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2006年4月11日 (火)

「国家の品格」を下落せしめてきた人々~その一例~

 数日前の中国新聞の広場に、「首相の参拝 筋通らぬ」という投書が掲載されていた。

 実物に当たってもらえば氏名も掲載されているのだが、ここでは仮にH氏としよう。彼は無職の65歳男性である。

 以下、全文を紹介する。

「小泉純一郎首相は靖国神社参拝について、以前から「抵抗感を覚えない」「A級戦犯の合祀にはこだわらない」などの発言を繰り返してきた。最近では、憲法19条「思想・良心の自由」を持ち出し、「心の問題」だと強調している。
 ならば、同じく憲法20条「政教分離」について考えを問いたい。大阪高裁判決では、政教分離規定が設けられた経緯について詳しく言及している。
 ところで、教育行政の管理下にある現場では日の丸や君が代を児童、生徒、職員に強制し、従わない職員を処分している。また、教育基本法に「愛国心」を盛り込もうと躍起だ。
 自分にだけ「心の自由」があり、子どもや学校職員には認めないのは明らかに権力の乱用であり、論理的に破たんを来たしている。また、一国の最高権力者である総理が、いくら私的参拝を装ってみても多くの国民、ましてや外国の人々にはそうは映らない。
 結局、先の無謀な大戦を計画立案、強行した戦争責任者に感謝の意を表明していることになる。首相はこれほどまで靖国参拝に固執するのなら、この際、きっぱりと議員辞職をして、一民間人の立場で毎日でも気の済むまで参拝してはどうだろう。これなら文句を言う者はいないし、中国、韓国との国交改善も前進する。」

 この男性は、戦争を直接は知らないはずである。物心ついた頃にはもう敗戦となり、学校に上がった頃には既に墨塗りでさえない、戦後民主教育の洗礼を受けた世代であり、団塊の世代よりもほんの少し上の世代に属する人である。

 このドグマで凝り固まったような、短文のみで全てを判断することはできないが、ここに盛り込まれた主張は、この手の主張をする人々に特有の観念連鎖がかなり見出せるので、俎上に上げて分析してみることも、少しは意味があるかもしれない。

 靖国参拝、国旗国歌、愛国心、心の自由、無謀な戦争、、、微笑ましいほど、定番のステレオタイプの主張である。

 靖国参拝が「政教分離」に触れるというなら、年頭の伊勢神宮参拝だってまったく同じく「政教分離」に触れるはずだが、こちらが問題にされたとはついぞ聞かない。もし、靖国参拝のみを「政教分離」が規定されるというなら、その「論理」はどのようなものになるのだろうか。

 また、いきなり「教育行政の管理下にある現場」と、聞きなれない言い回しで、話題を展開している。意味として特に間違いではないかもしれないが、単に「学校現場」といえばいいところを、「教育行政の管理下」と、如何にも「支配されている」と言わんばかりで続く「強制」という言葉を持ち出したいがための表現をしているところが、何ともいやらしい。

 そして、「日の丸君が代を児童、生徒、職員に強制」していると、一方的に決め付けている。恐らくこの人は、「教育行政の管理化にある現場では、国語や算数、理科、社会、体育といった学習活動が、児童、生徒、職員に強制している」とは考えていないであろう。そして、なぜか「日の丸・君が代」に特化して、目の敵にし、「児童、生徒、職員」はみな内心反対し、抵抗しているという予断を疑いもしない。これは不思議なことである。

 「従わない職員を処分している」という。文章の主語が書かれておらず、論理的でない文章だが、ここで「教育行政の管理化にある現場」という言い回しが生きてくる。思想信条の自由を奪われ管理されてそれに抵抗した職員は処分された」といいたいのだ。しかし何が強制され、どのように抵抗したのか、この文章では一切不明である。曖昧な表現で、ただムードだけが強調されているのである。そして、続いて「また、教育基本法に「愛国心」を盛り込もうと躍起だ」とくる。論旨不明快、ただこの人の何とも言えないムードだけがにじみでている。この一文も、主語不明であるが、もしかすると、小泉首相のことを指しているのだろうか。それもこの文章だけでは論理的に読み取ることは難しい。

 具体的には、卒業式や入学式で、国旗が式場に掲げられていることに反対であり、式次第に国歌斉唱があり、それが実施されることに反対の思想信条を持った教職員らが、当然、一般社会の礼儀としても起立するところを、着席したままでやり過ごしたことを「抵抗」といったのだろう。

