出来る仕組みになっているということを、十分に機能して見せたということと受け止めた方がよい。
 つまり、ポスト小泉においても、「世論の支持」という条件を満たせば、同様のリーダーシップを発揮した政治が可能である、ということである。

 ここで「世論の役割」が格段に大きな影響力を持つような体制であることに注意することが必要だろう。このことについて氏は次のように述べる。

「強化された権力を首相が存分に使えるかどうかは、首相自身が世論から支持を獲得できるかどうかにかかっているということである。世論は、55年体制に比べ首相の権力に大きな影響を及ぼすようになってきたのである。/それは、現在の選挙制度では、党首の人気が選挙における政治家の命運に大きな影響を及ぼすからである。小選挙区・比例代表並立制では、もっぱら政党同士の争いが選挙戦の中心となる。このため、党首は「選挙の顔」として重要な役割を演じる。自民党の場合、選挙戦での各政治家の命運は党を代表する総裁=首相の人気に大きく左右される。このため、自民党の政治家は、首相に対する世論の支持に敏感になっており、世論の動向を睨みながら、どの程度、首相に従うか決めるのである。」

 更に、自民党総裁選が、いわば擬似首相公選制に近い形になってきたことも、「世論の役割」を引き上げることに繋がっているのではないだろうか。元々、首相公選制が唱えられたのは、首相の権限強化であり、リーダーシップの発揮が期待されてのことである。2001年体制は、限定的ながらも首相公選制が実現した形になったともいえるかもしれない。

「首相の地位を獲得・維持するのに必要な条件が世論の獲得であることが制度的にもいっそうはっきりするようになった。2002年1月に改正された自民党総裁選規定は、以前と比較すると世論の支持を反映させるものとなっている。第一に、自民党員が投票する地方票が以前に比べ拡大され、300とされた。第二に、総裁のリコール制度が導入された。これにより、自民党の政治家は、国民に不人気の総裁を解任することができるようになった。」

 氏は、この首相に権力が集中、一元化され、首相が強い権力を振るうことが可能となる体制の歴史的意義について、次のように考察している。

「以前の55年体制に対し、責任の所在と権力の所在が一致するようになったことである。現在、首相の権力が強大になり過ぎたことが批判的に取り上げられることが多い。しかし、考えてみてほしい。内閣および与党の政策に対し、最終的に責任を負うのは首相なのである。責任を取らされる以上、政策を立案するうえで、必要十分な権力を与えられることは道理にかなったことである。」「(55年体制では)責任の所在と権力の所在が一致していないことが多かったために、政治は国民の目から見て非常にわかりにくいものとなっていた。」「2001年体制では、首相の地位そのものが首相に就任する政治家に政策立案に必要な権力を保障するものとなっている。そして、責任の所在と権力の所在が一致したことにより、はるかに政治は国民にわかりやすいものとなっている。権力を保持している政治家に責任を問うのが民主主義の基本である。2001年体制が成立したことによって、国民は権力を保持している政治家に責任を問いやすくなったのである。すなわち、われわれが首相の責任を問うということは、真に権力を有しているものの責任を問うことを意味するように、ようやくなったのである。この意味で以前に比べ、日本の民主主義の質は確実に高まったのである。」

 この新体制がどのような歴史を刻んでいくのか、今は只見守るしかないのかもしれない。しかし、判りやすくなったからこそ、それぞれの政策について、国民の側の見識が問われるであろうし、かつまた世論形成に重大な影響を与えるメディアの責任も問われることになるだろう。また一方においてまだまだ萌芽期にあるといえるかもしれないが、インターネットという媒体によって、マスメディアによらない世論形成が起こるようになっている。既に、人権擁護法案の問題で、ネット世論の潜在力の一端を垣間見ているわけだが、強大化した首相の権力に対するチェック機能として、本当の意味における言論の自由の重要性は益々高まっているといわざるを得ない。

 この変化を的確に把握した上で、時代を切り拓く政治を期待しつつも、伝統破壊、文化破壊の可能性を排除していくことは益々重要になってくると思われる。憲法改正論議が本格化すると予想される来年に向けて、その前哨戦としての教育基本法改正の論議の中において、確実にしていく必要があることを、改めて痛感させられる。

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