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2006年4月23日 (日)

張作霖爆殺事件とは何であったか

 小林秀雄氏が「歴史と文学」の中で触れたサア・ウォルター・ロオの逸話を引き合いに出して語った言葉で「一体、歴史事実の客観的な確定といふものは、極く詰まらぬ事実の確定でも驚くほど困難なものだ」ということは、よく吟味しなおしてみる必要があるように思われる。小林氏は「もっと上等な歴史事実になると、万人が等しく承諾するといふわけにいかない、種々様々の解釈堪へるからです」とも述べている。

 張作霖爆殺事件は、「満州某重大事件」として同時代の人々には”真相”は隠蔽されていた、というのが普通である。そして、その”真相”とは、関東軍参謀の河本大作大佐が、ということである。これは、もはや動かしがたい歴史事実である、とされてきた。

 ところが、「正論」平成18年4月号に、「「張作霖爆殺はソ連の謀略」と断言するこれだけの根拠」という一文が掲載された。ロシアの歴史家、ドミトリー・プロホロフへのインタビュー記事である。

 正直、この時期については、事実関係が入り乱れており、自分の勉強不足と能力不足により、簡単に記述することが難しい。当時の中国大陸が、軍閥割拠の戦国時代であり、尚且つ、欧米列強、ソ連を司令塔とする国際共産主義勢力、そして日本が権益確保を巡って入り乱れての政戦略の駆け引きと謀略の渦の巷であった。

 張作霖爆殺事件は、日本の満州支配=中国”侵略”の起点として位置づけられることでもあり、この事件の真相が、関東軍の謀略なのか、ソ連特務機関の謀略なのかは、歴史の真相に迫る上で大きな分かれ目になる。特務機関の任務内容が明らかになることは殆どなく、現在の認識がそう簡単に覆るとは思われない。

 しかしながら、一つだけいえることは、この張作霖爆殺事件の関東軍謀略説の成立過程には、ソ連の影が色濃くあるということだ。東京裁判で証言をした田中隆吉はソ連国家保安省に取り込まれていた。また、河本大作の手記なるものが公表されたのも死後のことである。また、事件当初から、日本には張作霖を暗殺して得られる利益が無いこと、つまり動機不在であることがアメリカの中国駐在公使のジョン・マクマリーにも指摘されている。東京裁判では、パル判事が、検察側の主張を退け疑問を呈していることもあげてよいかもしれない。

 「すでにまえに触れておいたように、リットン委員会は「この殺害事件の責任の所在はいまだかつて確定されたことがない」と報告している。その報告がなされるまでは、この悲劇は神秘の幕に被われていたが、右の報告は日本がそれに共謀関係を持っていたのではあるまいかという疑念を起こさせたのである。/さて、この疑念に関して留意すべきことは、張作霖は怨み深くそして強力な敵をもつという点については不自由したことがなく、日本にしても、またいわゆる策謀者らにしても、かれの壊滅によって利益を被る立場になかったということである。」
 「かようにして日本は張作霖の死亡によってなんらうるところなく、またかれの死亡後に起こった事柄には、日本側の企図の存在を示すようなものはなにもなかったのである。」(パル判決書第4部全面的共同謀議より)

 日本の年号で言えば大正から昭和にかけて、西暦で言えば1920年代から30年代にかけて、いわゆる第1次大戦終結から第2次大戦にかけての戦間期の国際政治の全体像の中で、中国大陸を巡って展開された謀略合戦の鳥瞰図がほしいところである。クリストファーソンの「満州事変とは何だったのか」は未読ではあるが、このあたりについて教えてくれるところがあるのではないかと、期待しているところだ。

 「中国への侵略」という「歴史認識」は、現在の日本の進路に色濃く暗い影を投げかけている。中国が殊更に持ち出す「A級戦犯」と「靖国」も、結局は、この歴史認識の所産である。なぜなら、「A級戦犯」とは東京裁判によって、中国大陸への侵略をはじめとする共同謀議をしたということで「平和に対する罪」という新しく創設された名目によって裁かれたことによるからである。

 歴史認識の歪みが現在の政治・外交を歪めている最大の例である。

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