 そして、校長先生から、職務命令で、一般社会の礼儀に則って、教育公務員としての職務を果たすことが求められたにもかかわらず、それをせずに、自らの思想信条を貫いて、君が代反対の意思表明をしたのだろう。

 しかし、おかしくはないか。国旗掲揚や国歌斉唱に対して、それほどまでにかたくなな「抵抗」をするというのは、「公務員」としての資質に欠けることは間違いない。それこそ、一民間人になって、気の済むまで「反対」し「抵抗」し着席でも何でもすればよかろう。但し、礼儀を欠いた非常識な人、と見られるリスクは覚悟しておいた方がいいと思うが。首相に「一民間人の立場で毎日でも気の済むまで参拝しては」というのだから、同じ論理で同じように、この「抵抗」を貫いた信念ある職員にも、同じように呼びかければよいはずだが、こちらにはどうもそういう気配はない。こういうのをダブルスタンダードと言うのではないだろうか。こうした「論理的な破たん」に気づかないほどこのご仁は逆上せ上がっているのだろうか。

 さて、また、「一国の最高権力者である総理」という言い方をしている。中国の国家主席が「指導者」と表現したのと好一対だが、確かに首相は「最高権力者」であるかもしれないが、この言い回しの腑に落ちなさは、この「最高権力者」は別に無制限の専制的権力者ではないところから来るのかも知れない。もしかしたら、本当に区別がついていないのかも知れないが。

 「私的参拝を装って」という表現は、昨年の靖国神社の秋季例大祭に社頭で、ポケットから小銭を取り出して、チャリーンと、賽銭を投げ入れ、しかも一礼のみという参拝方法を取ったことを指しているのかも知れない。この一言からも分かることだが、反対する人はどのようにしようが反対なのだから、一切顧慮することはないという教訓を引き出すべきであるということだ。

 「多くの国民」とは、誰のことか、「ましてや外国の人々」とは誰のことか。こうした理屈は常に我田引水なのが面白いところだ。

 「先の無謀な大戦を計画立案、強行した戦争責任者」という言葉には、世代を感じさせる。深くしみこんだプロパガンダが容易に消えない一例であろう。本人にとってはあまりにも自明すぎる「事実」なのだろうが、この歴史認識の誤りは、既に昭和30年代には色あせていただろう。竹山道雄氏の「昭和の精神史」位は是非読むことをお勧めしたい。「無謀な大戦」とは確かにそうかもしれないが「計画立案」とは一体何か。そんなものがなかったことの方により深刻な問題が伏在しているというのに。

 「戦争責任者に」とは、恐らく、所謂「A級戦犯」のことをさしているのかも知れないが、この人は、靖国神社に祭られている英霊が246万柱以上もの御霊であり、そのほとんどが名も無く国のために戦野に散っていった若い人々であったことを、故意にかきれいさっぱりと忘れ去っているようだ。この人に問いたいが、その若く散った英霊の方々に対しては、「感謝の意を表明」することについてはどう思うのか、ということだ。

 さらに言うならば、「最高権力者である総理」としての参拝が問題としているのなら、総理大臣を辞めて一議員に戻れば問題ないというのかと思えばさにあらず、議員辞職をしなければ参拝してはまかりならぬ、というのである。ということは、議員として参拝している多くの国会議員に対しても批判の刃を向けなければ首尾一貫しないはずだが、字数が足らなかったのだろう、一言も触れてはいない。

 要するに、中国や韓国の言いなりに、参拝はおやめなさい、といっているに過ぎない。論理も何もない。こじつけでも何でもいいのだ。こういう手合いを何と表現すればよいのか、65歳といえば老境といってもよい年代だが。少なくとも自分の知っているもう15年から20年上の年代の方々は、こんな没論理の支離滅裂なことは言わなかった。戦争に行ったが、言われているようなことはない、と、一生懸命に世の中の誤解を解くために自分にできることを自分の責任の範囲の中でされていた。その方々には、戦友の方々には、何よりも「品格」があった。人間としての誇りがあった。

