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2006年3月 4日 (土)

神風

 秋篠宮妃殿下の第3子ご懐妊の朗報に、さしもの小泉首相も「女系容認」の皇室典範改定をごり押しできなくなり、長期戦戦術に切り替え、今国会での成立は断念されたというのが専らの話である。

 何人もの人から、「神風」が吹いた、という言葉を聞き、自分も実感としてそのように思った。

 「神風」とは、なんと時代錯誤な言葉だろう、とあきれる向きもあるかもしれない。しかし、死語でなかった。今回のこのご慶事を言い表す言葉として、「神風」ほど実感に即した言葉はなかったからである。そして、その言葉が自然に口をついて出たのである。

 思えば、「万世一系」という言葉も、久しく使われなかった。占領軍のプレスコードによって、超国家主義を鼓吹する言葉の一つとして使用を禁止されて以来、マスコミでも教育の場でも、この言葉はパージされてきたのではなかったか。世間一般においても、ともすれば忘れられようとしていた言葉だったように思う。

 ところが、有識者会議が面妖な報告書を出し、皇位継承の伝統に重大な改変がなされる、という危機が表面化して、俄かに「万世一系」という言葉が当たり前のように使われるようになった。日本の皇統を表現するのに、これほどシンプルかつ的を得た言葉が他になかった為もあるが、「万世一系」という歴史事実の重みが、60年の抑圧を撥ね退けて、現れ出たように思われ、すがすがしい思いがした。

 「万世一系」イデオロギー、という言い方を、皇室否定論者は使う。初代神武天皇から男系により一貫して継承されてきたという歴史事実は、断じてイデオロギーなどという死物ではない。言葉は明治につくられたものかもしれない。幕末の志士、吉田松陰が「万葉一統」という言葉で表現したところにその萌芽を見ることも出来よう。しかし、それは事実の確認であって、決して明治になって捏造したというものではない。

 伝統という概念は、近代と共に成立した、とはおそらく正しい説なのだろう。古来からの宗教や歴史・文化の流れを断絶させる近代という概念に対して、その継承を軸とする概念として伝統という観念が生まれたということなのだろう。そして、伝統という観念が成立し、そこで再構築がなされるということにもなる。それが「創られた伝統」という概念として、そもそも「伝統」などというものは、近代につくられたものなのだ、という説も出てくる。

 しかし、だからといって、「伝統」を軽視したり、無価値だとする意見は、「伝統」について知らぬものだといわねばならない。過去から営々と受け継がれてきた人間の営みの中にある珠玉のような真実を見出すことは、現代人の責務と言わねばならない。その責務を果たさずに、現代の価値観のみで過去を断罪するという姿勢は、やがて未来において現代の営みがさばかれるということを受け入れることである。そのような不毛が、所謂「進歩」主義にはつきまとう。過去は過去として完全な形をして目の前に厳然として存在している。それを現代の人間がどうこうすることは、分を超えた傲慢なのである。

 「万世一系」という伝統は、過去に対して謙虚になって無心に対した時に生まれた言葉である。それは明治維新の指導者たちが把握した日本の国家像である。

 「神風」から話がずれてしまったようだが、そうではない。

 幕末の歴史を知る人には、孝明天皇の妹君であられる和宮様をご存知であろう。徳川将軍家持に降嫁された姫君である。この反対運動が幕末の歴史に刻まれていることを忘れることは出来ない。公武融和のために、一身を投げ出されたのが和宮さまだった。

 この和宮様の御歌として、幕末の志士たちに伝わった歌がある。

 惜しからじ君と民との為ならば身は武蔵野の露と消ゆとも

 人皆の心の限り尽くしての後こそ吹かめ伊勢の神風

 一首目は一身を投げだしてのお覚悟を詠まれたものである。
 そして、二首目に注目して頂きたい。

 「神風」が詠まれているのであるが、神風は「人皆の心の限り尽くし」た後に吹くのではないか、というご感懐を述べておられるのである。

 このことは、昨年11月から今年1月にかけて、「女系容認」の皇室典範改定が既定路線として進行する中にあって、まさに「人皆の心の限り尽くし」て、「万世一系」の伝統をお守り申し上げるべく努力してきた後に、秋篠宮妃殿下のご懐妊という「神風」が吹いた、という一連のことに重なってくるように思われてくるのである。

 このことは、足利義満が、皇位を簒奪しようとした一歩手前において俄かに死神に魅入られたのと同じように、皇統を守る歴史の中に起った一つの奇跡なのだと思われる。

 しかし、奇跡を頼み、「神風」を頼んで、「心を尽くす」ことを怠ったのでは本末転倒であろう。

 皇室をお守りする責務は、これだけで果たされたとはいえない。占領軍が残したくびきを払拭することが、国の真の独立と永遠を願う国民のなすべき責務なのだ。

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