 「中国、韓国との国交改善も前進する」と断言しているが、面白いことに、靖国参拝に国として反対しているのは北朝鮮を別とすれば、この2国に限られるのだ。そしてこの2国のみに気兼ねをして、ご機嫌を取り結ぶことに血道をあげている人々がいる。この人はそのささやかな典型例の一人だと思う。この人々には、残念ながら、「品格」の欠片も感じ取ることができない。

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コメント

 戦後60年とよくいわれます。これを節目にさらなる国際貢献を求められていると思うとき、日本人としての足場固めを考えるのはごく自然のことであろう。戦前の日本に思いをいたし、日本と白人連合の戦いであったと、先の大戦の現時点からの総括をするべきである。我々の先輩は少し急ぎすぎたと。
 国際貢献の一翼を担う国際公務員の総合職には日本人の在職割合は非常に少ないらしいが、さらなる国際貢献のためには日本の立場を固めて、この職を目指す若者の活躍を応援したい。

投稿: sakura | 2006年6月14日 (水) 午後 12時09分

お読みいただきありがとうございました。
他人を批判した文章なので、余計に重く感じられてしまったかも知れませんね。

ご尊父のご年齢からして私よりも一回りから二周り上の世代の方と拝察いたします。

靖国神社のことをミリタリーシャインと言われますが、意訳された横文字の語感は、本来の名前からしてかけ離れたイメージになってしまいますね。鎌倉幕府から徳川幕府までの時代を、ミリタリーガバメントとでも翻訳したら本来の実態とはかけ離れたイメージになってしまうのと同断だと思います。

カルト教団といわれますが、それは結局のところ、敗戦までの日本を、カルト国家とでもしなければ成り立たないでしょうね。おそらく今の北朝鮮のような国だった、などと思われているのかも知れませんが、私は決してそうではなかったと確信します。従って、靖国神社はカルト教団でもなければ、靖国神社を大切に思う気持ちは狂信でも何でもないと思いますよ。大体、神社の名前事態が、国が安らかであるように、という名前なのですからね。

また、戦場に行って先ず意識するのは、相手を殺す、ということよりも死にたくない、ということです。「殺人マシン」などという言い方も全く意味を成さないと思いますよ。

丁度、ご尊父の年代の戦友の方々が、首相の靖国神社参拝を求めて活動されていました。国の為に命を捧げた戦友たちに対して、国民の代表である総理が敬意を表して欲しい、「死んだら靖国神社で会おう」と行って戦死して逝った戦友に、最低限の国としての礼儀を尽くして欲しい、という願いだったのですよ。

戦後の復興を担った方々の多くは復員してきた方々でした。亡き戦友の分までがんばって日本を再建するという思いを、誰もが多かれ少なかれ持っておられたのですよ。信仰というなら、それは一つの信仰心のようなものですね。亡き戦友に申し訳ない、という気持ちは。それが靖国信仰の原点です。

靖国神社にお参りされたことがあるかどうか、おそらくないのだと思いますが、一度でいいから行かれるといいですよ。社殿に向かって右手に掲示板があって、そこには英霊の方々の遺書が掲示されています。新しくなった遊就館も訪れられれば近代日本建設の歩みとともに英霊の方々の思いも理解できるかも知れません。

戦争は奇麗事ではすまないとは自分も思いますが、ひとつしかない命を国の為に捧げられた方々は、言うは易い万人の為の幸福の捨石の一つになられた方ではないですか。

こうしたことは、私だけの思い込みではありません。少なくとも、ご尊父と同世代の戦友の多くの方々から聞いたことでもあり、自分も深く納得していることでもあります。

「孫子」の冒頭に「兵は国の大事」とあります。だからこそ厳粛に、真面目に考えておかなければいけないのではないでしょうか。平和を守るためにも。

投稿: 橘 正史 | 2006年4月11日 (火) 午後 10時41分

更新順ココログ一覧をみて、訪問ました。
余りにもシリアスな内容でショックでした。
戦争か、重いなあ~靖国神社(military shrine)は、私にはカルト教団の様にも見えます。 いざ戦争になったら、私も殺人マシンになるでしょうし、他に起こる事は、私にも起き得る事です。 私の親父は、大正10年生まれで、多くの同級生が戦争の犠牲になっています。 親父が亡くなるまで、戦争の事は一度も聞いた事がありませんでした。万人の為の幸福、言うは易すしですよね。

投稿: muta | 2006年4月11日 (火) 午後 05時16分

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